女神の使徒
夢を見た。
長く長く続く夢を。
その夢の中で、私は長い時を生きていた。
ウンザリするくらい長く、でも幸せが満ちていて、かつ孤独でもあった一生だ。
そして、ようやく命が尽きようとしていた間際に、私は母の墓参りをしていた。
私の足腰は弱り、立ち上がるのも難儀するくらいヨボヨボだった。
それでも、母に、家族に会いたいと、手を合わせて、母の墓に向かって熱望していた。
「生まれ変わっても、また同じ家族がいいよ……」
そう呟いていた。
満月が心配そうに、こちらを覗いていた。
そんな夢だった。
※
顔に当たる空気が冷たい。
目から涙が流れていた。
ゆっくりと目を開けると、心配そうにこちらを覗き込んでいる美少女の顔が目に入った。
「あ! お父さん! 起きた! 起きたよ!」
少女が慌てたように、部屋から飛び出していった。
その後ろ姿を目で追って、私は寝ていた上半身を起こした。
粗末なベッド。
木造りの家。
窓は水滴で曇っており、外は見えない。
それでも太陽の日差しが差し込んでいるのは分かった。
五歳の幼児の身体。
白い麻製のワンピース、シェーンズと言ったか……、長袖丈の肌着を着ていた。
髪は……、うん、違和感なし。
黒が混じった銀髪のストレートヘアだ。
意識が覚醒していくと同時に、女神の言葉を思い出す。
終末の使徒。
001。
悠久の平穏。
魂のテーマは『空間』……。
先ほどの少女が呼んで来たのだろう。
少女と一緒に部屋に入ってきた初老の男性に、声をかけられた。
男性は、伸ばした白髪と白髭。
黒い仕立ての良いオーバーチュニックを着ていた。
「ああ、目覚めたかね。心配したよ……。女神様の使徒を死なせる訳にはいかない……。大変なことになるところだった……。身体は痛いところないかね? 具合はどうかね?」
「うん、あ、はい。大丈夫です……」
「うんうん、良かったよ。僕らに敬語は要らないからね。女神様から、家族として大切に育てろと御神託を頂いているからね。僕たちはもう家族だよ」
「そうよ。わたしがお姉ちゃんよ。アストリッドお姉さんって呼んでね」
「うん、わかった。えっと、アス……?」
「ははは、幼い子には長いみたいだね。アスティでいいよ」
「わかった。アスティ。綺麗なお姉ちゃん、覚えた」
アスティという名の姉は可愛い顔のまま、笑顔を見せた。
そして、男性の方を向いて言った。
「アスティお姉さんね。お父さん、この子に名前を付けないと」
「そうだね……、何にしようかね」
名前と聞いて、私は思い出した。
女神に名も指定されていたはずだ。
「あ、女神から名前言われていた。えっと何だっけな……」
「え! 女神様から名前も頂戴しているのかい!ほんとかい!」
穏やかだった初老の男性がイキナリ興奮して、近づいてきた。
怖い。
少しビクっと身構えると、我に返ったように申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん……。ちょっとびっくりしちゃったんだ。女神様から名前を頂戴するなんて、『始まりの使徒』以来だからね……。大変なことなんだ」
「そうなんだ……。『始まりの使徒』……? 私、『終末の使徒』って言われた。繋がっているのかな…?」
男性とアスティ姉さんが、驚いたように目を見開いた。
口をパクパク開けている。
「あ、思い出した。『ローラ・アフ・ラーズドッティル(Laura af Larsdóttir)』。あと、魂のテーマは『空間』だったかな」
「『アフ』付……」
「『空間』?」
二人が小さく呟いた。
しばらく沈黙が流れる。
男性が、ふうっと溜息を吐きだした。
ベッド脇に置いてあった木の丸い椅子を引き寄せて、腰を掛ける。
もう一つの丸椅子にアスティが座る。
フワリと花の香りがした。
「どうやら、『始まりの使徒』以来の大物が降臨した様だね。ローラ、詳しく話してくれるかい?」
詳しくと言われても、そんなにロングストーリーではない。
魂のテーマと言われた『空間』というキーワード。
『ローラ・アフ・ラーズドッティル(Laura af Larsdóttir)』という名前。
『終末の使徒』
そして、そのミッション。
『世界の混乱を平定して、悠久に続く平穏な世界を人類に与える』
という役割の話だ。
『コード番号001(ダブルオーワン)』ってのもあったな。
全てを一通り話した。
二人とも真剣な顔で懸命に聞いてくれた。
男性は黒革の手帳に一言一句記載していたようだった。
「あ、あと、『わたくしの使徒に貴女の面倒を見るように伝えておく』って言っていた……。オジサンが使徒さん?」
「はは……。凄いね。色々特別過ぎて、少し驚いてしまった。うん、そうだね、僕も使徒だし、彼女も、アスティも使徒だよ」
「あ、そうなんだ。いっぱい、いるんだね」
「いや……、いないよ。世界に百人もいないんだよ……」
「お父さん、コード番号が三桁ってことは、最大九百九十九人いるってことかもよ」
「うん……。でも、ローラが1番で、かつ女神様から『終末の使徒』って直々に言われているんだよ。これが最後の一人ってことなんだろう。つまり、百人の使徒がいる。だから三桁なんじゃないかな」
「あ、そうか。始まりの使徒が百になるってことか」
私はキョトンとした顔をしていたのだろう。
二人ともこちらを向いて、苦笑を浮かべた。
まあ、おいおい話して行こう、まずは沢山食べて、元気になろうねと男性に言われる。
二人の名前を正式に教えてもらった。
初老の男性はエイナル・アフ・スヴェンソン (Einar af Svensson)。
初老と表現してしまったが、未だ五十五歳だそうだ。
もともとは黒い髪だったのだろうけど、半分以上白髪になっていて、それが歳を取っているように感じさせる。
この世界の最大宗教である『ラルナー教』の教皇様だそうだ。
多分、すごい偉い人なんだろう。
そんな人に、『面倒を見るように』指示するとは、流石に女神様は大物ってことだ。
この美形の少女の方は、アストリッド・アフ・スヴェンソン (Astrid af Svensson)。
綺麗な金髪に青い瞳。
金髪も完全なる金髪で、しかもサラサラストレートヘアだ。
細面にふっくらとした頬。
まだ子供だけど、すでに美人さんだ。
五年前に、私と同じように、五歳で降臨したそうだ。
ということは、今、十歳。
五つ上の姉ということになる。
「えっと、使徒は生まれて来るのではなく、天から降って来るのね?」
「そうだね、年齢はさておき、どこかで裸の子が見つかって引き取られる」
「アスティ姉ちゃんも?」
「そうよ。わたしは街中だった。教会の前。だから、お父さんが引き取ってくれた」
「そうなんだ……。私の場合は、女神の指示があったと……」
「そう。いきなり御神託が降りてね。僕とアスティに」
「ビックリしたわ。いきなり頭の中に声が流れたのよ。『ネリスの橋に使徒を送る。そこで家族として大切に育てよ』って。すぐに教会に行って、お父さんに伝えたのよ」
「うん。僕も同じ御神託を受けたからね。慌てて、ネリスまでやってきたという訳さ。到着した次の日に森に続く橋で、裸の少女が保護された。それが紋章持ちだったということで、教会に運び込まれたという訳だよ」
紋章というのは、使徒が持っている刺青みたいな物だ。
私の場合は胸の真ん中に『Ⅰ』と縦棒が一つ彫り込まれていた。
エイナルお父さんは、額に彫り込まれていた。
前髪を上げると、額の右上部に『LXXXI』と小さく書いてあった。
「わたしはこれね」
アスティは左手の甲にあった。
『LV』と。
「何の意味があるんだろう……」
「そうなんだよ。始まりの使徒は『C』という紋章が額の真ん中にデカデカとあったらしいからね」
「『おいおい話して行こう』って言いながら、また話しちゃったね。ローラ、ダイニングに行こう。立てる?温かいスープがあるから、まずは食べようよ」
アスティの手を借りて、ベッドから起きた。
布団から完全に出ると、寒さが体感できた。
空気が冷たい。
アスティが上掛けをかけてくれた。
サンダルのような突っかけに足を通して歩く。
思ったよりも、歩幅が小さい。
幼児の歩幅に、少し違和感を感じた。
部屋を出て廊下を歩く。
私が寝ていた部屋は、リビングルームに近い部屋だったようだ。
大きなリビングルームの窓の外には、雪景色が拡がっていた。
木々に積もる雪が、陽の光を浴びてキラキラと反射していた。
それが幻想的な雰囲気を醸し出している。
木の実を抱えたリスの親子が、木の枝を走っていた。
子供のリスが枝の上で立ち止まって、こっちを向いた。
お前誰だ? と世界を代表して、私に聞いているような気がした。




