セレニティアの予知の使徒
セレニカーナは小国だ。
国土としては、世界で最も小さい。
カウニア連邦やサンテール王国の一割にも満たない大きさである。
かつては西の隣国ヴァルデン共和国と一つの王国を形成していた。
しかし、五百年ほど前に、民主化運動が起きた。
当時の王族は広大な国土を民主活動派に割譲して、小国の王として生き残る道を選んだと言う。
その判断の根源は民族問題であろう。
元々セレニカーナ系の民族とヴァルデン系の民族は異なる種族だ。
セレニカーナは陽気で明るく、悪く言えばいい加減だ。
お酒が大好き、女の子が大好き。
美しいものを愛でて、毎日楽しく生きることを信条とする。
これは、セレニカーナの東の隣国、カスティリオ王国と似た性質だ。
反対にヴァルデン系の人たちの気質は正反対だ。
真面目で実直。
どの様な苦難でも歯を食いしばって乗り越える。
今日よりも明日のために働く人たちだ。
セレニカーナ系の人たちからすると、カスティリオ王国と一緒になった方が良かったのだと思う。
ヴァルデンの地は広大であるが、殆どが山間部であり、大きな港もない。
大きな港を作れるような開口部も海岸にはないのだ。
ウィンザーグローブの山脈へと続く急激な山を切り拓いて、街は建てられている。
海岸ルートを進む統一街道でさえ、ヴァルデン国内は山の中腹に作られているのだ。
それに対して、セレニカーナ王国首都セレニティアは大きな港町だ。
ヴァルデン共和国は独立してなお、セレニティアからの輸送で成り立ってもいた。
セレニカーナ王国としては、ヴァルデンを失っても利権は得たままということだ。
私達は一か月間の船旅を楽しんだ。
とはいえ、空間部屋をフル活用していたので、船旅の美味しいところだけを堪能させてもらった形である。
大型客船は大陸の傍を運行した。
サンテール王国のポン・ルー市、ルマリ市と言った大きな港町に立ち寄った。
ヴァルデンの小さい港、ツィルク港の沿岸にも停泊した。
私達は食材を補充するために、船を降りて街の市場に行った。
各都市にそれぞれに特徴があって楽しい。
いつかゆっくり回りたいと思えた。
そんな思いを堪能させてもらった一カ月だった。
※
セレニティア湾には大型客船が沢山泊まっていた。
港に寄りそうように、街も作られている。
甲板から眺めるだけでも、セレニティアの街の特徴が分かった。
まずカラフルだ。
人々の衣装だけでなく、建物が色んな色に塗られていた。
地区毎に屋根の色が決まっているのかもしれない。
左から右に視線を移すだけで、色見本帳を見ているみたいだ。
西側は濃い茶。
東に視線を移すと、赤になり、オレンジ、黄色、緑、水色、青、紫、マゼンタと変わって行く。
不思議と心が躍っていく感じがした。
「寒ぅ!」
漸く目的地に到着した私達は、喜び勇んで港街に入った。
第一声は、片目剣士のそんな一言だった。
「オヤジ、そう聞いていただろう。セレニティアの五月は寒いって。アス姉さんが一枚多く着ろって指示していたの聞いていなかったの?」
「五月やで? サンテールの五月は真夏や。半袖やで。しかも南の端の国なのに。マントの下は半袖にしてしもうた」
「南半球だから、気候は正反対なの。こっちの五月はカウニアの十一月と一緒だよ」
私は結界魔法を自分自身にかけていたので、全く寒さに気づかなかった。
アス姉とフローレンスも同様だ。
男性陣は武器を持って戦う時に邪魔だと言うので、かけていないのだ。
船旅一か月間の最大成果は、この結界魔法のレベルアップだろう。
ゆっくりと魔法強化に向き合えた。
そのおかげで、結界を身体に纏うようにかけられるようになった。
洋服の上に薄い布地を被せたように、結界を作っている。
身体の動きに合わせて、纏う結界も動く。
多分、少し強度は落ちると思う。
剣で斬られたら、衝撃が多少伝わって来ると思う。
まあマントもあるので、そもそも、まず斬られないのだけど。
気を付けないといけないのは、食事の時だ。
結界で囲っているのだから、当然飲めないし、食べられない。
あと握手されれば間違いなく分かる。
アス姉は、ワークブーツ越しでも、地面の感触が違うと言っていたが、正直、私には分からないくらいの違和感だ。
武器を持って戦う男性陣にとって、自分の武器を持った感触が異なるというのは、大きな違和感となるらしい。
剣を握る感触が全く違うと言って、結界を纏うのを嫌がったのだ。
そういう訳で、彼らは防御力ゼロ。
冷気もスルーだ。
「まずはサンテール王国の大使館に行きたいのだけど。案内図が欲しいわね……」
「嬢ちゃん。色や。国関係の建物は屋根が黒いって聞いたことあるで」
「黒……。沢山あるわね」
港から出ると、大きな広場がすぐにあった。
広場の周りには沢山立派な建物がある。
黒の屋根の建物ばかりだ。
広場から真っすぐ続く大きな通り沿いにも、黒い建物が並んでいる。
あ、教会は北に行った道沿いにあるな。
教会だけは、どこの都市でもすぐに分かる。
尖塔がひと際高いから。
「お姉様。黄色の壁ではないかしら。サンテール王国ですから」
「そや。オレンジに近い黄色やな」
「あれだよ。アス姉さん、黄色の建物が二つ並んでいる。多分、サンパウリーナとサンテールだよ」
チャールズが指さす先に仲良く並んでいる黄色の建物が二つあった。
両方とも五階建てで、鉄の門扉が作られている立派な建物だ。
より黄色っぽい方が、サンパウリーナだろう。
国旗の色に近いということは、あの濃い茶色はヴァルデンで、緑がカスティリオか、ユニオン・リパブリックだろう。
桜の可愛い色は、ミナセ共和国だと思う。
「可愛いね。ララ、この街好きだな。なんだか、絵本みたいだ」
「ふふ。そうね……。こういうところが、ヴァルデンの人たちは気に入らなかったのでしょうけどね……」
「ララ、お姉様、広場にある飾りも、あれ、お花の模様ですよ。センス良いですよね」
そんな話をしながら、黄色とオレンジが混ざった色の建物に向かって歩いた。
『サンテール王国大使館』
そう大きく門に書かれていた。
門番の兵士さんに姉が書状を見せた。
この兵士さん達も、サンテール王国の人たちみたいだ。
テオドールさんと同じデザインの騎士服を着ていた。
門が開かれ、兵士さん達にアテンドされて敷地に入った。
綺麗な芝生が敷かれた前庭を通り、建物に入る。
通されたのは、立派な応接室だった。
「ようこそいらっしゃいました。エッジ・シーカーのパーティの皆さま」
応接室で迎え入れてくれたのは、サンテール王国大使の女性だった。
マドレーヌ・ド・フランス(Madeleine de France)。
四十代だと思う。綺麗な人だった。
茶髪を豪華な巻き毛にセットしていた。
「ド・フランス?」
姉が苗字を確認するように聞き返した。
「はい。旧王族の生き残りです」
「あれ……。マリーパパが全部殺しちゃったって聞いた」
「マリーパパ? ああ……。ウフフ。可愛い呼び名だわ。そうですね。そういうことになっていますが、あの御方は優しいのでね。小さな女の子は生かされたのです。結婚して姓も変わるだろうって言ってね」
「じゃあ、大使さんは独り身?」
「そうよ。可愛いお嬢様。私が結婚しないものだから、外交官として、こき使うことにしたらしいわ」
「凄く綺麗なのに。勿体ない」
「あら、嬉しいわ。聞きましたか? マルグリット」
大使が振り向いて、従者の様に控えていた女性に声をかけた。
マルグリット・ド・ナヴァル(Marguerite de Navarre)。
二十代女性で、今回私達を世話してくれる大使館員だそうだ。
こちらも茶髪巻き毛で、ファッショナブルな女性だ。
この国に住むと皆こうなるのかな。
アイスブレイク代わりに、ファッションや街の綺麗さを大使達と話した。
大使曰く、第二都市フィオレンティアの方が、綺麗だと言っていた。
フィオレンティアは五百年前にヴァルデンと分割されるまでは、王国の首都だったそうだ。
そのため、王宮はセレニティアにはなく、未だにフィオレンティアにある。
新たな小国セレニカーナを建てた時に、経済的発展を遂げるセレニティアに首都機能、行政の中心を移したという。
大きな港があり、ヴァルデンとの交易が国の柱となることも判断の理由だったらしい。
「さて、本題に入らせて頂きます。皆さまの素性を知る者は、私とマルグリッドのみです。ただし、陛下からは王族同等の扱いを求められております。素性を明かさず、王族同様の歓待をする。かなり難儀な指示なので、すり合わせたいと思っております」
「ありがとうございます。わたし達のことは、冒険者パーティとして扱ってください。教会や国と何らかの諍いがあった時に、ご支援頂きたいだけです」
「そうですか……。お望みでしたら、大使館に泊まることも出来ますが、どうなさいますか? 食事も私と同じもので宜しければ、お出しします」
姉は一瞬考えた。
別に宿屋に泊まっても良い。
お金はあるのだ。
何処に泊まっても、寝る場所は空間部屋だし。
「分かりました。甘えさせていただいても宜しいでしょうか? あと、その……、予知のこともご存じですよね?」
「勿論です。予知の使徒の報告を陛下にしたのは私ですから。陛下からの書状にも一応皆様の事情は記載されていたのですが、例の……お話を聞かせて頂いても良いですか?」
「例の? インチキ説ですか?」
「インチキ説……。ウフフ。そうですね。インチキ説です」
姉はいつもの話をした。
私の転生時の話から始まり、女神像謁見、人食のお爺ちゃん、自動機械。
もう何度も繰り返している話なので、自動機械を収納魔法で取り出して見せるタイミングもバッチリだ。
今回追加されたのは、マリー襲撃の話だろう。
蜘蛛型飛行自動機械も見せておいた。
今日も元気に鉄の石を撃ち出していた。
「分かりました。アストリッド様、ありがとうございます。例の予言『地獄と化す』の内容は、この自動機械が街を破壊する……」
「はい。その可能性はあると考えております」
「対策としては何か思い浮かぶことはありますか?」
姉が私を見たので、ここからは私が引き取った。
「うん。この自動機械には対象を指示したりする通信機械が必要。女神との通信が必要だから大型機械の方。それを押さえるのがまず第一」
「何とかして教会の尖塔に登る必要がある……。そういうことね」
「そう。女神像への謁見申請とかでも良い。行くのは私とチャールズの二人でいい」
「分かったわ。それではまずは、そこから始めます」
「あとは、窓ガラスから侵入するから、窓を強化して。鉄板をはめるとか」
「街で暴れたら、どうしようもないってことよね?」
「うん……。残念だけど、建物の中に逃げ込むしかない」
大使とマルグリットさんは悲しそうに溜息をついた。
そして、他国の大使にも急ぎ情報を渡すと言ってくれた。
「あとは、ご訪問の目的の賢者との面会ですが、大使として要請するので間違いなく叶うと思います。ただ……。まともな会話にならないと思うのです」
「どの様な状態ですか?」
「その……。完全に壊れています。床を這いつくばり、ブツブツ何かを呟いて、その……。言いにくいのですが、自死を防ぐために手足も縛られております」
「そんな……」
「うん。いいよ。それでもララは会う。助けてあげられるのなら、助けたいし」
「分かったわ。マルグリットも同席させます。大使館員がいた方が、教会も手出しできないと思うので」
「賢者って教会にいるのだっけ?」
大使に頷かれた。
それならば、賢者の面会時に、女神像と尖塔の自動機械を除去することも出来るのではと考えた。
賢者がいる場所によるな。
あまりに距離があったら、魔力が展開しきれない。
そこは面会の時に考えよう。
※
賢者の面会は、女神像の謁見申請よりも先に受理された。
明後日の昼。正午の面会である。
翌日は一日フリーとなったが、午前中に思わぬ来訪があった。
『予知の使徒』。
セレニティアの選ばれし使徒が、サンテール王国大使館を訪ねて来たのである。
最初は『終末の使徒』への面会申請だったそうだ。
大使館は、終末の使徒などいないと拒絶。
すると、「こちらに逗留している客人と面会したい」と言い換えてきたそうである。
しかも、教会の責任者、つまり、この街の司教からの依頼という形で。
私達は大使と協議の上、応じることにした。
応接室に入ってきたの三名だった。
小さな女の子が予知の使徒だろう。
大きな男性が、司教。
もう一人は護衛か。女性の護衛だった。
互いに挨拶を交わした。
私達は冒険者パーティとしての挨拶である。
ジョヴァンナ・マルティーニ (Giovanna Martini)。
私と同じ歳の女の子。
長い焦げ茶の髪を三つ編みにしている。
顔はそばかすが沢山あり、眼鏡をかけていた。
何となく冴えない子だった。
マッテオ・ロマーニ(Matteo Romani)。
これがセレニティアの教会の司教だ。
既に老人であるが、体格の良い人だった。
声も低くて渋い。
雰囲気ある人だった。
「この人です! この人が『終末の使徒』です!」
挨拶が終わり、皆がソファに座って直ぐに、そばかすっ子が私を指さした。
マナー的にどうなんだろうと思う。
チャールズが爽やかに応じた。
「ジョヴァンナ嬢。僕の妹を指さして、いきなりそれは無いでしょう。確かに妹も僕と同じ髪の色をしているけど。それだけで指名手配犯と一緒にされるのは人権侵害だよ」
「私は見たんです! 女神から送られてきたビジョンを!」
どうやら彼女の予知の力は、映像としての神託の様だった。
声だけでなく、映像が観えるそうだ。
私の姿を映した映像と一緒に、女神の声で告げられたと言う。
『終末の使徒の訪れと共に、ここセレニティアは地獄と化す』と。
「うん。わかった。それはどんな映像だった?」
「馬! 馬に乗っていました! そこの女の人と! 二人乗りです!」
そばかすっ子が指さしたのは、姉だ。
「二人だけ?」
「そう!」
なるほど。
二人乗りってことは、かなり前の映像だな。
クレールモンに着く前の映像をどこかで、自動機械に撮られたのだろう。
そこから監視されていたのだ。
随分と前から尾行されていたんだな。
その後、姉が前教皇の死の予知を上手に聞き出した。
それは映像ではなく、女神の神託だったそうだ。
それで概ね理解した。
「もし、ララが終末の使徒ならば、どうして、女神様は今、何も言ってこないの?」
「え? それは……。でも、嘘じゃない! 私が観たのは本当なの! 嘘じゃないの! さっきも! 今日の朝も見えたのよ! 貴女がこの大使館に入る映像が!」
女神が何も言って来ないのは当たり前だ。
一つは、ここに結界を張っていること。
もう一つは、この子の頭の中の自動機械は、今、私の手の平にあるからだ。
こんな純粋無垢な素朴な女の子が利用されるのを見てられない。
本人の意思は確認していないが、もう取り除くことにしたのだ。
「すみません。大使として発言させてください。この冒険者パーティは、我が王国を飢餓から救ってくれた恩人。大恩あるパーティです」
そう大使が話し始めた。
どちらかと言うと、教会の司教に向けて話している。
「今日、選ばれし使徒様が見たのが本当だったとして……」
「本当よ! 今日の朝のことよ!」
「はい、本当としましょう。でも、それは昨日、このパーティが大使館を訪れた時の映像でしょう? 予知ではなく過去の映像です」
「……!」
確かにそうだ。
昨日の映像だろう。
それは最早予知ではない。
この子は、女神から映像を受け取る機能を埋め込まれただけだ。
「それに……、例の『終末の使徒の訪れと共に、ここセレニティアは地獄と化す』という予言ですが、このパーティの映像が使われたとして、この方々が地獄と化す所業をすると言われてはいませんよね? 同様に終末の使徒とも言われている訳ではない」
「……」
そばかすっ子が俯いた。
プルプルと震えている。
その瞬間、そばかすっ子の後ろにいた護衛が動いた。
短剣を抜き、私に向かって投げてきた。
カン! と結界に弾かれる前に、チャールズが反応して、短剣を弾き飛ばした。
「襲撃! 衛兵!」
大使の後ろに控えていたマルグリットさんが叫んだ。
部屋の外から兵士が飛び込んでくる。
でも、もう終わっている。
オジちゃんとチャールズが、そばかすっ子の後ろの女の護衛を取り押さえてる。
テーブルもそばかすっ子も越えて、飛び掛かったのだ。
女の護衛さんが、衛兵に連行されていく。
それを見守った後、大使が冷静な口調で告げた。
「司教。ここは大使館。王国領土ですよ。教会による戦争行為とみなします」
「いや……、違う! 指名手配犯『終末の使徒ローラ・アフ・ラーズドッティル』を捕縛しようとしているのだ! 国際手配犯だぞ! 殺しても問題ない!」
「名前が全く異なる別人です。髪の色と年齢だけで、二級冒険者を不当に逮捕、いや殺害するのですか? 大問題ですよ、これは。繰り返します。サンテール王国の大恩ある方々に根拠のない言い掛かりをつけた挙句、王国領土で戦闘行為。教会による宣戦布告とみなします」
「地獄が……地獄が訪れるのだ! コイツの所為で! サンテールはそれを見過ごすのか!」
「女神様の御神託を選ばれし使徒が受けたのです。きっと起きるのでしょう。でも、先程申し上げた通り、この冒険者パーティとの関係を結びつけるには根拠が乏しい」
バッサリと大使が司教を切り捨てた。
姉とフローレンスが、キラキラした目で大使を見ている。
憧れるのは分かるけど、こんな怖い女の人にならないで欲しいと切に願う。
私は俯いている女の子に話しかけた。
「ララは貴女が見たことが嘘だとは思わない。でも、女神が言っていることは信じない方がいい」
そばかすっ子が、こちらを見た。
コイツ、何を言っているんだという顔をしている。
それは隣の司教も同じだ。
「貴女が私たちの映像を見たのは本当のことだと思う。すごい能力だね。さすが選ばれし使徒」
そばかすっ子は、ギュッと自分の手を握った。
認められたい、嘘つきって言われたくない、そんな思いに囚われているのかな。
「だから、女神が言っていることだけを除けば、貴女は間違っていない。矛盾したこと、間違っているのは女神の話」
「貴様……女神様を冒涜するのか」
司教が低い声で恫喝してきた。
「ララは女神教の信者じゃない。だから、何を言っても自由。逆に言うと、だからこそ、客観的に判断できる」
「そうですね。前教皇様は誘拐なされたと女神様の御神託があったと私も聞きました。でも、ジョヴァンナ様が観た映像には、二人が馬に乗っていただけなのですよね? 前教皇はいない。矛盾です」
こんな発言するのは、大使かと思ったら、フローレンスだった。
感化されすぎないで欲しい。怖いよ。
「僕は単純に疑問なんだよな。この街が地獄の様に襲われるのなら、その犯人を具体的に言うべきだよね。『終末の使徒の訪れと共に』って、終末の使徒が犯人じゃない言い方だよね。上手く関連付けさせようとしているだけだ」
チャールズが続いた。
うん、確かにその通りだ。
「うん。女神は誰が何をするのかを知っている。言わないだけだ」
何故ならば、それは自分の指示だからだ。
とは勿論言わない。
「貴様……。無礼にも程があるぞ」
「司教のオジさん。ララ、別に無礼なこと言ってないよ。何か崇高な考えの元、言わないだけかも知れない。ララは事実を言っただけ」
「貴様が悪の御技で何かするのだろう」
「まず、そんなことララには出来ないし、そうだとしたら、女神がそう言えばいいじゃん」
「ま、この辺にしておきましょう。さて、司教、ジョヴァンナ様。王国への戦争行為。それに関与したお二人をこのまま、御帰しする訳にはいきません。それは御理解頂けますよね?」
「教会へは連絡して欲しい……」
「勿論です。明日、賢者様と面談予定がありますから、その時にお伝えしておきます。ただ、お二人はサンテール王国へ連行しなければなりません。それはご承知おきを」
「ねえ、もう一つララに教えて。どうして、あの護衛さんはララを殺そうとしたの?」
「私が……、終末の使徒に会いに行くと言ってしまったからだと思います……」
「つまり、あの護衛さんが勝手に判断したって言うこと?」
「おそらくは……、義憤にかられて……」
「そうだ! アイツが勝手にやったのだ! ワシらは何もしていない」
「司教。ジョヴァンナ様はそうですね。会いに行くと言っただけ。でも、司教はご自身で仰ったじゃないですか。殺しても問題ないと。つまり、認めていたとみなします。いずれにしても、我が国の裁判を受けてください」
私は司教のことは無視する。
この女の子と話している最中なのだ。
「ねえ、ジョ……、なんだっけ?」
「ララ、ジョヴァンナ嬢よ」
「う……ムズイ。ジョヴィっ呼んでもいい? ララの事はララって呼んで。友達になろ」
「ジョヴィ……、うん、初めて呼ばれるけど、いいよ。ララ、ね」
「ジョヴィ、サンテールに行きなよ。教会にいるよりも楽しいよ。ララがマリーに御手紙書くよ。マリーにララの友達だって言って。きっとマリーも友達になってくれると思うよ」
「ララ様、今日の夕方の船を手配します」
「うん、大使、良い客室にしてあげて」
「かしこまりました」
「ワシは行かんぞ。まずは教会に伝えよ。その返信を受けてからだ」
司教は別にどうでも良い。
救ってあげたいのは、この小さな、そばかすっ子だ。
女神に利用されただけの、可哀想な女の子だけだ。
ジョヴィは俯いたまま、涙をこぼした。
マリーとは正反対な泣き方だ。
マリーは上を見て、えーんと大きな声を出して泣く。
この子はまるで堪える様に泣くのだ。
みんな、ララが手の平で転がしている物が何か分かっている。
この子には、もう何の力が無いことも。
ただの女の子になった事も理解しているのだ。
だからこそ、優しい目で見つめるだけだった。
司教が兵士さんに連れられて行った後も、ジョヴィは、私達と一緒にいた。
みんなが気を使い、一緒にご飯を食べて、色んな話をしてあげていた。
サンテールの明るい王女の話は、一番の話題だった。
皆んなが色んなエピソードを面白可笑しく話していた。
チャールズが話す内容が一番面白かった。
ジョヴィも、そのうちに笑い出した。
明るく真っ直ぐ前を向いて、少女らしい笑顔を見せた。
大使はジョヴィの同行に女性の兵士を二名付けてくれた。
犯罪者ではなく、賓客として扱ってもらっていた。
一ヶ月ほど前に、リュミエールの港で、王様とマリーにしてもらった様に、
私達は全員でジョヴィの見送りをした。
甲板で何かを叫んでるジョヴィに、皆んなで手を振った。
「ジョヴィ! 元気でね!」
「山猿に宜しくな!」
「またね! また会おうね!」
私も大きな声で叫んだ。
ジョヴィ、もう自由だよ。頑張って生きようね、と。




