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20/29

ベルクシュタットと月の記憶


ベルクシュタット市(Bergstadt)。

「山の町」を意味し、山岳地帯に位置する都市だ。


ヴァルデン共和国の大きな都市らしく、周囲は堅牢な外壁に囲まれている。

街の特徴として大きく違うのは、石造りの家が多いという点だろう。

大きな建物は、丈夫な鉄筋コンクリート造だそうだ。


セレニカーナ王国からやってくると、その違いに少し戸惑う。

カラフルに彩られた街から、石で強固に固められた都市。

個性が全く異なるし、本当に元々同じ国だったのかと疑いたくもなる。


ベルクシュタットは、ヴァルデン山脈から取れる良質な石や鉄鋼、石炭を主産業としている街だ。

産出量としては、世界第二位。

もちろん、第一位は同国の首都シュタインランドだ。


多くの食料を輸入に頼っている国だが、逆に鉄関連は最大の輸出国である。

セレニカーナ王国と比べても、本当は豊かなのだ。

ベルクシュタットの街を歩いていても、それは分かる。

貧しさは全く感じない。

ただ、質素なだけなのだ。

生活に必要な物以外は求めない。

見た目よりも、効率性が重視される。

そんな国だ。


街に入って、いつもの通り、一番大きな宿屋にチェックインした。

スィートルームに女性陣が泊まり、男性二人はツインの部屋である。


この宿屋に泊まって、ヴァルデン共和国の凄さを感じたのは、夜間の照明だ。

何と、明かりがつくのだ。


レナさん曰く、これが『ガス灯』というものだそうだ。

石炭を高温で加熱し、発生したガスを集めて利用する。

それを配管を通じて、各施設に送っているらしい。


首都シュタインランドでは、富裕層の家庭にも配管が通っていると言っていた。

このベルクシュタットでは、そこまで広がっていない。

ここが高級宿屋だからだろうと。

お金の力は偉大なり。


「そういえば、空間部屋って、夜でも明るいのはどうして? ララが何かしているの?」


「あれ? そう言われてみると、どうやっているんだろう」


「あの部屋は壁も天井も、明るいですよね。しかも時間経過で変わります」


「寝る時は大体暗いし、朝は明るいものね」


「まあ、ララさんの部屋は神界ですからね。人間如きが考えても、しょうがありません」


夕食は宿屋についているレストランで食べた。

一人五十Gだから、結構な値段のする夕食だと思う。


「ん? アヴェリーヌと似た料理な感じがする」


「ララさん、それはジャガイモでしょう。サンテールはアヴェリーヌ・ジャガイモ。ヴァルデンはフロイデン・ジャガイモが有名です。ララさんが、ヴァルデン共和国内で有名になったのは、アヴェリーヌ・ジャガイモを救った女神だという噂が入ったからですよ」


「ありゃ。内緒にしてくりって言うたのに」


「アヴェリーヌの方々と、フロイデンの農家は固い結束で結ばれていますからね。仲間内の内緒話のつもりだったのでしょう。緑肥でしたっけ。その種も分けてもらったと言っていました。ララさんはサンテールだけでなく、ヴァルデンも救ったのです。ヴァルデン人にとって、ジャガイモは宝ですからね」


「レナさん、フロイデンって、ソーセージも有名ですよね?」


「はい。フローレンスさんの言う通りです。豚の飼育。ソーセージ、ベーコンですね。このカルトッフェルクノーデルという料理は、ジャガイモが主ですが、中に入っているのはベーコン。両方ともフロイデン産ですね」


「わたしは、このスープが気に入りました。ジャガイモとソーセージ、ニンジンですね」


「あ、そうでした。ニンジンも有名ですね」



翌日は、レナさんが特別部隊の人たちと打ち合わせすると言っていたので、私達は街の観光に出かけた。

大使が勧めてくれたのは、廃墟となっているエリアだった。

自動機械工場の跡地だそうだ。


ヴァルデン共和国も、自動機械産業の隆盛と共に、その勢いに乗った。

もともと鉄鉱石と石炭を多く産出していた国である。

自動馬車の外枠は、安全性のために、鉄のフレームが必要とされた。

ここベルクシュタットには、多くの自動馬車工場が建てられたと言う。

アメリカーナ王国としては、自国に材料を運んで組み立てるよりも、より安価な労働力を使った組み立て工場を他国に作ったという訳だ。


その結果、『始まりの使徒』に断罪され、破壊の使徒と暴虐の使徒に煽られた荒くれ者たちの標的にされたそうだ。

外壁を守る兵士たちだけでなく、工場で働く多くの人が虐殺されたという。

その虐殺の中心となったのが、殺戮の使徒カール・ツー・フランケンだ。

あのノコギリ野郎と言う訳だ。


カール・ツー・フランケンは、ヴァルデン共和国首都シュタインランドに十五歳で転生した。

素っ裸で街に現れて、ヤツが最初にやったことは、服を奪うための殺戮である。

服を剥ぎ取った後、裸の男性の四肢と首を切断したと言われている。

その後、シュタインランドから色々な街に移り、殺戮を重ねた数は五百を超えると言う。


自動機械工場の跡地には、閉鎖から五十年経ってなお、多くの自動馬車の残骸が積み上がっていた。

工場の中は、部品の組み立て中だったのか、未完成の自動馬車も埃まみれで放置されている。

コンクリートの床には、鉄の残骸、埃、そして、血の跡が残っていた。

ひょっとしたら、油かもしれないけど、一定間隔で残っていることからも、殺戮の跡ではないかと思えた。

入口から入ってきて……、ここで……、逃げて追い詰められた壁際には沢山の……。

何となく風景が思い浮かぶようで、私は目を閉じた。


「文明の終焉。そんな感じがするわ」


フローレンスが呟いた。


チャールズは組み立て中の自動馬車に興味津々だった。


「チャック、どした?」


「うん。面白いね。石炭とか、ガスとかで動かしているのかと思ったけど、ここ見てよ」


見てよと言われたけど、そんな高いところ、私には覗き込めない。

後ろからレオンが抱え上げてくれた。

チャールズが指さしているのは、自動馬車の中心部。

色々な機械が組み込まれていて、私には何が面白いのか全く分からない。


「これが何?」


「これ、魔石だよ」


チャールズが手を伸ばして、固定されていた金具を一生懸命に外そうとしていた。


「ララ様、一度下ろしますね」


レオンがチャールズと交代するようだ。

腕に魔力を込めたのだろう。

バキっと金具が外れる音がして、魔石が取り出された。

私のコブシ位の魔石だった。

熊達と比べると大分小さい。

私はレオンから魔石を受け取って、眺めた。

フローレンスが、ちょっと貸してと言って、魔石から魔力を抜いてみている。

なるほど、ああやって、魔石から魔力って抜けるのか。

私もフローレンスの真似をしてみた。


「ララ、これ何か分かる?」


「うん。身体強化。レオン達と同じだ」


「そうだね。これが一番ポピュラーなのかな」


「でも、随分小さい魔石だね」


「ねえ、ララちゃんもフローレンスも聞いてよ。つまりさ。魔石をエネルギー源として使うって発想が、自動機械産業隆盛時にあったってことだよね」


チャールズが面白いって言ったことを漸く理解した。

なるほど。

自動で動かすためには、何らかのエネルギー源が必要だ。

当たり前である。

この世界で、女神に潰された自動機械産業では、石炭やガスだけでなく、魔石も活用されていた。

そういうことか。


「魔石を使って、どうやって馬車を動かすの?」


「比較的簡単な仕組みみたいだよ。ララちゃん、お部屋に持って帰って研究したいんだけど」


「えー、こんなに大きなもの嫌だよ。どこに置くのさ」


「あの書庫の横のスペースでいいからさ」


うーん。と考えた。

確かに私達の部屋の分、空間部屋全体を横に拡張したから、書庫の奥の方の横には無駄なスペースが作られている。

まあ、でもいいか。

別に本が悪くなる訳でもないし。


「チャック、綺麗に掃除してからにしてほしい。せめて、埃は取って欲しい」


「よっしゃ! じゃあ、一週間くらい時間頂戴よ。ここから良さげなものを選ぶからさ! レオンと二人で綺麗にする」


「え? 俺も? 別に興味ないんだけど……。あ、分かったよ。やるよ。やればいいんでしょ」


チャールズは明らかにレオンのパワーを使いたいのだろう。

まあ、男の子らしい趣味だとは思う。

精々楽しんでくれればいいさ。



冬のベルクシュタットでは、人々は街で多くの時間を過ごすことになる。

鉱山を含めた山の仕事が一定期間停止するからだ。

その間、ヴァルデン共和国の人たちが何をしているかというと、劇場に通うのである。

もしくは、小さな劇場で自分たちが歌い、踊り、演じるのである。


このベルクシュタットでも、多くの演目が公演されていた。


この街にいる一週間は、それを堪能した。

冬の最中だけど、ガスストーブが公共の施設には設置されており、人々も暖かそうだった。

多くの人が街に繰り出して、冬は、みんなで楽しもうぜと言っている感じがした。

悲壮感はどこにも無かった。

天気も良く、雲一つない青空が広がっていた。


大楽団と呼ばれている数十名の人たちが色々な音を奏でる演奏には、私も心を震わせた。


「ララ、大楽団が大好きだよね。三日連続通っているよ」


「うん。フローレンスも行く?」


「私はいいわ。図書館に行く」


「また、お勉強? そっちも好きだよね」


「ララも勉強しなさい。死ぬ気で勉強するのよ。そうすれば、新しい閃きや気づきがあるわ」


「はいはい。ララは音楽から閃きを貰ってくるよ」


大使は演劇にハマっていた。

たまに姉も連れ出して二人で色々な演劇を観に行っている。


レナさんは、お仕事だ。

ここはセレニカーナ王国との橋渡しの都市でもあるので、色々忙しいらしい。

レナさんも、たまに姉を連れ出して、色々な人と繋いでいた。

街での交渉や情報収集のやり方を教えてくれているようだった。


ここ二日と同じように、私は一人で広場まで歩いた。

他の都市よりも、石畳の石が大きい。

名残雪が少し残った上に凍っているので、滑らないように注意が必要だ。


広場に入り、今日の大楽団の演奏はどんなだろうと、胸を昂らせていた時に、ふと足が止まった。

広場にも、色々な人たちが集まって、ちょっとした路上ショーを行っている。

最初の一日目は、それを沢山観て楽しんだものだ。


今、私が足を止めたのは、音楽を一人で演奏している人がいるのに気づいたからだ。

大楽団ではない。

たった一人で、音を奏でていた。

女の人が音を奏でながら歌っていたのだ。


あまり人気がないようで、その人の周りには、殆ど人がいなかった。

というか、私だけだった。


あの楽器は見たことがある。

私の空間部屋の倉庫にあった。

箱に入っていたと思う。


面白い音だった。

面白い歌だった。

ここベルクシュタットの歴史を音に乗せて語っていた。

山を愛し、土を愛し、石を愛でて、子供を育てる。

そんな男臭いけど、この国の人らしい生活を歌詞にして音に乗せていた。


一曲終わった後に、私は小銭を箱に投げてから聞いてみた。


「その楽器は何? 大楽団には無かった」


「これはギターって言うのよ。クラシカルギター。古くからある楽器よ」


「どして、大楽団にはないの?」


「どうしてだろうね。こうして、一人で楽しむものだからかな」


「古くからって、どれくらい前?」


「どの楽器も、人類創生のころからあったそうよ」


「うそ。一千年も前から?」


「そうよ。楽器もそうだし、馬車だって、畑だって、家だってそうじゃない」


「千年前から町はあったの?」


「そうよ。女神様がこの地を人類に与えた時に、人類が頑張って建てたのよ」


「ここに? 同じ様な街を?」


「そうよ。大きい都市は同じ場所よ。小さい町や村は年代を重ねるごとに増えて行った。このベルクシュタットは創生の時から在った古い町よ。昔と変わらず今日まで続いてきた由緒ある都市ね」


「えー、そこから変わっていないってこと?」


「面白いことを言うのね。初等学校でも習うでしょ。この地に降り立った時の物を受け継ぐのは、人類と女神様の約束よ。壊れたら直して、また似たような物を作ったり建てたりするのよ」


「大楽団が演奏している曲も?」


「うーん。あれは殆どは、新しい曲かな。古くからの曲は、滅多にやらないわね」


「お姉さんがやっていたのも新しい?」


「そうよ。創生の時代から残っている曲もあるわ。聞いてみる?」


「うん!」


女の人が、ゆっくりと楽器を奏でた。

さっきと全然違う。

物語を語るように歌うのではない。

楽器の弾き方も違った。

もっと、ゆっくりと、一音一音を聞かせるように、楽器を弾いた。


綺麗なメロディだった。

心に染みる音だった。

でも、途中で頭が痺れるような感じがした。

心の奥が温かい。でも、凄く痛い。

ギューっと鷲掴みにされている様だった。


私は、この曲を知っている。

私は、この歌を知っている。


驚くばかりの神の恵み。

何と美しい響きであろうか。


そう口から自然に歌詞が零れた。

女の人と声が重なった。

自然に私は歌い出していた。

女の人が驚いたように、目を見開いた。


胸が熱くなる。

魔石が熱で溶けそうだ。

頭が痛い。


そこで、私は、意識を失った。



夢を見た。

長く、長く続く夢を。


その夢の中で、私は長い時を生きていた。

ウンザリするくらい長く、でも幸せが満ちていて、かつ孤独でもあった一生だ。


私は楽器を弾いて、歌を歌っていた。

沢山の人がいる前で歌っていた。

夜中。

もう空は暗かった。

私は舞台の上にいて、光を当てられていたけど、それでも多くの星が輝いているのが分かった。

月が、まん丸の月が見えた。


目の前には家族や仲間たちが沢山集まってくれていた。

ああ、みんな来てくれていたんだ。


癒しの魔法が世界を満たした。

身体中を癒しの魔法が満たした。



顔に当たる空気が冷たい。

目から涙が流れていた。

ゆっくりと目を開けると、心配そうにこちらを覗き込んでいる美少女の顔が目に入った。


これ、何度か経験したな。

覗き込んでいる美少女は二人だ。

一人が回復魔法をかけてくれている。

さっきの夢に出てきた癒しの魔法は、これか。


「あ、起きた。ララ! ララ! 大丈夫?」


「うん。アス姉、フロ、大丈夫。回復魔法ありがとう。夢に出てきたよ」


私は寝ていた上半身を起こした。

ここは……。

そうだ。

ベルクシュタットの宿屋のベッドか。


「寒っ」


「結界魔法をかけなさい。ララ」


姉に言われて、身体に結界魔法を纏わせた。


「ララ……、倒れた?」


「そうよ。広場で倒れたそうよ。女の人が兵士さんを呼んでくれたわ。身に着けていた冒険者カードを見て、冒険者組合支部に連絡が入ったのよ。それでレナさんが駆け付けてくれたってこと」


「もう、ビックリしたわよ。ここに兵士さんとレナさんが運んでくれたんだけど、結界魔法は解けているし、意識はないし。セレニティアだったら、殺されていたわ」


「ララ、何があったかは思い出せる?」


「うん。さっき見た夢まで、思い出せる」


「ねえ、アス姉、フロ、聞いてもいい?」


「勿論よ」


「月って、最近見た?」


ムーン?」


姉には聞き返され、


「そう言われると私は見ていないわね」


フローレンスには即答された。

そして、姉には、逆に意味を聞かれてしまった。


「ララ、フローレンス、月って何?」


「「え?」」


三人で顔を見合わせた。


そこにレナさんと大使が部屋に入ってきた。

起きたのね、良かったわ、と口々に言っているけど、私達が戸惑っている様子を見て、向こうも戸惑った顔をした。


「何? 三人ともどうしたの?」


「レナさん、大使、月って知っている?」


「月? 何それ? お菓子?」


「町の名前かしら?」


姉はホッとした顔をした後、怪訝そうな表情で、私とフローレンスを見つめた。

私とフローレンスは答え合わせをするように、月を説明する。

でも、誰もそんなものは知らないし、そもそも存在しないと言っていた。


「この星の名前は何?」


「星の名前? そんなものは無いわ。ただのプラネットよ」


「ララ、この星の名前は思いつく?」


「ノアース」


「え? ノアース? アースじゃなくて?」


「うん……。あれ? アースだったかな? アースだったかも」


私は広場で起きた話をした。

女の人が一人で楽器を弾いていた。

ギターという名前の楽器だ。

人類創生の時から残っている曲があると言うので、弾いてもらった。

そして、それは自分が知っている曲だった。

それは、自分が歌える曲だった。

その後、魔石と頭が割れるように痛くなって倒れた。


「ララ、ギターでしょ? 私、知っているわよ。書庫にあるわよ。空間部屋に入れてくれれば持って来るわよ」


「うん。でも、今はちょっと怖いかも。また頭が痛くなっちゃうかもだし」


「ララ、でも倒れるのならば、わたし達がいるところにしないと危険よ」


「アス姉、分かっている。もう、ちょっとしたら、アス姉たちがいるところで触ってみるよ」


「つまり、ララさんとフローレンスさんだけが持っている転生前の記憶があるということですね」


「選ばれし使徒だけがってこともありえますね。レナさんとアストリッド様は知らない訳ですから」


「チャック達が来たら聞いてみよう」


「そうね」



答えは、すぐに判明した。

夕方、彼らは廃墟から戻ってきた。

そして、すぐにフローレンスが聞いたのだ。


「ねえ、二人とも、月って、最近見た?」


「月? そういえば、僕、見ていないな。そもそも夜、外に出ないからね」


「俺も……、記憶にないな。でも、昼間や夕方でも見える時あるよな。俺、最近、空を見上げていないのかも」


その答えを聞いて、全員が顔を見合わせた。

やはり、選ばれし使徒だけが持っている記憶なのかもしれない。

ひょっとしたら、月以外に、他にもあるのかも。


あとは、人類創生の時から受け継がれていた曲を、どうして私が知っているのか、だ。


賢者の言葉を思い出す。

『人類の起源を調べるのじゃ』


多分、女神の存在と、全ては繋がっている。




世界地図

挿絵(By みてみん)

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