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最後  作者: ナオ


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6話 残された声

 その声は少しだけ遅れて聞こえた。


「……ただいま」


 玄関の方から確かに聞こえた。


 未華(みか)は手を止めた。

 シンクに流れる水の音だけが、やけに大きく響く。


 今のは……誰の声だった?


 ゆっくりと水を止める。

 静かになった部屋の中で、さっきの声が、やけに鮮明に残っていた。


「……龍一(りゅういち)?」


 呼んでみる。少し間があって……


「……ああ、今帰った」


 返事が来た。


 その“間”に未華は違和感を覚えた。


 遅い。


 ほんの一瞬なのに……なぜか、とても長く感じた。


 玄関へ向かう。


 ドアの前に、龍一が立っていた。


 いつもの服装、少しだけ疲れた顔、あれもこれもいつも通り。


 なのに、どこかだけが違う。


「おかえり」


 そう言いながら未華は龍一の顔を見た。


 目が合う。


 でもその視線が、ほんのわずかにズレている気がした。


「……どうした?」


「ううん」


 言えなかった。


 何が違うのか、自分でもわからない。


 でも確実に“何か”がおかしい。


 龍一は靴を脱ぎながら、ポケットからスマートフォンを取り出した。


 そのとき、


 微かに音が漏れる。


「……先に寝ていいから」


 未華は、はっとした。


 それは……さっき聞いた声と同じだった。


「今の……なに?」


「ん?」


 龍一は画面を見て首をかしげる。


「何も再生してないけど」


 未華の背筋に冷たいものが走る。


 確かに聞こえた。


 今も。

 さっきも。


 でも本人は気づいていない。


 そのとき廊下の向こうから小さな足音がした。


「お母さん……?」


 ひまりだった。


「今、お父さんの声……したよね」


 未華の呼吸が止まる。


「……聞こえたの?」


「うん……“ただいま”って」


 同じだった。


 未華は、ゆっくりと龍一を見る。


 そこにいるよ、ちゃんといるよ。


 でも、ひまりと同時に同じ“違和感”を感じている。


 偶然じゃない。


 龍一は少し困ったように笑った。


「なんだよ、二人して」


 その笑い方も、いつも通りのはずなのに。


 少しだけ、“遅れている”。


 未華は、そっとひまりの手を握った。


 温かい。

 確かな体温。


 だからこそ、余計に怖い。


 龍一の方を見る。


 そこにいるのに、どこか“ここにいない”。


 未華の中で、言葉にならない感覚が広がる。


 まるで、記憶の中の人と話しているみたいな。


 でも……そんなはずはない。


「ねえ、お父さん」


 ひまりが、小さく言った。


「手、つないでいい?」


「いいよ」


 龍一は自然に手を差し出す。


 ひまりがその手を握る。


 一瞬だけ、ひまりの表情が固まった。


「……どうした?」


「……ううん」


 でも、その手を離さなかった。

 むしろ、さっきよりも強く握っている。


 未華は、それを見て何も言えなくなった。


 ……気づいている。


 子どもは、大人よりも早く気づく。


 言葉にできない“ズレ”を。


 未華は龍一の手を見た。


 普通に見える。


 でも、ほんの一瞬だけ照明の下で——


 影が揺れた気がした。


 そこにあるはずの影が少しだけ遅れてついてくる。


 未華は、目を逸らした。


 見てはいけない気がした。


 もし、これの正体に気づいてしまったら。


 本当に戻れなくなる気がした。


 だから何も言わない。


 ただ……いつも通りに振る舞う。


「ご飯、できてるよ」


 それだけ言った。


 龍一は、軽く頷いた。


「ありがとう」


 その言葉も、ほんの少しだけ遅れて耳に届いた。

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