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最後  作者: ナオ


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11/12

11話 最後に残すもの

 それぞれが同じことを考えていた。

 

 でも、誰も口にしなかった。

 言ってしまえば……終わってしまうから。

 

 リビングは静かだった。

 時計の音だけが、やけに大きく響いている。

 カチ、カチ、と。

 その音が、残り時間を刻んでいるように感じた。


 龍一は、ひまりを見た。

 

 小さな肩。

 震えている手。

 守らなければいけない存在。

 ずっと、そう思ってきた。

 

 だから——

(もし、誰かが消えるなら)

 

 自然と、答えは決まっていた。

 

 未華も同じようにひまりを見ていた。

 

 その目は優しくて、そしてどこか諦めている。

 

「……ひまり」

 

 未華が、静かに呼ぶ。

 

「なに?」

 

「覚えててほしいことがあるの」

 

 その言葉に龍一が顔を上げる。

 

 やめろ、と言いかけて言えなかった。

 

 未華は続ける。

 

「どんなに忘れてもいいから」

 

 ひまりの手を取る。

 

「ひまりは大切な私達の宝物ってことだけは、忘れないで」

 

 涙が落ちる。

 

「お母さんとお父さんは、ずっとひまりが好きだった」

 

「……だった?」

 

 ひまりが顔を上げる。

 

 未華は、少しだけ笑った。

 

 その笑顔が、あまりにも優しくて逆に悲しかった。

 

「ううん、違うね」

 

 言い直す。

 

「好きだよ。ずっと」

 

 その“ずっと”が、どこまで続くのか誰にもわからない。

 

 龍一は拳を握りしめた。

 

「やめろよ」

 

 低い声。

 

「そんなの、まだ決まってないだろ」

 

 未華が、ゆっくりと龍一を見る。

 

「……決まってるよ」

 

 その言葉に、空気が止まる。

 

「誰かが残って、誰かが消えるなら」

 

 視線が、ひまりに落ちる。

 

「残るのは、ひまりでしょ」

 

 迷いがない。

 

 龍一も、同じだった。

 

「当たり前だろ」

 

 即答だった。

 

 でも、ひまりは首を振る。

 

「やだ」

 

 その一言が全部を壊す。

 

「やだよ……」

 

 涙が溢れる。

 

「なんで二人とも、いなくなる前提なの……?」

 

 龍一が言葉を失う。

 

 未華も何も言えない。

 

「三人でいたいよ……」

 

 その願いは、あまりにも普通で、あまりにも叶わないものだった。

 

 沈黙。

 長い沈黙。

 

 やがて龍一が口を開く。

 

「……なあ、ひまり」

 

 優しく、でもどこか決意を含んだ声。

 

「もしさ」

 

 言葉を選ぶ。

 

「もし、全部忘れたとしても」

 

 ひまりを見る。

 

「楽しかったって気持ちだけ残ってたら、それでいいと思わないか?」

 

 ひまりの目が揺れる。

 

「……やだよ」

 

 小さく答える。

 

「忘れたくない」

 

 その言葉に龍一は笑った。

 

 少しだけ。

 

「そっか」

 

 頷く。

 

 でも、その目はどこか遠くを見ている。


 未華が、そっと言う。

 

「ねえ、龍一」

 

「ん?」

 

「覚えてる?」

 

 少しだけ笑う。

 

「初めてひまりが“パパ”って言ったとき」

 

 龍一の表情が、ゆっくりと緩む。

 

「ああ……覚えてるよ」

 

 その記憶は、はっきりしている。

 

 小さな声。

 ぎこちない発音。

 

 でも、確かに自分に向けられた言葉。

 

「そのときさ」

 

 未華が続ける。

 

「龍一、泣いてたよ」

 

「泣いてねえよ」

 

 即座に否定する。

 でも、少し笑っている。

 

「泣いてたって」

 

「泣いてない」

 

 そんなやり取りが、

 いつも通りで。

 だからこそ、苦しかった。

 

 ひまりが、二人の手を握る。

 

 強く。

 

「ねえ」

 

 顔を上げる。

 

「約束して」

 

 二人を見る。

 

「どっちも、いなくならないって」

 

 答えられない。

 

 そんな約束、できるはずがない。

 

 でも、ひまりは待っている。

 信じている。

 

 龍一は、ゆっくりと手を握り返した。

 

「……約束はできない」

 

 正直に言う。

 

 ひまりの目が揺れる。

 

「でもな」

 

 少しだけ笑う。

 

「お前の中にも、未華の中にも、ずっといる」

 

 二人の胸を指さす。

 

「ここに残る」

 

 未華も、そっと頷く。

 

「消えたりしないよ」

 

「記憶は、消えないから」

 

 その言葉が、静かに響く。

 

 ひまりは、泣きながら頷いた。

 

 完全には理解していない。

 

 でも、大事なことだけは伝わっている。

 

 その夜三人は、長い時間手を離さなかった。

 

 まるでその温もりを、体に刻み込むみたいに。

 

 やがて、その感触が少しずつ、少しずつと薄れていくとも知らずに。

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