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空の城と張り巡らされた罠


お城に続く坂道を登りながら、私の後ろを歩くチャールズと、監視と飛行の自動機械の活動条件を整理した。

雑踏の賑わいに紛れながら、コソコソと話し合う。

頭の中に地図を思い浮かべながら、チャールズの説明を聞く事で、私も理解が深まった。


『ネットワーク』という言葉をチャールズは使った。

私は、そもそも知識としてしか、その概念を知らない。

簡単に言えば、蜘蛛の巣のことだと、チャールズは言う。


ある地点まで情報を辿り着かせるために、蜘蛛の巣のように網の目を張る。

情報は一本道で届く訳ではない。

どこかの道が塞がれても、色々なルートで届けられるように設計されている。

各町の通信機械とは、蜘蛛の巣の糸が交差する点、もしくは繋ぎ目だ。

各町の教会に通信の自動機械が設置しており、近くの町の自動機械と繋がっている。

蜘蛛の巣状だから、一つ取り除いたとしても、他のルートから繋がっている場合も当然ある。


私達は今回北上する途中でも、各町の自動機械を除去していった。

だが、それでカスティリオ王国内のネットワークが崩れるかというと、そうでもない。

取り除いた町だけが、ネットワークから除外されるかもね。

精々、その程度だ。


「女神像にある通信用の自動機械と、各町にある自動機械との差異は何?」


私のそんな質問にも、チャールズは極めて明快に答えてくれた。


「女神像の中にある自動機械は、通信機能がある訳ではないよ。あれは、音声の送受信用だ。ひょっとしたら、映像の送信機能もあるのかもしれない。通信機能は、あくまでも教会の尖塔にある物だ」


「女神像の上の尖塔には、各町の物よりも大きい自動機械があるよね? あれは?」


「それは、通信距離だろう。おそらく、都市間の距離はカバーできると思う。サンテール王国で言えば、首都リュミエールから、アヴェリーヌ、ポルト・セリーヌ。ひょっとしたら、クレールモンまで、首都の自動機械だけでカバー出来ると思うんだ」


「ふむ……。小さい町のは本当は不要? 教会はあっても、自動機械が無い町や村も結構あ多かった。不思議だったんだよね」


「あった方が良いけど、無くても必ずしも困る訳ではないのかもしれない。あとは仮説だけど、自動機械の有る無しは、ひょっとしたら、教会の建設時期によるのかも。比較的新しい町には無いからね」


「なるほど……。つまり、チャックの話をうけて考えると……。お城の大型の通信自動機械を除去したとしても、カスティリオ王国内がネットワークから外れる訳ではない……、ということ?」


「正確に言うと『わからない』だね。東のセレニカーナ王国、ヴァルデン共和国方面、西の旧アル・ナジール方面は、国中の通信の自動機器を除去したし、本物の女神像のも対処済み。だけど、北部のユニオン・リパブリックからのネットワークに繋がっていないかが、未確認なんだ」


「安全を期すためには、カスティリオ王国内の、少なくとも都市部の自動機械は絶対的に除去した方が良いってことだね」


「そうだね」


「うーむ……。監視の自動機械と飛行の自動機械の活動条件を、もっと調べないとだね。ネットワーク上なら、どこでも活動できる訳じゃなさそうだし」


「僕の仮説では、監視の自動機械の方が、活動エリアが広くて、飛行の自動機械は大型自動機械の近くと、制限されているような気がする。通信距離、蓄積エネルギー量、弾薬量、色々考えられることはある。ただ、検証するにも情報が少なすぎるから、何とも言えないけど」


その辺の実態をクリアにしたいとは思うけど、そのためには沢山のサンプル、要は遭遇する回数を重ねないと難しい。


それよりは、結界を強固にする鍛錬をした方が早そうだ。


今、私には二通りの結界魔法がある。

一つは身体に纏わせる洋服みたいな結界。

もう一つは周囲を四角く囲う結界だ。


鎧魔法と姉が呼んだ方は、身体の動きに合わせて薄く柔軟に纏えるけど、完全に衝撃を防げる訳ではない。

鉄の石に当たると痛いし、当たり所によっては、骨も折れる。


四角い結界の方は、強固だし、色々な設定も可能だ。

ただ、周囲六面を囲ってしまうので、柔軟に移動させるのが困難。

なんて言っても、足がついている地面も、実際は結界だ。

結界内で歩いた時に、その速度に応じて結界を前に移動させることもしないといけない。

結構、操作に気を遣うし、非常に面倒なのだ。

今の私では、敵が前にいる時に、そんな緻密な操作をすることが出来ない。


思い切って、宙に浮かせた方が、操作という意味では楽だとは思う。

空中には段差もないし、障害物もない。

いちいち判断する手間は確実に省けるだろう。

ただ、最早、それは飛行魔法だろうけど。

ん? 私達って飛べるのかな?

畑を浮かべて馬車に追走させることに比べれば、重量的には軽そうだし。

空間ボールの応用だな。


これが出来れば、見つかっても怖くない。

ずっと、透明魔法で身を隠すのも、正直嫌なのだ。


ちょっと後でやってみようと思った。


坂道は北に進むほど、少しずつ険しくなっていった。

右手前方の道沿いに教会が見えた。

白く美しい教会だった。

遠くで音楽が聞こえるけど、あれは教会から流れているのだろうか。

オルガン、だと思う。

人々がそれに合わせて歌っている声もする。

賛美歌なのかな。

何となく懐かしい感じがした。


お城はもっと奥だ。

この北に向かう大通りの先に、大きな白いレンガの壁が見える。

多分、あそこから城の敷地なのだろう。

お城はその奥の少し小高い丘の上に建てられているようだった。


「チャック、教会の尖塔に寄っておこう」


「お、そうだね。間違いなく都市用の通信機械があるはずだ」


「うん。アス姉、このまま、女神像がある講堂に向かって」


「了解よ」


夕方ということもあるのだろう。

本物の女神像ではないということも、勿論あるだろう。

教会に参拝している人は凄く少なかった。

女神像がある講堂も解放されている。

通常の町や村と同じ運用スタイルということだ。


中に入ると数人の参拝者が、女神像に向けて礼拝していた。

そのスタイルは、アル・ナジールみたいな中東の国と違い、床に額をこすり付けるモノではない。

跪き胸の前に手を組んで祈るスタイルだ。


しばらく様子を見て、講堂に人がいなくなったタイミングで、ドアを閉めて、結界魔法で鍵をした。

透明化を解除する。

女神像の前に、結界を積み上げて段差を作ると、チャールズとレオンが駆け上がっていった。

私は女神像の中に診断魔法をかけて、自動機械がないことを念のために確認した。


チャールズ達が天板を開けて、ハシゴを登っていく。

私もそれに続いた。

姉とフローレンスは、講堂に残る様だった。


ハシゴを登っていくと、いつもと同じように、尖塔の上部に作られた見張り台みたいなスペースに出る。


「ララちゃん、やっぱあったね。都市用の通信自動機械だ」


「うん。町用と比べると少しだけ大きい。これも通信距離ってことだよね?」


「そうだと思うけど。仮説だけどね。いつか中を分解して調べるつもりだよ」


「チャック、ララ、ここから城が見える。一万人の兵士はどこにいるんだ? 見えないぞ」


レオンが小さな監視用小窓から外を見ていた。

お城の方角を見ながら、兵士が見えないと言っている。

坂の先にある城壁に遮られているのだろうか。

私とチャールズも代わる代わる窓から外を眺めた。


少し先の坂の上に白い壁が見える。

その向こうには、真っすぐと丘の上の城に向かう道が伸びていた。

周囲は緑の芝生や東屋、花壇も沢山あるようだ。

そこに兵士はいない。

少し芝生が剝がれている箇所があるのは、兵士が踏み荒らした跡か。


「ホントだね。兵士さんいないよ。お城の中なのかな」


「でも、行くしかないよね。行かない選択肢はない」


「そうだね。お城の中に大型の通信自動機械が隠されている可能性もある。くまなく調べるのも必要」


私達はハシゴを降りて、姉とフローレンスにも伝えた。

二人とも、兵士がいる前提で城に侵入しようと言っていた。

再び透明魔法をかけて、教会を出て、坂を上った。


港から真っすぐと北に向かってきた。

この大通りは、この街のメインストリートなのだろう。

お城が最終地点の様だった。

城壁の前には、同じように大きなアスファルト舗装された馬車道が東西に走っている。

そのT字路を越えて、城壁に作られた大きな鉄製の門扉の前に立つ。


柵の隙間から中を伺うが、人はどこにもいない。

レオンが門扉を動かそうとしているが、鍵がかけられているようだった。


「どうする? 壊しちゃって良いかい?」


「あ、ちょっと試したいことがあるの。もう一つ結界で囲うから、皆集まって。横一列がいいかな。アス姉はレオンと、フローレンスはチャックと手を繋いで」


私はいつも通りに左右の手で、姉とフローレンスの手を握った。

空間結界で五人を囲い、それをそのまま魔力操作する。

少しだけ浮かせた。


「ウワッ」

「キャ」

「ちょっと!」


色んな声が聞こえたが、集中しないと魔力が霧散しちゃう。

そのまま城壁の高さまで持ち上げて、前に進めた。

左右の手を握る力が強くなる。


結界魔法は実際にある空間に境界線を作り囲う魔法だ。

セレニティアの教会爆破で体験したけど、当然、重力の影響を受ける。

地面が崩落すれば容易に落下するのだ。


飛行魔法も同じの様だった。

誰かが動けば、結界のバランスが崩れ、傾く。

魔力で操作してバランスを取る必要もあった。


「ちょっと、ララ、大丈夫なの、フラフラしているわ」


「う、うん。みんな動かないで。足を前に出すとバランスが崩れるの。ジッとしてて」


「ララちゃん、でも揺れるから、足が前に出ちゃうんだよ」


城壁を越えて、向こう側に出たところで、降下させる。

慎重にやらないとバランスが傾く。

これ、畑を宙に浮かべて、馬車を追走させるなんて、無理だったんじゃないかな。

空中で安定しないし、結界の中でシェイクされて畑がぐちゃぐちゃになっちゃう。

良かったよ。やらなくて。


そう考えていたら、右にグッと結界が傾いた。


「イヤ!」

「うぉ!」


フローレンスとチャールズの声が右から聞こえた。

あ、ダメかも。

右側に完全に傾いた。

私もフローレンスに寄り掛かる体勢になってしまう。

姉が、そして、頼みの綱のレオンが持ちこたえられずに、倒れ込んできた。

一気に、右側を下にして、結界は落下した。


ウグッと潰れた声が聞こえたけど、まぁ、大丈夫そうだ。

周囲を囲っていた結界を解除して、皆が立ち上がる気配がする。


「うん。飛行魔法成功だね」


「どこがよ! もう二度と飛ばないわ!」


「うん。ララちゃん、せめて事前に教えて欲しかったよ……」


「ふふ……。でも、わたしは楽しかったわ。ララ、練習すれば空も飛べるわよ。姉は誇らしいわ」


「俺もそう思うよ。今回は結界の形も悪いんじゃないのかな。中でバランス取れる布陣にして、結界も真四角か丸にした方が良いかも」


概ね左からは好意的なフィードバックが、

右からは否定的なフィードバックが返って来た。

でも、姉の持ち点は他の仲間たちの百倍あるので、結果、満点近い成績である。

私は拳を握って練習することを誓った。


お城まで坂道を登ったのと、同じ時間をかけて、お城の前まできた。

敷地が広すぎるよ。

お城の入口の扉にも強固な鍵が掛かっていた。

申し訳ないけど、それはレオンが体当たりして壊させてもらった。


「やっぱ、誰もいないわね……。でも、城の中が広すぎるわ。どうやって探す?」


「うーん。ララは時間をかけて、結界を上空に張ってみるよ。通信反応があるかを確認したい。一番高いところに言って、バルコニーからやってみる」


「じゃあ、僕らは散開して調査しようか」


「一旦、ララがいる場所を決めちゃいましょうよ。集合場所も決めておかないと。あと二人一組にしましょう。私、一人は嫌よ」


「俺がアス姉さんと一緒に行く。チャックとフローレンスがペアだ」


外から見えた城の尖塔に行きたい。

まず、それがどこにあるのか、どうやって行くのかを探すのが大変だった。

城の中は部屋も廊下も多く、階段も複数個所設置されている。

彷徨い、迷子になりながらも、尖塔に登る場所を突き止めた。


姉とチャールズで、互いのチームの捜索エリアを話し合ってから、散開した。

私は尖塔に向かう階段を上った。

ぐるりと螺旋状に登る石段だ。

四階分くらい登ったところで、尖塔の見張り台に到着する。

周囲に自動機械はない。

置かれていた形跡もなかった。


教会の尖塔と違って、人が登ってきていた形跡が残っている。

椅子とテーブルも置かれていた。

ここに見張り番でも配置していたのかもしれない。

窓の位置は高く、私の身長だと椅子の上に登る必要があったけど、窓自体は小さい物ではなかった。

嵌め殺しの窓なので、開くことはない。


でも、そこから外を眺めながら、尖塔の頂上の少し上の場所に結界を広げた。

城の上空全てが囲われるような結界。

厚みは半フィートくらいで十分だろう。

横に横にドンドン広げていった。


太陽が沈んでいるのだろう。

空は夕暮れ。

オレンジ色に染まっていた。


かつてアヴェリーヌのジャガイモ畑でも、似た様なことをやったな。

見渡す限りの畑を薄く薄く魔力を広げて、結界を作った。

この広さをカバーする結界は、その時以来かもしれない。

そう思いながら、集中して結界を広げていった。


ここからは、港までの街が一望できる。

登って来た坂道が真っすぐ海まで伸びていた。

本当にカラフルで綺麗な街だと思う。

都市設計もちゃんとしているのだろう。

碁盤目状に街は作られていた。


「絶景じゃん」


三十分ほど結界を広げて確認したが、通信反応はない。

微量な反応すらないから、監視の魔道具すらも、既に撤去済みなのだと感じた。

完全に撤退したのだ。

でも、どこに?

でも、どうして?


夕暮れから、夜に変わっていく街を見ながら、私は考えた。



冒険者組合に簡易的な報告をしに戻った。

信号機の三人組が、様子を見て来るから先に行っていて、と言って走って出て行った。

私達はモグモグさんの案内で、美味しいレストランに連れて行ってもらった。


レストランは、広場の反対側の一等地にあった。

『Phyllo』と大きく看板に書いてある。


「これ何て読むの? サイロー?」


「ララ様、これは『フィロ』と読みます。現地の古語で『友達』を意味するとオーナーから聞きました。友と楽しく語らいながら食事を楽しんで欲しいとのことです」


古語か。

ピンと来ないことからも、前世の私が知らない言葉なのだろう。

色々な国の古語に触れてみたいな。


広めの個室に案内された。

皆でオリベイラ・ワインで乾杯する。

私達未成年はオリベイラ・ジュースだ。

冷たくて美味しいグレープジュースだった。


「明日、城の詳細調査の任務を冒険者組合から出しましょう。多くの人手が必要ですし、中の貴重品が持ち出されないような警備も必要です。その辺は我らが請け負います」


私はスパナコピタと呼ばれる前菜をパクパク食べながら、本部長と姉が話しているのを聞いていた。

モグモグさんが、スパナコピタとは、ほうれん草とフェタチーズを包んだパイだと教えてくれた。

口に沢山放り込んでモグモグしながら、教えてくれたよ。


郷土料理と言っていたが、同じような味付けでなくて、色んな調理方法で様々な風味が堪能できる料理だった。


特にムサカという、ナスやひき肉を層にして焼き上げたクリーミーな料理と、カタプラーナという魚介類を使った煮込み料理が気に入った。

料理だけを取っても、この国の文化レベルの高さが伺える。

何というか、文化面だけ切り取れば、世界随一の国だと思う。

視覚を刺激する彩り豊かな街。

どこにいても聴こえる心地の良い音楽。

様々な風味が味わえる料理。

ナタリアさんとカタリナさんに是非会いたいなと自然に思えた。


信号機トリオが、聞き込み調査から戻って来た。

再び乾杯を交わす。

彼らが調査結果を共有してくれた。


「街の人たちに少し聞き込みしてきました。昼過ぎに軍は移動した模様です。一万人の兵士が多くの荷物を荷馬車に積んで、出発していたのが目撃されています」


「何処に向かったのでしょうか?」


「東だそうです。おそらく、オリベイラ」


オリベイラ(Oliveira)。

統一街道沿いにある都市だ。

統一街道で東側に行くには、王国の真ん中に聳える山を越える必要がある。

ここからは上り坂なのだ。

その頂上付近にある都市がオリベイラ。

標高が高く、夏は避暑地として人気だ。

寒冷な気温を活かして、果物とワインが有名な街でもある。

皆がテーブルに置かれたグラスに自然と視線を移した。

確か、女王の離宮もあると聞いた。


「うん。女王さんたちのところか。ララ達も行こう」


「皆様、もう夜です。朝に出発なされるのが宜しいかと。また、これからは雪が降る季節となります。オリベイラは既に雪化粧でしょう。冬支度も必要ですぞ」


「うん。本部長、ありがとう。ララ達は冬支度は大丈夫。フィオレンティアからベルクシュタットまで雪山を踏破した経験もある。ララはスキーが上手だよ。大丈夫」


「俺らが案内します。雪山は俺らも専門です」


「分かった。シグナル・ライトよ、エッジ・シーカーの皆を頼んだぞ。カスティリオで彼らに何かあったら、冒険者組合の本部長会議で俺が責められてしまう」


「信号機トリオ、助かる。レオンも雪山のスペシャリスト。よく話し合っておいてね」


「わかりました」


ただ、彼ら、というよりも女神の意図が気になる。

何をしたいのだろうか。

私はその疑念を皆にそのままぶつけてみた。


「どうして、いきなり撤退したのかな。最初からの計画なら、もっと早く移動すれば良いのに」


「そうね。時間的には、わたし達が旗艦船の倉庫で戦っていたくらいの時間かしらね」


「それが理由ってことはないかしら? 私達が城の罠に嵌らずに、旗艦船の方を選んだから?」


「ララちゃんの守りを搔い潜るために、旗艦船に戦える使徒と、沢山の自動機械を配備した。それでも勝てなかった。それならば、一万の兵士は無意味だと悟ったとか」


「一万の兵士が無意味なんてことがあるのでしょうか?」


チャールズの意見に本部長が疑念を挟んだ。

信号機トリオがチャールズの意見を肯定する。


「本部長、ララさんの守りは鉄壁です。誰も近づくことが出来ないのです。あの飛び回って鉄の石を吐き出す自動機械も、エッジ・シーカーの皆からすると、蚊に刺された程度なのです。例え兵士とは言え、数の力では勝てないでしょう」


赤信号の右横で、青信号が鉄の石を掃射する仕草をしていた。

左横の黄色信号が、鉄の石を手でキャッチして、飲み込んでいる。

流石に蚊に刺されるよりは痛い。

青アザも出来るし、骨だって折れるよ。

それに、手でキャッチすることも出来ないよ。

ウケる。


「ララ、それかもしれない……」


姉が何か嫌な事を思いついた様に言った。


「それって何?」


「数の力ではない。強い力を借りて、わたし達を倒す……」


「強い力って、何? 新たな使徒?」


「一つは人質。一つは伝説の魔獣」


皆が口を噤んで考え始めた。

私はつい、青信号と黄色信号を見てしまう。

二人とも天を仰いで嘆いていた。

青信号は手を合わせて、黄色信号は頭を抱えている。


「女王と宰相を人質にして、私達と交渉する。流石に私達も国の重鎮を盾にされると無茶は出来ない。もう一つはあれね? あのドラゴン」


「そうだね。フローレンスの言う通りだと思う。ズメイ・ゴリニチを使うのかな」


「皆さん、ズメイ・ゴリニチは人に使役される魔獣ではございません。誇り高き魔獣です。女神の命令に聞くとも思えません」


「カルロスさん、例えば、ズメイ・ゴリニチを怒らせることは出来ますか?」


カルロスって誰よ。

と思ったけど、赤信号のあだ名みたいだ。

姉の質問に、赤信号は露骨に顔をしかめた。

左右の二人は、頭を抱え込んで机に突っ伏した。


「出来ますが……。大変なことになります。例えば……、ズメイ・ゴリニチの卵を盗めば間違いなく群れが追いかけてくるでしょう。例え、すぐに奪い返されたとしても、街が報復に合います。彼らは手を出した人だけでなく、人間全体に報復をします。二度と手を出すな。それを知らしめるために、街を壊滅させるのです」


なるほど。

女神がやりそうなことだと、私は思った。

女神の狙いは、ズメイ・ゴリニチと私を戦わせることだろう。

最強の魔獣と最強の守り。

炎の攻撃は防げるだろう。

ただ、巨体で踏みつぶされたり、結界ごと吹き飛ばされたりしたら、私達も無事ではいられないかもしれない。


そうなると女王の人質は、時間稼ぎなのかな。

足を止めている間に、ズメイ・ゴリニチのところで仕込みをしておく。


「赤い人、そのズメイ・ゴリニチの近くの街、セラーノだっけ? そこまで、どれくらいかかるの?」


「ここからオリベイラまで一か月、雪が積もっていたら、さらに十日。オリベイラからセラーノは……。この時期ですと、一か月半かかります」


「間違いなく雪が積もっているだろう。一か月半でオリベイラに着けば御の字だぞ」


「もし、ここからセラーノに直接行ったら、もっと早い?」


「ララさん、ルートは同じです。統一街道でオリベイラ、ラ・フロールを経由して、国道を北上するので……。あ、最初から山道を通ると言っていますか?」


「うん。ショートカットが出来るのかという質問。距離的にも時間的にも」


「いや……、流石にそれは……無理だと思います」


そう言った赤信号の肩を、青信号と黄色信号が掴んで首を振っていた。

何か三人で話している。


「ララさん、狙いはズメイ・ゴリニチの群れに直接行くことですか?」


「そう。彼らよりも早く行く。間に合わなくても、街が襲われる前に止める」


赤信号は黄色信号から地図を受け取り、テーブルに広げた。

皆がテーブルの上のワイングラスや食べ物のお皿をどけて、場所を確保する。

私も立ち上がって、地図を眺め始めた。


「オリベイラに行くためには、統一街道を進みます。これは登り坂です。距離的には、そこまで遠くはないのですが、今は雪の坂道なので徒歩での登り坂となり、時間がかかるのです」


統一街道を指でなぞって、オリベイラまでを地図で辿る。

後ろの二人が高低差を表現してくれていた。


「オリベイラから港町ラ・フロールまでは逆に下りです。こう下ります。そして、セラーノまでは、また登坂となります」


登って、下って、また登る。

そんな道のりだ。


「ズメイ・ゴリニチの群れは、この辺りです」


赤信号が指さしたのは、セラーノからウィンザーグローブとの国境の中間地点だ。

ウィンザーグローブは地図上も白く表現されている。

雪と氷のエリアだ。


「『Brograd』って書いてあるね。これがセラーノだよね?」


「そうです。正式名称は『Brograd Serrano』地元民はブログラードと呼んでます」


赤信号は、もう一度、この場所、首都アクアリスに指を戻した。

そして、統一街道を北上して、しばらくしてから、国道の方に指を進めた。


「こうして、山の尾根に向かって進みます。そして、尾根沿いを進んで、グルっと回り込むように進みます。こうすれば、結果的にズメイ・ゴリニチの棲み処まで早く着くと思います。ただし、俺らだけならば」


赤信号は、そう言って、私、姉、フローレンスに顔を向けた。

なるほど、女性には過酷過ぎて無理だと言っているのか。


「うん。わかった。それで行く。ちなみに通常ルートよりも、どれくらい日数を稼げる? 既に一日遅れている」


「俺らだけなら、五日から十日は稼げます。ただし、明日の朝一で装備を買わせてください。雪山の行軍です」


レオンが必要装備の確認を詳しく始めた。

姉が念のために食料も買い足しておこうと言うので、朝一で私達も市場に行くことになった。

何度か、女性陣も同行するのかと、レオンが聞かれていたが、彼も詳しくは説明せずに、問題ない、心配するなと答えていた。

まあ、そのうち分かるだろうしな。

敢えて、ここで、説明する必要もないだろう。


また雪山の踏破か。

皆の顔が厳しくなっていた。


コイツだけ空間部屋に籠るつもりなのだろう。

既に全く登る気のないフローレンスだけが、涼しい顔でブドウジュースを飲んでいた。



西側立体地図

挿絵(By みてみん)

世界地図

挿絵(By みてみん)

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