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魔法と犬1




 ――なーんてね、ふふふ。


 誰だ誤魔化しが通じたと言ったのは!? 私だ!

 視線が物量を持ったら絶対に今、私は視線に貫かれているはずだ。疑惑に満ちた視線に背中がひやりとした。誰も言ってくれないので自分で言うが、こんな愛らしい幼女に訝しげな目を向けるなぞ、大人としてどうなんだ。ああ、こんな事を脳内で考えるから疑惑の目を向けられるのか。よし分かった。




 ……まあ、分かったところでどうしようもないのだけどな。







 魔法を教わった翌日。私は先日から引き続き、ハーキュリーズとその他諸々の護衛を連れて庭に出ていた。

 魔法を実践する為である。

 ちなみに本日の服装は、動きやすいようにと普段より簡素なシェルピンクのドレスだ。生地が高級そうなのは変わらないが、たっぷりのレースが施されていない点が普段より簡素に見えている。髪は左右の頭上に高くリボンで括りつけられた、所謂ツインテールなるものである。マリアが可愛いですと楽しげに結んでくれた髪型は、鏡を見れば確かに中身の人間の性格を考えなければ可愛く見えた。こんなの若いうちしか出来ない髪形だね、本当。


 魔法を使うには、いくつかの決まり事があった。

 私が持っている、この長細い棒もその中の一つである。長さは私の身長と同じくらいの金属の棒で、先頭には大きな水晶玉のようなものが付けられている。杖と呼ばれていて、魔法を扱う際に使うものらしい。ただ、これはあくまで魔法を扱う人の負担を軽減する為の補助装置であり、使わなくても出来るのだとか。

 振り回すのに丁度良さそうだ。


「いきます」


 杖を両手で持ったまま天へと向ければ、そこから眩い光が溢れ始めた。


 一つ、魔法の発動には、特定の動作を行う必要がある。


つどえ(精霊へ)わがもと(御願い)にさかずきをなせ(申し上げ奉る)


 一つ、魔法の発動には、特定の詠唱が必要となる。


 今回ならば並列詠唱と呼ばれるものだ。


 私が唱え始めたのを切っ掛けとして、淡い光が水晶玉から溢れてらせん状にくるくると渦を巻くように立ち上がった。

 それと同時に、光の環が杖を中心として形成されていく。

 大きな輪をメインとして、その中にも中くらいの環が出来る。中くらいの環に沿うように複雑怪奇な記号が刻まれ、私の詠唱が進む事にそれはくるくると不規則に回りながら新たに刻まれていく。……読めないと思った記号だが、なんだか一部、見覚えのある文字があるような気がした。


 うっかりそちらが気になり意識が逸れると、光の環が歪みだした。綺麗な円だったものが歪になり、記号が環の中から零れだしては、光の粒となって消えていく。


「お嬢様、集中してください!」


 ハーキュリーズからの呼びかけで気を持ち直した。

 再度、意識を頭上にある環に集中させながら詠唱を続けていく。


わがもと(御願い)につえをなせ(申し上げ奉る)


 環の中に先程と同じように文字が形成され始めたのを見届けた後、杖を右手で持ち替えて一回左へと流し、勢いよく右へと払った。


つどえ(精霊よ)ふるえ(我は)おどれ(我を)つらぬけ(守護する)


 杖の動きに沿って赤色と桃色の光が流れていく様は、幻想的にも見えた。

 そのまま、杖を下へと振り下ろした。


「――きょうめいしろ(存在を求める)!」


 一つ、魔法の発動には、魔法名か特定の掛け声が必要となる。


 一つ、魔法の発動には、発動する為の特定の動作が必要となる。


 以上を行わなければ、魔法は発動しないらしい。意外に魔法とは、面倒な手順を踏まなければ出来ないもののようだ。


 私が杖を振り下ろした瞬間、環から文字が砕けてピンクの光となって溢れ出した。

 ひいらり、ひらりと。光が幻想的に空を舞ってゆく姿は花弁のようにも見えた。

 手を伸ばして光に触れると、瞬間、誰かの笑い声が聞こえてきた。

 誰の声かは分からなかった。声にすらなっていない、柔らかく甘く惚けるような音。今の私か、嘗ての『私』か、何時かどこかで聞いた気がする程度の声。

 複数の声なき声が囁いていき、また笑いさざめく。


 そして、声は。聞こえた時と同じように唐突に終わりを告げた。

 変わりとしてか、風が緩やかに頬を撫でる。


 そして、目の前には――おん、という鳴き声と共に銀色のモノが見えた。

 やけにふさふさしている滑らかに伸びた銀色の毛。尻尾が勢いよく左右に振られていて、相手の好意的な感情はよく分かった。喋る事はないが、その瞳はこちらを優しく見ているような気がした。

 目の前に現れたそれを見て、私は呟く。


「……えーと?」


 犬だろうか、それも大型犬。

 私の呟きが聞こえたのか、目の前の犬は再度吼えた。


「お嬢様の()ばれた精霊です。貴方様の為だけにここまで来てくれたのです。触ってあげてください」


 背後からハーキュリーズに言われて、私は恐る恐るといった様子で銀色の毛皮に手を伸ばす。いやだって怖いし、この犬私の身長よりも大きいし圧し掛かられたら一発で潰れる自信がある。それに私の為に来たって言われても、正直そんな実感はない。

 だが触った瞬間、犬の尻尾を振る速度が更に加速した。そんなに振って千切れないのだろうか。

 触れた感触としては、柔らかいし温かかった。

 舌で顔を舐められだが、顔が唾液くさくはならなかった。思い切って首元に抱きつけば、やはり温かかった。大人しく止まったままの犬の首元に顔を埋めて、それでも大人しくしたままの犬に笑みが零れてくる。

 現金なものではあるが、先程までの恐怖とは違い可愛いという気がしてきた。毛は柔らかくふかふかしていて、しかも大人しい。体格もよさそうなので上に乗れるかもしれない。それは楽しそうだ。


 飼いたいな、この犬。残念ながら家主ではないので伺いを立てなければいけないのだが、お願いすれば両親は了承してくれるだろうか。それよりも乳母にお伺いを立てるのが先か。

 思考を巡らせている間にも再度、舌で顔を舐められた。そうかそうか、お前も飼われたいか、犬よ。


 そういえば、と好意的な様子の犬を前に、先程の光の環を思い出した。

 何とも言えない幻想的な景色の中に見えた、くるくると舞っていた見覚えのある文字。見覚えがあるというが、(シャーロット)以前の『私』が知っている、日常的に嘗ての故国で使っていた文字だ。


 最初は、見間違いかと思った。次いで、懐かしさに泣きたくなった。

 私が嘗ては別の世界で生きていた人間だと言い切れるものは、証明できるものはたった1つ。この記憶だけだった。

 事実を事実と明らかにする事は困難だ。どうやって、それを事実と証明すればいいのか。そんな手段などあるのか。

 それ自体が間違いだと、ただの私の勘違いで、妄想で、私がただのおかしい人だという可能性だって捨て切れなかった。

 私が初代王に特に拘るのは、冷静に考えればそういった理由からだ。周りは愛国心があると好意的に解釈してくれるが、そんな事実は欠片も存在しない。自分がおかしい人間ではないと、嘗ての記憶も、『私』も、間違いなんてない。私は間違っていない。初代王が「同じ」だから、『私』は嘘なんかじゃない。そう思いたかっただけだ。

 だからその文字を見つけた時は、たまらなく泣きそうになった。懐かしくて、切なくて、嬉しくて。不意打ちのようにもたらされたそれに、思考が空回った。


 ……そう、確か。そこに書かれていたのは。


「――……≪えんっちなかよくしていげてね≫」


 ひたすら文字が動いていたので多少間違えているかと思ったが、これだけ少ない字を見間違える事もないだろう。

 思い出すように、拙い日本語で呟けば、途端、鋭い光が目を焼いた。

 優しい光どころではない。あまりにも鋭い光で、目を閉じたところで瞼も眩しいままだった。思わず犬からも両手を離した。


「……っい!?」


 そこに、頭に衝撃が落ちた。

 物凄く痛いというわけではなかったが、花よ蝶よと囲われて綿に包まれて過ごしてきた為に実際以上に痛かった気がする。

 衝撃を受けた際の感触からすると、何か柔らかい物に包まれていたために痛くなかったのだろう。

 きゃん、と鳴くそれに恐る恐る触れれば、それは柔らかく、尚且つ温かかった。


 光が落ち着いたので薄っすらと目を開ければ、そこにあったのは小さな銀色の塊だった。……えーと、2匹目の犬で合っているだろうか。

 先程の犬よりも小さい犬も、やはり尻尾を振って好意的な感情を示してくれた。


「お嬢様!」


 切羽詰ったような声でハーキュリーズに呼ばれたので顔を上げようとしたところ、頭上が更なる衝撃に何度か襲われた。更にはその都度、きゃん、というような鳴き声も聞こえてきた。

 思わず頭を庇うように体を丸めれば、次々と体に衝撃が加えられた。何! 一体何なんだ!? 敵兵か! 何かの襲撃かこれは!?


 しばらくしてから収まった襲撃に、恐る恐る顔を上げれば、そこには一面の銀色が見えた。

 次いで、わふん、きゃうん、わふっと次々と動物の鳴き声が聞こえてきた。目の前の銀色の塊からだろうか。


 侯爵家らしくかなり広い庭には、大小様々なサイズの揃った大量の犬が突如振って沸いて出てきた。

 とりあえず分かったのは、その犬等全匹が尻尾を付っていて、何故か私に対して異様に好意的だということだけだ。


「……えーと?」


 呆然とする私の頬を、先程と同じか分からないが犬が舐めた。やはりそれは、柔らかく温かかった。

 そして次の瞬間、私は大量の犬に圧し掛かられて襲われた。


 だ、誰か助けてー!?




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