新しい仲間とヴァルデン共和国へ
山を越えるまで、三週間かかった。
三日目までは過酷な上り坂だったが、四日目からは、山下り六割、山登り四割。
半々の日も、比率が反対な日もあった。
それでも少しずつ下りていったのだと思う。
下りでは、トナカイさん達が頑張ってくれた。
皆でソリに乗って楽しんだし、スキーも練習した。
フローレンス以外はスキーの基本はマスター出来たと思う。
これだけ毎日滑るのだ。
そりゃ上達もする。
フローレンスは全く運動のセンスがないことが判明した。
何度転んでも全く上達しない。
半べそかきながら、ソリに乗っていた。
チャールズは早々にレオンに剣を教えたがっていたけど、私がそれに待ったをかけた。
まずは魔力の使い方を徹底して訓練させることにしたのだ。
チャールズには別の課題を与えた。
結界魔法を身体に纏いながら、剣を使う練習だ。
前は剣を握る手に違和感があると言って諦めたのだ。
でも、オジちゃんだって、あそこで頑張らせておけば命が助かった可能性もある。
私はもう後悔するつもりはなかった。
「初めて剣を握ったと思って頑張れ」
チャールズに口を酸っぱくして、そう伝えた。
レオンは多分、身体を使うことに関しては、チャールズ以上のセンスがあると思う。
スキーも飛びぬけてうまいし、山道で鍛えられているからか、体力もあるし、アジリティも高い。
自然豊かな環境で走り回ってきたのだ。
良い幼少時代を過ごしたのだと思う。
身体に魔力を浸透させることも、感覚として直ぐにマスターした。
色々な部位に魔力を集めることで、自身の持つ『強化』の意味を理解した。
腕に集めれば、腕力が上がり、全身に広げれば、身体能力全般が上がる。
オウルベアの様に、木々を薙ぎ倒すことすら出来た。
「素敵。レオン、凄く素敵に見えるわ」
姉にそう言われて拍手された時のレオンは最強だった。
遭遇したヒグマ相手にパワーで圧倒した。
二メートル近い熊をパワーで制するとか、流石、選ばれし使徒だと思う。
※
全く運動センスがないと判明したフローレンスだが、一つ大きな成果を私達に与えてくれた。
例の魔石の研究である。
「まず、このオウルベアの魔石に含まれていたエネルギー、要は魔力なんだけど。一番近い魔力はレオンの魔力だわ。次にチャックのもの」
「エネルギーにも特性があるの?」
「あるわ。私とララの魔力も違う。それは診断魔法で重なった時に感じたのよ」
「あぁ、なるほど。ララもフロの魔力は分かる」
「そうなの。つまり、オウルベアとレオン。そしてチャック。共通点は……」
「身体強化」
「そう。その通り。つまり、この魔石のエネルギーをララに注げば、多分、身体能力が上がるわ」
「なるほど。フロ、凄い」
「ありがと。本題はここからよ。さて、倉庫に眠っていた巨大鉱石も調べたの。一番似ていたのは……。お風呂の魔道具の中にある魔石と、私の魔力よ」
「うぇ。回復効果」
「そうなの。お風呂の魔道具もそうだけど、エネルギー鉱石も使ったら、使った分、魔力がまた補充される。完全に空にしたことはないけど、半永久的に使えるってことね」
「そうか。私達の体内魔石もそうだからね」
「そういうことなの。だから、あのエネルギー鉱石十個分、私達は回復効果のあるエネルギーを使えるってことよ。ララ、半分は常備しておきなさい。私がいなかった時にケガが治せるわ」
「わかった。なるほど。この世界の不思議解明に、また一歩近づいた」
ちゃんとフローレンスに言われた通り、エネルギー鉱石を収納魔法で格納しておいた。
「あとは。このエネルギー鉱石の中身なんだけど、私の回復魔法よりも圧倒的に質が高いのよ」
「うん。つまり……、フローレンスの魔法がまだ伸びると言っている?」
「そう。まだまだ、私の進む道には先があるってことよ。回復速度が上がるのか……。それこそ無くなった部位を治せるとか」
「オジちゃんの目」
「うん……。もう遅いけど、似たような人がいたら、治してあげたいわ。だから、このエネルギー鉱石の質に近づくように、私は死ぬ気で頑張るわ」
※
私と姉も山の中で頑張っている。
スキーが上達したぜ、イエーイってやっているだけではないのだ。
姉はボウガンを使って、狩りをしている。
ウサギを捕まえて、自分で捌けるようになった。
私はとても見てられないけど。
綺麗な顔をして、笑顔でウサギを捌く姉など見たくもない。
このウサギは、私が仕留めたのよーって言って、シチューを出された時も少し引いた。
あのウサギさんか……、と生前の姿を思い浮かべてしまったのだ。
姉は三十フィート、約十メートルの距離なら、動く的に当てられると言っていた。
レナさんはその三倍の距離でも当てると言っていたから、姉の進む道も、まだまだ長い。
私はもちろん、空間魔法のレベルアップだ。
収納魔法の距離と速さは、年単位の訓練が必要だから、地道に頑張るのみである。
フローレンスに助言してもらった、線を発射して攻撃する魔法が出来るようになった。
これは姉の練習しているボウガンを見ることが大変役立った。
ボウガンのイメージで魔法を撃ってみたら、綺麗に出来たのだ。
魔法として現れる線は、ちょうどボウガンの矢の長さ。
二十インチだ。
その二十インチの線を任意の場所に生じさせる。
あまり遠くには無理。
精々、六十フィート、二十メートル程度だ。
その任意の地点に線が生まれて、ちょっと上下か左右に動かすと斬れる。
指で刺すように狙いを付けて、最後にちょっと指を斬る方向に振る感じにした。
かなり便利な攻撃魔法をゲットしたと思う。
今は、五センチ程度しか斬れないけど、いつか指をエイって引っ張れれば、何でも斬れる魔法にしたいと思っている。
※
「そういう訳で、今回はララとアス姉の二人でチャレンジする」
「いや、僕とレオンでやるよ。やりたいんだよ。やらせてよ」
「邪魔。二人いると、間違えて背中に矢を刺しちゃう」
私とチャールズで言い争っているのは、レナさんが見つけてきたグリズリーをどっちが倒すかだ。
私は中距離の攻撃手段を試す練習にしたいと思っている。
姉がボウガンで撃ち、私が指斬魔法で斬る。
せっかく練習したのだ。
私達も試したい。
ちなみに、指斬魔法とは、指で斬るように魔法を放つことから、フローレンスが名付けた。
最初は残酷魔法2とか言われた。
何とか、違うのにしてくれとお願いしたのだ。
無常魔法とか、理不尽魔法とか、カマイタチとか、幾つかの選択肢の中から選んだ。
「はぁ。このパーティといると感覚が鈍るわ。グリズリーって、一級冒険者や二級冒険者が揃ったパーティが、集団で命をかけて戦うものなのよ。倒せば一攫千金。子供達がちょっと試したいとか言う魔獣じゃないのよ」
「ララ、わたしはまだ自信がないわ。あんな大きな熊が来たら、きっと外してしまうから」
「アス姉、だから練習するんだよ。大丈夫。最初にララが足の腱を斬る。動けないグリズリーを痛ぶるように殺すのよ」
「ララちゃん、言い方が悪の使徒になっちゃっているよ」
「チャック黙る。あ、そうだ。レオン、アス姉の前でタンク役をやる。もしグリズリーが突っ込んできたら、頑張って抑え込む。その状態になったら、チャックが斬ってもいいよ。ララ達の負け」
「まあ、それも結界魔法という最強の防具を着ているから出来ること……。やっぱ、私の中の常識が崩れるわ」
「俺はそれでいいよ。チャールズ。それで行こう。アス姉様は俺が守る」
「はあ。レオン、お前、女子に甘いんだよ」
「よし決まり。じゃあ、みんな離れて。結界魔法を解除するよ」
「って、討伐方法を議論しているけど、そのグリズリーは既に捕まえているからね。もう、残酷魔法で息を止めてトドメを刺してあげてよ」
フローレンスが最後に呟いたけど、グリズリーは動物じゃない。
魔石を持った魔獣だ。
私はそこで線を引くことにした。
熊まではギリギリ許す。
人の味を覚えたヒグマは、線を越えて魔獣になったとみなす。
グリズリーやオウルベアは、魔石を持っているし、人を探し、捕まえて殺して食べる悪いやつだ。
討伐するべし。
そう定義することにした。
グリズリーを囲っている結界から、距離を取った。
姉がボウガンをセットして、狙いを定める。
レオンが姉の横に立った。
「行くよ」
結界を解除すると、怒ったグリズリーが走ってきた。
ウゲ、確かに結界がないと思うと、身が竦む。
私は足に向けて、指をエイって向けた。
やば、外した。
もっかい。エイっと。
ズン! と大きな音がして、グリズリーが前に転んだ。
姉がその瞬間にボウガンを発射する。
頭蓋にブスッと吸い込まれた。
「うぇ、まだ起き上がろうとしているよ、やば」
姉が慌ててボウガンを再セットしようとするが、焦って矢を落としてしまっていた。
レオンが姉の前に立った。
エイっと、今度は目を突き刺すように狙う。
外れたけど、頭を貫通したみたいだ。
立ち上がって、ブルブルと痙攣している。
エグい。ゾクっと悪寒がした。
トドメを刺すように、姉が目に矢を射し込んだ。
これで討伐完了と思ったけど、
チャールズが凄いスピードで近づき、姉が射した矢を蹴って中に押し込んだ。
その勢いで、ようやくグリズリーが後ろ側に倒れていく。
「よっしゃ! 飛び蹴りでトドメだ!」
「いや、アス姉様の矢が正確だった。あれで決まった」
「うん。誰も頭を貫通させたララの指斬魔法を褒めない。フロ、何か言う」
「私、嫌いよ。こういうの嫌」
「はは……。でも、また大きな成果を残しちゃいましたね……。アストリッド様、お見事でしたよ。ララさん、このまま収納しておいてください」
「うん。魔石だけはもらう。フロ、両手で水を掬う形にして」
「いやよ。チャック、手をこうやって。ご褒美を上げるわ」
「え? こう?」
不要なトドメを差した罰として、チャールズの手にベチョベチョ魔石を出した。
ウワっとか言って落としたのをフローレンスに怒られていた。
いずれにせよオウルベアに続いて、グリズリーまでゲットである。
※
「ここまで魔獣が寄って来るのは理由があるんですかね?」
「フローレンスさんの説によると、このパーティからは強い魔力が出ているからではないかって言ってましたね。魔獣がそれを察知して出て来ると。結界魔法で全身を覆っていますからね。確かに普通の人間ではあり得ないモノを醸し出しているでしょうね」
「レナさん、なんかララ達が人間じゃない何かみたいに聞こえる」
「まぁ、限りなく神に近い存在なのは、確かでしょう」
明日一日下れば、統一街道に出るそうだ。
そのまま、ヴァルデンの国境寄りの街、ベルクシュタットに立ち寄る。
そこからは統一街道で馬に乗って十日。
ヴァルデンの首都シュタインランドだ。
「トナカイさんはこのまま専用部屋で飼っていても良い?」
「はい。もちろん。売ってしまっても良いですけど、また使うこともあるかもしれません」
「うん。いつかネリスに帰った時に、遊んであげたい」
「ララ、餌はどうするの?」
「時を止めておく」
「あ、そうね。そうしましょう」
「シュタインランドに着いたら、ララ達は何かするべきことあるの?」
「そうですね。アストリッド様と相談しているのですけど、首相とも面会しておいた方が良いかもしれません。それはヴィルヘルム・フォン・ハンブルク隊長と会ってから決めても良いかと。私は政府に先に報告をしておきます」
「じゃあ、首相さんと話してから、教会の自動機械の除去だね」
「それが良いでしょうね。一番最初は冒険者組合ですね。オウルベアとグリズリーという二大魔獣の討伐ですから、きっと騒ぎになるのでしょうね……」
「アス姉さん、ツィルク港から船でミナセまで行く予定?」
「そうね。それが出来るか要確認ね。場合によっては乗り継ぎかもしれないけど」
「じゃあ、大使ともツィルク港でお別れかな」
「私はひょっとしたら、シュタインランドに残るかもしれませんね。ヴァルデン在留大使とも相談してみます。いずれにしても、シュタインランドでは別行動。冒険者組合に言ったら、サンテール王国大使館に来てください。おそらく宿泊も求められると思いますよ」
「あ、レナさんとアス姉のボウガン作りもだ」
「うふふ。楽しみね。多分、一か月くらいかかると思うから、その間、シュタインランドも楽しんでくださいね」
「俺が案内するよ」
「レオン、そうしてあげてください。あと、レオン、貴方はシュタインランドに着いたら、冒険者パーティ『ウッドランド・ドゥエラー』からは外すわ。『エッジ・シーカー』に入れてもらいなさい」
「え? 師匠? でも、俺……」
「レオン、貴方も選ばれし使徒。エッジ・シーカーと共に歩むのが相応しいってことは、分かっているでしょ? 調査や斥候のスキルは教えたわ。それを活かして、ララさん達の役に立ちなさい。あとは、前衛の実力を頑張って付けること。それは私には教えられないわ」
「え、でも……」
レオンはそう言って、大きな瞳から涙を零した。
まっすぐレナさんを向いたまま、泣いていた。
彼らしい泣き方だなと、私は思う。
涙を流すことを恥じてもいない。
悲しいから泣く。
レナさんが好きだから、恩を感じているから泣く。
素直な人だと思う。
「うん。レオン、歓迎する。エッジ・シーカーの前衛として、ララ達を守って」
「そうね。レオンがいてくれると、何となく安心感が生まれるわ。わたしも歓迎するわ」
姉に言われて、レオンは涙を拭った。
覚悟を決めたのだろう。
真っ直ぐと私達を見て言った。
「わかった。俺が守るよ。前線で身体を張る」
「うん。シュタインランドって良い鍛冶屋がいるんだよね。レオン用の大盾も買おう。時と場合によっては、盾が必要になる」
「そうね。後は、レオン用の洋服もオーダーしたいわ」
「あ、お姉様、私も少しサイズが合わなくなってきた服があるので、それも」
「なぬ。ララは全くサイズが変わっていないのにか」
「いや、ララも大きくなっているわよ。また1インチは大きくなったと思うわ」
「そうよ。ララ、私のホルモン魔法は効いていると思うわ。その、私のサイズが合わないってのは、そのあれよ」
「あ、胸か。確かにまた肉が付いたと思っていた」
「ちょっと! ララ! 男子がいる場!」
そんな様子を大使とレナさんは微笑みながら、見守ってくれていた。
そんなレナさんに向けて、レオンは頭を下げた。
「その、師匠……。本当にありがとうございました。これまで育ててくれて、俺、何て言って良いのか」
「成人までという約束だったわ。まだ十一歳だけどね。自立させるよりも、良い預け先が見つかって良かったわ。頑張りなさい。私は誇らしいわよ」
レナさんもそう言って、涙を零した。
この人の真っすぐさが、レオンを素直な人にしたのだろう。
姉が立ち上がって、レオンの手を取った。
そのまま、女子エリアに連れて行く。
私は分かった。
姉の意図が分かった。
でも、勝手に私の部屋に思春期の男子を入れないで欲しい。
まあ、レオンならいいか。
チャールズなら蹴とばすけど。
しばらくすると、戻ってきた。
想像通り、あの黒いマントを羽織り、黒のワークブーツを履いていた。
「うん。似合う。ようこそエッジ・シーカーへ」
「ようこそ。レオン。歓迎しますわ。本物の『終末の使徒』のパーティへようこそ」
「レオン! やったぜ! 一緒に頑張ろうな」
レオンは少し照れた顔を見せた後、爽やかな顔をで言った。
「コード番号019(ナインティーン)。『強化の使徒』レオン・シュヴァルツ。女神を倒すその日まで、この身を皆に」
レナさんが、手で顔を覆った。
すすり泣く声がそこから漏れた。
五歳から育ててきたのだ。
我が子同然だろう。
そんな我が子が、自分の手を離れて巣立つのだ。
しかも、少し思っていたよりも早い巣立ちだ。
これが親の愛情だと思う。
チクリと胸が痛んだ。
姉もフローレンスも、レナさんを見て悲し気な表情を浮かべた。
「ちっ。格好付けやがって、レオンめ。『コード番号019(ナインティーン)』だと。オーを付けろ。僕も『コード番号020(オーツーオー)』って名乗るさ」
何だか凄く格好悪く聞こえる。
実店舗へ顧客を誘導する姿が思い浮かんでしまったよ。
※
翌日、皆でトナカイが轢くソリに乗ったり、スキーをしたりしながら、山を下った。
時は七月の末。
北半球では夏、真っ盛りだ。
セレニカーナ王国では全然楽しめなかった。
あの美しい街を堪能できなかった。
本来であれば、観光で楽しめる国なはずなのに。
女神の脅迫を、止めることも出来なかった。
『終末の使徒の訪れと共に、ここセレニティアは地獄と化す』
この脅迫、予知は結局的中させてしまった。
本当に、言葉通りに、セレニティアは大きな災厄に襲われた。
沢山の人が亡くなり、瓦礫には、今も多くの人が埋まっているのだろうと思う。
変態達に斬り刻まれたり、焼け焦げにされた人も多い。
そして、私達も大きな柱を失ってしまった。
フローレンスとチャールズの親を。
私達を、サンテールまで連れて行ってくれたオジちゃんを。
何よりも、大事な仲間を、私達は亡くした。
思い出すだけで、私の胸は痛む。
ああしておけばよかった。
こうしておけば。
私が、もっと強ければ。
それは、私だけでなく、仲間たち全員の思いだろう。
でも、それを口にする人は誰もいない。
その思いを外に出すことなく、全員が胸に抱えている。
その思いをエネルギーに変えて、自身を強化し、前に進む活力にしていた。
私と姉が、父を失った時に、フローレンスとチャールズに出会えた様に。
片目剣士のオジちゃんを失ってすぐに、レオンと出会わせてくれた。
両方とも私にとっては、運命の出会いだと思う。
神の、本物の神の導きだと思う。
私の魂が、また震えているから。
スキーで滑降していくと、眼下に街が見えた。
久しぶりの人が住む街だ。
ようやく、私達は山を乗り越えたのだ。
私は空を見上げた。
大丈夫だ。
今度はきっと大丈夫だ。
ちゃんと、太陽がそこにはあったから。




