アル・ナジール王国上陸
岸まで近づいたところで、結界を解除して、私達は泳いで岸に上がった。
どうせ泳げないだろうから、フローレンスだけ、岸に上がってから、外に出した。
辿り着いたところは、半島の西側の岸。
この小さな出ベソ半島の名前は勿論知らない。
でも、農家の人が住んでいるのは、海岸からでも分かった。
随分粗末な家だ。
基礎部分だけが石で組み上げられていて、壁は土壁だろう。
屋根は藁の様なものが乗せられていた。
「養鶏場かしらね」
フローレンスが指さした先には、鶏が沢山飼っている小屋がある。
住居よりも遥かに立派で大きな小屋だ。
リヤカー、馬房もあることから、やはり収穫した卵や鶏肉を自分で運搬しているのだろう。
住居よりも、馬小屋と納屋の方が大きい。
「もう夕方だ。統一街道まで出て、今日はそこまでにしよう」
チャールズから、声がかかった。
空は今日も曇天だ。
結界の中から見ても、今は雨季なのか、雨の日が続いていた。
地面の泥濘具合からも、それなりの量が降っていそうだ。
養鶏場を出て、草が生え茂った道らしきものを歩み出した。
北方面に出れば統一街道だ。
「きみたち!」
後ろから声をかけられて振り向いた。
まだ若い、三十半ばの男性が、私達に声をかけていた。
ボロいネズミ色の膝丈ローブ。
茶色のズボン。
ズボンはゆったりとしたデザインで、足首だけが絞られていた。
頭にはローブと同色の布製の帽子、おそらくターバンの一種だろう。
それを被っている。
浅黒い肌。
ハッキリとした濃い顔立ち。
まさにイメージした通りの、中東の農民だ。
姉が振り向いて、返答した。
男性は一瞬だけ、ギョっとした顔を見せた。
後ろ姿からは女性だとは思わなかったのかもしれない。
「女、子供がこんな時間に出歩いちゃ危険だよ。海を遭難してきたのかい? うちの納屋を使って良いから、休んだ方がいいよ。夕方以降は雨が降ることが多い。」
「お気遣いありがとうございます。仰る通り、海で遭難して漸く岸に上がれたのです。早めにバハール・シティまで辿り着きたいと考えています」
姉は首都とは言わずに、第二都市の方を口にした。
後から調査される可能性も十分にあり得る。
賢い選択だと思う。
「だったら、なおさらだよ! 統一街道に抜けて、バハール・シティの方に歩いたら、半日しないと村はないのさ! 日が暮れちまうよ。夜は間違いなく雨だ。今日は泊まっていきなさい。温かいスープくらいなら、出すよ」
姉がこちらを振り向いた。
少し嫌そうな顔をしている。
チャールズが、少しこの辺の話を聞こうと言ったのには、渋々と同意した。
納屋に入る前に、男性が中をザっと掃除してくれた。
鶏の羽毛が舞って、埃っぽそうだ。
まあ、私達は結界を纏っているので、問題ない。
い草で織られたゴザを一面に敷いてくれて、そこに円卓を置いてくれた。
靴を脱いで上がるべきか悩んだが、ここは東の国ではない。
そのまま上がると、ゴザと同素材の丸い座椅子も配られた。
「奥さんと子供に声かけてくるからね。白湯を出すから、ちょっと待っててな」
男性がセコセコと歩いて出て行った。
私達は顔を見合わせながら、座椅子に座った。
「良い人みたいね」
「でも、すごい貧乏そうだね。家と養鶏場の大きさを比べると、あまり儲かってはいなさそうだ」
「チャック、何を聞きだしたいの?」
「そりゃ、憲兵の情報だろ。まあ、僕が話すよ」
しばらくすると、私くらいの大きさの子供が、白湯を持ってやってきてくれた。
父親と同じように足首で縛った太めのズボンを穿いている。
上着はローブのように長い素材だった。
頭にはターバン。
やはり、髪の毛は見せないのが慣習のようだ。
「ありがとう。助かるわ。お名前は?」
姉が笑顔で話しかけた。
でも、言い方が少し幼児に問いかける口調だ。
私と同じくらいの大きさなのに。
もう。
「サラ。サラ・サイード (Sara Said)。九歳」
ブゥッっと白湯を噴き出してしまった。
フローレンスに、怒られた。
でも、三つ下?
同じくらいの身長だよな。
横にいって背比べしたいと真剣に考えた。
「サラちゃん、ありがとうね。お手伝いして偉いのね」
「うん。大丈夫。お母さんが玉子スープ作っているから待っていてね」
そう言って、笑顔を向けて出て行った。
サラちゃんは風邪を引いているのだろうか。
少し気管からゼェゼェ音がする。
何度か咳込んでもいた。
日が暮れ始めたころ、母親がスープ鍋を持ってやってきた。
父親が抱えているのは、お水かお酒か。
火鉢みたいなものを片手には下げている。
サラちゃんが、器を重ねて運んでくれていた。
父親が持ってきたのは、地酒だったようだ。
この国では、お酒を飲むことは推奨されていない。
都市部では、禁止されているそうだ。
農村では、こうして薄めたお酒を飲むことが許されているという。
私達は未成年ばかりだし、姉もお酒があまり好きではない。
結局、父親だけが飲んでいた。
チャールズが色々な情報を上手に聞き出していた。
国か教会の支援を仰ぎたいのだが、一番早い手は何かとか。
教会の力の強さ、国との関係性とか。
女子供が歩けるような治安の良さはあるのかとか。
基本的には父親が答えてくれていた。
母親は、それを補足する形だった。
わかったことは幾つかある。
まず、教会と国は一体化している。
おそらくズブズブなのではないだろうか。
教会がある町や大きな村であれば、憲兵がいるので、それに相談するのが一番早い。
憲兵は最低十名は各教会に常駐していると言っていた。
憲兵は全身黒い洋服。
見つけやすい。分かりやすい。
でも、思ったよりも、多い。
残念なこともあった。
女子供が道を歩くのは推奨されていない。
基本的には、自宅周辺で活動するのが、この国の慣習だそうだ。
近くの村で買い物するのも、父親の仕事だと、胸を張って言っていた。
私は片方の耳で、話を聞いていた。
意識の半分は、サラちゃんを診断しているフローレンスに向けていた。
私もフローレンスも診断魔法を既にかけている。
身体に起きている症状は、概ね理解出来た。
問題は、その原因だ。
フローレンスと小声で情報交換を始めた。
「ララ、喘息で良いと思う?」
「うん……。呼吸器疾患であることは間違いない。サラちゃんはずっと続いていると言っていた。風邪でもない。アレルギー反応があるかは不明」
「養鶏場とか農場って、喘息を防止する効果があるって本に書いてあったわ」
「微生物の曝露。農場の埃に含まれる微生物が、免疫系を刺激し、アレルギー反応を抑える。ララも読んだ。でも、サラちゃんの疾患は養鶏場の環境が原因だと思う」
養鶏場の環境は、羽毛や鶏の糞、飼料の粉塵などが、どうしても空気中に漂ってしまう。
それを必然的に吸ってしまう日々だろう。
サラちゃんは、毎日、自宅近辺にいることを強いられているのだ。
その可能性は高いと私は考えた。
「炎症薬しかないかな。短期的には治せないわよね」
「フローレンスが一時的に回復魔法で炎症を止める。その後は薬草で炎症を抑制する。これだろうね」
「話が途切れたら、母親と話すわ」
話が途切れたのは、しばらくして父親が席を立ってからだった。
「まぁ、今日はここでゆっくりと休んでくださいや。明日の朝も食事を出しますから」
そう言って、父親は席を立った。
フローレンスが母親とサラちゃんだけ引き留めて、話をした。
呼吸器疾患であることを説明して、治療方法を話した。
「薬は私達が明日お渡しします。今日は、私が魔法で楽にしておきますね」
そう言って、フローレンスはサラちゃんに回復魔法をかけた。
納屋中に、癒しの効果が漏れ出し、私達の疲れも軽減された感じがした。
「どう? サラちゃん、呼吸楽になった?」
「うん! ヒューヒュー言わない! ありがとう!」
「女神様の御業……」
「お母様、どうか、このことは内密にお願いしますね。薬は一か月分くらい多めに明日渡します」
「あと、出来れば自宅と養鶏場の距離をもう少し離した方が良い」
私は養鶏場の環境要因について説明した。
距離を少し離すだけで、サラちゃんの症状は大分良くなるはずだと。
母親は、地面に額をつけて平伏して、礼拝を始めた。
ああ、これが敬虔な女神教の信徒というものか。
「申し訳ございません。喜捨する手持ちがありませぬ……。どうか、どうかご容赦を……」
「うん。サラのママ、お金は不要。十分、良くしてもらえた。だから、気にしない」
母親は平伏したまま、言葉を重ねた。
「使徒様にお伝えしたいことがございます。今すぐ、ここからお逃げください。ジャマールが、いえ、夫が今、近くの村まで憲兵を呼びに行っております。往復三時間。それまでにどうか、少しでも離れてください」
おっと。
そうきたか。
姉が母親の身体を起こして、話が出来る状態にした。
統一街道付近、特に海岸沿いに住む家に、憲兵が通達しまわっていたらしい。
漂流する奴らがいたら連絡しろ、と。
通報したものは、金一封。
逆に匿ったものは斬首すると。
私達が船を壊されて漂流していたことまで、バレていたってことか。
あの大型戦艦の近くに監視の自動機械が飛び回っていたのだろう。
これは、一日目からピンチだな。
「今逃げたら、サラちゃんのママが逃がしたことになっちゃう」
「ララ、でも、どっちにしても逃げるしかないのよ」
「うん……。だから、ギリギリまでいたことにしよう」
「ちょっと、ララ、待ちなさい。お母様には聞かせない方がいいわ。知らないことにしておいた方がよいのよ」
そりゃそうだ。
姉が、気にせず、家で休んでいてくれと伝えた。
フローレンスが明日の朝、ここに薬草を隠しておくから、取り出してくれという。
「あの……。もし統一街道を逃げるのであれば、巡礼者の服を着るべきです」
「巡礼者の服とは?」
「はい。白いジャマ(ローブ)を身にまとうのです。アマーメ(ターバン)も白。シャルワール(ズボン)もです。靴はその長靴でも問題ございませんが、シャルワールの裾で足首まで隠した方が良いです。あとは、肌の色をお化粧で浅黒くすれば、その、金髪のお二人以外は何とか現地人に見えるかと……」
私達が礼を言いつつ、その洋服をどう購入するかを考えていると、
母親は自分たちの物をくれると言う。
「私のは使徒様にはピッタリでしょう。サラのはそちらの御子様に。夫の物が一組あります。今、お持ちします」
「御子様……」
「ララ、今は受け入れなさい。サラちゃんと背格好同じですもの。止むを得ないわ」
「あい……」
母親がサラちゃんを連れて、自宅に戻っている間、フローレンスが空間部屋から薬草で作った薬を持ってきた。
薬草を渡すと母親はまた平伏し始めたが、こちらとしては貴重な情報と巡礼服まで貰えたのだ。
御礼を言いたいのはこちらだ。
二人を自宅に帰した後、皆で話の続きをした。
「踏み込んだ時、いないとなったら、結局同じじゃないのか?」
「私達が気付いて逃げたと思わせるしかないのかな。チャックだけ残して走らせる?」
「それ以外の奴らはどこ行ったって話だよな」
踏み込んだ後に、いないとなると、当然母親が聴取されるだろう。
あの人が顔色一つ変えずに、知らぬ存ぜぬを通せるとは思えない。
最悪、あの優しい人は首を斬られちゃうのだ。
「うん。決めた。憲兵をこっちが捕える」
「ちょっと、ララちゃん?」
「ララ、戦うつもり? らしくないけど」
「そうね。わたしはララに賛成だわ。ララと二人で逃げている時ね、決めたのよ。話しても理解してくれない人がこれから増えるだろうって。沢山出会うだろうって。いっぱい襲ってくる。その時は躊躇せずに殺そうって決めたのよ」
「アス姉様、俺がやります。それは俺とチャックの仕事です」
「ちょっと待って。うん。倒すのは僕とレオンでやる。でも、ハッキリさせておきたい。ララちゃん、目的と理由を教えて」
「ララ達が逃げたら、きっと、サラちゃんママは殺される。あの人は嘘が付けない。だから、聴取されたら終わり。ならば、事実を消せばいい。憲兵は来なかった。そうする」
「父親はどうするの?」
「う……。サラちゃんのパパは殺せない」
「憲兵を片付けた後、話しましょう。あとは彼の問題よ」
「アス姉、また憲兵に知らせるって言ったらどうする?」
「守る命の優先順位は、子供、女性、男性」
「了解」
※
フローレンスは空間部屋に帰した。
アス姉も戻したかったけど、抵抗された。
子供達だけに手を汚させる大人にさせないでくれと言われて、私達も黙った。
私はレオンに目を向ける。
彼は大きく頷いた。
必ず自分が守る。
目がそう言っていた。
憲兵が来たのは、母親が教えてくれた通り、三時間後。
馬の蹄の音で分かった。
火鉢の火種は残したままだ。
薄明かりが納屋を照らしている。
おそらく、外にも漏れているはずだ。
私は納屋の端で身を隠している。
透明魔法を全身に纏い息を潜めて待っていた。
ダン! と音がして入ってきた憲兵は五名。
「ん? いないぞ?」
「痕跡は?」
「ある……。まだ火種が残っているみたいだな」
そう相談している間に、外にいた人たちも入ってきた。
総勢十名。
外に一名いるのが展開した魔力で分かった。
おそらく、これが父親だろう。
これだけ立ち止まって話してくれれば、私には十分な時間だ。
予め展開していた魔力を使って、十名を捉えた。
牢屋のような空間をイメージして、そこに格納する。
取り出した時に、少し弱らせておきたいから、時間経過可能な空間をイメージした。
「終わった!」
私は声を出して、透明魔法を解除した。
出口付近にには、チャールズが隠れているはず。
道沿いには、姉とレオンが。
チャールズは突入役として。
姉たちは、逃げる憲兵を仕留める役として配置した。
私は部屋に入った憲兵を捕える役だ。
最初にチャールズが父親を連れて戻ってきた。
ついで、姉とレオンが。
私は空間部屋から、フローレンスを呼び寄せた。
「サラのパパ、聞きたいのは一つだけ。ララ達のことを伝えた憲兵は、あの十名だけ?」
「お、お、お前ら、憲兵を何処にやった! こ、殺されるぞ!」
「うるさい。黙る。質問に答える」
レオンが剣を抜いた。男性の顔の前に刃を向ける。
「あ、あ、あの十名だけだ。隣村に常駐していた憲兵全員だ」
「他の人には見られた?」
ブンブンと首を横に振っている。
もう汗まみれになっていた。
「分かった。サラのパパは、何も見なかった。ララ達のことも知らない。見ていない。憲兵とも話していない。行方不明になったことも全然しらない。聴取されても言い張れる?」
今度は大きく首を縦に振った。
「お父様。わたし達は、サラちゃんとお母様を助けたいのです。もし、お父様が上手に聴取を躱せないと、あのお二人が殺されてしまいます。上手く言えますよね?」
「わ、わかった……、あの、使徒様でしょうか?」
「はい。ここにいる全員が、女神様の使徒ですよ。訳あって、今の教会とは仲違いしております」
姉が手の甲の紋章を見せた。
「憲兵は女神様の御業で……」
「うん。殺していないから心配しないで。でも、ララ達を襲ってくるのなら、躊躇はしないけど」
想像通りに、父親も、地面に額をつけて平伏して、礼拝を始めた。
チャールズが隣村の位置を確認していた。
第二都市バハール・シティ方面ではない。
首都カリーム・アーバ方面だ。
つまり、そちら方面の隣村の教会には憲兵がいない。
今のうちに進むべきだろう。
教会があるのなら、自動機械も配備されているかもしれない。
「お父様、今日は何事もなかった。良いですね。それでは、サラちゃんの所にお帰りください。玉子スープありがとうございました。大変美味しゅうございました。わたし達もすぐにバハール・シティに向けて、出立します」
父親が脱兎のごとく自宅に戻ってから、私たちは相談した。
「今のうちに隣村まで行くべき。憲兵はいない。チャンス」
「そうだね。僕もそう思う。でも、行くのは、僕とララちゃんだけだ」
「チャック。どうしてだ。俺も行くぞ」
「うん。僕とレオンは交代できる。でも、今日は僕とララちゃんだ。巡礼服は一枚しかない」
「女性用の服もありましてよ、チャールズ」
「はい、アス姉さん、母親が言っていたではありませんか。金髪の二人はそれでも難しいと。僕かレオン、そしてララちゃんなら、髪を黒く染めて、頂いた化粧で肌を塗れば滅多にバレません」
決まりだ。
それで行こう。
アス姉も、この国では我慢するべきだ。
スネーキングミッション。
バレないようにすることが肝要だ。
空間部屋に戻って、姉は不満気に私の髪を染めた。
男の子に見えるように、伸びた髪を顎のラインで切りそろえた。
肌に化粧をすると、確かに中東の人に見えた。
レオンよりも、おそらくチャールズの方が完全に化けられるのではないかと思う。
巡礼服に着替えて姿見の前に立った。
「どう? アス姉? フロ?」
「うん。みえるわ。中東の民族に見える。もう少し彫が深ければ完璧ね」
「う……。若干、東の民族の血が入っているのが分かってしまう」
「でも、可愛いままよ。少し眉毛のラインを濃くしたいわね。ちょっと待ってね」
「あれ? そんな武器をいつの間に手に入れたの?」
「武器って言わないで。レナさんに助言されたからね、集めていたのよ」
姉は黒いブラシで私の眉毛を太くし始めた。
うう。これはイマイチだ。
可愛さが無くなってきた。
「それにしても、九歳の女の子の服がピッタリだなんて……。笑えるわ」
「うるさい。フローレンス、黙る」
「ララ、くれぐれも無理はしない。報告相談をキチンとする」
「はーい。了解」
リビングルームに出ると、そこに中東民族の男の人がいた。
フローレンスが指さして爆笑している。
チャールズは彫りも深いし、元々浅黒の肌だ。
どこの民族か分かりにくい顔立ちをしている。
「じゃあ、行ってくるからね」
「はい、早めに戻ってきてね」
「緊急事態だから、出発して一分後に戻る」
「そうね。それがいいわ」
元の場所に戻ってから、忘れないように憲兵を乗せて来たお馬さんを空間厩舎にしまっておいた。
私たちは自分の馬を出して、駆けた。
教会には透明魔法で姿を隠したまま侵入して、通信の自動機械を回収した。
「ララちゃん、憲兵の部屋に行こう」
「チャック? どした?」
「憲兵服。あったら奪っておきたい」
「なるほど、素晴らしいぞ、チャック」
廊下から魔力を各部屋に展開して、様子を探った。
色々見て回ったが、教会には誰もいないようだ。
ひょっとすると、司祭とか、この国にはいないのかも知れない。
教会は憲兵の拠点に過ぎないのかも。
透明魔法を解除して、堂々と色々な部屋を開けて回った。
憲兵服、憲兵が挿している刀、それ以外の私服も回収した。
刀はシミターだ。
少し曲がった刃を持つ軽量な武器だった。
「あ、ララちゃん、これ、憲兵の拠点じゃない?」
チャールズが机にあった地図を広げて見せて来た。
この国の詳細地図だ。
統一街道だけじゃなく、小さな道まで記されている。
町や村の位置、教会のマークもあった。
剣のマークは憲兵を指しているのだろう。
「うん、そう見えるね。北にもそれなりにあるんだね」
「統一街道沿いは、ここみたいに小さい村にもいる。北は町レベルからみたいだね」
「チャック、良い物をゲットしたぞ。帰ろう」
「そうだね。統一街道を行けるところまで行こうか」
「朝、陽が登るまで駆けよう。空間部屋に戻る時間はさっき出発した時間。ゆっくり寝られる」
「了解」
父親が言っていた通り、夜中になると雨が降って来た。
統一街道は真っ暗な上に、雨で視界も悪い。
馬で駆けようと思ったけど、とても速度が出せない状況だった。
お馬さん、ごめんね。
首をポンポン叩いて、そう呟きながら、雨の中、ポクポクと歩を進めた。
統一街道だけに、道は整備されたアスファルトだ。
周囲は木々に溢れているので、逆に何もないところが街道だと判別はしやすい。
それでも、暗闇の中を進むのは、かなり怖かった。
真夜中の移動はカウニア連邦を出国する時以来だ。
あの時は、こんなに暗かったっけな。
星空か。
星明かりが、照らしていたから、こんな暗闇ではなかったのかもしれない。
あとは進む先に希望が見えるかどうかかも。
今日のうちに、行けるところまで行きたい。
そう思う気持ちは一緒だが、今向かっているのは、最大最悪に危険な都市だ。
暗闇に向かって、暗闇の中を進む。
なんだ、今の私たちにはピッタリじゃないか。
そう思いながら、前に進んだ。
かろうじて、前だと思える方向に向けて、歩を進めた。
こっちが、私たちの進むべき先だと良いんだけど。
どうか、間違った方向に進ませないでください。
その思いは、希望ですらなく、もはや、祈りだった。




