石の首都シュタインランド
ベルクシュタットには、十日滞在したのち、出発した。
ヴァルデン共和国首都シュタインランドには、馬車で約十日だそうだ。
ベルクシュタットの教会から自動機械も回収した。
チャールズは、自動馬車の部材を沢山、空間部屋に持ち込んだ。
姉はレナさんから色々なことを学び、大使は演劇を楽しんだ。
そして、フローレンスは、相変わらず根暗なガリ勉ちゃんだった。
私も、最初の数日は大楽団の音楽を楽しんだ。
でも、倒れてからは大人しく、魔法鍛錬と書庫の本を読んで過ごすことにした。
また、あの胸と頭が締め付けられるような痛みが来るかと思うと、少し怖かったのだ。
ベルクシュタットから、首都シュタインランドは統一街道を西に進むだけである。
しかも、山の街ベルクシュタットからは、下り坂だ。
今は八月の中旬。
南半球では、冬本番である。
つまり、統一街道も雪道なのだ。
都市の中のように、雪が除去されている訳もない。
馬車どころか、馬も難儀するような道だった。
だから、
私達は全力で滑った。
私達はスキーで、フローレンスと大使は雪ソリだ。
トナカイさん達も皆んな出して、坂は引っ張ってもらった。
「まぁ、考えれば、そうだよな。そうすれば良いんだよなって思うんですけど、多分、誰もやった事ないと思います……」
そうレナさんに呆れられたけど、本人も楽しんでいたよ。
『ヤッホー!』とか言っていたもん。
首都シュタインランドは、谷に建てられた都市だ。
その谷には、高い山脈から海まで流れるヴァルデン大河という大きな河がある。
首都シュタインランドはその大河を活用することで大きく成長してきた。
河の上流には、鉱石や石の採掘場が多くあり、採掘物を大河で運搬している。
シュタインランド内には加工場もあり、輸出時には、下流のツィルク港から運び出される。
私達はスキーを楽しみながら、シュタインランドへの道を進んできた。
標高が下がるにつれて雪も減り、いよいよシュタインランドへ到着する最終日は、普通に馬で進むことになった。
眼下にはシュタインランドの街が見える。
シュタインランドを超えて、さらに西の方角には、私達が来たベルクシュタット方面よりも、さらに高い山が見えた。
「あの高い山の向こうがサンテール王国?」
「はい。ララさん、その通りですよ。あれが統一街道で最も困難な山脈です。ネーベルゲビルゲ山脈と言います」
「ネーベルベル……?」
「ぷっ。ははは。まあ、覚えなくても良いと思います。ネーベルゲビルゲ(Nebelgebirge)。霧の山脈という意味なのです」
「霧山脈で良いじゃんね。あそこ超えないとサンテールに行けないんでしょ?」
「そうです。サンテールだけじゃなくて、フロイデン市やドライヒ市にもいけません。ヴァルデン人は、千年前から、あそこを超えて、国内にジャガイモやニンジン等を輸送しているということです」
「いまでも?」
「実は、今ではドライヒからツィルクまでの海上輸送がメインになっているのですけどね」
「まあ、そうなるよね……」
シュタインランドは高い城壁に囲まれた、非常に大きい都市だった。
ヴァルデン大河のこちら側に大きな街があり、河を渡った向こう側にも同じくらいのサイズの街があった。
「どっちがシュタインランド?」
「両方ともシュタインランド市の一部です。河の手前側は、実は少し高い位置にあるのです。イーストエリアと呼ばれていて、行政機構や大きな劇場、闘技場などがあります。反対のウェストエリアは主に工場が作られています」
「レナさんのお家は?」
「私は元々はウェスト出身です。二級冒険者になって、漸くイーストに家を買えました」
「イーストの方がお金持ちなんだね」
「はい。地価も物価も全然違います。大河が氾濫した時に、被害に遭うのはウェストですから」
「ララ達はイーストに行くのね?」
「そうです。各国の大使館、共和国議事堂はいずれもイーストです。ただし、冒険者組合本部がウェストにあります。まぁ、イーストの支部で事足りるでしょう」
シュタインランド市だけでなく、河の上流、下流に沢山の町があるのが見えた。
この大河沿いだけで、二千万人住んでいるそうだ。
カウニアの総人口を超えるほど栄えた場所という事だ。
坂を下りて、シュタインランドの外壁の門までたどり着いた。
ここまで標高が下がると、雪は全く降っていないようだった。
強い風が、谷の間を山から海へと流れていた。
「すごい……」
「これは、話に聞いていたけど、想像を超えるわ」
皆が、シュタインランドの外壁を口を開けて見上げていた。
大きな石のブロックが積み上げられていて、外壁が想像以上に高く、厚いのだ。
「シュタインランドの外壁は、主に石灰岩と花崗岩のブロックで構成されています。ブロックは正方形で正確に切り取られています」
「あのブロックって、どれくらいの大きさですか?」
「一辺五十インチです」
その石を積み上げるのも凄いが、ここまで運ぶのも、そのサイズに切り取る技術も凄い。
シュタインランド(Steinland)。『石の国』の名の通りの外壁だと思う。
「お迎えがいらしていますね」
レナさんがそう言ったので、全員、外壁から、門の方に視線を移した。
門には、沢山の兵士さん達が揃っていた。
これだけの兵士さんが来ているということは、相当、偉い人がお迎えに来てくれたのだろうか。
レナさんが馬から下りた。
私達もそれに倣う。
馬の手綱を引いて、外壁の門の方に進んだ。
兵士達の列が割れて、そこから三人の男女が現れた。
「馬は兵士が預かってくれるそうです。ここからは、歩きましょう」
レナさんに言われて、皆がお馬さんを兵士さんに渡した。
「ようこそ、エッジ・シーカーの皆さま方。ようこそ、マドレーヌ・ド・フランス大使。ヴァルデン共和国は、皆さま方を歓迎いたします。そして、誇りを賭けてお守りすることをお約束いたします」
そう言って、前に出てきたのは、大使と同年齢くらいの女性だ。
レナさんと同じような薄い黒髪だけど、女性にしては随分と短い髪だ。
薄い銀縁の眼鏡が知的な感じを醸し出している。
「わざわざお迎えありがとうございます。アウグスブルク首相。お久しぶりです」
「はい。お久しぶりですね、マドレーヌ。ご無事で何よりですよ」
「ヘルガ、貴方の国の冒険者と特別部隊に助けられました。礼を言います」
この女の人が、ヴァルデン共和国の首相にようだった。
大使に続いて、姉、そして私達も順番に挨拶した。
ヘルガ・フォン・アウグスブルク (Helga von Augsburg)。
この国の首相でもあり、大使とは古くからの友人の様だった。
後ろにいた二人の男性のうち、一人は私も見たことがある人だ。
ヴィルヘルム・フォン・ハンブルク(Wilhelm von Hamburg)。
セレニティアに助けに来てくれた特別部隊の隊長さんだ。
姉やフローレンスとは、セレニティアで挨拶を交わしていたようだが、私は初めてだ。
もう一人は、サンテール王国のシュタインランド駐在大使。
オリヴィエ・ド・クレマン(Olivier de Clément)。
サンテール王国人だけど、ヴァルデン共和国の男の人みたいな感じのする紳士だった。
兵士に護衛されて、私達は馬車に乗った。
そのまま、共和国の迎賓館に連れられて行った。
私達のお馬さんは、サンテール王国の大使館まで連れて行ってくれるそうだ。
どうも、私達の宿泊場所は大使館になるようである。
迎賓館では、歓迎の宴が準備されていた。
まだ、夕方であり、太陽が出ている中、早くも夕食みたいだ。
宴は先ほど挨拶した三人と、大使、レナさん、それに私達だけのようだ。
兵士たちも、距離が離れた壁際に下がらされていた。
これは、かなり踏み込んだ話をするのだろうな、と感じさせられた。
豪勢な食事を頂いた。
ヴァルデン共和国の産業や、シュタインランドの街の様子を軽い話題として話しながら、美味しい食事を皆で楽しんだ。
デザートを平らげ、食後のコーヒーを飲みきったところで、本題が始まった。
「さて、共和国が終末の使徒のパーティを守ることに嘘偽りはございません。私達は、ウッドランド・ドゥエラーから詳細のレポートを受領しております。レナが知っていることで、私やヴィルヘルム隊長が知らないことはないと思ってください」
空間部屋以外のことはね、と私は心の中で呟いた。
「また、十月に入り、冬の終わりを待ってからですが、この国中の教会から、通信の自動機械を除去することもお約束します。既に、シュタインランドの教会の尖塔からは自動機械を回収いたしました。後ほど、ララ様にお渡しします」
「うん。ありがと。女神像は?」
「私達は女神教の信者ではありませんが、国民の中には多くの信者がおります。流石に女神像を破壊するのは躊躇いました。ララ様の入国をお待ちしていた次第です」
「わかった。それはララが回収する」
「サンテール王国と同様の外交文書を各国に通達する予定です。教会から自動機械が見つかった。近年の教会の女神の御神託は不当に利用されている可能性有。信じべからずという内容です。ただ、正直申しまして、これ以上の利便を皆さまに図ることが出来ないのです」
「うん、でも、充分だよ。首相、ありがと。気にしないで」
「あ、ララ様、誤解無きように補足させてください。やれないのではないのです。やれることが無いという申し訳なさ、なのです」
ん? どういう意味だと首を傾げた。
姉も同じように小首を傾げて、眉を寄せていた。
「次の旅のための船はサンテール王国が準備するとのことです。あ、当然、ヴァルデン共和国も最重要賓客としての書状はお渡ししますので、それは旅の途中でお使いください。それ以外には、例えば旅の資金を提供しようにも、皆さま方は既に多くの資産をお持ちと聞きました。武器も不要の様です。馬もトナカイもお持ちである。何か差し上げたり、援助させて頂きたいのですが、もう思いつかないという意味なのです」
なるほど。
そういう意味か。
でも、本当に特に不要なのだ。
気にする必要はない。
そう言おうと、思っていたところで、レナさんが補足説明をした。
「ララさん、端的に言うとね。共和国は、ララさんに頼みごとをしたいのよ。でも、お返しが出来ない。共和国にとって、利ばかりをもらうことになってしまうと、首相は気になされているのよ」
「頼み事? ララが出来ること?」
「はい。結界魔法が使えるララ様なら、何とか出来るのではと思っていることがあるのです」
「また、ジャガイモが元気なくなったりした?」
「ふふ。いえいえ。それは、ララ様のおかげで、緑肥をキチンと行いましたから、きっと豊作となるでしょう」
「ララさん、畑じゃなくて、今度は鉱山なんですよ」
「鉱山……。水? ガス?」
「さすがですね……、はい、水は我らが頑張れば何とかなるのですが、いかんせんガスは……、頑張りようがありません」
近年、閉鎖せざるを得ない鉱山が増えているらしい。
未だ枯れていない。
豊富な資源が残っているにも関わらず、閉鎖するしかない。
それに苦慮しているそうだ。
その原因はガス。
一定の深さまで掘り進めると、ガスが発生して作業員が入れなくなる。
調査のために冒険者に依頼したが、誰も戻って来ないと言う。
首相は、私の結界魔法に着目した。
私達であれば、中に入ってガス発生の原因を調べて来られるのではないかと。
「ガスが発生している地下坑道はどれくらいあるの?」
「三十程度あります。新しくトンネルを掘っても一定の深さで必ずガスが発生します」
「ガスの換気は?」
「大型の扇風機を動かしています」
相当な濃度なのかな。
「わかった。じゃあ、とりあえず、見て来るよ。地図くれると助かる」
「ララさん、案内は私だけじゃなく、ヴィルヘルム隊長の部隊も同行なさってくれると思います。ただ、まだ一か月半は先のことですよ。冬が終わってから行った方が、登山は楽ですからね」
「あ、そうか。鉱山だもんね。お山だもんね。わかった」
「ララ様、エッジ・シーカーの皆さま、まずはゆっくりと、シュタインランドをお楽しみくださいませ」
一か月半か。
ベルクシュタットでは一週間で半ば飽きたからな。
飽きたというより、大楽団の演奏会に行かなくなったら、普段の日常と変わらなくなってしまった。
出発は早くて二か月後くらいだろう。
それまで、鍛錬のメニューを決めたり、目標を作ったりしないと退屈しそうだな。
「ララ様、改めまして、駐在大使のオリヴィエ・ド・クレマンでございます。大使館で、ゆっくりと寛いで頂きたいと思っているのですが、あと何週間かで陛下がいらっしゃいます。あの御方のことですから、それ以降は、色々連れ回されるかもしれません。どうか、それまで行きたいところがあれば、先に行っておくことをお勧めします」
「あ、マリーパパ、来るんだ。どしたの? 何かあったの?」
「マリーパパ……。あ、そういうことですな。アンヌ=マリー王女殿下も同行なされると聞いていますぞ。陛下は共和国首相や軍部と共同作戦のすり合わせに、王女殿下は皆さまにお会いに来るそうです」
「共同作戦?」
オリヴィエ大使と首相が、私達の知らないセレニカーナ王国のその後を教えてくれた。
セレニカーナ王国は、サンテール王国とヴァルデン共和国に大きな責任があると糾弾。
損害賠償ならびに公式謝罪を要求してきたそうだ。
『セレニティアの惨劇』を起こした終末の使徒パーティは、両国の支援のもと活動している。
つまり、この惨劇の責任は両国にあるという主張だ。
ヴァルデン共和国を連座させたのは、勿論、殺戮の使徒、あのノコギリ野郎が終末の使徒パーティを名乗っていたからでもある。
また、特別部隊が許可なく侵攻してきたのも、『セレニティアの惨劇』作戦の一環だと主張しているそうだ。
セレニカーナ王国から東に続く三つの隣国、カスティリオ王国、アル・ナジール王国、ラージャスティ王国も、その主張に賛同する声明を出したそうだ。
サンテール王国ならびにヴァルデン共和国は、その要求を拒絶。
その判断を、サンテールの同盟国サンパウリーナ王国が賛同。
ラージャスティ王国とサンパウリーナ王国の境界線で、局地紛争が始まったそうだ。
事実上の六か国が二つに分かれて争う戦争の幕開けである。
セレニカーナ王国への侵攻作戦を、サンテールとヴァルデンで協議するらしい。
ヴァルデンの狙いは勿論、セレニティアの港を抑えることだ。
「なるほど……。これまで戦争が無かったのに……。結果的にララの活動が戦争を生んだ」
「ララ様、女神がララ様の存在を利用しているだけです。気になさる必要はありません」
「首相、大使、一つ、わたしから質問してもよろしいでしょうか?」
「はい。アストリッド様、何でも聞いてください」
「西から順番に東に向かって、大陸の南に位置する六か国。ヴァルデン、セレニカーナ、カスティリオ、アル・ナジール、ラージャスティ、そしてサンパウリーナ。その国々が戦火に見舞われるということは、南の海上の運航は危険ということになるのでしょうか」
「アストリッド様、その可能性もあると思います。どの程度、戦火が広がるのか。それを見極めないといけません。それは、エッジ・シーカーの皆さまの旅路だけでなく、商会の活動にも影響が出ますから」
私は少し考えた。
どの程度、最初から決まっていたのかを。
当たり前だが、女神は全ての筋書きを読んでいただろう。
女神自身がセレニティアを破壊する。
殺戮の使徒達に神託を降ろし、終末の使徒と偽って街を襲撃させる。
賠償請求はどうだろうか。
実際に『セレニティアの惨劇』が起きた後、セレニカーナ王国の誰かに神託を降ろして命令したのか。
神託を降ろしたのは、私が教会の通信の自動機械を回収するまでの、十日の間なのだろうか。
「うーん。セレニカーナ王国の王宮に使徒っている? 誰が女神の指示を受けたのだろうか」
それに返答したのは、セレニカーナ王国に駐在していたマドレーヌ大使だ。
「ララ様、今の王国の女王が十王です。アリーチェ・デ・ラ・ロッカ女王。あの賢者様の妹君に当たります」
「その女王様がサンテールとヴァルデンを敵に回す無茶無謀をしたの?」
「いえ、私の知っているアリーチャ陛下は、その様な方ではございません。私は非常に懇意にさせて頂いておりました。彼女が女神から得た加護は『慈愛』です。なので、私は道中、私達を捕縛するとは思えないと皆さんに言ったのです」
「そうなると、隣国のカスティリオの王様が指示を受けたのかな?」
「隣国のカスティリオは確かに政府中枢に野心的な軍人が沢山おります。ただ、カスティリオ女王ナタリア・デ・サラゴサ陛下、ならびに宰相のカタリナ・デ・ラ・クルス様は、戦争に繋がることを嫌がる方々です。サンパウリーナ王と仲が悪いのは、戦争好きなサンパウリーナ王が好きではないからです」
「ん? よく分からなくなってきたぞ。じゃあ、誰が、アホなことを思いついたの? まあ、思いついたのは、アホ女神だけど、その命令を受けて従ったのは誰?」
少し、皆が考え始めた。
首相も、両大使も自分が知っている各国の上層部のことを思い出しているのだろう。
「今、名前が挙がった御三方は、女神教の敬虔な信者であることは確かです。ただ、女神から、戦争に繋がる指示を受けても、即決するような方々ではございません」
「『セレニティアの惨劇』が起きてから、ララ達がフィオレンティアに到着する十日間の間に、少なくともララ達を捕縛する決断、ひいては大使を拘束してサンテールと喧嘩する決断をしている」
「ララさん、私達ウッドランド・ドゥエラーがフィオレンティアに到着したのは、ララさん達が到着する三日前です。その時には、既に兵士は準備しておりました。もっと早く決断していますね」
「隣国のカスティリオに『セレニティアの惨劇』の神託があったとしても、フィオレンティアに行くまでには二十日はかかりますね」
「よく考えると少しおかしいですよね。『セレニティアの惨劇』が起きた日に、私とレオンは走ってフィオレンティアまで行きました。街道沿いを走ったのです。早馬が私達を追い抜いた記憶もありません。それでも、五日程度で決断している。兵士の報告もなく、女神の神託だけで、他国との諍いを決断するものでしょうか」
「ちょっと気になるんだけど、そのフィオレンティアにいるアリーチェ女王さんって、無事なのかな? だって、乱暴なことを嫌う人なんだよね?」
私の問いかけに、マドレーヌ大使が露骨に顔を顰めた。
ヘルガ首相が、同じような表情をしつつも、さらに嫌な推測を述べた。
「カスティリオ王国のナタリア女王、カタリナ宰相も、芸術が好きな……、というより、正直芸術のことしか考えていないお二人です……。ひょっとすると」
「ひょっとすると?」
「クーデター……」
ここまで口を挟まなかったヴィルヘルム特別部隊隊長が、口を開いた。
「カスティリオ軍最高司令官リカルド・エスコバル将軍。軍を掌握しているのは彼です。クーデーターを起こすとしたら彼でしょう。サンパウリーナ王とは犬猿の仲。アル・ナジールとは密接。女神教の熱心な信者。カスティリオの二人の使徒が、殺戮の使徒と協働していたのも、それならば筋が通ります」
「ヴィルヘルム、特別部隊で調査できますか?」
「はい。セレニカーナ、カスティリオ両国に急ぎ、高速艇で派遣します。両国の王宮での女王陛下の状況を優先して確認してきます」
「隊長さん。ララが、その悪い人だったら、狙いはセレニカーナだけじゃない。ラージャスティとサンパウリーナが局地紛争している間に、ここを狙う。ヴァルデンが冬休みで観劇に夢中になっている今は狙い時」
私が地面を指さして、そう言うと、全員が驚愕した目でこちらを見て来た。
でも、カスティリオがセレニカーナ王国を併合するメリットはそんなに無いのだ。
カスティリオ王国は、近くに大きな港を既に持っているし。
背後を抑えてもらっているうちに、ヴァルデンの領土を取れるだけ取った方が良いに決まっている。
「ヴィルヘルム、ベルクシュタットに増援を送る命令も出しておいて。どうせ、春になれば、こちらから侵攻するのです。ベルクシュタット経由で統一街道から侵攻する部隊も作っておきましょう」
「は! 直ちに」
私は壁際にいた給仕さんに、コーヒーのおかわりをお願いした。
すぐにポットを持って、私のカップに注いでくれる。
ヴァルデンの食べ物は全部美味しいけど、このコーヒーは特に美味しいのだ。
ジトっとした目でフローレンスがこっちを見ていた。
「ん? どした? フロ?」
「はぁ。ララ、あんた、あんな悪意に満ちた作戦をよく思いつけるわね。思考回路がそっち寄りなんじゃないの」
「ははは。再生の聖女様。とんでもございませんよ。ララ様は、やはり女神に近い存在なのでしょう。ひょっとしたら、ヴァルデン共和国は、新たな女神に救われたのかしれません」
※
特別部隊の調査報告が入る前に、セレニカーナ王国のニュースが飛び込んできた。
現地に残っていたヴァルデン共和国の偵察部隊が、早馬を送ってきたのだ。
『アリーチェ・デ・ラ・ロッカ女王崩御。賢者マルコ・デ・ラ・ロッカと共に『セレニティアの惨劇』において、終末の使徒に殺害される。セレニカーナ王国は滅亡。同盟国であるカスティリオ王国軍が、一時的に統治し、悪の使徒から同胞を守ることとする』
そんな通達が、セレニカーナ王国内になされたそうである。
同時に、カスティリオ王国軍は、犯罪者の捕縛という名目で、ベルクシュタットに侵攻を開始した。
『慈悲』の加護を持つ使徒が、女神によって、世界から除去された。
それは『慈悲』という概念が、この世界では不要だと、女神が言っているように、私には感じられた。




