小満7-1 一言で言うとQRコード
初夏、旬の果物のびわを食べ飽きて、ツギクル期待度ナンバーワンの桃の世話に住民が汗を流す昼下がり、久し振りにリコピンシティの必勝ウグイス嬢、スキマのアナウンスが街中にこだました。
『朗報(ろーほー、ろーほー、ろーほー)、リコピン語(ごー、ごー、ごー)、完成の巻(まきー、まきー、まきー)』
相変わらず自作エコーに集中していつどこに集合とかなにも伝えないシャウトだけど、街中と周辺にいた、野良仕事組や狩りに出てない暇人は広場に集まった。
エルフが世界樹と呼ぶ大木の根元、旧宅と違って壊れず押され続ける桃の木の世話をするセナもまた、放送に反応した。
かつてセナが最初に種を埋めて、植物狼が潜り込んだあとに生えた桃の木。何故か日照不足にもならず、毎年糖度カンストの実がなる木。コイツだけは誰にも渡さない。セナ、独学で剪定まで辿りついて枝を斬っては傷口を塞ぎ、まだ緑の果実の取捨選択に余念がなかった。
そんなセナを側で見守る絶世の美女、アーミナーシャは最近少しずつ感情の起伏に慣れてきた。崖から生えた松みたいな歪んだ桃の木を世界樹より大切に扱っているとか思うことはあるけどグッとこらえる。かつて自分の知る世界樹は極上の果実を実らせていた。そのうちあの実がなるようになったら神子様もきっと夢中になるに違いない。そんな未来が目に浮かぶようで彼女は微笑む。
そう、アーミナーシャはセナを世界樹の神子と呼び、自らを神子様の世話をする巫女と位置付けた。ややこしい。
エルフたちの多くはリコピンシティ付近に散らばる廃村をリフォームして、それぞれの集落に散って生活を整えつつある。できればもう少し世界樹の近くにいたい思いはあるけど、リコピンシティ周辺はいわゆるラスボスエリアだから弱者にはハードルが高すぎる。旅慣れたエルフをして自らを弱者と呼ばせし土地。改めてここはおかしな地域のようだが住民たちに自覚はなく。
ほんの一部、アーミナーシャを代表とする数名がリコピンシティに居を構えた。今も農業バフは盛り盛りだから、見よう見まねの畑を作って手応えを感じて驚いている。そして元よりスローライフな種族だから急ぐこともなく、こうして息抜きのようにセナを訪ねては観察を趣味にしている。神子呼びは本人が首を傾げるから控えているが、従者の態度は隠さない。セナのほうは特に気にしてはないらしい。妹のトナと同じ、見たければどうぞとスルーしている。
「ふぅ、桃姫の救出クリア。リコピン語ってなんだろ? 行こ、アーミナーシャ姉ちゃん」
「はい。しかし皆さんのんびりしていますね。危機が迫っているかも、と伝えたのですが」
アーミナーシャはサホーリーたちに、同族が世界樹欲しさに悪巧みしていることを正直に話した。他の凡人族の国をそそのかして、戦争が起こるかも知れないと。ただ、それを聞いた重鎮たちは「木をあげればいいじゃん」で解決して、アーミナーシャは自分が究極のマヌケになった気がして黙った。実際土地だの物だのを懸けて殺し合うのは究極のマヌケに違いない。
とはいえ、こちらがどうであろうとあちらが賢くなるわけでもなく。この純朴で優しい人たちが同族の性悪エルフに害されないか、アーミナーシャはやきもきする。そんな彼女の焦燥を知ってか知らずか、セナが軽く言い放った。
「この木をイジメるエルフは大丈夫だよ?」
「えっと、どういう……?」
「セーレー、怒っちゃったから大丈夫だって、キューティクル・シャドーウォーカーが旅立つ前に言ってた」
「ま、まさか、それって?」
「セーレーでも誰でも格上に弓引いて負けたら死ぬのにねー。分からない人はしょーがないよねー」
アーミナーシャは少し背筋が寒くなった。ここの人たちは優しくはあっても甘くない。こんな幼い子供ですら弱肉強食を理解している。
残酷な台詞をはいたセナ本人は興味も示さず広場に歩いていき、アーミナーシャは黙ってついていった。
「大体集まったか。ではざっと説明する」
広場に集まった住民は四百人あまり、壇上に立って見回したミハイル老が口を開いた。
「結論から言うと、文字はなんでも良くなった」
ざわつく群衆にミハイルは続けて言う。
「見てもらうのが早い。カシラ」
「んだ」
ミハイルの隣り、サホーリーが壇上に上がると、顔の横に両手で抱えるサイズの粘土板を片手で掲げた。まだ表面が湿っていて、そこにカシラは木の枝を加工したような細長い棒で削って線を書いた。エクスクラメーションマークのような棍棒?の絵に見える。
「ではこれを……、ガシュウ」
「お、俺?」
「触ってみろ」
最前列にいたリコピンシティの見切りビビらー、ガシュウ青年がビビりながら粘土板を受け取り、おそるおそる触ってみた。しかしなにも起きない。
「『読む』と意識しながら指先に魔力を集めて絵を触ってみろ」
「えっと、こう、うぇー?」
“つんえぇオーガぶったたきっぺぇ”
突然脳内に流れたサホーリーの声と台詞にガシュウは悲鳴を上げた。周りはなにが起きたのか分からない。進行役のミハイルは計算づくで説明した。
「文字をどうするか、隠居組が中心になって日夜研究していたわけだが」
絶対嘘、ほぼ茶飲み話に花を咲かせてただけだろ、と全員知ってるけどスルー。
「誰かがふと疑問をもった。魔力には個性がある。誰のどんな魔力か大体分かる。無意識ですらそう分かる。視える、あるいは感じる。では、意識して魔力を込めたらメッセージが留まるのでは? 結果はこの通り、成功だ」
うおぉぉ。大多数は上手く理解できていないけど、なんか凄いことは分かってどよめいた。アーミナーシャは理解できて驚いた。実はエルフも文字を持っていない。文字とは記録して後世に情報を伝え、他者が受け取るためにある。永遠の命を持つエルフには不要だった。さらに文字が持つ有害な一面も理解していて、不要と結論付けていた。例えば『バカ』の一言には親愛の情から軽蔑の念まで幅広い意味があって、一言では伝わらない。文字は情報を伝えても感情は乗らない。伝えたつもりで伝わらないのであればそれは関係を壊す毒だ。大事なことは口で伝える。口伝が神秘とエルフは心得ていた。しかし今見たこの方法は実質口伝だから、感情まで伝わるのでは?
「魔力を込めて、想いを込めてイメージしたものを書く。一言につきひとつの絵とか、文章を絵にするとか、これはコツがいるから使いこなすのは時間がかかるかもだが、各自興味があったら練習するといい」
ミハイルもサホーリーも解散を告げて立ち去ったけど、広場は熱気に包まれた。読み書きの意義がどうとか難しい話ではなく、単純に面白そうと。早速複数の住民がどこからか土器用の粘土や木材を運んできて、各自わらわらと群がって木の板を斬って粘土を薄く貼り付け準備完了。全員の工作の手際が尋常ではない。子供たちも同じ。
「見て見て」
まずはハクが作品完成。粘土板に書かれた家?の絵。
“時が扉を叩いた さぁ開けろ 契約に従え
お前はすでに決めたのだ 命を燃やす対価を与えると”
別の次元から詩人でも降りたか?
「おぉー、なんだろ? なに言ってるか分かんないけどハクちゃんぽい」
「もしかして、明日遊ぼーぜ、て言いたい?」
「オレ朝寝てるから起こしてくれ、て念じたんだけど、おっかしいなー」
子供たちが次々と粘土板に手を当ててリアクションをとる。二人羽織のように想いとメッセージが一致しないらしく、何を言ってるのかゲーム、面白い。
「歴史に隠したオレの暗号、読み解いてみろよ」
クウの粘土板は、†黒+炎†、みたいな謎の文字だった。
“知ってるか? 『この世界に無意味な人などひとりもいない』始まりの魔女の言葉だ。お前にもきっと意味はあったんだろうさ。このオレに、極魔炎環サクリファイスを使わせたのだから褒めてやる。閻魔にヨロシク”
これほど無意味な時間があるだろうか?
「細かい点はともかく、なにを言いそうかは当たったー」
「な。もう字面からクウが出てる」
「へぇ、やるねぇ。イメージ通りのメッセージを吹き込めたぜ」
次にトロが恥ずかしがりながら差し出した粘土板には、イカの絵。
“ボクはネギがキライだった。でも、ネギとニクを一緒に食べるとおいしいって発見したんだ。イカの形はふしぎ。なにかを入れて、一緒に食べるとゼッタイおいしい”
「おぉー、これはとっておきの秘密をたくしたな」
「テリヤキチキンとネギとイカのコンボ……、まさかまだ上が?」
「あっちの漁師にコレ見せよーぜ」
そして満を持して登場。セナの粘土板は((;゜Д゜))。
“Sナさん(仮名) あれは……、夏の始めの、ころでした。ボクはうっかり、木から落ちてしまい、いやもちろん風を操りケガはなかったけど、その、しりもちをついてしまって……、あれっ、変だなぁ、なんかヤだなぁ、妙に背後がスースーして、いつもと違うナニかを後ろに感じましてね。振り返ると……、ズボンのおしりが破けてました。笑える? そうですか、次に破れるのは……、お前だぁぁぁ!”
「ひゃぁっ」
「おぉう、コワっ」
「え、ウソ、なんだ破れてないよかったぁ」
キャッキャとはしゃぐ子供たちを見て、アーミナーシャはもとより他の大人たちも驚いていた。
適応力高すぎね?




