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最後  作者: ナオ


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8/12

8話 記憶は重ならない

 その日のことを三人とも覚えているはずだった。

 

 なのに誰一人として、同じ記憶を持っていなかった。

 

「去年の夏、海に行ったよね」

 

 ひまりが言った。

 

 何気ない一言。

 

 でも……空気が止まった。

 

「……行ってないよ」

 

 未華(みか)が答える。

 

 即答だった。

 

「行ったよ!」

 

 ひまりの声が強くなる。

 

「お父さんもいたじゃん!夜に花火して!」

 

 龍一(りゅういち)は息を止めた。

 

 その光景が頭の中に浮かんでいる。

 

 暗い浜辺。

 

 小さな花火。

 

 笑っているひまり。

 

 確かに覚えている。

 

「……行ったな」

 

 思わず口に出た。

 

 未華が、ゆっくりと振り返る。

 

「行ってない!」

 

 その声は強くて、冷たかった。

 

「だって、その日——」

 

 言いかけて止まる。

 最近の未華は良くこうなる。

 

 未華の表情が揺れる。

 

 言ってはいけないことを飲み込んだ顔。

 

 龍一は、胸がざわついた。

 

「なんだよ!」

 

 聞いてはいけない気がした。

 

 でも、聞かないといけない気もした。

 

「その日、どうしたんだよ」


 今日は皆口調が強くなる。

 

 未華は……しばらく黙っていた。

 

 そして、ゆっくりと口を開く。

 

「……ひまり、熱出してたの」

 

 空気が歪む。

 

「え……?」

 

 ひまりが、固まる。

 

「ずっと家にいた。外になんて出てない」

 

「嘘だよ!」

 

 ひまりが叫ぶ。

 

「だって楽しかったもん!お父さんと一緒にっ」

 

 その言葉が途中で止まる。

 

 ひまりの目が揺れる。

 

「……あれ?」

 

 記憶がほどけていく。

 

「……どっち?」

 

 小さな声。

 

 龍一の心臓が強く打つ。

 

 自分は覚えている、確かにあった記憶だ。

 

 でも、未華は否定する。

 

 そして、ひまりも揺れている。

 

 じゃあ……これは何だ。

 

 誰の記憶だ。

 

「龍一」

 

 未華が言う。

 

「龍一は、その日……」

 

 また、止まる、言葉を選んでいる。

 

 いや、言ってしまえば壊れるとわかっている顔。

 

「……何だよ!」

 

 龍一の声が、さらに荒くなる。

 

 未華は、ゆっくりと首を振った。

 

「……やっぱりいい」

 

 逃げた。

 

 でも、それが一番怖かった。

 

 ひまりが、ふらふらとソファに座る。

 

「……写真、あるよ」

 

 ぽつりと言った。

 

「海の……写真」

 

 スマートフォンを取り出す手が震えている。

 

 画面を開き、アルバムをスクロールする。

 

「ほら……」

 

 差し出す。

 

 龍一が覗き込むと、そこには海の写真があった。

 

 夜の浜辺に花火。

 

 ひまりが笑っている。

 

 そして——

 

「……いない」

 

 龍一が呟いた。

 

 写っていない。

 

「そんなわけ……」

 

 ひまりが画面を覗き込む。

 

「……え」

 

 息が止まる。

 

「さっきまで……いたのに」

 

 未華が、静かに言う。

 

「最初から、いなかったよ」

 

 その言葉が現実を固定する。

 

 龍一の頭が真っ白になる。

 

 でも、確かに覚えている。

 

 手をつないだ感触。

 笑った声。

 

 全部ある。

 

 なのに証拠がない。

 

「……なんでだよ」

 

 龍一は、スマートフォンを奪うように取る。

 

 画面を見る。

 もう一度見る。

 何度見ても……いない。

 

 でも、その写真を見ていると奇妙なことに気づく。

 

 花火の光が、少しだけ歪んでいる。

 

 まるで、“誰かの形”をなぞるように。

 

 そこにいたはずの何か。

 消えた何か。

 

 龍一は、その歪みに手を伸ばした。

 

 触れられるはずもないのに。

 

 その瞬間ひまりが小さく言った。

 

「……お父さん」

 

 龍一を見る目には涙が溜まっている。

 

「なんで……この写真なんで?」

 

 言葉が、刺さる。

 

「すぐそこにいるのに」

 

 龍一は何も言えなかった。

 

 未華が静かに目を閉じる。

 

 まるで何かを確かめるように。

 

「ねえ、龍一」

 

 ゆっくりと目を開く。

 

「あなた、自分のこと……どう思ってる?」

 

 その問いが異様に重い。

 

 龍一は答えようとして……止まる。

 

 “普通だ”と言おうとした。

 

 でも、本当にそうか?

 

 時間はズレる。

 声も遅れる。

 写真にはいない。

 それでもここにいる。

 

「……わからない」

 

 初めてそう言った。

 

 その瞬間ひまりが泣いた。

 

「やだ、やだ……」

 

 小さく、でも確かに崩れる声。

 

「消えないでよ……」

 

 誰に向けた言葉かは、もうわからない。

 

 龍一か未華か。

 

 それとも、別の何か。

 

 部屋の中で三人の記憶が、重ならずに浮いている。

 

 どれも本物で、どれも間違っている。

 

 そして、その中で——

 

 確実に一つだけ欠けているものがあった。

 

 それが何かを、三人は理解出来ないでいた。

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