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女神の使徒


夢を見た。

長く長く続く夢を。


その夢の中で、私は長い時を生きていた。

ウンザリするくらい長く、でも幸せが満ちていて、かつ孤独でもあった一生だ。


そして、ようやく命が尽きようとしていた間際に、私は母の墓参りをしていた。

私の足腰は弱り、立ち上がるのも難儀するくらいヨボヨボだった。

それでも、母に、家族に会いたいと、手を合わせて、母の墓に向かって熱望していた。


「生まれ変わっても、また同じ家族がいいよ……」


そう呟いていた。

満月が心配そうに、こちらを覗いていた。


そんな夢だった。



顔に当たる空気が冷たい。

目から涙が流れていた。

ゆっくりと目を開けると、心配そうにこちらを覗き込んでいる美少女の顔が目に入った。


「あ! お父さん! 起きた! 起きたよ!」


少女が慌てたように、部屋から飛び出していった。

その後ろ姿を目で追って、私は寝ていた上半身を起こした。


粗末なベッド。

木造りの家。

窓は水滴で曇っており、外は見えない。

それでも太陽の日差しが差し込んでいるのは分かった。


五歳の幼児の身体。

白い麻製のワンピース、シェーンズと言ったか……、長袖丈の肌着を着ていた。

髪は……、うん、違和感なし。

黒が混じった銀髪のストレートヘアだ。


意識が覚醒していくと同時に、女神の言葉を思い出す。

終末の使徒。

001。

悠久の平穏。

魂のテーマは『空間』……。


先ほどの少女が呼んで来たのだろう。

少女と一緒に部屋に入ってきた初老の男性に、声をかけられた。

男性は、伸ばした白髪と白髭。

黒い仕立ての良いオーバーチュニックを着ていた。


「ああ、目覚めたかね。心配したよ……。女神様の使徒を死なせる訳にはいかない……。大変なことになるところだった……。身体は痛いところないかね? 具合はどうかね?」


「うん、あ、はい。大丈夫です……」


「うんうん、良かったよ。僕らに敬語は要らないからね。女神様から、家族として大切に育てろと御神託を頂いているからね。僕たちはもう家族だよ」


「そうよ。わたしがお姉ちゃんよ。アストリッドお姉さんって呼んでね」


「うん、わかった。えっと、アス……?」


「ははは、幼い子には長いみたいだね。アスティでいいよ」


「わかった。アスティ。綺麗なお姉ちゃん、覚えた」


アスティという名の姉は可愛い顔のまま、笑顔を見せた。

そして、男性の方を向いて言った。


「アスティお姉さんね。お父さん、この子に名前を付けないと」


「そうだね……、何にしようかね」


名前と聞いて、私は思い出した。

女神に名も指定されていたはずだ。


「あ、女神から名前言われていた。えっと何だっけな……」


「え! 女神様から名前も頂戴しているのかい!ほんとかい!」


穏やかだった初老の男性がイキナリ興奮して、近づいてきた。

怖い。

少しビクっと身構えると、我に返ったように申し訳なさそうな顔をした。


「ごめん……。ちょっとびっくりしちゃったんだ。女神様から名前を頂戴するなんて、『始まりの使徒』以来だからね……。大変なことなんだ」


「そうなんだ……。『始まりの使徒』……? 私、『終末の使徒』って言われた。繋がっているのかな…?」


男性とアスティ姉さんが、驚いたように目を見開いた。

口をパクパク開けている。


「あ、思い出した。『ローラ・アフ・ラーズドッティル(Laura af Larsdóttir)』。あと、魂のテーマは『空間』だったかな」


「『アフ』付……」

「『空間』?」


二人が小さく呟いた。

しばらく沈黙が流れる。


男性が、ふうっと溜息を吐きだした。

ベッド脇に置いてあった木の丸い椅子を引き寄せて、腰を掛ける。

もう一つの丸椅子にアスティが座る。

フワリと花の香りがした。


「どうやら、『始まりの使徒』以来の大物が降臨した様だね。ローラ、詳しく話してくれるかい?」


詳しくと言われても、そんなにロングストーリーではない。


魂のテーマと言われた『空間』というキーワード。

『ローラ・アフ・ラーズドッティル(Laura af Larsdóttir)』という名前。

『終末の使徒』

そして、そのミッション。

『世界の混乱を平定して、悠久に続く平穏な世界を人類に与える』

という役割の話だ。

『コード番号001(ダブルオーワン)』ってのもあったな。


全てを一通り話した。


二人とも真剣な顔で懸命に聞いてくれた。

男性は黒革の手帳に一言一句記載していたようだった。


「あ、あと、『わたくしの使徒に貴女の面倒を見るように伝えておく』って言っていた……。オジサンが使徒さん?」


「はは……。凄いね。色々特別過ぎて、少し驚いてしまった。うん、そうだね、僕も使徒だし、彼女も、アスティも使徒だよ」


「あ、そうなんだ。いっぱい、いるんだね」


「いや……、いないよ。世界に百人もいないんだよ……」


「お父さん、コード番号が三桁ってことは、最大九百九十九人いるってことかもよ」


「うん……。でも、ローラが1番で、かつ女神様から『終末の使徒』って直々に言われているんだよ。これが最後の一人ってことなんだろう。つまり、百人の使徒がいる。だから三桁なんじゃないかな」


「あ、そうか。始まりの使徒が百になるってことか」


私はキョトンとした顔をしていたのだろう。

二人ともこちらを向いて、苦笑を浮かべた。

まあ、おいおい話して行こう、まずは沢山食べて、元気になろうねと男性に言われる。


二人の名前を正式に教えてもらった。


初老の男性はエイナル・アフ・スヴェンソン (Einar af Svensson)。

初老と表現してしまったが、未だ五十五歳だそうだ。

もともとは黒い髪だったのだろうけど、半分以上白髪になっていて、それが歳を取っているように感じさせる。


この世界の最大宗教である『ラルナー教』の教皇様だそうだ。

多分、すごい偉い人なんだろう。


そんな人に、『面倒を見るように』指示するとは、流石に女神様は大物ってことだ。


この美形の少女の方は、アストリッド・アフ・スヴェンソン (Astrid af Svensson)。

綺麗な金髪に青い瞳。

金髪も完全なる金髪で、しかもサラサラストレートヘアだ。

細面にふっくらとした頬。

まだ子供だけど、すでに美人さんだ。


五年前に、私と同じように、五歳で降臨したそうだ。

ということは、今、十歳。

五つ上の姉ということになる。


「えっと、使徒は生まれて来るのではなく、天から降って来るのね?」


「そうだね、年齢はさておき、どこかで裸の子が見つかって引き取られる」


「アスティ姉ちゃんも?」


「そうよ。わたしは街中だった。教会の前。だから、お父さんが引き取ってくれた」


「そうなんだ……。私の場合は、女神の指示があったと……」


「そう。いきなり御神託が降りてね。僕とアスティに」


「ビックリしたわ。いきなり頭の中に声が流れたのよ。『ネリスの橋に使徒を送る。そこで家族として大切に育てよ』って。すぐに教会に行って、お父さんに伝えたのよ」


「うん。僕も同じ御神託を受けたからね。慌てて、ネリスまでやってきたという訳さ。到着した次の日に森に続く橋で、裸の少女が保護された。それが紋章持ちだったということで、教会に運び込まれたという訳だよ」


紋章というのは、使徒が持っている刺青みたいな物だ。

私の場合は胸の真ん中に『Ⅰ』と縦棒が一つ彫り込まれていた。


エイナルお父さんは、額に彫り込まれていた。

前髪を上げると、額の右上部に『LXXXI』と小さく書いてあった。


「わたしはこれね」


アスティは左手の甲にあった。

『LV』と。


「何の意味があるんだろう……」


「そうなんだよ。始まりの使徒は『C』という紋章が額の真ん中にデカデカとあったらしいからね」


「『おいおい話して行こう』って言いながら、また話しちゃったね。ローラ、ダイニングに行こう。立てる?温かいスープがあるから、まずは食べようよ」


アスティの手を借りて、ベッドから起きた。

布団から完全に出ると、寒さが体感できた。

空気が冷たい。


アスティが上掛けをかけてくれた。

サンダルのような突っかけに足を通して歩く。

思ったよりも、歩幅が小さい。

幼児の歩幅に、少し違和感を感じた。


部屋を出て廊下を歩く。

私が寝ていた部屋は、リビングルームに近い部屋だったようだ。

大きなリビングルームの窓の外には、雪景色が拡がっていた。

木々に積もる雪が、陽の光を浴びてキラキラと反射していた。

それが幻想的な雰囲気を醸し出している。


木の実を抱えたリスの親子が、木の枝を走っていた。

子供のリスが枝の上で立ち止まって、こっちを向いた。

お前誰だ? と世界を代表して、私に聞いているような気がした。





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