アヴェリーヌの土壌への祝福
クリスタルハインツの山々の端っこに、太陽が顔を出していた。
朝は一段と寒く、吐く息が白い。
石畳は夜露が凍っていた。
オジちゃんとチャールズは、朝一番で大きな荷物を抱えて、宿屋にやってきた。
追加のお金を払って、彼らにも朝食を食べさせた。
荷物は収納魔法で格納して、身軽になって私達は街を離れた。
オジちゃんとチャールズにも、黒いマントを渡した。
フローレンスは姉と全く同じ格好をしている。
街の外れで、馬を五頭出した。
今日からは一人一頭で進む。
お馬さんの背に乗るのに、私だけが凄く苦労した。
何だか悔しい。
皆が微笑ましくその様子を眺めているのも腹立たしい。
空間魔法で踏み台を作り、何とか上って意地を見せた。
「このマントはヤバいな。軽いのに暖かい。一度着るとやめられんな」
「オジちゃん、それ剣でも斬れないんだよ」
「ホンマかいな! チビちゃんの方が、よっぽど神の御技を持っておるやないけ」
まあ、実際は前世の私の持ち物なのだが、それも私と同じ私だ。
有難く称賛を受け取っておこう。
姉はリュミエールに行くことを決断した。
最後は自分の直感を信じたそうだ。
私もそれで良いと思う。
何かが起きるだろうけど、きっと私達なら乗り越えられる。
まずはアヴェリーヌに向かう。
その後、北西に進路を変えて、リュミエールに向かう予定だ。
クレールモンからは、下り坂となる。
馬車ではなく、馬に乗って行くので、十日はかからないそうだ。
上手くいけば、七日か八日。
舗装された馬車道を使うので道も悪くない。
夕方になったら、どこかの町か集落で宿屋を探すことにした。
そんな計画で出発したが、早くも二日目で計画を変更した。
それは一日目のお昼休憩の時の事がキッカケだった。
出発後、四時間ほど経って、姉が作ったお昼を皆んなで食べた。
三人ともメチャクチャ感動しながら食べていた。
「ヤバい……、ララちゃん、毎日こんなに美味しいご飯食べてたの?」
「うん。美味しいよね。でも、アス姉からすると、一番簡単な手抜き料理」
「凄いわ……。お姉様、私にも料理教えて!」
「もちろんよ。今度一緒に作りましょう」
「アス姉、まずは勉強。魔法の勉強もある。フロにそんな暇ない」
「ふふ。それもそうね」
「ララ、魔法の勉強なんてあるの? 私とララでは使える魔法も違うよね」
「ある。ちょっと今、軽くやってみよ」
昨日、フローレンスの回復魔法を見て分かったことがあった。
フローレンスは、回復効果のある魔法をオジちゃんに『浴び』せていた。
それで『傷程度しか治せない』と言っていたのだ。
でも、それは、私が目で見えるものしか収容出来ないと言っていた時と同じだと思う。
目に見えない、頭の中の自動機械を除去する時、私は魔力を体内に『浸透』させる。
魔力で体内の様子を感じ取った上で、魔法をかけているのだ。
フローレンスも、魔力を浸透させることを覚えれば、体内の必要な箇所に回復魔法をかけられると思うのだ。
「浸透……」
「うん。例えばオジちゃんの目を治したいのなら、オジちゃん身体の中に魔力を浸透させて、目全体を包み込む様に魔法をかける必要があると思う」
さらに言うと、イメージ出来ないものは、『再生』出来ないと思う。
フローレンスの魔法は回復魔法だが、その本質は『再生』魔法なのだ。
再生させるには、その修復部分の具体的な完成イメージが必要だ。
「つまり、漫然と魔法をかけていてはダメ。何が悪くてどうしたいのか。具体的な意思とイメージが必要。フロは人体の内部構造を知るべき。書庫にいっぱい教科書がある。料理よりもやるべきことはある」
今のフローレンスでは、骨折すら治すことが出来ないかもしれない。
『骨』の存在すらボヤけているのだから。
「分かったわ。今からすぐにやる。メチャクチャ燃えてきたわ。死ぬ気で勉強してやるわ」
「うん。魔法は使えば使うほど上手になる。使えば使うほど魔力量も増える」
「ねえ、ララちゃん、僕はどうするべき?」
「チャックも同じ。身体の表面、剣の表面に加速の魔法をかけるよりも、身体の中、筋肉や筋に沢山浸透させれば、信じられない速さになると思う」
「分かった。僕も頑張るよ」
「でも、技を伸ばすのを疎かにしたらダメ。オジちゃんは加速の魔法が使えなくても速いよ。あの技を習得する。その上で身体に加速魔法をかける。それが大事。それが出来たら多分……チャックは無敵」
「無敵? よし! やる気になってきた。オヤジ、今日から夜の特訓頑張ろうぜ」
「全く……、あれほど、身が入らん訓練していたヤツが言う言葉かいな……まあ良い。皆のもの、そろそろ行かんとだぞ」
そうして出発したのだが、途中でフローレンスに言われたのだ。
「ねえ、ララ。あの空間部屋って、ララがいれば使えるし、ララがいるところに繋がるんだよね」
「うん。そうだよ」
「つまり……、ララだけ移動すれば良いんじゃない? 私達は空間部屋にいても、ララがアヴェリーヌに着けば、私達も着いたことになるのよね?」
コイツ天才か?
そして、どんだけ、ズル賢いんだ。
私は驚愕の表情で、フローレンスを見つめてしまった。
気づけば同じ様な表情で、全員がフローレンスを見つめていた。
次の日から、街道をトボトボと旅をするのは、三人だけになった。
私と姉とオジちゃんの三人である。
チャールズとフローレンスは、日中は勉強と訓練に集中することになった。
それでも、回復魔法の練習を兼ねて、お馬さん達に一時間に一度回復魔法をかけてくれるので、移動速度は格段に上がったのだが。
「なんか……。納得いかない」
「ふふ。でも、確かに得られる物を考えると、これが最善なのよね」
「うう……。アス姉、ありがとう。私に付き合ってくれて」
「当然よ。ずっと一緒って約束したでしょ。それに世界中を旅するのって、楽しいわよ。こんな景色を毎日見られるだけで、わたしは幸せよ」
※
クリスタルハインツ山脈が今日も雪化粧で輝いている。
太陽が頑張って越えようとしている、あの山頂が、アイスピーク山だろう。
クリスタルハインツ山脈で最も標高が高く峻烈な山だ。
ちょうど、アヴェリーヌから見上げると、太陽が昇る方向にあった。
アヴェリーヌまで六日で走破した。
馬はいつまでも元気だし、毎日ローテーションしたので速度が落ちない。
下り坂というのもあっただろう。
もちろん、早く到着したいという思いもあった。
昨日から周囲の景色は森から畑へと変化してきている。
冬だからか、何も植わっていない畑。
茶色の大地だけが広がっている風景だった。
「寒い……。風が強い……。帽子が飛ばされちゃう」
「アヴェリーヌはいつもこんなやで。風がメッチャ強いんや」
サンテール王国アヴェリーヌ市(Averline)。
その名前は「風の流れる場所」を意味する。
クリスタルハインツ山脈の真横にある都市なので、山から振り下ろす風が強い。
永遠に雪で囲われた山脈からの山風だ。
冷たい風が、頬を刺す。
街を見下ろせる最後の下り坂の手前で、チャールズとフローレンスも外に出した。
全員で馬に乗って、街に入り、アヴェリーヌの宿屋に泊まる予定だ。
「やったで……。ようやく、まともな風呂に浸かれるで」
「うん。オジちゃん、少し臭くなった。中年の匂いがする」
「チビちゃんが部屋の風呂に入れてくれんからやろ……」
「オヤジ、しょうがないよ。裸体のレディが使ったお湯だ。神聖な聖湯を僕らが使うのは流石に憚られる」
「うん。そうなんだけど、チャックがララに内緒でお風呂使っているのは知っている」
「え? うそ……、どうして?」
チャールズは、隣にいるフローレンスの顔を見る。
フローレンスは、自分じゃないと首を振って否定していた。
「匂い。お風呂が少し臭かった」
「え? マジで? そんな……」
チャールズは自分の匂いをクンクンと嗅ぎだした。
十一歳の男の子が臭い訳がない。
何となく鎌をかけただけだ。
「ふふ。今日は一番良い宿屋に泊まりましょう。温泉が出るところだと良いですね」
よしっと言いながら、オジちゃんとチャールズが速度を上げて下って行った。
私はゆっくりと街の全貌を眺めながら、坂を下る。
吹き下ろす風が冷たく強い。
左手で帽子を押さえた。
久しぶりの街だ。
コンクリート造りの建物が沢山あるのが見えて、少しホッとする。
街の向こう側には、広大な畑が広がっていた。
オジちゃんの案内で、街で一番高い宿屋を二部屋取った。
男部屋と女部屋である。
男性陣は早々に大浴場へと向かった。
お昼は、オジちゃん行きつけの美味しいレストランに連れて行ってくれるそうである。
もちろん、お金は私達持ちなのだが。
※
「美味い! これ、メッチャ美味いよ! 僕、これ気に入った!」
育ち盛りのチャールズが、バクバク口に放り込んでいる。
食べている様子を見る限りは、味より量の印象を強く受ける。
オジちゃんが案内してくれたレストランは、宿屋のすぐ近くにあった。
いずれも街では裕福な人たちが行き来する地区にある。
レストランは、外装も内装も立派で、店内も広かった。
「グラタン・ドフィノワって言いましたっけ? 薄切りのジャガイモがとても美味しいわ」
料理に詳しい姉が、私には分からない話を料理長さんとしていた。
ここの料理長は元王宮勤めだったらしい。
その時に、オジちゃんと知り合ったそうだ。
彼が使徒であることも知っているし、オジちゃんが私達も使徒であることを伝えてもいる。
凄く恐縮して、私達のテーブルまで来てくれた。
「はい。本日はアヴェリーヌの名物料理を中心にお出しします。次はハキス・パルマンティエ、メインはアヴェリーヌ牛のステーキと付け合わせのポム・アナ……」
全く分からない。
チラっとフローレンスを見ると、彼女も同じだったようだ。
コクコクと料理長の話に頷いているだけだ。
私と目があって、二人で苦笑した。
「やはり特産のジャガイモのお料理ですね。アヴェリーヌ・ジャガイモは私も話には聞いていましたが、食べたことはないのですの」
「はい。アヴェリーヌと言えば、アヴェリーヌ牛とアヴェリーヌ・ジャガイモなのですが……」
料理長が言い淀むと、オジちゃんが横から口を出した。
「収穫量が減っているんや」
「あ、そうなのですか?」
「はい……。実は数年、収穫量が減っておりまして。アヴェリーヌ・ジャガイモが、そのうち食べられなくなるかもしれません」
なんだろう。
連作障害かな。
このジャガイモ料理が食べられなくなるのは、確かに社会の損失だな。
「休耕しているんだよね? 牛のフンとかは?」
「ちょっと、ララ、食事中よ」
「あ、そうや。このチビちゃんは、スオミアリスとリュミエールでナンバーワンの薬草専門家やで。最強の使徒でもある。ジャック、相談しておいた方がええで」
「なんと! わかりました……。農業組合の組合長を呼びます。専門的な話は私も答えられませんので……」
料理長が店員に声をかけると、店員の女性がエプロンを外して、外に出て行った。
おそらく組合長なる人を連れて来るのだろう。
ちょっと話が聞ければよかっただけのに。
大事になってしまった。
キッとオジちゃんを睨む。
「なんや……。なんで、そないに睨むんや」
「大事になった。これ、解決しないといけない流れ。行く先々で困った人を助けていくロードムービーになっちゃう。女神討伐が主題なのに」
「何を言っているか、よう分からんが、解決できるのなら、助けてやって欲しいんや。ジャガイモはサンテールの宝や」
ハキス・パルマンティエなるジャガイモ料理を頬張りながら、話を聞いた。
このサンテールでは、パンよりもジャガイモの方が消費が多いらしい。
栄養価も高く、飢饉を防ぐために重要な食材として大切にされてきたのだとか。
この、ハキス・パルマンティエは美味しい。
ミンチ肉の上にマッシュポテトが乗っていてジューシーだ。
シャパーズパイだったかな。あれに似ている。
「ちょっと、チビちゃん、聞いておるんけ?」
「うん。聞いているよ。でも、ジャガイモの専門家じゃないから、解決できないかもよ。派手なことやって、噂になるのも困るし」
「そうね……。教会の人に見つからないようにしないとね。でも、街の困っている人を助けられるなら、助けてあげたいわ」
「わかった。アス姉がそう言うなら頑張る」
アルフォンス・マルクさん。
アヴェリーヌ農業組合の組合長さんだそうだ。
ハゲた頭に汗をいっぱい垂らして恐縮しまくっている。
ルイーズ・ヴァリエールさん。
農業組合の事務局さんで、まだ若い。
黒い髪を三つ編みにしている。
眼鏡をかけていて、身長が小さいのも好印象だ。
モジモジしちゃっているし。
基本的にはアス姉が応対して挨拶を交わした。
私は急ぎメインのアヴェリーヌ・ステーキを食べる。
この流れだと、次は畑での調査だ。
この美味しい牛肉さんを食べ損なう訳にはいかない。
「休耕期間は問題ないんだよね?」
「はい。使徒様。定期的に年単位で休ませています。特に問題が出たところは多めに……」
「ララで良いよ。それで、どんな問題がジャガイモさんに起きちゃうの?」
「はい、ララ様。ジャガイモの草丈が成長しないのです。色々調べたところ、根に小さいコブの様なものがあることが分かりました」
根に小さいコブ。
ネコブセンチュウじゃん。確定だ。
土壌洗浄が必要だけど、この世界に薬品なんてない。
そうなると、私の畑でやった様な緑肥が良いかな。
やっぱり、牛のフンを畑に撒いていないんじゃないのかな。
「わかった。ある程度広い土地で検証してみよう。ルイーズさん、なるべく多くの人手を集めて欲しい。農家さん以外にも人手が沢山必要。冒険者組合に相談して、街の冒険者を沢山集めても良いと思う。お金はララが払う」
「え、はい……。かしこまりました」
「検証に使えるジャガイモ畑に連れて行って。ある程度広いところ。お馬さんで行くよ」
「かしこまりました。ご案内します」
※
案内されたところは、街の東にある大きな畑だった。
物凄い大きくて広い。
想定していた十倍以上の広さだった。
あの後、食後のデザートを食べながら、続きの話を聞いた。
例年だと、二月の末にジャガイモの種付けをするらしい。
何の対策もせずに植えても、また不作になることが目に見えている。
どうしようか連日頭を抱えて話し合っていたそうだ。
あと一か月か。
ギリギリ間に合うかもしれない。
土壌に魔力を浸透させて、集中してセンチュウの密度を調べた。
やはり多い。
私の畑に比べると百倍くらいの密度で、小さな、本当に小さなセンチュウがいた。
土の栄養価は悪くない。
牛のフンは適切に肥料にしていると思う。
センチュウの密度さえ落とせば、おそらく被害は無くなるだろう。
出来る。
これならば、解決できると思う。
私は立ち上がって、皆に告げた。
「今から、皆で働くよ。行くよ」
仲間たち全員と、アルフォンスさんを、私の畑に空間転移させた。
ルイーズさんは人手を集めるために街を走り回っているはずだ。
「ここは……」
「ララの畑。ここを使いたいの。野菜を皆で収穫しちゃって。薬草は私がやるから触っちゃダメ。あれを傷めると皆のお給料がパーになるよ。三十万Gはするから」
「は? 三十万って……。金持ちなのは、これが理由かいな。こんなのズルいやん。冒険者関係ないやん」
「オジちゃん、いいから働く。チャック、身体強化をフルで使え。訓練の成果を見せる」
「了解……」
「じゃ、わたしとフローレンスは果物を収穫しちゃいましょうかね。野菜は男性陣に任せましょ」
姉が積んであった木箱を皆に配った。
私は薬草畑に行き、成熟した葉を摘み取っていく。
高級な薬草は採り方にも技術がいる。
たくさん実ってるから、この機会に摘んでおこう。
三時間かけて収穫作業を終わらせた。
リュミエールに行った時に販売するもの、
私達の食材として使うもの、
次の苗や種に使うもの、
それを姉とフローレンスと一緒に仕分けて、収納魔法でしまっていく。
「さ、次は種を植えるよ。ここから頑張りどころ」
私はマスタードの種を皆に配った。
あのジャガイモ畑をマスタードでいっぱいにするには、ちょっと種が足りないのだ。
まずはマスタードの種を作らないといけない。
種を撒き終わったところで、一度、アヴェリーヌの畑に戻った。
男性陣は疲れ果てて、地べたに座っちゃっている。
「あ、疲れているところ悪いけど、今度はマスタードの種を収穫する。頑張るよ」
「え? ララちゃん……、今、撒いたばかりだよね」
マスタードは四週間から六週間で花が咲く。
その後、種になって、収穫できるには、二か月から三か月だ。
畑の空間を二か月半後にセットして、再び戻る。
「マジか……。もう出来上がっておる……」
「神の御業……。ララ様……。土壌の神で在られましたか」
「アルフォンスさん、オーバー。さ、皆でマスタードの種を収穫するよ。これがアヴェリーヌ・ジャガイモを救ってくれる子達。頑張って働いて」
チラっと見たが、チャールズは上手に身体強化が出来るようになったみたいだ。
通常の二倍速で動いている。
色々チャラいことを言うけど、基本はちゃんとした子なのだ。
※
アヴェリーヌの畑に戻った仲間たちは既に疲労困憊だ。
まあ、六時間は畑の空間で働いたのだ。
そうなるのが普通だ。
フローレンスが丁寧に、皆に回復魔法をかけている。
彼女も成長しているようだ。
適切に身体の中の筋肉に魔力が浸透しているのが、見て取れた。
「ララ様、あれだけ働いたのに、まだ陽が高いです……。もしや……」
「うん。向こうの畑の時を止めて作業した。でも、アルフォンスさん、他人には言っちゃダメだよ。ララが変に思われる」
「変って、偉大な女神の御業です……」
「女神とララは今、喧嘩しているの。女神の名前出しちゃダメ」
「喧嘩? 神界での女神同士の喧嘩……」
アルフォンスさんは驚愕して呟いた。
仲間たちは、それを見て笑っている。
ルイーズさんが、大量の人手を集めてくれたようだ。
鍬とかを持っている人たちが農家さん達だろう。
スコップを肩に担いでいる厳ついのが冒険者。
他の人は普通の市民なのだろう。
でも、これだけいれば早く終わると思う。
私以外の仲間たちが、グループを作って、上手に差配してくれた。
アッと言う間に、マスタードの種を撒いてくれたようだ。
私は先ほどから時間をかけて、魔力を広げていた。
流石にこれだけ広い土地を収納したことはない。
温室結界のように、上空まで結界で囲う必要はない。
地面から、高さも深さも1メートルくらい囲えば十分だろう。
深呼吸をしながら、広い畑全体に魔力を広げた。
「ララ、準備出来たわ。ララは大丈夫?」
「うん。ちょっと頭痛がしてきたけど、もう終わる。じゃあ、一気に収納するよ」
マスタードの種を撒いた畑を収納する。
そして、すぐに戻す。
マスタードの花が咲くちょっと前の時間分だけ、経過させたのだ。
「「「「おおぉ!」」」」
歓声が広がった。
彼らからすると、一瞬で作物を育てた奇跡だと思えるのだろう。
暫くすると大きな拍手が起こった。
「うん、アルフォンスさん、マスタードの葉を土に鋤き込んで。いっぱいかき混ぜてね。そしたら、ジャガイモを植えよう。ララはちょっとだけ休む」
畑の端っこ。
草が生えた場所で、ちょっと休ませてもらった。
横になって空を見上げる。
太陽はまだ高くにいた。
時間はまだあるんだな。
これなら、今日終わるかも。
帽子で顔を隠して目を閉じた。
顔に当たる風が冷たい。
「ララ、終わったわよ」
姉の優しい声で目を覚ました。
帽子を取ると、この世界に転生した時と同じ顔で覗き込む美少女がいた。
ララの胸に手を当てて、回復魔法を注いでくれていた。
胸の真ん中がポカポカしていた。
身体中に暖かいエネルギーが浸透していく。
これ、やべー気持ちいい。
大気が冷たいこともあって、より実感出来た。
「アス姉だと思ったら、フロか。起こしてくれたのね、ありがと。楽になったよ。どんな?」
「もう種付けは終わったわ。畑から皆、外に出た。いつでも収納できるわよ」
「了解。じゃあ、奇跡のジャガイモを皆で味わおう」
先ほどと同じ手順だ。
一期分だけジャガイモも育てる。
ジャガイモは、植えてから、百日後に収穫可能だ。
だから、空間魔法で収納した後、百日分経過させて、また戻した。
「「「「おおぉ!」」」」
同じような歓声が上がった。
先ほどよりもさらに大きい歓声だった。
「どうかな? ちょっとジャガイモさん見てみて」
「かしこまりました」
アルフォンスさんが、一番手前のジャガイモを根こそぎ掘り起こした。
そして、土まみれのジャガイモを手に取り、頭上に掲げた。
満面の笑顔だ。
顔もハゲた頭も土だらけだけど、凄く嬉しそうな顔をしていた。
「皆の者! 神の奇跡だ! 完璧なアヴェリーヌ・ジャガイモをこの地に実らせて頂けたぞ! 新しい女神に祝福を! ララ様に祝福を!」
「「「「おおぉぉぉぉぉ!」」」」
「う……、これはマズい流れだ……、ちょっと空間部屋に逃げ込む。アス姉、フロ、後は託した」
ちょっと落ち着くまで離れよう。
これから皆でジャガイモの収穫だ。
ヘトヘトになったころにシレっと戻ればいいや。
空間部屋に行って休もうと思ったけど、畑の部屋の方にした。
マスタードの代わりに、また野菜を植えておきたい。
チマチマとそっちの作業をこなすことにした。
※
「ララ様、この御恩、どの様にお返しすれば良いか……」
夜、打ち上げをかねて、レストランで食事をした。
アルフォンスさんやルイーズさん、他の農家の人たちも一緒だ。
「いや、何も要らない。美味しいジャガイモ料理が食べられて、ララも満足。出来れば、大事にしないで欲しい」
「いや、そういう訳には。せめて、生まれ変わった新ジャガイモをお持ちください」
ガラガラとカートに乗せて、木箱が沢山運ばれてきた。
あんなにいっぱいは要らないよ。
毎日がジャガイモ料理になっちゃう。
「皆さま、ありがとうございます。それでは、ご厚意に甘えまして、このジャガイモを頂きます」
姉がそう言って受け取ってしまった。
やむを得ず、私も頭を下げて、木箱を収納魔法でしまった。
「「おお」」
イチイチ反応がオーバーだ。
「僕からも一つ」
チャールズが立ち上がって、何かを言おうとしていた。
「我々は今の教会から、ララを守るために護衛しているパーティです。今の教会はララを神敵と不当なことを言って拘束しようとしています。女神様の指示だと嘘を言ってさえいます。どうか、皆さま、ララを守っていただけると」
「もちろんだ! 我らの女神様はララ様だ」
チャック……。何て言うことを。
「数日後には、教会から追手が来るでしょう。その時はオルセーに向かったと皆で口裏を合わせてください。ウィンザーグローブの山越えルートだと言って頂けると助かります。我らはサンテール王に庇護を求めるつもりです」
「かしこまりましたぞ! 我らからも王へ上申しておきますぞ!」
チャックは本当に口が上手い。
チャラいだけじゃないのだ。
頭が回るし、弁も立つ。
「アルフォンスさん、マスタードの種は大丈夫だよね?」
「はい。ララ様、充分な数を頂戴しました。明日から早速、全ての畑で緑肥なるものを実行します」
「うん。マスタードは四週間で花が咲く。その前に土に鋤き込むのがいい。ギリギリ、ジャガイモの種付け時期に間に合うと思う」
「かしこまりました」
アリゴと言う料理をパクパク食べた。
マッシュポテトにチーズを混ぜた料理だ。
凄く美味しい。
自分で収穫したものを、こうやって食べるのは、小さいけど確かな幸せの内の一つだ。
こうして、自分たちが食べる分を、
自分たちの手で育てる。
それは女神の教えの一つでもある。
だから、必ずしも女神が言うことが間違っている訳ではないと思う。
でも、どんな正しいことでも、人に押し付けるのは間違っている。
人は自分で選択するからこそ、成長していくのだから。
※
翌日、街の人たちが起きる前、早朝に私達は出発した。
今日は、五人全員で馬に乗った。
自分たちが育てた東側の畑を見ながら出発したいと、
チャールズもフローレンスも言ったからだ。
街を出て北西の方角に進路を取る。
太陽はクリスタルハインツ山脈に遮られて、未だ顔を出していない。
それでも、空はもう明るかった。
左手に昨日のジャガイモ畑が見えた。
山から吹き下ろす風で、土埃が舞っていた。
あの土は、自分たちで耕したものだ。
そう思うと、土埃さえも誇らしく思えてくるものだった。




