雨水7-2 耳と寿命の長い凡人です
リコピンシティにほど近い街道をエルフの一団が歩いていた。街道といっても整備には程遠く、長い時間をかけて往復する人々が踏み固めただけの地面であり、最近は使われていないのか雑草が目立つ。
彼らは昨日は廃村で一夜を過ごした。大所帯で敷地に入りきらなかったけど、人が暮らせる場所はそこが比較的安全という印でもあるので、旅慣れたエルフはそういうポイントを見抜いて宿営する。
その廃村から、おそらくはかつての住民が利用していたであろう街道を歩くこと数時間。太陽が天頂に差し掛かるころ、風向きが少し変わり、一団を率いるホットコフィン・トゥエルブン・クロックロック・アーミナーシャは立ち止まった。
「あ、ああ、この香り」
爽やかな涼風が知らない花や草の匂いを運ぶ中にひとつ、数万年(※多分桁を間違っている)振りの思い出を刺激されて、アーミナーシャは口元を押さえて瞳を潤ませた。
「アーミナーシャ様?」
「あなたたちは分からなくても無理はありません。日向ぼっこを堪能した猫の腹に似たこの香り。本当に世界樹様が近くに……」
周囲のエルフたちは「へぇ」としか言いようがなかった。長寿のエルフでも飼い猫はなく、野良猫の猫吸いは未経験だから。アーミナーシャは経験しているのか、という驚きの「へぇ」でもある。
正解リアクションを求める彼らの視線はお構いなしに、アーミナーシャは何度も深呼吸してから軽くトリップした。とうとうここまで来た。西へ西へ歩き続けて大陸横断一万キロメートルの民族大移動。
結局千人弱ものエルフが自分に従ってついてきてくれた。里の者、一万人の中から一割が自分に賛同してくれたのは意外ではある。エルフはプライドが高い。情けない歴史を直視できないくらいには。
おそらくはアーミナーシャが良いというより、里から出たかったのかも知れない。何故か旅を好むエルフが多いのもそう。アーミナーシャも初めて故郷の台地から下界に降りて、一年以上旅を続けて感じた。あそこ、いうほど良い環境ではなかった、と。ただ、天界のように感じる景観は誇らしく、精力的に新天地を求めるほどエネルギッシュでもないから、惰性で生きていた。少なくとも彼女は。
エルフという種は終わりかけていて、多少なりとも危機感をもつ者、自分を変えるきっかけをまつ者が今回ついて来た千人なのかも知れない。そう彼女は旅を振り返って総括する。全てがハイスペックだからこそ、ハングリー精神のような進歩に必要なナニかが欠けている。
とはいえ、ハイスペックでなければここまで来られなかったのもまた事実。エルフがひとりで旅に出られること自体がそう。弱者にこの世界は厳しすぎる。
全員生まれながらの狩人だから、千人旅しても飢えなかった。弓の名手たるエルフに勝てる人などいないでしょう。菜食多めで殺生が苦手なアーミナーシャは同行者たちの腕に何度も感嘆させられた。さらに弓では太刀打ちできない危険もクリアするサバイバル能力の高さたるや。
砂中になにかの魔物がいて、広大な蟻地獄が潜む砂丘を渡った。
谷底に紫色の煙が充満する崖を飛び越えた。
未開の森はどこにでも魔物の気配がした。
見たことしかない積雪の冬を越す。ただそれだけでも命懸けだった。
魔法に精通したエルフでなければ一体どれほどの死人が出ていたことか。
そして危険は自然や魔物だけではないと知った。旅の途中で出会う人々の、あのいやらしい目。分かる。分かりはします。エルフは美しい。事実として種族全体が美しい。なんでも凡人族の中には同じ凡人族を奴隷にする国もあるそうな。おぞましい。そんな人に見つかったらエルフは襲われるに違いない。私は返り討ちにする自信はありますけどね。アーミナーシャは不敵に笑んだ。
さらに私ほど齢を重ねたエルフになると、精霊の手助けを得られます。流石に大半のエルフには感じられないらしいけど、精霊はそこら中にいます。そう彼女は胸を張る。アーミナーシャにとって、精霊とは信じるかどうかではなく親しい隣人だった。
この先クモの魔物が罠の巣を張ってるよ。
雨の匂いがする。急がないと濡れちゃうよ。
このキノコ、食べた勇者はひとりだけ。
もっと奥に七色のキノコもあるよ。
あの山を越えちゃダメ。オーガロードと霊長類最強のゴリラが出るよ。
精霊は様々なことを教えてくれます。こちらから聞いて答えてくれるほど自由ではないけど、気まぐれにささやく情報のなんと貴重なことか。ここまで親密な関係を築くのに数万年(※同)かかりました。
私たちだから無事に旅ができた。世界はこんなにも危険に満ちている。
それを知っただけでも下界に降りた意味はあった。そう感じるほどに、旅は困難な冒険だった。巡礼、そう、これは世界樹様の御前に出向くために必要な巡礼の旅だったに違いない。アーミナーシャはそう結論づけた。悠久の時を生きたエルフは、旅によってひとまわりもふたまわりも成長を実感した。
各々一年以上にも及ぶ道のりを振り返り、「「「泣くなーふぶーきのー」」」かつて旅エルフが作って広めたゴールを祝福する歌を合唱しつつ、やがて街道から少しそれて、危険な気配を避けて遠回りした森を出て、仲間を呼んだを無限に繰り返されたかのように繁殖したハーブ畑の向こう、記憶にある天を覆う勇壮な姿ではないけど、確かに世界樹の風格を備えた巨木がそびえる集落が目に映り、アーミナーシャはもう我慢ができずに駆け寄った。
特に壁どころか出入り口も柵もない集落を入って一直線、そこは、なんかアミューズメントパークだった。
「らーんららーんら」
「やっほっほーい」
ロープの長さ二十メートルはありそうなブランコが巨木の一番下の枝から無数に垂れ下がり、女の子たちが遠心力を駆り立てスピードの向こう側に挑んでいる。鼻歌交じりに。
さらに上の方の枝にもブランコが見えるが、どうやってそこまで登るのか? 答えは地上にいくつも置かれた巨大なシーソーに似たなにか。
「くるぞくるぞくるぞ」
「きたぁー、これや……、べぇー(べぇー、べぇー)」
男の子たちが、あと青年も混じって遥か高みにぶっ飛ばされている。一度木を通り過ぎて、そこからモモンガみたいに手足を広げてスイーっとUターンからの枝に着地した。いやメッチャ器用に風魔法使ってる!
アーミナーシャが度肝を抜かれながらも人を投げ飛ばす謎の遊具を注視していると、その近くで少年たちが別の、そしてこれまた謎の遊びを始めた。
「セット完了ぉー。こっち側にひとかげないでありますタイチョー」
「人さし指かくにんおこたるなバカモンー。街中で弓をつかうときはゼッタイだぞ」
「ラジャー、エリア青龍ストリート、クリア。出力六十パーセントオーバー」
「よーしトロ軍曹、うちかたヨーイ。スナイパー・セナ、センジョーにようこそ、ガンゲーするぜ、といってほしけりゃ腕を見せろっ、ってぇー!」
男の子が据え置き型の巨大な弓を作動させると、弦で押された板に載る拳くらいの弾が高速発射された。直後、その弾が数十個に分裂して、アーミナーシャは目を見開いた。
「スナイパー・セナっ、うわさに聞く心眼とやらを見せてみ……、な、なにぃー?」
無数の弾が横切る位置、三十メートルほど離れて、陽を浴びて艶光りする黒髪の美しい男の子か短弓を構えていた。布で目隠しをして。そのまま迷いなく引き手をリリース。矢は風切り音を置き去りにして空間を貫き、何故か空中で一瞬止まった土器の塊らしき弾を爆散させた。アーミナーシャは唖然とした。先っぽが跳ねた細長い物体がなんだったのか気にする暇もない。道中、旅エルフのひとりからこの地方の言葉を学んで聞き取れはするけど、正しいか自信がない。
「くっくっく、シノビマスターが介入してくるとは計算外だが、ボウマスターのワレに幻術などきかぬ」
「あーっ、セナずるした。魔力の糸、チラッと見えたぞ」
「えっ、ホーミングアロー? それはそれでカッケー」
「ワイバーンくらいはイケるかな? そろそろ自力でテリヤキチキンゲットしたいなー。……あれ、おねーちゃん、だ、あ、耳長い」
「ホントだ。耳長ぇ」
目隠しを取った少年がアーミナーシャに気付くとテッテと近寄り、他の子たちも群がった。耳の長さにしか反応しない点に美女エルフがモヤモヤしていると、先行した彼女に追いついたエルフのひとりが少年に挨拶した。
「覚えていますか? その節はどうも、大変失礼しました」
「あー、ブラウンテルルんだぁ。言葉、上手になってる」
「はい、ベンキョー、しました。それより、ブラウン、とは?」
「えー、聞いちゃう? 茶色いなにを放しゅ」
「わっかりマスタぁー。ブラウンテルルんでケッコーです。それより、その、できればあなた方のオサに取り次ぎをお願いします」
「はーい、父ちゃーん、エルフきたよー」
「ほーい、セナ、集会所に案内してあけて。ボクはカシラたちを呼んでくる」
アーミナーシャに匹敵する、エルフよりエルフらしい美形が幹を伝って着地しながら気安く返事をして去り、彼女たちエルフの代表は集会所とやらに案内された。道中、人懐っこい子供たちのおしゃべりが止まらない。
「エルフって父ちゃん母ちゃんよりキレイなんだってさー」
「えっと、その……、なんでもないです」
目の前にいる私が一応、ハイエルフなんて呼ばれてトップクラスの美人扱いだったんですけど、見えてる? アーミナーシャは口ごもった。
「エルフっていったら弓なんじゃね? ドラゴンもワンパンだってよ」
「え、いやぁ、それはどうでしょう」
あれ? 絶対ハードルおかしいよね、世界樹級だよね?
「おいおいエルフは魔法の民だぜ? 先代みたいにやつくびドラゴン出しほうだいに決まってんじゃん」
「おー、エルフも冬将軍をぶっ飛ばすのかぁ。あれカッコよかったよねー」
はーーーぁあぁん? 待て、待って、冬将軍って誰? いや聞きたくない。なにかが怖い。そういえば。
「キミたち、エルフを見てもあまり驚かないのね。まるで来ることを知ってたような」
「うん、知ってたよ」
「え、どうして?」
「キューティクル・シャドーウォーカーが教えてくれたから」
「キューティ、なに?」
「キューティクル・シャドーウォーカー。ケット・シーだってさ」
「は、あ? け、ケット・シー」
そんなバカな。ケット・シーなんてこの猫マスターの私ですら幼いころに祖父から聞いただけの妖精なのに。なんなのここ、みんな虚言癖でも患ってんの?
「んー、ここから見えるかな? あ、いた。あそこ」
「え、はーーーぁあぁん?」
先導する少年が振り返って指差す先、世界樹のてっぺん、梢に腰掛け幹に身体を預けて目を閉じる幼女と、その膝に頭を乗せる縮尺のおかしい黒猫がいた。アーミナーシャはエルフの優れた視力を初めて恨んだ。彼女以外のエルフ数人は見た瞬間五体投地した。
「この時間はセーレーもヨーセーもお昼ねしがち。あるあるだよねー」
「あ、はい」
特徴的な屋根を持つ集会所とやらに到着し、先に中に入っていいよと促し、子供たちは入口でエルフ一行に手を振った。
「エルフもきんじょに住むんでしょ? 楽しみだなぁー。弓とか魔法とか見せてね」
「……ワタシタチ、耳と寿命が長いだけの凡人デスヨ?」
今日、エルフからいくつものプライドが消えた。




