首都カリーム・アーバが護るもの
アル・ナジール王国(Kingdom of Al-Nazir)
首都カリーム・アーバ(Karim Abad)。
王国名の由来は『守護』だ。
首都カリム・アーバは『寛大な都市』を意味し、女神教の敬虔な信徒へ寛大な心を持ち、それを護ることを目的に建てられたと言う。
ふーん。
へー。
大きくて強固な外壁。
シュタインランドにも負けない堅牢さだ。
私たちは透明魔法で身を隠し、外壁に作られた巨大な門の横で様子を伺っていた。
巨大な門は馬車がすれ違えるほどの大きさであり、多くの人が行きかっている。
全員が並んで入場手続きをする訳ではない。
憲兵が気になる人だけを呼び止めて、チェックするのだ。
ジィっとその風景を私たちは全員で隠れながら見ていた。
ここまでは、チャールズと私の二人で、巡礼服を着て移動した。
途中の町の教会には夜忍び込んだ。
尖塔にある自動機械はキチンと回収してきた。
サラちゃんのママが教えてくれた通り、巡礼服を着て移動する人は怪しまれない。
それは間違いなかった。
逆に、多くの民から、『ご苦労様です。頑張ってくださいね』と声をかけられた。
首都カリム・アーバに参拝することは、女神教の信徒にとっては、非常に大事なことなのだ。
首都カリム・アーバに入る日の前日に、姉とレオンが自分たちも見てみたいと主張した。
都市に入ってからね、と返事をしたが、まずは門を安全に通過できるかを確認したいと言う。
フローレンスは興味なさげだったが、全員でチェックするため、一緒にやってきたという訳だ。
そのフローレンスは門の反対側、
外壁に沿って建てられたバラック小屋の方向をジッと見ていた。
あそこは、いわゆるスラム街なのだと思う。
サラちゃん一家の家も相当なボロさだった。
この密集したバラック小屋はさらにボロい。
土壁で辛うじて雨露を凌げる程度の家だ。
それが、所狭しと外壁の外に密集していた。
そこに住む住民の服もそうだ。
ジャマ(ローブ)は擦り切れ、色落ちし、薄汚れていた。
裾が絞られたシャルワール(ズボン)は穴が開いている。
アマーメ(ターバン)は途中で破れていて髪の毛が隠せていなかった。
それでも数千から数万の人が住んでいるのは、遠目からでも分かった。
内壁の中にも似たような人たちが住んでいるらしく、門から多くのスラムの人たちが行き来していた。
午前中いっぱいは時間をかけて、門の様子を観察した。
概ね、憲兵のやり方が分かったところで、私たちは一度空間部屋に戻った。
「身分証のチェックは全員ではないみたいね。わたし達はこの国の人じゃないからね。それだけでも良かったわ」
「アス姉様、その通りですが、巡礼者は厳しい尋問をされています。一部の巡礼者は身分証らしきものを見せておりました」
「うん。露骨だった。巡礼者だけが厳しいチェック。馬車に乗った人は素通り」
「ララちゃん、商会の人も、馬車や荷馬車を降ろされて簡単なチェックはされていたよ」
「チャック。憲兵の人数には限りがあるみたいだ。いっそ、透明魔法をかけて走りぬけるので良いのではないか? 忙しそうなタイミングを図れば抜けられると思うぞ」
「そうだね。それが最後の案かな。三人だけジッと見ているだけの憲兵がいたでしょ。あれが気になる」
「わたしもチャックが言う人たちが気になったわ。黒の憲兵服だけど、左胸の金の刺繍が豪華。おそらく隊長格なのか、特別な選抜隊なのかも。三人中二人は若かった。使徒かもしれないわ」
「僕もそう思います。アス姉さん位の年齢の男が一人。フローレンスと同じような歳の女の子が一人。もう一人は大人でしたね」
「使徒か……。憲兵に使徒。何か魔法が使えるやつだと嫌だな」
皆がうーんと考えるが、使徒の能力なんて分かりようがない。
「フロは気になったことあった?」
「うーん。この国の身分差別が気に入らないわ。あのスラムの子達、病気になるわよ。憲兵も人間として見ていないわ。存在しないモノとして扱っている」
「うん。まあ、それはララも思った……」
「それだ。良い案かも。スラムの人たちに扮して門を通ろうよ」
「そうだな。悪くない。俺も賛成だ。スラムの人から服を買うついでに、お金と食糧をおいておけばいい」
「ララちゃん、行こうか。服を買いに、女神の恵みを配りに」
※
スラムの人たちは良い人たちが揃っていた。
こんな扱いにあっても、敬虔な信徒だった。
正午になったら、全員が道端に出てきて、教会に向けて、汚い地面に額を付けて礼拝したのだ。
そして、彼らは優しい民でもあった。
この街が初めてだと言うと、色々なアドバイスをしてくれた。
巡礼者は最近、憲兵からの監視と締め付けがヒドイ。
普通の民として過ごした方が良いくらいだと。
かつては、特別な待遇を受けていた巡礼者が、最近では憲兵に何人も殺されているという。
少しでも疑わしければ、躊躇なく首を斬られる。
この数年で憲兵の所業は悪化の一途をたどっているらしい。
内壁の中にもスラムがあるから、そこの知り合いと繋いでくれると言っていた。
宿よりも遥かに安全だと。
私たちは沢山の食料と少しのお金を渡した。
大きなお金を持っていると、憲兵に目を付けられる。
現物の方が良いだろうと判断した。
私は優しい小さな女の子に手を引かれて、門を潜った。
チラっと三人組を見たが、こちらを気にも留めなかった。
ボロボロの擦り切れたローブ。
穴の開いたズボン。
子供同士の入場。
疑われる要素は無かったのだろう。
少し後ろで、この女の子の爺ちゃんとチャールズが二人で歩いてくる。
今、門に差し掛かったところだ。
問題なさそうだ。
チャールズも門の真ん中に差し掛かって、残り半分。
私は既に門を超えた。
左に曲がり、スラム街の方に向かう。
トコトコと小さい女の子に手を引かれて歩く。
「ちょっと待て。お前だ!」
そう言われてビクっと身体が震えた。
おそらく、あの使徒の女の子だ。
まだ成人になっていない子。
使徒だとしたら、選ばれし使徒だろう。
その子に声をかけられた。
恐る恐る振り向くと、私ではない。
チャールズの方に向かって、三人が歩いていた。
「靴。どうした? 随分、靴だけ立派だな」
マズい。
私は速度を上げて離れた。
私も靴は変えていない。
長ズボンの裾で隠しているから、ほぼ見つからないはず。
そのはずだった。
今度は私が小さい女の子の手を取って歩く。
「おい! 待て!」
「発見! 不審者発見!」
「「「ピー!」」」
一斉に憲兵たちから笛が鳴った。
背後を通り過ぎる足音が聞こえた。
チャールズが加速したのだろう。
プランCになってしまった。
もし、見つかったら、チャールズが私を抱えて逃げる。
私は透明魔法をかけて、二人の姿を消す。
これがプランBだ。
チャールズだけ見つかった場合がプランC。
その場合、彼はオトリだ。
憲兵が集まるだろう。
その間に、私は教会に忍び込む。
彼が撹乱している間に、私は撤去作業を終わらせる。
集合場所も教会だ。
女神像の前。
「ありがとう。ここまでで大丈夫だよ」
「アミマおばさまの所に連れて行けって言われていたよ?」
「うん。でも、大丈夫、ありがとうね」
私はスラムの入口で少女と別れた。
建物の影に入ってから、姿を消す。
そして、教会まで走った。
この国の教会は、他の国と形が違う。
中東ならではの建築デザインかもしれない。
教会の外観は、尖ったアーチや、大きなドーム型の形状をしている。
それが幾つも並んで構成されているのが教会だ。
そして、そのカラーは金。
金ぴかの装飾なのだ。
金色の尖塔を探せばすぐに分かる。
王宮と教会だけだから。
沢山の憲兵が市場の方に走って行った。
おそらく、チャールズが教会の反対側に誘き寄せるつもりなのだろう。
誰よりも速いチャールズだ。
走っている限りは捕まらないだろう。
問題は、足が止まった時。
なるべく早く合流しないと。
これまでに無いくらい多くの人が、女神像の参拝に訪れていた。
百では済まない。
何百の人の列がそこにはあった。
その多くは、白装束。
彼らは皆、巡礼者ってことだ。
透明魔法で姿を隠したまま、列の先頭まで進む。
先頭の人と一緒に、女神像の講堂に忍び込んだ。
金色の絨毯。
それが真っすぐと女神像まで伸びている。
左側の窓は全面ステンドグラス。
窓以外の壁が美しいタイル細工や幾何学模様が施されていた。
豪華絢爛だな。
この国の女神は、質素倹約を説きながら、自分自身の周りは煌びやかに飾らせている。
まあ、どの国も同じ女神なんだけど。
参拝者が床に額を押し付けて、何度も礼拝していた。
その隙に、女神像全体に魔力を展開する。
この男の人が何かを言う前に、自動機械を回収した。
何か余計なことを女神が言ってパニックになるのは困る。
「女神様。ムハンマド・ハッサンが己が罪を告白します。憲兵に娘が拉致され、乱暴された上に無惨に殺されました。これは私どもの、どの様な罪の報いでしょうか。清廉潔白に過ごしてきたつもりです。私が、そして家族が犯した罪を教えていただけませんでしょうか」
何度も何度も額を床にこすりつけながら、男の人は、そう問うていた。
耳元で囁きたかった。
貴方は間違っていない。
間違っているのは、女神と、この国の上層部の人たちだと。
男の人が肩を落として講堂の出口に向かった。
その隙に、空間結界を重ねて足場を作る。
天井部の天板を開けて、中に滑り込んだ。
次の人が入って来たけど、まあ気づかないだろう。
この高い天井を見上げる人なんて、ほぼいない。
いつも通りに尖塔までハシゴが続いており、それを登ると、尖ったアーチに繋がるところに自動機械が置いてあった。
無事に回収。
これで、少なくとも監視の自動機械と神託は防げるはずだ。
ハシゴを降りると、未だ参拝中だったようだ。
この人が背中を向けた後、床に下りた。
しばらく、女神像の横で、人々の嘆きや問いを聞いているうちに、廊下が騒がしくなってきた。
バン! と扉が開いて、チャールズが駆け込んでくる。
少し息が上がっているが、大丈夫そうだ。
講堂のドア前にいた教会の司祭さんや、並んでいた巡礼者たちが、何事かと講堂に入ってきた。
チャールズは、女神像の横に立ち、彼らに向けて言い放った。
「僕は女神様から遣われし使徒。この国の現状を女神様は嘆いておられる! 王に騙されれるな! 教会に騙されるな! 憲兵は敵だ! 女神様の敵だ! 民よ、今こそ立ち上がる時だ!」
まったく……。
コイツは詐欺師にしたら、一級品になれると思う。
よくまぁ、こういうことを思いつくものだと、私は感心した。
私は、少し喉を湿らせた後、この茶番に付き合うことにした。
少し声色を低くして、ゆっくりと告げた。
「選ばれし使徒よ。お勤めご苦労であった。民よ。使徒が言ったことは本当だ。わたくしが、使徒をメッセンジャーとして、この国に派遣した。王を許すな。憲兵を許すな。偽りの神託を振りかざし、敬虔な信徒を弾圧する彼らは神敵である。この事実を遍く広げるが良い。国中に広げるのだ」
「「「「「おおおおー!」」」」」
講堂にいた人たちは、一斉に床に額を当てて、何度も、何度も礼拝した。
『女神の御神託を聞けるとは……』と巡礼者たちは感動していた。
司祭さんなんか、大号泣だ。
チャールズは、開いた天板に向けて、「トゥー!」と飛ぶフリをした。
いや、こんな演出は聞いていませんから。
私はチャールズごと、空間部屋に退避した。
一瞬で姿を消した私たち。
空に飛んで行ったと言う人もいるかもしれない。
巡礼者たちは、これぞ神の御業だと思うだろう。
宗教的な不思議現象なんて、概ね、種も仕掛けもある、こんなものなのだ。
※
その日は空間部屋で待機した。
明け方、まだ街が起きる前に、再び女神像の前に出て門に向かう。
早々にこの街からは出るつもりだ。
チャールズが面白おかしく語ることで、その日の夕飯は盛り上がった。
チャールズ、オンステージである。
翌朝、女神像の前に再び出る。
周囲には誰もいない。
天板も閉められているようだ。
おそらく、憲兵が調査したのだろう。
念のため、透明魔法をかける。
「チャック、行くよ」
講堂から裏口に回り、鍵を開けて外に出た。
空が明るかった。
「ララちゃん、日の出じゃない。おそらく火事だ」
チャールズが走った。
その足音を頼りに、私も追う。
ああ、分かった。
何が起きているかが分かった。
火事だ。
スラムが、
燃えていた。
「こっち。裏から廻ろう。火の手が上がっていないところから救助していこう」
「了解。透明魔法解除するよ」
裏側に回ろうと思った矢先、チャールズがいきなり立ち止まった。
燃えているスラムの入口をジッと見ている。
そして、そこに向けて走り出した。
分からんが追う。
しばらく走ると私にも見えた。
チャールズが何を見つけて、走り出したのか分かった。
人が。
首を吊るされた人たちが、そこにいた。
私たちに洋服を売ってくれた人。
チャールズと一緒に、門を潜ってくれたお爺さん。
そして、私と一緒に手を繋いで入ってきた、小さい女の子。
首をロープで何重にも縛られて、スラムの入口の建物から、
その三階のベランダから、吊るされていた。
「ひどいよ……」
「ララちゃん、火の中に入るよ」
チャールズが燃え盛るスラム街に入っていった。
私も後を追う。
魔力を展開して、左右を調べていく。
人だと思えた感触を掴んだら、全て、収納した。
スラム街は狭い入り組んだ路地で複雑な構造をしていた。
燃えているのは、手前側半分みたいだ。
ドンドン奥に延焼しているらしい。
これ以上、延焼が広がらないように、収納魔法で、建物ごと取り除く。
これだけスペースを開けておけば、後ろ半分は問題ないだろう。
何度か路地を行ったり来たりして、燃えている建物から人を取り出した。
「オッケー。みな、収納出来たと思う」
「じゃあ。裏から出よう。広いところに出てから、フローレンスを呼んで治療を始めよう」
路地を奥に進み、スラム街の反対側に行こうとしたところで、足を止めた。
スラムの人たちが殺到してて、路地が人で溢れていた。
「どうしました?」
「逃げようとしてるんだが、憲兵が塞いでいるんだ。このまま火が燃え広がるのを、アイツら見ているつもりだ」
「え、ちょっと、失礼しますね」
チャールズが人々を掻き分けて、前に進む。
私もその後ろについていった。
憲兵がバリケードで塞いでいるようだった。
その向こう側では、司祭服やシスター服を着た人たちが、憲兵と言い争いをしている。
「女神様はこんなことを望んでいない」とか何とか。
いや、女神の仕業ですよとは言わなかったが。
「チャック、バリケードどかすよ」
「うん。ララちゃん、頼む。そしたら、あのスペースで治療しよう」
チャールズが指さしたのは、憲兵と教会関係者が言い争いをしている奥のスペースだ。
ちょうど井戸もある。
ひょっとしたら、スラムの人たちが使っている広場なのかもしれない。
バリケードを収納すると、スラム人たちが雪崩の様に外に逃げ出した。
教会の人たちと言い争いをしていた憲兵たちが、慌てて、制したり追ったりしている。
私はその隙に広場のスペースに行き、空間部屋に繋がる裂け目を作る。
チャールズが中に入っていった。
仲間たちを呼びに行ったのだろう。
私は広場に収納した人たちを並べて行った。
残念ながら、多くの人は既に亡くなっていた。
焼け焦げになっている人も多い。
でも、何人かはまだ息をしていた。
診断魔法をかけて、初期診断をしていく。
「ララ、どんな?」
空間部屋から出て来たフローレンスに早速状況を聞かれた。
「あの人と、この人は、回復魔法をかけて。喉と肺が炎症起こしている」
延焼して崩れた家屋に圧し潰されてしまった人もいる。
私は外傷がある人を優先した。
骨を整形して、フローレンスに受け渡す。
フローレンスが治療した人たちは、教会の人たちがケアしているみたいだ。
しばらすると、姉が炊き出しを用意して、温かい食べ物を振る舞っていた。
シスター達も、姉と一緒になって働いている。
結局、悪い奴は一部のヤツだけなんだ。
多くの人たちは、こうして誰かを助けることを厭わない。
亡くなっている人が多く、助けられる人は少なかった。
私もフローレンスも炊き出しの方の手伝いを始めた。
しばらくすると、また憲兵と司祭の人たちの言い争いが始まった。
この炊き出しや治療が気に入らないらしい。
「憲兵が集まってくる前に街を出よう」
「うん。アス姉、フローレンス、レオン、また空間部屋に送るね」
そう声をかけると、三人が集まって来た。
三人を部屋に送った後、自分とチャールズに透明魔法をかけた。
早めに撤退しよう。
そう思っていると沢山の憲兵が集まって来るのが見えた。
こっちに向かって走ってくる。
馬に乗っている憲兵も沢山いた。
すれ違うように、私達はスラム街を出る。
「あ! この匂い! います! アイツが近くにいます!」
また、あの女の子の声だ。
チャールズが走り出す音がする。
匂い?
匂いって何だ?
チャールズの足跡を頼りに門に向かって走った。
「ララちゃん、門が閉鎖されている」
「うぇ……まじか。でも、後ろから追っ掛けてくる憲兵もいる。動こう」
「スラムに戻る?」
「だめ。私たちが行くと迷惑がかかる。逆に裕福な街に行こう。一番立派な家に隠れよう」
チャールズが私を抱き上げた。
走る速度が一気に上がる。
私達は教会に向かって走った。
教会の向こうが、身分の高い人たちが住むエリアだ。
王宮がその奥にあることからも、間違いない。
「チャック、馬車が走ってる。あれについて行って。一緒に家に入ろう」
「了解」
王宮に向かって馬車は進んでいた。
この道がメインストリートなのだろう。
道幅が広く、綺麗なアスファルトで整備されていた。
歩道には木が植えられており、各家には鉄製の囲いがある。
完全に陽は昇った。
でも、メインストリートを歩く人はいない。
馬車も走っていなかった。
まだ早朝ということだろうか。
この馬車の中の人は、何処に向かっているのだろう。
こんな早朝に家に帰るのだろうか。
ひょっとしたら、これから仕事に行くのか。
まさか、王宮じゃないよな。
そんな心配が頭をよぎったが、馬車は大きな家の前で止まった。
御者が降りて、その門を開ける。
「ララちゃん……、憲兵が囲んでいる家だよ」
「うん……。でも、これだけ憲兵がいれば、逆に中にいるとは思われないかも。入ろう」
馬車がその家の広い敷地に入っていった。
家の玄関の前に横づけした後、御者が馬車の扉を開ける。
馬車から下りて来たのは、五十代の長身の男性。
豪奢な司祭服を着ている。
普通のローブではない。
白い豪華な刺繍が縫い込まれていた。
「ララちゃん、あれって……」
「うん。多分、教会関係者……。でも、灯台下暗しだよ。ドア開けたら中に駆け込んでね」
チャールズの耳元で囁くように話した。
御者が玄関ドアを開けるかと思ったら、御者の仕事はここまでの様だった。
鉄製の門扉を閉めに向かった。
男性は自分で鍵を取り出して、ドアを開けた。
閉まる前にチャールズが駆け込む。
一瞬だけドアに触れてしまってみたいだ。
男性は怪訝な顔を浮かべた。
そのまま、奥に進み、二階へと上がる階段の裏に身を潜めた。
「あぶね……」
小声でチャールズの声がした。
うん、危なかったよ。
そして、もう私を床に下ろしてと頼んだ。
「教会の偉い人っぽかったけど、家人が一人もいない。侍女も執事も」
「そうだね。自分でドアを開けているくらいだからね」
「御者さんだけが専属なのかな……」
ヒソヒソと話していると、ドアの呼び鈴がなった。
一階の奥にいた男性が、慌てることなく優雅に戻って来る。
ドアの向こうから声がした。
おそらく御者さんだろう。
「旦那様、憲兵の方がいらしています」
「取次不要だ。家の前に沢山おるだろう」
「いえ……、それがサイード憲兵隊隊長です」
うげっと声を出しそうになった。
口を手で押さえて、耳をそばだてる。
「ふん。玄関まで連れてこい。だが、ここで話すだけだ」
「かしこまりました」
男性がドアを開けた。
しばらくして、声が聞こえ始めた。
「サミール・ナスル大司教閣下。早朝に失礼します。ここに犯罪者が逃げ込んだと連絡がありました」
「はぁ? どの様な連絡だ。そもそも、この家はお前ら憲兵に囲まれているだろう。逃げ込める訳があるまい。それとも、門前の憲兵どもは無能者の集まりか?」
大司教……。
確か教会で一番偉い人。
違うな教会で一番偉い人は司教だ。
大司教は、この国の教会のトップだ。
道理で、威厳がある低い声だ。
聞いているだけで、引き込まれる声だった。
「ウチの使徒ですよ。選ばれし使徒が嗅ぎつけました。匂いがここに繋がっていると」
隣でクンクン鼻で嗅ぐ音がする。
匂いって、さっきも女の子が叫んでいたな。
『匂いがする』と。
嗅覚強化とかなのかな。
だとしたら、ショボい。
何で部位だけの強化なんだよ。
身体全体を強化すればいいじゃないか。
「知らぬ。その様な怪しげな理由で、大司教宅に立ち入るか。去ね」
「ちょっと待ってください。女神様の御神託なんですよ。人類を滅ぼす使徒を捕えよと。大司教閣下。教会もそれは無視できないでしょうが。ちょっと家に入れて貰えればそれで良いのです」
「何を言うか。そもそも、その御神託はお前ら三人だけが聞いたモノだろう。本当かどうかも疑わしい。それに……。昨日の女神像の御神託の話は聞いたであろう? あれは教会の司祭だけではなく、多くの巡礼者が聞いていた。無かったことには出来ぬぞ。そちらを教会が優先するのは当然だろう。さぁ、行くのだ」
「我らは国王陛下の直轄ですぞ。大司教閣下といえども、無下に出来ないはず」
「であるか。そうであるのならば、陛下の書状を持って参れ。大司教を捜査する命令書を」
「その大司教の地位がいつまで保つか……」
「分かっておる。だが、今は、ワシがこの国の大司教だ。さあ去ね」
男性は強引にドアを閉めた。
憲兵隊長が、ドア越しに何かを言っていたが、気にせず無視して閉めた。
使徒三人。
あの憲兵三人組が全員使徒ということだろう。
魔力を展開したので、一瞬収納しようかと悩んだ。
でも、そうすると、ますます、この家を中心に捜査の手が伸びるだろう。
なので、彼らを収納することは決断出来なかったが、決断出来たこともある。
絨毯に三つの自動機械。
ベチャベチャを絨毯で擦って拭っているところだ。
彼らの頭の中の自動機械は除去しておいた。
男性が廊下を戻っていく。
私たちが隠れている階段の横を通リ過ぎるあたりで、立ち止まった。
「そこにいるんだろ? 終末の使徒よ」
そう声をかけられた。
吸い込まれる様な低く響く声で、そう呼びかけられた。




