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小麦の街カリブリを発つ


カスティリオ王国二級冒険者パーティ『シグナル・ライト(Signal Light)』。

カルロス・マルティネス (Carlos Martinez)。

ダニエル・マルティネス (Daniel Martinez)。

エミリオ・マルティネス (Emilio Martinez)。


上から赤、青、黄色だ。

左腕に『XLI』『XLII』『XLIII』。

連番の四十一、四十二、四十三。

ふふ。

何だか笑える。


シグナル・ライトの人たちと一緒に、冒険者組合カリブリ支部の会議室に入った。

冒険者ライセンスを受付の人に見せたら、慇懃丁重に一番広い部屋に通された。


改めて、互いを紹介し合う。

三兄弟の名前も教えてもらったけど、全く覚えられないよ。

赤、青、黄色が頭から離れない。


姉がいつものストーリーを説明した。

新しくアル・ナジールの話が加わっている以外は、いつも通りだ。

彼らの頭の中から、小さな自動機械を取り出してあげるのも、いつも通り。


面白かったのは、彼らの話だ。

彼らの地元は、カスティリオ王国セラーノ市(Brograd Serrano)。

王国北部にある唯一の街だ。


カスティリオ王国は、農業大国。

南部には平原が広がり、豊かな穀倉地帯だ。

ヴァルデン共和国を始め、世界各国がカスティリオ王国から、小麦を輸入している。

カリブリ市は穀倉地帯の玄関でもある。

ここに南部の小麦は集められ、各国や地域に輸送されていくのだ。


カスティリオ王国の他の大きな都市は、統一街道沿いにある。

統一街道の西の端に首都アクアリス。

東の端、元アル・ナジール王国、現イフヤ共和国の方に、ラ・フロール市。

その間にある山の上、統一街道の一番標高高いところに、オリベイラ市がある。


アクアリスとラ・フロール、そして、ここ、カリブリ市は港町だ。


オリベイラ市(Oliveira)は、標高が高い地域らしく、昼夜の温度差が大きい。

ぶどうの糖度が増すため、高品質なワイン用のぶどうが栽培されている。

それ以外にもリンゴ、プルーン、ブルーベリーなどが有名な街だ。


その統一街道から南側に、カスティリオ王国の殆どの人が住んでいる。

人口の九割五分というから、もう全員と言っても良いくらいだろう。


さて、彼らの住むセラーノ市(Brograd Serrano)は面白い。

唯一の北側山岳部にある街だ。


統一街道から北側は人外魔境と呼ばれている。

暗く深い森。

密集した針葉樹によって暗く見えることから、恐怖や神秘すら感じさせる。

冬は雪に埋もれ、夏は厳しく高温多湿だ。

夏の降雨はスコール形式で、短時間に集中して降る。

冬の降雪はドカ雪で、終わりが見えないほど降り積もる。

そのため、この地域は豊かな独自の生態系を持ち、多様な動植物が生息しているそうだ。


通称『北黒の森』。

そんな秘境に唯一ある街がセラーノだ。


唯一秘境にある街。

その価値は何なのか。

それは、そこにある素材が貴重なのだ。


この地域にしか生息しない魔獣が多く、その素材は高額で売却可能だ。

この地域にしか生育しない薬草も多い。


うん。

魅力的。

それは行くしかないだろう。

仲間たちの視線を感じるが、是非行ってみたいと強く思ったのは確かだ。


まあ、信号機トリオが何を言いたかったというと、カスティリオ王国の冒険者と言えば、セラーノで活動する冒険者を指すということらしい。


「面白かった、赤の人。冒険者組合の本部は首都にあるのでしょ? どして、セラーノの冒険者組合が、あの放火魔の追跡と捕縛を依頼してきたの?」


「赤の人……。放火魔……?」


「すみません。火神ラファエル・モレノのことです。妹は人の名前を覚えるのが著しく苦手なもので」


三人が同じタイミングで、ズコっとリアクションした。


「アスさん、大丈夫です。終末の使徒に俺らが合わせるのは当然……。放火魔……、はは……。はい、えっとセラーノの冒険者組合の依頼の理由ですよね。えっと、厳密に言うと、セラーノの冒険者組合支部と首都の本部の両方からの依頼です」


「同じ依頼なの?」


「結果的には。セラーノは身内の不始末の後片付け。本部の方はエッジ・シーカーの皆様への支援が主目的です」


「身内?」


火神ラファエル・モレノ(Rafael Moreno)。

盲目の剣士マルコ・モレノ(Marco Moreno)。

この二人は、両方ともセラーノの出身らしい。


盲目の剣士は北黒の森の討伐専門の冒険者として、一級にまで上り詰めた。

指名依頼の達成率も高く、危険な魔獣の多くを討伐してきたという。


そんな彼でも、手を出さない、手を出してはいけない魔獣もいるという。

北黒の森の最強魔獣は、ズメイ・ゴリニチ(Zmey Gorynych)という魔獣だ。


多頭の魔獣。

体は蛇のように長く、しなやかで、強力な尾がある。

尾の数と頭の数は同じだと言う。

つまり、三つ頭を持つ時は尾も三つだ。

大きな翼を持ち、空を飛ぶ。

翼はコウモリのような形状。

彼の色は黒から緑まで様々。

硬い鱗と鋭い爪。

そして、口から炎を噴き出すそうだ。


「ドラゴン?」


レオンがそう呟いたけど、その通りだ。

多頭のドラゴンだ。


ズメイ・ゴリニチは人間を積極的に襲うことはしない。

ただ、北黒の森に侵入し、魔獣を倒しにくる人間には容赦をしないという。


その、ズメイ・ゴリニチが生息する地域に、裸の五歳児が降下した。

それが火神ラファエル・モレノだと言う。


北黒の森に入っていたマルコ・モレノが発見し保護。

『ズメイ・ゴリニチの加護を持つ少年』として育てられたと言う。


「うん。赤の人、その話も面白かった。話が上手い。青の人と黄色の人が後ろで、演技しているのも面白い」


「はは……。ララさん、それは良かった。ちょっと話が長くなっちゃったけど、セラーノで住む彼らが『女神の御神託があった』と言って突然出て行ったのが、始まりだったんだ。田舎の冒険者の街だからね。すぐに話は広がった。彼らが出ていた後、次に入ってきたニュースは、セレニティアの悲劇だ」


「『殺戮の使徒』と組んで、セレニティアの人たちを虐殺した」


「はい。その通りです、チャールズさん。冒険者組合としては、自国の一級冒険者の不祥事。なるべく自分たちで対処したい。二級冒険者パーティは三つあるのですが、一番若く機動力と調査力のある俺らが選ばれたって訳です」


「彼らは王国軍と行動を共にしていますよね? それでも?」


「はい。首都の本部にそれも報告しました。本部から各国の冒険者組合にも連絡が言っているはずです。首都の本部長からは追跡用の小型船舶を手配頂きました」


「冒険者組合としては、どっちサイドというか、軍の動きはどう考えているのですか?」


「クーデーターの件ですよね? 俺らは個人的にもナタリア女王、カタリナ宰相に世話になっています。指名依頼も沢山いただきましたし。冒険者組合としては、女王の味方です。その幽閉先も調査しています。それは他の冒険者パーティの任務ですが」


「幽閉されているの? 殺害はされていない?」


「冒険者組合としては、そう考えています。おそらく首都アクアリスか、オリベイラ市。いずれも女王の離宮があります」


私は聞きたいことは聞けた。

仲間達の顔を見渡す。

皆んなも、彼らが敵で無いだけでなく、協業出来る人達だと納得したみたいだ。

フローレンスは、ずっと自分の背中に回復魔法をかけるのに夢中になってるけど。


「俺らから、提案なのですが。首都へ行くのですよね? 俺らの船に乗りませんか? そちらの方が早いです」


「ありがとうございます。でも、僕らと一緒に首都に近づくと、おそらく、女神のあの空からの攻撃があると思うのです。船は危険だと思ってます」


チャールズの言う通りかも知れない。

首都アクアリスの港は、警戒されているだろう。

船は特にだ。

到着するまで、空間部屋で隠れているという手もある。

問題は、リスクをこの人達に負わせても良いのか、だな。

空間部屋から出て来てみたら、彼らが船と一緒に海底に沈んでるということもあり得るのだ。


馬で隠れて北上して十日ちょっと。

途中の町の教会から、自動機械を回収してネットワークを分断していく。

それで、女神は私達が陸から来ている事を確信するだろう。

彼らの安全を考えると、私達は馬で進む方が良いのだろうな。


私と同じことを考えていたのだろう。

姉もチャールズに同意した。


「そうですね。チャールズの言う通りです。首都で合流する場所を決めておきましょう。冒険者組合本部で良いかも知れません。わたし達が到着するまで、情報を集めておいて貰えると助かります」


「『殺戮の使徒』、『火神の使徒』の居場所。旗艦がどこにいるか。その辺ですかね?」


「うん。将軍もついでにやっつける。女王さん達の居場所がわかれば、それもララ達が助ける」


「はは……。さすが一級冒険者パーティですね……。全て解決しちゃおうと」


「情報と状況次第。優先は旗艦の自動機械。他はついで」


「ついで……。はは、わかりました」


信号機トリオとは、会議室で別れた。

次に会う時は、首都アクアリスの冒険者組合本部でだ。

互いの無事と成功を祈ると握手して別れた。


私たちが向かう先は、イフヤ王国の小型船舶クルーがいる宿屋だ。


チャールズが宿屋で声をかけて、近くのレストランまで来てもらった。

全員に美味しいご飯を振る舞いつつ、私たちは船長さんと情報交換と今後の予定を打ち合わせた。


船長さんは、当然、午前中に起きた港の惨劇を知っていた。

クルー達と状況も確認しにいったそうだ。

私たちが巻き込まれているのではないかと、ドキドキしていたと言っていた。


「戦艦も見て来ました。九隻はマストが折れ、出航不可能な状態。二隻は後部が半分ほど沈んでおりました。あれは、アストリッド様達がやられたのですよね?」


「はい。旗艦船と中型船は逃がしてしまいました。でも、首都アクアリスに帰還すると言っていたので、カリーム・アーバに向かうことは無いと思います」


船長さんは、立ち上がって、私たちに礼を示した。

胸の前で手を合わせる例のポーズだ。

目も閉じて、長く礼を示してくれている。


「ありがとうございます。また、我が国を救ってくださいました。帰還した折には、閣下に伝えておきます」


「うん。船長さん、それで頼みがある」


「はい、ララ様、何なりとどうぞ。首都アクアリスへお連れすることも厭いません」


「いや、それは止めた。私達は馬で行くことにした。安全を考えて。その代わり、やって欲しいことがある」


彼らにやってもらいたいことは、サンテール王国とヴァルデン共和国への繋ぎだ。

彼らに書簡を持って行ってもらいたい。

セレニティアの港に行けば、おそらくサンテール王国の兵士たちが駐留しているだろう。

そこに預ければ、王様や首相のところに急ぎ届けられると思うのだ。


書簡を受け渡してから、カリーム・アーバに戻ってもらいたい。

ナスルのオジちゃんは、戦艦が来ると思って準備しているだろうと思う。

きっとドキドキしている。

すぐに知らせて上げたいが、ちょっと待っててもらうことにした。


サンテールとヴァルデンへは私達の近況も伝える。

そのついでに、新国家イフヤ共和国の支援もお願いする予定だ。

ナスルのオジちゃんは、ラージャスティ、サンパウリーナの両国と同盟を組みたいと考えている。

サンテール王国とヴァルデン共和国も、それに乗ってくれれば、大陸の南側は安定すると思うのだ。

あとは、私達はカスティリオ王国へ潜入して、唯一の自動機械を奪取するつもりだと言うのも伝える。


「というのを、姉とフローレンスが書く。明日には出発してほしい」


「ちょっと、ララ、どうして私もなのよ。自分も書きなさいよね」


「わかった。ララはマリー宛の手紙を受け持つ。レオン、ゲオ宛の手紙は書いて」


「了解。俺が書くのは良いけど、アイツはきっとララかアス姉さんの手紙の方が喜ぶと思うぞ」


「じゃあ、最後にアス姉が一言加えることにする。手分けしないと手が疲れちゃう」


「ララちゃん……。露骨に僕だけ外されている……。まあ、そうなんだろうなと思うけど、流石に傷つくよ」


チャールズが何かボヤいているが無視だ。

チャールズは頭の良い子だ。

文系も理系も何でも出来る。

特に私達が弱い機械関連に強いのが、何よりも助かる。

ただ、酷く字が汚いのだ。

ミミズが這いつくばった字を書く。

最初は、ふざけているのではないかと疑ったくらいだ。

あれは流石に外交文書としては使えない。

もし、あの字で書かれた恋文を送ったら、間違いなくフラれると思うよ。


船長たちと美味しいご飯を食べた後、冒険者組合に紹介してもらった宿屋にチェックインする。

そのまま、倒れるように空間部屋に入り込んだ。


女性陣は三人でお風呂に浸かる。

三人とも身体中に青アザが沢山あった。


「フローレンス、背中、結構ヒドイね……」


「うん。女の子を庇ったら、背中を撃たれまくったのよ。でも……、あの子を守り切れなかったわ。私の身体じゃカバーしきれなかった」


「まぁ……、しょうがない。フロが悪い訳じゃない」


私は全身に内出血が浮かび上がっていた。

一つ一つ、お風呂に浸かりながら、フローレンスが取り除いてくれる。

姉は生足が斑点状になっていた。気持ち悪い。


「あ! 良いこと思いついた! ちょっと待ってて!」


私はお風呂場を出て、タオルで身体を隠した。

まぁ、幼児体型だ。

この姿を見ても、男子達は欲情しないだろう。

そのまま、パタパタとリビングルームに走る。


「ちょっと! ララちゃん! 何やってんの!」


裸にバスタオル姿を見て、チャールズが驚愕して大きな声を出した。

レオンを見習え。

ちゃんと、視線を外して、反対方向を見ているぞ。

叫びながら、ジッと見るのではない。


「チャック。エッチ。こっち見るな」


「いや……、エッチって、妹のそんな姿を見ても何とも思わんよ……」


倉庫のドアを開けて、ガラクタ置き場の奥にあったエネルギー鉱石を抱えた。

大きい、両手で抱えると前が見えないくらいに大きい。


「ありゃ、ララ、何やってんだろ、収納しちゃえば良いんだ」


エネルギー鉱石を収納して、また風呂場にパタパタと走って戻る。

そして、気が付いた。

私、半分ほど収納していたなと。

十個ほどあったエネルギー鉱石だが、

フローレンスに言われて、念のために半分ほど持っていたのだ。


アホな私はお風呂場に戻ってから、二人から、しこたま怒られた。

女性として最低限のマナーを守れとか。

男女が一つ屋根の下に住んでいるのだから、こっちが気を遣うべきだとか。

大人の女性になるためには……云々。

そこから先は耳を塞いだ。


「ウワッ、これ凄いね。あっと言う間にアザが消えていくよ」


「うん……。ララが醜態を晒して走った理由が分かるわ」


「私の足は完全に消えたわ。ララ、腕も湯船に入れなさい。首もよ」


「はーい」


フローレンスが言っていた。

あのエネルギー鉱石には、非常に高質な治癒の魔力が詰まっていると。

フローレンスの回復魔法を遥かに凌ぐ力らしい。

だから、お風呂に漬けて、魔力をお湯に満たしたのだ。

本当に一瞬で、魔力がお湯に溶ける間に、青アザは消えた。


「これ、ずっと、ここに入れておこうか」


「ララ、無くなったりはしないの?」


「フローレンス曰く、自然に元に戻るって言っていた」


「そうね。きっと、このお湯が満たされたら、魔力放出は止まると思う。やってみようかしらね」


「ララ、後で、男子風呂にも置いてあげて。レオンのアザがヒドイのよ」


「えー、汚らしいから入りたくない」


「あの二人に渡せば良いのよ」


「はーい」


そう言いながら、私はお湯の中に頭まで浸かった。

姉とフローレンスの、止めなさいと言う声が聞こえたけど、もうお湯の中だ。

ブクブクと浸かる。

気持ちが良い。

目の疲れも取れる。

頭の中にも癒しの魔力が浸透してくるのが分かった。

脳が活性化されていく。

シナプスが繋がっていく。

目を瞑って、脳に染みわたる癒しの魔力を堪能した。


色々なヴィジョンが見えた。

空に浮いたお城。

仲間たちの姿。

ああ、フローレンスは綺麗な女の人にやっぱりなるんだな。

チャールズとレオンは、背が大きいや。

6フィート超えるんだ。

私だけが小さいままだ。

マリーもいる。

マリーも綺麗な女の人になるのか。背も大きいし。

ありゃ、姉がいないな。


私はギターを弾きながら歌っていた。

あの曲だ。

前にベルクシュタットの広場で聞いた曲。

やっぱり、私、弾けるし歌えるんだ。



目を覚ますと、姉とフローレンスが似た様な顔で覗き込んでいた。


「あれ?」


「ああ、もう。良かったわ。溺れ死ぬかと思ったわよ」


「ララ、お風呂で寝ちゃったの?」


「そうよ。寝ちゃったのか、意識を失ったのか、わたしには分からないわ。心配したわ」


「湯船に沈んだと思ったら、浮かび上がってきたのよ。溺死体みたいだったわ。慌てて、私とお姉様で身体を拭いて、ネグリジェ着せて、部屋に寝かせたのよ。私達は素っ裸のままよ。男子達が飛び込んできたら、私達はショック死するところだったわ」


「ごめんよ……。なんか、あのお湯に頭を漬けたらさ、みんなが大人になった時の姿が浮かんだんだ……。あと、ララ、ギター持って歌っていた」


姉もフローレンスも怪訝な顔を浮かべた。


「夢……。もしくは前世の記憶?」


「うん……。分からない。その二つは判別が難しい。でも、あの濃い魔力で脳内が活性化した感じはしたの」


「ララ、ギター弾いてみる? 何か思い出すかもよ?」


「うーん。今度、お風呂に浸かりながらがいいかな。回復魔法が近くにある時がいい。もうちょっとしてからにする」


エネルギー鉱石の効能は素晴らしく、アザだらけだったレオンもお風呂に浸かることで治ったそうだ。

午後は、チャールズ以外の皆がダイニングルームで、書簡を書いた。

チャールズは、外交文書担当の姉、フローレンスの相談役だ。

私の手元には、チャールズが書いたマリー宛の手紙がある。


『山猿。心配するな。僕らは前を向いて歩いている。精々、頑張って成長しておけ』


そう書いてあった。

瀕死のミミズが何とか生きようと前に進んでいる様な字で、そう書いてあった。



船長さんに書簡を預けて、私達も出発した。

昨日惨劇があった港の市場ではなく、街の中心街にある市場で大量買い付けをした。

小麦の国だ。

沢山の小麦を買い込んだ。


お馬さんに乗って、私達は街を離れた。

街を出ると一面の畑が広がっていた。

どこまでも続く畑だった。


五月下旬は、この国の農家の人たちからすると、未だ小麦の植え付け期。

これが終わらないと戦争は始まらない。

ここで海軍が停泊していたのは、そういう理由なのかもしれない。

専属軍人だけでなく、多くの兼業兵士を大型船に乗せて連れて行くのならば、

小麦の植え付け期が終わってから、出航するはずだ。


この小麦は翌年明けに収穫されるそうだ。

冬の寒さにさらされることで「春化」と呼ばれる過程を経て、開花に必要なホルモンを作り出す。

春を迎え、温かくなると急速に成長を始め、穂を実らせるそうだ。

その時期に、是非、もう一度来たい。


この広大な小麦畑一面に広がる黄金色の穂。

地平線まで続く黄金の景色。

太陽の光を浴びて輝き、風に揺れる穂は、まるで波のように見えるそうだ。

青空と白い雲の下の小麦畑も綺麗だが、

夕焼け時には空がオレンジ色から赤褐色に変わり、畑の黄金色と相まって幻想的な雰囲気になるという。


そう胸を張って話す市場のオバちゃんは誇らしげだった。


これ以上の風景は、この星では見られないわ。

私達にそう言ったオバちゃんは、とても幸せそうに見えた。



世界地図

挿絵(By みてみん)

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