冒険者の街ブログラード・セラーノを抜ける
セラーノまでの道のりをスキーしながら進んだ。
未だ冬だが、もう雪が降る日はなかった。
時は九月。
そろそろ冬が明けるということだろう。
セラーノという街は、山の狭間に建てられた街だと、勝手に想像していた。
でも、逆だったみたいだ。
見上げた山の上の方に街が作られていた。
「うえっ。しかも急坂」
「はい。そうなのです。向こう側も峻烈な坂になっています。でも、半日で登り切れますよ。あと少しです」
山の上に建てたのは、魔獣対策なのかもしれない。
谷間にも、エリアを区切る様に大きな河が流れていた。
雪解け水が、この河に流れ込んでいるのだろう。
かなりの急流だった。
「もう少し奥に下ると橋があります」
赤信号の言う通り、下ったところには石で組み上げられた頑丈な橋があった。
それを渡ると、街への登山道が見える。
しっかりと整備されている道だった。
雪も除去されていて、馬車でも登れるように、クネクネと曲がりながら道が作られている。
その道とは別に、階段を上ることでショートカットできる歩道もあるそうだ。
信号機トリオはそちらを選んだ。
私達も彼らに続いて、長い階段に足をかけた。
セラーノ(Brograd Serrano)。
カスティリオ王国北部にある唯一の大きな街。
地元民は『ブログラード』と、この街を建てた創始者に敬意を示して呼ぶそうだ。
街の広場には、その創始者の銅像も建てられていた。
政治家でも王族でもない。
見るからに、冒険者の装いをしていた。
街は概ね木で建てられた建物だ。
二階建てが多いのか、街全体に威圧感がない。
平たく感じられる。
山の上ということもあるのだろう。
風景に空が占める割合も高かった。
「冒険者組合に行きましょう」
「うん、信号機トリオ、先に行ってて。ララ達は教会の尖塔から自動機械を除去してくる」
「あとは、わたし達は宿屋も探さないとですね」
「あ、宿屋ではなく、冒険者組合に泊まれますよ。一級冒険者ですからね。支部長が一番良い部屋を用意してくださると思いますよ」
「ありがとうございます。でも、空間部屋で休むので一部屋で良いとお伝えいただけると」
「かしこまりました。では、先に行って報告しておきますね」
広場を通りぬけ、教会の建物まで、皆で街を見物しながら歩いた。
それなりに人が多く賑わっているが、これまで行った街とは全然違う印象を受ける。
何となく懐かしい感じがした。
「ララ、何となくネリスに似ていないかしら?」
「あ、アス姉、それだ。この自然豊かな環境、雪景色、そして地味な装いの街の人たち」
「アス姉さん、ララちゃん、多分、地味に見えるのは、冒険者の比率が高いからだろうね」
「それか。着飾った人よりも、労働者風の人が多く見える理由は。それもネリスと同じだ」
ネリスは、私が初めて住んだカウニア連邦の東の端の街だ。
林業が盛んで、労働者風の人が多かった。
空気が澄んで、星が綺麗な街だった。
懐かしいな。
また、あそこに住んでみたいと、あらためて思う。
教会の尖塔にあった自動機械は、他の街よりも大きな自動機械だった。
どちらか言うと、首都にある通信機械に近いサイズだ。
「やっぱり、大きさは距離に関係するのだろうね。この街は他の都市から、大分離れている。首都並みの機能が必要なんじゃないのかな。でも、受信機能は大きさじゃ増加できないハズなんだよな……」
チャールズは何やらブツブツと呟いていた。
教会の尖塔に置いてあった自動機械は大きめだったけど、
教会自体は、こじんまりとしたサイズだった。
それどころか、あらゆる建物が、こじんまりとしている。
広場のサイズも小さい。
商店や出店もそうだ。
その中で、冒険者組合だけが、ひと際大きかった。
三階建てのレンガ造りなのも、街の中では目立つ。
一階は飲み屋になっているのかと思うくらい、沢山の人たちが、ジョッキを片手に大きな声で話していた。
ギターを弾いて歌ったりもしている。
ヤホーヤホー、俺らは冒険者ー、
そんな歌だ。
食堂としての役割もあるようで、ウェイトレスさんが、大きな皿を持って歩いている。
「看板には冒険者組合ブログラード支部と書いてあるけど、飲み屋にしか見えない」
「うん、そうね。何か、わたし達には入りにくいわ」
「アス姉が好きそうなムキムキマンばかりだ」
「わたしはムキムキマンが好きな訳じゃないのよ。男の人らしい逞しさが好きなだけよ」
「入りましょう。絡まれたら股間を蹴とばせば良いのよ」
フローレンスが颯爽とスイングドアを開けて中に入っていった。
さすが、この街に登る階段を歩かなかっただけに元気だ。
「あ! 来た来た!」
信号機トリオが受付カウンター越しに何かを話していたところだったみたいだ。
私達の姿を見て、手を振って招き寄せてくれている。
近づいたら、私は青信号の肩に、ヒョイっと乗せられた。
黄色信号が姉たちの背中を押している。
あのお酒を飲んでいる人たちのところに、連れていかれるようだった。
「みんな! この方々です! エッジ・シーカーの皆です! ズメイ・ゴリニチの怒りを鎮め、この街を救ってくれただけでなく、ドレカヴァツの群れを討伐して、遺品を全て回収してきてくれました!」
「「「「ウォーー!」」」」
「「「ありがとう!」」」
「「「英雄だ!」」」
「「「歓迎するぜ!」」」
「「「乾杯だ! 乾杯!」」」
皆が立ち上がって、拍手を送ってくれた。
大騒ぎだ。
私達に関係なく、色々なところでジョッキを掲げて乾杯が始まった。
「さ、支部長がお待ちです。このまま二階に上がりますよ」
赤信号は盛り上げるだけ盛り上げて、サッサと背を向けて歩き出した。
私も青信号に担がれたまま、奥の階段を二階に上がった。
会議室の前にいるのは、冒険者組合の職員さん達であろうか。
沢山の人たちが並んで、拍手で迎えてくれた。
何だか凄いことになっているな。
「一級冒険者パーティ、エッジ・シーカーの皆様。ルイス・デ・ラ・トーレでございます。この街、セラーノの冒険者組合支部長を務めております。この度は、本当にありがとうございました。街を代表して、皆様に御礼申し上げます」
青信号に下ろしてもらってすぐに、禿げ頭の大きなオジさんに頭を下げられた。
背後の廊下からも、大きな拍手が送られてきた。
「ありがとうございます。過分な対応を頂きまして恐縮です。どうか、普通にして頂けると助かります」
姉が流れるような所作で返答した。
私達も姉に合わせて、礼を返す。
信号機トリオに促されて、私達は会議室のテーブルに座った。
対面には信号機トリオと支部長に、事務か秘書役の女性が腰を下ろした。
「シグナル・ライトから、ざっと報告を受けました。冒険者組合としては、最大の敬意をもって、皆様の貢献に報いたいと考えております。ただ、支部長が判断する範囲を超越しております。首都の本部長とも協議させて頂いた上で、返答させて頂きたい」
最初から報酬の話になるとは思わなかった。
てっきり、遺品の受け渡しの話をするのかと思っていた。
私達は別に依頼を受けていた訳ではない。
自分たちで考えるやるべきことをやってきただけだ。
姉も同じように考えたのか、そう返答した。
「デラトーレ支部長、わたし共は冒険者組合から依頼任務を受けていた訳ではございません。報酬は正式な依頼を受けているシグナル・ライトの皆様にお渡しください。冒険者の先達の遺品も、財宝として手に入れようとした訳でもございません。どうか遺族の人に渡してあげて頂きたい。それだけが望みです」
支部長ではなく、隣の女性が怪訝な表情をした。
少し視線を斜めに向けて考えた後、その女性がストレートに聞いてきた。
「横から失礼します。エッジ・シーカーの皆様方は、報酬を望まない……、そう聞こえましたが」
「はい。今回は特にお売りする素材もございません。また依頼された任務でもありません。先達の仲間たちの遺品を売ってお金にするのは気が引けます。よって、わたし達が手にするべき報酬は特にないかと」
「いや……、流石にそれは……、冒険者組合としても、さすがに一級冒険者パーティを無償で働かせたというのも困るのです」
「あ、そういえば、あの気持ち悪い痩せ細った死神を沢山持っているよ。あれは素材にして売ってもいいよ。生きたまま渡しても良いけど」
「死神……?」
赤信号が支部長達に説明をしてくれている。
収納魔法は非常に説明が難しいのだ。
概念的に捉えにくい。
支部長さん達も想像し難いのだろう。
会議室の端に結界を作り出し、単独で落とし穴に落ちたヤツを取り出した。
「キャッ」
可愛い声が秘書の女の人から上がるけど、信号機トリオが、これが収納した魔獣を取り出した結界魔法だと説明している。
死神はこっちに飛び掛かろうとして、ガンガン結界に身体をぶつけている。
「つまり……、ララ様は生きているドレカヴァツを私共に売って頂けると……」
「うん。これくらいしか売れるものはないからね。欲しかったらだけど。五十体くらいいると思う」
「うう……。伝説の魔獣に幾らの値が付くのかも確認させてください。正直、殆ど目撃証言すら無い魔獣なのです……。五十体か……」
「支部長、わたし共は特に急ぎません。この国を離れるまでにお決め頂ければ結構ですし、他国の冒険者組合で引き渡すことも出来ます」
「かしこまりました。ありがとうございます」
「うん。じゃあ、遺品を何処に置けば良いか決めて。凄い大きな倉庫じゃないと、入りきらないと思うよ」
「かしこまりました。カルロス、組合の後ろにある倉庫を使って全部入るか分かるか?」
「ああ、そうですね……。天井までいっぱいになるかもしれませんが、大丈夫だと思います」
「そんなにあるのか!」
「はい……。俺らはオヤジの遺品を見つけるのに、十時間以上かかったから。その三倍くらいだろうし。おそらくは」
「では、遺品を引き渡したら、わたし達は明日の朝にはオリベイラに向けて発ちます。まだ女王陛下、宰相閣下を救っておりませんし、リカルド・エスコバル将軍も捕えないといけません」
姉はそう言って、手早く席を立った。
私達もそれに続く。
黄色信号がサッと動いて、入口のドアを開けてくれた。
青信号が先導して、倉庫まで案内してくれるそうだ。
倉庫は港にある様な巨大倉庫ではなく、一時保管場所みたいなものだった。
入るかな、そう思いながら端の方から積み上げる様に取り出した。
ガラガラと大きな音がしながらも、天井のスペースまで使って埋めていく。
赤信号が言った通り、完全に隙間が無くなるくらい積み上げて、何とか入った。
扉からはみ出ているので、もう入り口は閉まらないと思うけど。
「これ、仕分けするのに苦労しそうね……」
「まぁ、気にしないでください。冬が明けるまで、まだ少しあります。みんなでやると思いますよ」
赤信号が、そう言うのなら、私達が気にする事ではない。
どうか、一人でも多く、遺族の元に帰れればいいなと願うばかりである。
本当は、この辺でしか採取出来ない薬草をゲットしたかったけど、まだ雪が溶けきっていない。
次の機会にさせてもらうことにした。
あの賑やかな一階の食堂で、色んな人達と話しながら、食事を取って、早目に休んだ。
姉は冒険者達に大人気だったよ。
統一街道沿いの山の上にある街オリベイラ。
それが次の私達の目的地だ。
首都アクアリスの兵士達が一万近く移動したと言われている。
あの、何とかとか言う将軍もいるに違いない。
女王さんや、宰相さんは幽閉されている。
ひょっとしたら、人質交渉とかもあるかも知れない。
オリベイラから、このセラーノまでは、冬に移動した場合は一ヶ月半。
逆ルートなら、一ヶ月。
赤信号は、私達なら二十日で行けるのではないか、と言っていた。
港町ラ・フールまでは山下り。
ラ・フールからオリベイラは統一街道を登る。
ただ、時期的には雪が溶けているかも知れない。
そうなると馬も使える。
フローレンスを部屋に残して、私達はセラーノの街を離れた。
急な階段を下り、石の橋まで降りた。
そこで、昨晩打ち合わせた通りの結界で作った船を作る。
この急流を港町ラ・フールまで、船で降ることになったのだ。
男子達五人が、河を一気に降ることを思い付き、まぁ、それはそれは盛り上がった。
こんな形にしよう、いやそれだとダメだよ、こっちだ、こうなったらどうするの云々。
男の子たちが好きそうな、ちょっと危険な冒険感が心躍らせるのだろう。
フローレンスは「私は絶対に乗らないわ」と早々に引き篭り宣言をした。
私と姉は目を細めて成り行きを見守った。
カヌーの様な形から、潜水艦の様な形になり、最終的には細長い船の形に落ち着いた。
私と姉はど真ん中に座るだけ。
先頭に赤信号。
赤信号の指示で、左右の四人が動き周り、体重移動することで針路を調節する仕組みだ。
橋の上で結界船に乗り込んだ。
「じゃあ、河に飛び込むけど、大丈夫ね? 結構、流れは激しいよ」
ここ数日の晴天が、さらに山の雪を溶かしているのだろう。
ひょっとしたら、恐竜さんたちが噴いた炎も多少の影響があるかもしれないけど。
チャールズが自信満々に答える。
「問題ないよ! ララちゃん、真っすぐ船首を進行方向に降ろしてね」
了解、と私は答えて、川下り船を持ち上げた。
クルリと回転させて、ゆっくりと河に降ろす。
後ろに座っている姉が、私のことをギュっと抱きしめた。
着水した途端に、右に左に、上下に船が不安定に揺れながら、流され出した。
「うわぁ!」
「右前!」
「行き過ぎ!」
「回転しちゃうぞ!」
まぁ、やっぱ、こうなるよな。
そう思って、私はキツク目を瞑った。
船は物凄い勢いで流されていく。
そして、河は想像を絶する深さでもあった。
まず、上下の揺れがとにかく激しい。
船首が沈んだかと思うと、次の瞬間には空が見える。
あと、とても真っすぐには進まない。
右回転に回ってしまい、横向きで進んだりしている。
四人が走り回っているけど、全然間に合っていないよ。
姉も諦めたのだろう。
私を胸の中に抱き込み、溜息を付いた。
フローレンスみたいに空間部屋でノンビリしたいよ。
でも、空間部屋の出入口地点である私が前に進まないと、パーティ全体が前に進めない。
いつ如何なる時でも、私だけは帰る訳にはいかないのだ。
「ララちゃん! 持ち上げて!」
チャールズの大きな声に反応して、私は船を空中に浮かべた。
流れに対して、八時十分の方向に斜めっているのを修正する。
四人は床に倒れ来んでハァハァ言っていた。
船首の赤信号だけが、平気そうだ。残念そうな顔をしているけど。
「どう? やっぱ無理?」
私が皆に声をかけると、赤信号以外の全員が、首を横に振った。
息が上がっているので返事はないけど、まだやれるということらしい。
しばらくしてから、喧々諤々の議論が始まった。
私は宙の上で船を浮かせたまま、待機する。
浮かせておくのは楽なのだけど、前に進めようとするとバランスが崩れる。
今の飛行魔法の限界だ。
これが解決出来れば、一番早いのだろうな。
そう思いながら、私も考えた。
結局、船の形を変更することにしたみたいだ。
四角い箱を船の下部に作り、私と姉はそこに座る。
『バラスト』と呼ぶらしい。
船底に重みを付けて、船のバランスを取るのだ。
横幅も少し広がった。
その日、一日中、似た様なことを繰り返した。
途中で私と姉が気持ち悪くなったので、空間部屋に戻って休ませてもらったりもした。
二日目になると、彼らも慣れてきた様で、少なくとも船の天地がひっくり返る事は無くなった。
男子達は船の中を全力で走り回って、バランスを取っている。
「ねぇ、ララ、普通に歩いた方が疲れないと思うのだけど……」
「うん、アス姉、ララもそう思うよ。でも、楽しそうだから良いんじゃないかな。男子って、おバカさんだよね」
「そうね……、わたし達女の子には全く分からない感性だわ」
姉と、そう言い合って、男子達を小馬鹿にしながらも、船は進んだ。
赤信号曰く、歩くよりも遥かに早い速度で旅程を消化しているらしい。
私達は船に空間部屋の裂け目を作り、気持ち悪くなったら、空間部屋と出入りしながら輸送して貰った。
男子達を小馬鹿にしていた自分だが、そのままブーメランの様に返ってくることになるとは思ってなかった。
船が進む中、私はトイレに行くために、裂け目から空間部屋に戻った時に、フローレンスに言われたのだ。
「ねぇ、ララ、今も船は進んでいるのよね」
「うん。男子達が船の中を走り回ってね」
「空間部屋への裂け目を置きっ放しにしてきたのよね?」
「そう。トイレも休憩も各自ローテーションで取ることになったの」
「つまり、空間部屋の裂け目さえ、船の中に置いておけば、ララが船に乗る必要は無いってことなんじゃ無いの?」
ん?
私は文字通りに、固まったと思う。
三十秒くらいフリーズした。
いや、何を言ってるんだ。
空間部屋は私の位置と繋がっている。
だから、私だけは部屋の中で休む訳には行かない。
前に進まないと行けないのだ。
そう、これまで思っていた事を、心が間違っていないと主張している。
これまで頑張って来た事は、決して間違っていないと。
でも。
それは……。
間違いない。
理性が、フローレンスが言う事が正しいと主張している。
だって、今も、そうしているのだから。
空間部屋へ繋がる裂け目は、任意の場所に生成出来る。
別に裂け目じゃなくても、ドアでもマンホールでも良い。
要は二つの空間を繋いでるだけだから。
そして、通常は作った場所に固定される。
その裂け目は移動しないのだ。
でも、船の中に生成した裂け目は、船と共に移動していた。
私達が座っている船底の椅子の背後に出しっ放しにしているのだ。
何が違うのだろうか。
結界の中に作っているからか。
結界内の裂け目の位置は、結界が移動しようと変わっていないから。
「フローレンス、ララは、おバカさんだったかも」
「ふふ。というより、マヌケだわ。でも、気付けて良かったじゃ無い。お姉様を休ませる事が出来るわ。お姉様は夕方戻って来てからも、家事があるのだもの。休ませてあげたいわ」
じゃあ、ずっと空間部屋にいるフローレンスがやれよ、とは言わない。
そう思うけど言わない。
フローレンスは本当に何も出来ないのだ。
ご飯も作れないし、家事もロクに出来ない。
下手にやらせると、後から結果的に姉の手間が増えるだけ。
何もやらせない方が良い。
フローレンスは綺麗で性格が真っ直ぐで頼り甲斐があり、頭が良くて、勉強も出来るけど、でも、それだけなのだ。
その日以降は、姉も私も空間部屋で過ごした。
何かあれば、男子の誰かが、部屋に呼びに来る。
夜間などは、全員が空間部屋に戻って、船は河に流しっ放しにした。
それが出来るなら、それで良い様な気がする。
小さな結界船を作って、そこに空間部屋の断裂だけ置いておく。
その後は、ゴロゴロ回転しながらも、どうぞ流され続けておくれと、放置しておけば良いのだ。
でも、男子達は、こうやって河を下ることが楽しいのだろう。
三日目になると、幾つかの小さな川が合流して大河の様になった。
川の流れも山間を縫って走っていた時と比べると、緩やかな流れになったみたいだ。
日中、夜間共に、誰か一人だけ船に残る体制に切り替えた様だ。
そして、四日目に統一街道と交差する大橋の近くに着いた。
空間船から、岸に上がり、そこで今日は休むことにした。
ここから、半日でラ・フールに着く。
ラ・フールに立ち寄るのか、そのままオリベイラに向かうのか、話し合う必要もあった。
「いや、四日ですよ。人類史上に残る大記録です」
無事に岸に上がって、私達は空を眺めながら、息を整えていた。
右側で寝転んでいる赤信号から、そんな声が聞こえた。
確かに、早かった。
通常なら十日。私達なら七日か八日。
最初はそう言っていたのだ。
男子たちはこの四日間、凄く頑張ってくれたと思う。
それこそ、さっきまで、男子たちは皆で空間船を岸に寄せるのに、凄く頑張っていた。
「もっと左に傾けないと!」
「四人全員左舷に!」
「回転しちゃう! 前方右に一人!」
そんな感じで船内は大騒ぎだった。
私は着々と近づく大橋を見つめながら、その様子を眺めていた。
こりゃ、そろそろ無理かな。
そう思ったところで、船を宙に浮かべて岸の方に進ませた。
魔力を注いで、空中で結界を操作する。
ただ、不安定な形状の結界を操作するのは非常に難しい。
船の中心点で皆が集まってジッとしていてくれれば出来ただろう。
でも、今は左舷側に重さが傾き過ぎていた。
空中でグラっと船のバランスが崩れ、最後は船の左側から落下して岸に辿り着いた。
結界を解除して、岸の地面に全員が横たわり、息を整えている。
空には春の雲が浮かんでいた。
河の流れと同じように、速度を上げて、海の方に進んでいた。
赤信号が空を見上げながら、話を続けた。
「早馬でも七日か八日かかる工程です。またセラーノで自慢できることが増えましたけど……」
「ん? どした? 赤信号?」
「ええ、問題はセラーノの仲間たちは、誰も信じてくれないだろうなと思うのです」
「はは。自分たちで船を作って皆で下れば良いじゃん。きっと同じくらいで着くよ」
「いやいや、結界魔法ありきのやり方です。普通の船では転覆間違いなしですよ」
「それでも、いつか、この河は運河になるのだろうね。ララはそう思うよ。セラーノは近くなるさ」
女神を倒して、自動機械産業が再度隆盛となれば、きっと帆船時代は終わりとなるだろう。
モーターボートみたいな、速くて安定した船がきっと作られるはずだと思う。
信号機トリオの子供たちはきっと、そんな船に乗って、ラ・フールとセラーノを行き来するようになると思う。
文明が発展するのはアッという間なのだ。
「さぁ、皆さん、お疲れ様でした。今日は部屋で休みましょう。夕食はステーキにしましょう。明日は遂にラ・フールです。長かった山での生活もいよいよ終わりです。今日くらいは、それを誇りましょう」
アス姉が声をかけると、男子たちも「はい!」と揃って返事をした。
確かに山越えの旅もここで終了だ。
明日からは統一街道を進む旅程になる。
今日までの山越えは、ただの山越えではない。
冬の時期の山越えだ。
本当に頑張ったと思う。
死神に邪魔されたり、恐竜さんと出会ったりもした。
それらを私達は乗り越えて、ここまでやってきたのだ。
男子たちは誇らしげな顔で、立ち上がった。
皆が肩を叩き合って、健闘を称えている。
私も笑顔で、空間部屋へ繋がる裂け目を出した。




