女神様との謁見
首都スオミアリスの自宅は大きかった。
一等地にあるためか、姉が言った通り、大きな庭はない。
それでも、小さな畑なら作れそうだった。
レンガ造りの二階建ての洋館。
外壁が白く塗られているのが、また可愛い。
一階は応接間、リビング、ダイニングになっていて、私たちの部屋は二階にある。
ネリスの家の部屋の倍はある大きな部屋。
広めのウォークインクローゼット。
三人でも寝られそうな大きなベッド。
部屋には、ソファセットや勉強机、本棚も付いていた。
この家の何よりも素敵な点は、浴槽が大きいこと。
しかも水道付である。
「やったね! 毎日、一緒にお風呂入ろうね!」
「え? いやよ。ローラ、胸を揉むんだもん」
「姉妹のスキンシップよ! しかも、水道付……。井戸から水を汲む必要がないなんて……。素敵すぎる。あれ? これ、どうやって湧かすの?」
「ふふ。このお屋敷には、通いのメイドさんがいるから、全部やってくれるわよ。外から火をつけるのよ」
「メイドさん……。でも、誰もいないよね?」
「しばらく家を空けるから、お父さんが一旦、違う職場で働けるように差配していたのよ。明日から来てくれるそうよ」
「そうか。アス姉のご飯も食べられないのかな」
「ご飯は私も作るわよ。作るの好きだから、メイドさん達に混じって色々やらせてもらっているのよ」
「よし。じゃあ、私は頑張って畑を作ろう」
「それは明日にしなさいね。今日は教会に行くのよ」
姉がざっと家の使い方も説明してくれた。
トイレも水洗式だった。
蛇口を捻れば、汚物が流されていくのは素晴らしい仕組みだと思う。
玄関だけでなく、庭に出る裏口までついていた。
都会なので、いちいち鍵を開け締めないといけない。
裏口から庭を覗くと、父が働いている、そして女神像がある教会が良く見えた。
※
首都スオミアリスは三十万近くの人が、寄り添うように住んでいる都市だ。
城壁があり、多くの人は堅牢な城壁の中に住んでいる。
『内町』と呼ばれる城壁の中の家々は既に所狭しと密集している。
そのため、近年では『外町』と呼ばれる城壁の外に街は拡張していっているそうだ。
私たちの家は教会のすぐ近くにある。
一応、内町だ。
教会は城壁沿い、というか厳密には城壁の外に飛び出るように建てられている。
なので、必然的に私たちの家も城壁の近くにあった。
首都スオミアリスは都市運営自体も、教会が行っている都市だ。
ラルナー教のためにある都市と言っても過言ではないと思う。
教会の建物も大きく立派だ。
その所為か、スオミアリスの市民には教会ではなく、キャッスルと呼称されていたりもする。
姉に見せてもらった地図上に「キャッスル」と書いてあるのを見て、思わず笑ってしまった。
見た目も本当にお城みたいだったから。
そんなキャッスルまで、自宅から歩いて十分程度。
自宅の門の前には、護衛の衛兵さんが配備されている。
姉が衛兵さんに声をかけると、私たちを挟み込むように護衛が付いた。
私は姉と手を繋ぎ、少し古くなった石畳をトコトコと歩く。
教会の門から、最奥の女神像の部屋に辿り着くまでの方が遠かった。
係の司祭に許可証を提出して、参列者の列に並ぶ。
既に二十人以上の人が並んでいた。
私たちの前後は、年老いたお爺さんやお婆さんばかりだ。
いずれも一人で来ているようだった。
私たちの前のお爺さんは、小柄な体躯をさらに丸めて立っていた。
背中に背負った荷物が重いのだろうか。
服装も旅装であることからも、他国から参拝に来た信者さんかもしれない。
後ろを振り返ると、こちらは恰幅も身なりも良いお婆さんだった。
教典らしきものを手に持っている。
教典以外は手ぶらなので、ご近所さんかつ常連さんかもしれない。
そんな人間観察をしているうちに、私たちの番になった。
部屋の扉の前にいる司祭に、付き添いは私がやりますと姉が告げて中に入る。
思ったよりも、小さな講堂だった。
細長い部屋。天井は高い。
片側はびっしりとステンドグラスの窓がある。
そこから差し込む光は、彩り豊かで幻想的だ。
部屋の扉から、赤い絨毯が真っすぐと敷かれていた。
絨毯以外は何も置いていない講堂だ。
複雑な光に照らされた赤い絨毯の先に、女神像が鎮座していた。
ギュっと強く姉の手を握る。
姉は真っすぐと女神像を見据えて、歩を進めた。
女神像の前で跪く。
私も事前に姉に教わった通りに、跪き、手を胸の前で組んだ。
「女神様。謹んで問いかけます。私はローラ・アフ・ラーズドッティル。女神様に名を授けてもらった者です。私の現世での使命。それを詳しくお教えください。『世界の混乱を平定』とは如何なる意味か。混乱とは何か。『平穏』とはどの様なことを指し示すのか。具体をお教えください」
この質問は練りに練った。
単純に使命は何か? と問うだけだと、同じことを返される可能性がある。
より具体的な説明が聞きたい。
何度か姉と議論して、この質問をぶつけることにしたのだ。
<終末の使徒。001(ダブルオーワン)。良く来ました。健やかに過ごしていますか? ネリスでの生活はどう感じましたか?>
返答ではなく、質問が返ってきた。
隣の姉が、視線だけ私に送ってくる。
姉も驚いているようだ。
「はい。女神様。ありがとうございます。素晴らしい街でした。自然が美しく、民は穏やかで幸せそうでした」
<その通りです。さすが、わたくしが特別に選んだ使徒。それが『平穏』に関する答えです。あのような生活を人類はすべきなのです>
「なるほど。それでは『混乱』というのは?」
<混乱とは、多くを求め、過競争が生じ、消費過多な社会へと陥ること。人は急き立てられる様に成果を求められ、安寧から遠ざかる。ネリスの正反対の街の有り様です>
「このスオミアリスの様にですか?」
<スオミアリスも大分悪化しました。まだ均衡を保っているようですが、いずれ天秤は傾くかもしれません>
「理解しました。『平定』とはどの様な活動を想定しているのでしょうか?」
<使徒たちが混乱を浮き彫りにします。ある者は欲望の醜さを知らしめ、ある者は競争の虚しさを伝える。最後の二十人の活動を見てみましょう。彼らは人類誰もが望む様な『秀でた力』を具現化した存在です。それが本当に人類にとって必要なのかどうかを、人類に考えさせる存在になるでしょう>
言っていることが何かは、理解できた。
でも、『平定』とは何か? の答えにはなっていない。
「女神様。仰っていることは理解できました。『平定』とは使徒の存在を不要とする状態にする……そんな意図でしょうか?」
<その通りです。終末の使徒よ。貴女の役割は『特別な存在など不要である。人の間に優劣など何処にも無い。多くを求めず、ありのまま生きることが最大の幸せである』そう人類が気づいた時に、不要な存在を除去する役割です>
「貴女が生み出した使徒を消せと……」
<人類は悲劇や惨劇を経験しないと学ばぬ生き物。わたくしは気づきを与える者。使徒はその『気づき』となるでしょう。欲望の使徒も選ばれし使徒も同じコインの裏表に過ぎません>
「女神様の意図は理解できたと思います……。まずは『人食の使徒』の様な明確な害悪から何とかするように考えてみます……」
<人食……?>
「はい。『食欲』の罪を与えた使徒です」
<彼ならば、先ほど来ました。元気そうでしたね。未だに欲望に忠実に生きていると報告に来ましたよ。命ある限り、その欲望の果てを人類に知らしめよと伝えておきました>
「先ほど?」
<貴女の前に訪れた信者です>
姉の方を見る。
姉は一つ頷いた後、講堂の出口へと向かった。
ダメだ。
一人にするのは危険すぎる。
「女神様、ありがとうございます。また訪れます」
<いつでも待っています。終末の使徒。001(ダブルオーワン)よ>
立ち上がり姉を追いかけた。
講堂のドアを開く。
重い。
小さい身体には重すぎるドアだ。
懸命に押すと、向こう側から誰かが開けてくれたみたいだ。
ありがとうございます、そう言って、また走った。
長い廊下には、女神への謁見を待っている人たちが並んでいる。
その列の横を、幼児なりに全力で走った。
出入り口の衛兵さんに、姉は何かを伝えているようだ。
もしくは、何かを聞いているのか。
その姿が目に入った。
追いついたか。
衛兵が指さした方向を姉が見る。私も見た。
いた。あのお爺さんだと思う。
みすぼらしい旅装。
丸まった背中。
小柄な体躯。
私たちの前に並んでいたお爺さんだ。
でも、あれが人食の使徒?
食欲旺盛な割には小さすぎる。
お爺さんは、教会の広場にある噴水の縁に腰を下ろしていた。
背中に背負っていた大きな袋を、足元に下ろし、それをジッと見つめている。
姉がその方向に向けて、一歩踏み出した。
私も走る。
「『人食の使徒』ヴィクトル・ハルドソンですよね?」
姉がお爺さんに声をかけた。
私はハァハァ息を整えているところだ。
姉の手を握り、ゆっくりと深呼吸して、二人を囲う結界を張る。
あ、逆だな。
人食の使徒の周りに強固な結界を張った。
「お嬢さんたちはどなたさんかな?」
「先ほど、女神様に教えて頂きました。貴女が『食欲』の使徒だと」
「ふむ。ようやく正式な呼び名で呼んでいただきましたな。女神様と会話なされたということは、あなた方も使徒のようですな」
「……」
「まあ、良い。それで何用ですかな?」
「今から、衛兵を呼びます。大人しく捕まってください」
「ふぉっふぉ。その前に、お二人を殺すことも出来るでしょうな」
お爺さんは、足元の袋の口を開けて、チラっと手斧のようなモノを見せた。
姉の手を強くギュっと握った後、私は一歩前に立った。
「お爺さんは、どうして人を食べるの?」
「それは食欲を満たすためじゃ」
「牛や豚ではダメ?」
「ふむ。別に良いのじゃが、女神に『食欲』の恐ろしさを知らしめろと言われておるしの。一番、効果的なやり方だと思うのだがの」
「女神の言うことを聞くのが大切?」
「上手くやることが大切だな。露骨に逆らうとひどい目に遭う。嬢ちゃん達はマルコ・デ・ラ・ロッカを知っておるか? 賢者と呼ばれていた男じゃ」
姉はコクリと頷いた。
私は、聞いたような気もしないでもない。
ちゃんとは覚えていなかった。
「アヤツは賢過ぎた。その結果、女神がインチキだと気づいてしまったのじゃ。そして、露骨に対女神の反対運動を起こしてしまった。その結果があれじゃ」
「インチキなの?」
「うーむ。少なくとも天におわす神ではないと思うのだがの」
「それは流石に失礼が過ぎますよ」
姉にそう指摘されると、爺さんはニコリと笑った。
皺クシャな顔がさらに歪む。
顔の中心に目も口も、全部のパーツが集まったみたいな顔だ。
既に歯の殆どが欠けていて、残っている歯も酷く汚れていた。
「一つ面白い話を教えてやろう。使徒を食べると、頭の後ろ側、この辺だがの、ここにこんなものが入っているのじゃ」
袋の中をゴソゴソと探して、奥の方から、小さな金属片を取り出した。
それをこちらに投げて寄越したところを、結界に弾かれる。
ようやく結界の存在に気付いたようで、コンコンと指で叩いて確認し始めた。
その隙に、私はその金属片を収納魔法にしまい、自分の手の平に取り出した。
「機械だね……」
小指の先ほどの球体の機械だ。
これが首の後ろに移植されているというのか。
「面白い技を使うの。それが第五世代の不思議な力というモノか。その技を使って、ワシの頭の後ろから、そいつを取り出してくれんかの?」
「身体の中でしょ? 出来ないよ」
「さっきも手を触れずに移動させたじゃろ。それが出来るのであれば同じじゃ。やってみるのじゃ」
収納魔法は、対象物を魔力で包むことで発動する魔法だ。
身体の中にあるものを特定して取り出すことは困難なはず。
私はお爺さんの身体の中に魔力を浸透させた。
不思議と浸透した部分が感じ取れるようになる。
頭の後ろ……。
探るように魔力を操作すると、確かに金属の球体が頭の後ろにあった。
収納魔法を発動して空間に格納した後、自分の手の平に取り出した。
「うわっ、べちょべちょする、気持ち悪い」
「ふぉっふぉ。これで女神の天罰から逃れられるの。ありがとうよ。嬢ちゃん」
「天罰? どういうこと?」
「女神が出来ることは、多くはない。使徒の位置を把握することと、生きているかどうかを確認すること、そしてメッセージを送ることだけじゃ。それは、全てその自動機械を通して行われておる。逆に言うと、他は何も出来ないということじゃ」
「でも、さっき女神とお話したら、この世界のことは何となく理解していたよ」
「そうじゃ。使徒以外に何らかの手段で報告を受けるか、監視する手段を別に持っているのは確かじゃ。だが、暴虐の使徒トーマス・アンダーソンが死んだことは理解していたが、どうやって死んだかは知らんかった。つまり、頭の中の自動機械は万能でないということだ」
「じゃあ、天罰ってのは?」
「賢者マルコ・デ・ラ・ロッカにしている仕打ちじゃな。この自動機械から永遠とメッセージが送られ続けているそうじゃ。寝る時も起きている時も、ずっと頭の中で喋り続けている。さすがの賢者も半ば気が狂ってしまってな。教会の一部屋に幽閉されているそうじゃ。嬢ちゃんよ、いつか賢者のところにいって、同じように救ってあげてくれ」
「そうなんだ……。わかったよ」
「この機械を作ったヤツが、どこかにおる。この世界のどこかにじゃ。そいつが黒幕じゃ。ワシらの頭に自動機械を埋め込んで、世界に降臨したかのように解き放った。ワシらは女神によって生み出されたのではない。機械を埋め込まれて操作されているだけじゃ。それを、ゆめゆめ忘れるでないぞ」
お爺ちゃんは、両手を上げて降参のポーズを示した。
私たちの後ろに沢山の衛兵さん達が集まってきたようだった。
きっと、姉と会話していた衛兵さんが集めたのだろう。
私は結界を解除した。
衛兵さん達が、お爺さんの両手足を拘束して、尋問を始めた。
私は姉の手を取り、そこから離れる。
最後に振り返った時に、もう一度、お爺さんと目が合った。
爺さんはニコっと大きく笑った。
顔がくしゃりと歪み、欠けた歯が見えた。
私はペコリと頭を下げた。
※
自宅に帰った後、私たちは姉の部屋で話し合った。
帰り道も衛兵さんに護衛されていたので、会話は出来なかったのだ。
「さて、夕食までに対お父さん様の話をすり合わせておこう。あと一時間もないからね」
姉の部屋のソファに座って窓の外を見た。
もう夕暮れだろう。
あと少しで、教会から父が戻って来る時間だ。
「わかった。でも、同じ話をされたって言えば良いよね?」
「そうね……。転生前に聞いた話に間違いはなかった。わたしも横で確認した。そうしよう。具体的に知りたいって言ったけど、同じ話しか、してくれなかったってことにしよう」
「うん。あ、でもお爺さんのことを教えてもらったことを言わないとだ」
「女神様が話の最後に『前の参拝者は食欲の使徒だった』って言ったことにしようか」
「唐突に? うん、まあでも、それで良いか。余計な会話をしたと思われない方がボロが出ない」
「決まり。それで……。その……、ローラはどう思った?」
「どうって? どっちの話?」
「両方」
「うーんと……。多分、二人とも嘘は言っていない。お爺ちゃんは、その解釈が間違っているところがあるかもしれないけど、少なくとも私達を騙そうと嘘をついてはいない」
「女神様は使徒を操作して社会に混乱を生じさせようとしている。そうして、人類に余計な望みは捨てよと教えようとしている。貴女には後始末を命じている」
「うん……。私もアス姉と同じように捉えた」
「人食の使徒は、女神はインチキだと言っている。女神の奇跡は頭の中の自動機械が起こしているものだと。そして、その犯人はこの世界のどこかにいる」
そう。
間違いなく彼はそう言った。
私も賢者さんに会ってみようと思った。
成人したら、街を出よう。
そして、賢者さんに会って、彼の意見も聞いてみるのだ。
「ねえ、ローラ……。わたしにもあるの?」
「自動機械?」
「そう」
「あるよ。アス姉にも、私の頭の中にある。さっき調べた」
私は空間収納から、綺麗な方の自動機械を取り出した。
シゲシゲとみる。
金属でコーティングされているので、中身は分からない。
「使徒にしかないのかな?」
「うん……。多分。衛兵さんたちの頭には無かったから」
「ローラはどうするの? どうしたい?」
「これからのこと?」
姉はコクリと頷いた。
「難しいよね……。今すぐ何かはしない。もう少し考えたい。でも、いつかは自動機械は取り出す。女神の意図は完全には分からないけど、支配されるのは嫌だ」
「わたしも同感。少なくとも、わたしが成人しないと……。二人とも未成年じゃ、動きにくいしね……」
「アス姉は、どう思ったの?」
「そうね……。大量殺人鬼の戯言なんて聞くなって、理性が訴えかけてきているわ。それは余りにも危険すぎる」
「お父さんに言ったら、間違いなく、そう言われるね」
二人で目を合わせて笑い合った。
「でもね。わたしの『直観』はね。女神なんてインチキだって言っているのよ」
「ははは、超ウケる。『直観』がね。はは、面白い。その直感の特性を与えたのは、インチキ野郎なのにね」
そこまで話したところで、姉の部屋のドアがノックされた。
メイドさんが、ドアの向こうから、旦那様がお帰りですと告げる。
父が帰ってきたらしい。
「また、お父さんに言えない秘密が出来ちゃったね」
「妹よ。娘など、そういうものなのである」
姉の手を握って、また二人で笑った。
可能な限りの愛情を父からは受け取っている二人だが、
人生の大半を女神様に捧げて来た父だ。
貴方の神様はインチキですよ、なんて言える訳もない。
こうして、思春期の娘は父に隠し事を増やしていくのかと思いながら、階段を降りた。
少し違うのだろうなと思いながらも。




