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最後  作者: ナオ


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10/12

10話 同じ記憶

 それは突然だった。

 

 誰かが話したわけでもない。

 

 きっかけは、さっきの会話からの沈黙だった。

 

 三人で座っていた。

 何も言わずに黙ってしまっている。

 

 その時、同時に“それ”を思い出した。

 

 雨。

 強い雨。

 フロントガラスを叩きつける音。

 ワイパーが追いつかない。

 視界が滲む。

 夜の道路。

 対向車のライト。

 まぶしい。


 その光の中で何かが飛び出した。

 

「……危ない!」

 

 声が重なる。

 

 三人同時に、

 同じ言葉を口にしていた。

 息が止まる。

 

「……今の」

 

 ひまりが震える声で言う。

 

「見えたよね」

 

 未華(みか)もゆっくりと頷く。

 

 龍一(りゅういち)は……何も言えない。

 

 でも、はっきりと見ていた。

 ハンドルを握る手。

 誰の手だ?

 自分か?

 未華か?

 わからない。

 

 でも、その手は強く震えていた。

 

「ブレーキ……!」

 

 誰かの声。

 足を踏み込む感覚。

 タイヤが滑る。

 音が消える。

 

 一瞬だけ世界が無音になる。

 

 そして——

 

 衝撃。

 

 体が前に投げ出される。

 ガラスが砕ける音。

 何かがぶつかる鈍い音。

 誰かの叫び声。

 

 それが誰の声かは、わからない。

 

「……そのあと」

 

 未華が呟く。

 

「どうなったの?」

 

 誰も答えられない。

 

 そこから先が思い出せない。

 

 それよりも、思い出してはいけない気がする。

 

 でも、断片だけが浮かぶ。

 

 白い光。

 サイレン。

 遠くで呼ぶ声。

 

「……大丈夫ですか!」

 

 誰に向けた言葉だ?

 誰が答えた?

 誰が答えられなかった?

 

「ねえ」

 

 ひまりが言う。

 

「誰が運転してたの?」

 

 沈黙。

 

 龍一は思い出そうとする。

 

 ハンドルを握っていた感覚。

 

 でも、それが“自分”だったのか確信が持てない。

 

「……俺か?」

 

 呟く。

 

 未華がすぐに首を振る。

 

「違う」

 

「じゃあ、私?」

 

 その言葉に空気が揺れる。

 

 未華自身が自分を疑っている。

 

 ひまりが、小さく言う。

 

「……わかんない」

 

 その一言が、すべてを壊す。

 

 誰も“自分だった”と言い切れない。

 

 なのに全員が“そこにいた”と感じている。

 

 龍一の頭にもう一つの断片が浮かぶ。

 

 助手席。

 後部座席。

 

 誰かが、名前を呼んでいる。

 

「——りゅういち」

 

 それは……未華の声だった気がする。

 

 でも同時に、違う気もする。

 

「——ひまり!」

 

 今度は龍一の声。

 

 でも、本当にそうか?

 

 音が混ざる。

 記憶が重なる。

 どれが現実か、わからなくなる。

 

「ねえ」

 

 ひまりが涙を浮かべて言う。

 

「誰が……いなくなったの?」

 

 その問いが、ついに核心に触れる。

 

 龍一は、口を開く。

 

 何か言おうとする。

 

 でも、言葉が出ない。

 

 未華も同じだった。

 

 三人とも、わかっている。

 

 この事故で……


 誰かが“戻っていない”。

 

 でも、それが誰なのかは、どうしても思い出せない。


 いや、思い出したくないのかもしれない。

 

 そのとき、ひまりが小さく呟いた。

 

「……わたし」

 

 二人が一斉にひまりを見る。

 

「わたし……だった気がする」

 

 その言葉に、時間が止まる。

 

 龍一の心臓が強く打つ。

 

「何言ってるんだ」

 

 すぐに否定する。

 

「ここにいるだろ」

 

 未華も強く首を振る。

 

「違う、違うよ……!」

 

 でも、ひまりは泣きながら続ける。

 

「だって……そのあと、すごく暗くて……」

 

 声が震える。

 

「声だけ聞こえて……」

 

 誰の声?

 

「お父さんと、お母さんが……」

 

 その先を言えなかった。

 

 龍一の中で何かが崩れかける。

 

 未華の顔が青ざめる。

 

 でも、決定的なところで記憶が途切れる。

 

 そこから先だけがどうしても見えない。

 

 まるで“そこに触れたら終わる”みたいに。

 

 三人は同じ記憶を見ていた。

 

 同じ事故。

 同じ衝撃。

 同じ断片。

 

 なのに、結末だけが誰にもわからない。

 

 その曖昧さの中で、ただ一つだけ確かなことがあった。

 

 誰かが“最後”に取り残されている。

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