透明魔法と収納魔法とカウニア横断の旅
姉の助言を受けて、父に言っていないことがある。
それは空間魔法についてだ。
毎日、空間ボールを作って、鍛錬をしているのは父も知っている。
おそらく、それしか出来ないと思っているのだと思う。
でも、この二年間で、少しだけだが、やれることは増えた。
空間ボールが最たる例だが、
空間を自分の意志で囲うのが、この魔法の特性だ。
その最も適切な表現の仕方は、『空間結界』だと思う。
特定の空間を結界に閉じ込める魔法だ。
この結界魔法を二年間鍛錬して伸ばした。
例えば、今では家の屋根を尖った三角の結界で囲っている。
雪が屋根に積もるのを何とかしたいな、と考えていたところから思いついた。
より鋭角な屋根にしてしまえば良いじゃないかと。
最初はその大きさの結界を張るのに苦労した。
次はその結界を維持することに苦労した。
いずれも魔力量だけでなく、操作性も求められることが分かった。
結界の操作にも気づきがあった。
例えば、今、目の前に広がっている畑。
実は、この畑、見えない結界に囲まれている。
この結界は二年間の集大成だと思う。
まず、温室効果だ。
大気に温度が逃げないように設定した。
次は特定の物質だけを浸透させる効果を付与した。
雨が降った時に、結界に防がれていたら、野菜さん達が枯れてしまう。
水の分子は通すことにした。
これをマスターしたおかげで、物体は通さないが、音と光は通す結界とか、色々な結界を自由自在に作れるようになった。
大きさも、家の敷地程度であれば囲うことが可能だ。
魔力を広げるのに、多少時間はかかるが。
「うん。それもお父さんには言わない方が良いね。喧伝されちゃうから」
「わかった。そうだよね。じゃあ、アス姉だけにする」
「そうした方が良いよ。でも……。相変わらず、それが世界の混乱を平定する魔法とは思えないよね」
姉に報告した時には、そう言って二人で笑いあった。
※
首都スオミアリスへ出発する日の前日。
私は畑の前にしゃがんで考えていた。
気温は大分下がってきた。
冬の訪れを十分感じられる季節になったと思う。
それでも日差しはまだ暖かく、雪が降る様子は未だない。
馬車に積み込む荷物は既に整理済みだ。
問題は、この畑をどうするかだ。
大事な薬草さんや野菜さんたちを見つめながら、ジッと考えていた。
何株か連れて行くか。
それとも種だけを持っていくか。
悩みどころだ。
ネリスは田舎だけあって、私たちの住む家の敷地はバカ広い。
その大きな敷地を少しずつ耕して、これだけの立派な畑を作った。
結界魔法のおかげで、温室結界の中、彼らはすくすくと育ってくれた。
全く家事が出来ない私だが、食材の提供役は唯一誇れる仕事でもあった。
この畑のおかげで、この世界の薬草にも凄く詳しくなった。
女神が許してくれるのであれば、将来は薬師として自分が育てた薬草を売って生計を立てたいと思ってさえいた。
「やっぱ、種だけ持っていくか……」
馬車に積み込むことを考えると、そう多くは持っていけない。
一か月間も、植物を馬車に積んで運ぶのは現実的ではないだろう。
「温室結界どうしようかな……」
放置しても、最低二か月程度は保つことは検証済みだ。
最初に込めた魔力分、結界は強固に、長く保つ。
最大で何か月保つかは検証していない。
これからくる冬を越せるだろうか。
そもそも、自分以外の人が入れない敷地になってしまうのは良くないだろう。
「やっぱ、解除かな……」
そう呟いて、畑を囲う結界を解除しようとして思いついた。
このまま、空中に浮かべて、連れていけないかなと。
例えば、空間ボールは自由自在に動かせる。
手に持って投げることも出来るし、魔力をコントロールすることで、触れずに動かすことも出来る。
日頃の鍛錬のお陰で、ベッドに横になりながら、数百の小さなボールを生み出し、天井で自由自在に動かしたりも出来るようになったのだ。
「馬車の上に自動で付いてくる畑……、絵面的に微妙すぎる」
頭の中で、馬車の上に浮かぶ畑を思い浮かべた。
無いな。
それが馬車と一緒に動くなんて、絶対に無い。
それならば、見えなくてしてしまえば良いのではないか。
結界に囲った範囲を視界から消す。
光を屈折させて、裏側に抜けさせれば良い。
それは太陽光の浸透の設定でやったことの応用だ。
多分、出来る。
自宅へと駆け足で戻って、鏡の前に立った。
自分の周りに結界を張り、それを徐々に透明にしていく。
「ふふ。出来ちゃった。夢の透明人間魔法だ。思春期の男子が涎を垂らす夢魔法だ」
これで、畑を誰にも見つからずに、馬車の上で追走させることが出来る。
今こそ、スキップして喜びを表現するタイミングだと思ったけど、そもそもスキップなんて出来なかった。
それでもウキウキしつつ、畑に戻り、畑を囲っている結界に干渉しようとした。
「ん? 四次元ポケット? 四次元リーマン空間? って何だっけ?」
ふと、頭に浮かんだ単語を口にした。
何だろう。
思い出せない。
四次元……。別の次元?
ポケット……、リーマンって何だ?
それでも、閃いたイメージは伝わってきた。
そのポイントは、こういう発想だ。
目の前にある物理的な空間を仕切ったり、操作するだけではなく、
次元を増やすことで、新たな空間を生みだすことが出来るのではないか。
そんな発想だ。
「そうだよな。空間を切り出すだけの魔法じゃショボいもんな。新たな空間を生み出してこそ、夢の空間魔法だ」
畑を囲っている結界に干渉する。
その境界線を感じ取る。
それを、ここではない、別の次元の空間へ。
丸ごと移動することをイメージした。
目の前から、畑が消えた。
地面も五十センチほど抉れて消えている。
敷地に巨大な穴が出来た。
「これ、まずいな。戻そう」
一瞬で戻った。
魔力消費は幾分か高い。
でも、敷地全体を魔力で囲う時に比べたら、そうでもないな。
※
早速、夜、姉の部屋に行き相談した。
姉は机に向かって、勉強中だった。
それでも入ってきた妹を見て、相好を崩して招き入れてくれた。
お膝の上をポンポンと叩いたので、その上に乗って、お話した。
実際に机の上の筆入れを使って、透明魔法と収納魔法を実演してみせた。
この二つの魔法、見た分には一緒だが、触れられるか触れられないかで大きく違う。
「うん……。分かった。相変わらず、それが世界の混乱を平定する魔法とは思えないけど……。空間ボールよりは各段に進歩した。妹よ。姉は誇らしいぞ」
「ははは。アス姉、一旦、そこから離れてよ」
「ふふ。でも、透明魔法は不要なんじゃない? 収納しちゃった方が便利でしょ。使い道ないわよ」
「それは、思春期の男子たちが女子の更衣室を覗く時とかに……」
「ふふ。妹よ、それはオジサンの発想よ」
「まさに……。でも出来ちゃったんだよね」
「ま、いつの日か使うことがあるかもしれない。んで、相談は畑よね。持っていきましょう。家計も助かるわ。ローラの野菜、美味しいのよね」
「ホント!やった。植えるところある?」
「うーん……。スオミアリスの自宅はこの家みたいに、裏庭は広くない……。だから、別で畑を借りても良いかな」
「そうだよね。じゃあ、植え替えしやすいように少しずつ収納するか」
「収納した単位でしか取り出せないの?」
「うん、分からない。でも、そっちの方がやりやすそう」
「わたしの荷物も入れておいてよ」
「いいよ」
「いや、やっぱいいわ。もう少し実証実験をしてからでないと、次元の彼方に行方不明になったら困るもの」
※
馬車の旅で一か月。
大分長い。
朝から夜まで馬車に揺られ、行けるところまで進む。
夜は各町の教会で休ませてもらう。
そんな生活を一ヶ月も続けて、首都スオミアリスまで向かうのだ。
カウニア横断の旅は、風景を楽しむには最高の体験だった。
カウニア連邦は自然溢れた国だ。
長閑な農園が広がり、どこに行っても緑が溢れている。
柔らかな太陽の日差しが、豊かな土壌を照らしている。
空気はヒンヤリとしているが、大きく息を吸う度に肺が喜ぶほど澄んでいた。
遠い南の方向には、雪で覆われた大きな山脈が見える。
どこまでも続く平野部と遠くに見える雪景色の山脈。
美しくないはずがない。
人々は質素だが、しっかりした表情で暮らしていた。
危険な獣も多い土地柄だが、それを苦にしている農民はいない。
衛兵が守り、農民はそれを信じて働く。
そんな当たり前の日常が千年続いてきたし、この先も続くのだ。
それを堪能できる旅ではあった。
それでも。
それでも、私は十日ほどで音を上げた。
「お尻が耐えられない。ずっと身体が揺られていて夜寝てても揺れてる。もう気持ち悪い」
「はは。これでも大分楽になったんだよ。昔の馬車はもっと酷かった」
「今でも十分ヒドイよ。可愛い女の子のお尻が腫れあがっちゃうよ」
「ローラの愚痴はさておき。お父さんは自動馬車に乗ったことはあるの?」
「何? 自動馬車って? 乗りたい。それにしようよ」
「ははは。乗ったことはあるよ。速いんだよ。馬車の倍、いや三倍くらいは速い。でも禁止になったんだ」
「どして? 世界の人々のためじゃん」
「女神様が禁止なさったと言われている。『暴虐の使徒』や『破壊の使徒』がユニオン・リパブリックだけでなく、世界中の自動機械を破壊しまくったからね。女神の意向を汲んでやっているのだと奴らは吹聴していたがね」
「自動機械がダメなの?」
「そうだ。女神様曰く『人間の深い欲望はそこから際限なく進んでいく。多くを求めてはいけない』だそうだ。その結果、世界中で自動機械は禁止された。でも、自動馬車の機構だけが残って、馬車の乗り心地は快適になったという訳だ」
それは女神様、さすがにやり過ぎでしょうと思ったが、勿論口にしない。
黙って心の中で呪詛を吐いた。
『暴虐の使徒』と『破壊の使徒』は、欲望の十使徒のうちの二人だ。
大陸中央部にあるユニオン・リパブリックという国に転生した。
当時は『アメリカーナ王国』と呼ばれていて、世界で最も文明が発展した国だった。
自動機械が生まれ、その産業で国が一気に豊かになった。
自動機械革命と言われて、世界に伝播していった。
人類歴千年を超えて、最も急激に発展した国の一つだ。
だが、人類歴千三百年に『始まりの使徒』がその国に降臨してから、アメリカーナ王国は蹂躙された。
始まりの使徒は自動機械産業を中心に、制裁を始めた。
暴虐の使徒と破壊の使徒が、暴力的な行為を民衆に広げて、数年で都市は壊滅状態に陥った。
そして、彼らが彼の地に降臨して、十年後にアメリカーナ王国は崩壊するに至る。
教会の活動を強化して、女神の教えを広く伝えた父は、自動機械の危険性を訴えた。
過度な発展は人類社会を怠惰に陥らせ、結果劣化させる。
本来の平穏な質素倹約型の社会であるべきだと。
何というか。
人類が人類であることの否定にも、私には感じられた。
※
人類は常に前進する生物だ。
改善すべきものを見つけ、より良い社会のために工夫を重ねていく。
その源が欲望であったとしても。
「ローラ。お尻が痛いと言う思いだけで、良くこんな魔法を作れたよね。姉は感心するわ」
馬車の対面に座る父にバレないように、そっと耳元でそう囁かれた。
何てことはない。
私と姉を結界魔法で囲い、ちょっとだけ座席から浮かせたのだ。
空中で自動追尾する畑に比べれば、どうということもない。
そのおかげで、全く揺れないし、お尻も痛くならない。
座席の背もたれに結界ごと押されるので、浮かせておくだけで済む。
快適な旅である。
※
ルオスティア(Luostia)。
カウニア連邦で三番目に大きい都市までやってきた。
私にとってみれば、この世界で初めて見る大都市である。
中央広場で馬車を降りて、凝り固まった背筋を伸ばしてから、辺りを見渡した。
「すごいね……人がいっぱいだ」
「ふふ。わたしにとっては、こっちが当たり前なんだけどね。スオミアリスはもっと沢山の人がいるわよ。建物も全然大きいし」
「なんか……、洋服もカラフルだね」
「そうなのよ。ネリスは言っちゃ悪いけど、服が薄汚れているように見えるのよね……。布地の種類の豊富さが違うからかもしれないけど。スオミアリスに着いたら、お父さんに洋服屋さんに連れて行ってもらいましょう。ローラもずっと野良仕事着ばかり着ているでしょ。ちょっとは町娘みたいな格好をしないと笑われちゃうわよ」
野良着……。
確かに姉とは着ているものが違う。
姉は白い麻製のシェーンズ(肌着)の上にチュニックを二枚着ている。
上のチュニックはブリオーと呼ばれるオーバーチュニックだ。
ひだも多く、フワフワしている。
濃紺のブリオーの上に、金の細帯を締めていて、姉の細いウエストがよくわかる。
髪の色も綺麗な金色なので、落ち着きと華やかさのコントラストが映える。
対する私は、コットと呼ばれるオーバーチュニックだ。
機能性を高めるため、袖が細い。
ブリオーよりも、胴回りも細く、ストンと落ちる様なデザインだ。
その上に肩口から袖を落としたシュールコーと呼ばれるエプロンみたいな服を被っている。
モノクロの服なので、それが一段とみすぼらしく見えるのかも知れない。
「さあ、我が愛しの娘たちよ。今日は宿屋に泊まるぞ。お風呂に浸かりたいな」
「やった!」
「ローラは初めてだろうからな。お父さんは教会に行くから、アスティ、大浴場への案内は任せたぞ」
「了解。明日の船の時間は?」
「午前十時だから、ノンビリと起きよう」
ルオスティアからスオミアリスまでは、大きな河が流れている。
その河は運河として、人や荷物を運ぶ船が運行している。
馬車だと遠回りになるので、船に乗った方が早く着くのだ。
荷物は馬車に積んで、後から運んでもらう予定である。
姉と手を握りながら、ルオスティアの街を歩いた。
中央広場には沢山の人が集まっていた。
大道芸人みたいな人、
変な演説をしている人、
カップルや親子まで様々な人たちがいた。
道は全て石畳で作られている。
馬車が走る道路だけが、アスファルト舗装されていた。
ネリスは街の中心部でも、舗装されていない土のところも多い。
その辺でも違いを感じた。
建物は三階から五階建てのものが多かった。
いずれもレンガとコンクリート造だと思う。
歩く人たちの格好もお洒落だ。
男性はキチンとボタンで飾られたジャケットを羽織っている人もいるし、
女性もオーバーチュニックの上に、何枚もの綺麗な布地を重ね着している人ばかりだ。
ウィンプルと呼ばれる白麻製の小さなヴェールで髪の毛を隠している。
全体的にスリムなシルエットデザインが多い。
「大きな都市に来たら、基本的に南側には行かないことを覚えておいてね」
「南側? 危険なの?」
「そうね。北側は教会、商会の人、国の役人とか、そういう身分がちゃんとした人が多いの。でも、南側は労働者や冒険者たちの街ね。飲み屋さんとかは南にあるけど、子連れが行くような食べ物屋さんは北にあるわ」
「子供が行ったら、どうなるの?」
「うーん。今の私みたいな格好をしていたら、強盗に遭うか、誘拐されるか……。まあ、ロクなことにはならないわ。南に行くにはもっとみすぼらしい格好をしないとね。冒険者の手伝いをしている下っ端に思われるように。今のローラの格好ならギリ大丈夫かも」
「こわっ。じゃあ、この格好のままでいいじゃん」
「ダメよ。逆に北側に行ったら、嫌な顔をされたりするのよ。入店を拒否されちゃうしね」
首を捻って南側を見ると、確かに通りの向こう側には、冒険者っぽい人たちが沢山いた。
革のズボンや防具ジャケットを着て、大剣を背中に背負っている。
筋肉がビッシリついた大柄な男性が多い。
ネリスにいたら、間違いなく林業の人たちだろう。
※
父と娘たち二人で別々の部屋を取った。
知らない部屋で一人で寝たくないと主張した。
私は姉と一緒のベッドで抱き着いて寝ることにしたのだ。
姉に手を引かれて、この宿自慢の大浴場に長く浸かった。
「アス姉……。一緒にお風呂に入るのは初めてだけど、凄いね……」
「何が?」
「お胸……。もう大人だ」
姉は金髪サラサラロングヘアを頭の上にクルクルと巻いて、湯船に浸かっていた。
顔は小さく、首は握ったら折れそうなくらいに細い。
肩や腕どころか、生足だって、太ももですら細かった。
それでも。
それでも、胸は豊かなのだ。
おかしい。
人体は謎に包まれていると本気で思った。
「ふふふ。ローラもいつか大人になるわよ」
「えー、でも、そんなに立派なものがつくようには思えない」
未だ幼児体型の自分の身体を見下ろした。
髪だけは伸びた。
今では姉と同じくらいに長い。
色は黒混じりの銀髪だが、髪質は姉に似ている。
姉が同じ様に髪をクルクルと頭の上に巻いてくれていた。
「そうね。ローラは年齢の割に小さいものね。今、幾つくらいかな?」
「幾つって……。うーん、わからぬ」
「3フィート……、11くらいかな。わたしは5フィート超えたから、あと数インチしか伸びないと思うわ」
この世界にきて二年経つが、未だに距離や大きさのサイズ感が身に付かない。
姉に言われても、どれくらいの大きさかイメージできなかった。
ただ、姉の胸のサイズだけが、十二歳にして既に立派だと言うことだけが分かった。
凄くスレンダーだから、洋服を着ている時には全く分からなかったけど。
姉に嫌がられるのを繰り返しながらも、胸をもみもみして、幸せなお風呂タイムを過ごした。
幸せ時間の後、怖いニュースを父から伝えられた。
夕食は宿についているレストランで取った。
ネリスの街では見かけない様な、お洒落に盛り付けられた料理だった。
メインのお肉料理が来るころ、父から教会で仕入れた情報を共有された。
「『人食の使徒』がカウニアにいるらしい」
『人食の使徒』ヴィクトル・ハルドソン (Victor Haldsson)。
欲望の十使徒のうちの一人で、カウニア連邦の出身だ。
名前の通り、人を殺し、それを食べることを好むという恐ろしい殺人鬼。
五十年前にスオミアリスに転生して、街中を恐怖に陥らせた。
スオミアリスだけで、二十人近い人を殺し食し、衛兵の網をくぐり抜けて他国へと逃亡した。
その後、転々と各国を移動していたのだろう。
食べられた遺体が、その移動経路を示していた。
「また被害者が見つかったってこと?」
「そうだ。オルセー、アヴェリーヌ、クレールモンと被害報告が続いてあり、一昨日、ここルオスティアでも被害があったそうだ」
「そのルートだと、統一街道を進んでは来なかったってことね」
「裏街道ということだな。つまり、未だこの都市にいるか、スオミアリスにいるかだ」
姉と父の会話を聞いていた私は、気になったことを幾つか質問した。
こんな話をしながらも、牛肉のステーキを食べる二人は手ごわいと思う。
「欲望の使徒って、もう七十近くの爺ちゃんだよね。まだ食欲あるのかな?」
「食欲って……、ローラ……」
「ははは。食欲か……。確かに女神様に与えられた罪は『食欲』だったそうだ。ローラのいうことは間違っていない。人間の欲はどこまでも罪深く、年齢を重ねても消えることがないということだな」
「ふーん。お爺ちゃんってこと以外、分かっていることあるの? 人相書きとか、手配書とかもないの?」
「ふむ。全くないのだ。食欲の欲望にまみれた男だ。相当な大食漢だと言われている。その……。言いにくいが、人肉を食べたと思われる量も非常に多いのだ」
「うぇ。最悪……」
「わかった。大きな爺さんの近くにはいかない。アス姉とずっと手を繋ぐ」
「そうだな。それだけじゃなく、二人での外出も当面禁止だ。僕か、衛兵の護衛を付ける」
「えー、学校だってあるのに」
「学校の行き帰りも衛兵に送り迎えさせるつもりだ」
スオミアリスに着いたら、色々な店に連れて行ってもらう約束をしていた。
その約束も大食漢の爺様が捕まるまでは、お預けになるのだろう。
姉はそれだけでなく、高等学校への登下校に衛兵が付いてくるというのが、凄く嫌みたいだ。
ただでさえ、使徒であることで特別な扱いを学校で受けていると言っていた。
さらに護衛付きでの登下校となると、相当裕福な家庭の子女だと思われるだろう。
確かにそれは微妙だろうと思った。
誰かが、『人食の使徒って、今どこにいますか?』とか女神に聞けば良いのではないかと、ふと思った。
自分の貴重な問いの機会を、そんな愚かなことに使うことは絶対にしない。
でも、父あたりがダメ元で聞いてみれば良いと思うのだ。
人肉が美味しいって、どんな食の好みなのかなと、ステーキを頬張りながら、思考を深めていった。




