第5章 3日間歩いて
朝のひんやりとした空気が、パチパチと燃え残った焚き火の煙とともに消えていく。
「よく寝た」
マリアが小さな目をこすりながら起き上がると、アンナはすでに朝の支度を終えていた。
昨夜残しておいたスープを温め直して朝食を済ませて、消え残ったおきびにしっかりと土をかぶせて完全に消火する。そして小川の清らかな水を水袋にたっぷりと詰め込み、再び歩き出した。
森の奥へ進むにつれて、様々な魔物の姿が昨日の気配よりもはっきりと、見えるようになってきた。あちこちから魔物の気配がする。無数の赤い瞳が茂みの奥で不気味に光る。巨大な影が頭上の太い枝を揺らす。本来であれば人間を真っ先に獲物として狙うはずの獣たちが、こちらをなぜか遠巻きに観察しているだけで、襲いかかってくる様子は一切ない。
「マリア様、足元に気をつけて。あれは」
アンナが緊張した面持ちで指差した先には、草むらから一匹の野良ウサギではなく、額に鋭い一本の角を生やしたホーンラビットが顔を出した。れっきとした凶暴な魔物である。
「マリア様、魔物です。危ないですから近寄らないでください。そのウサギは角が生えていますよね」
アンナが慌ててマリアを後ろへ庇おうとしたその時。
「お姉さん、見て。このうさぎさん、こっちに近づいてくるよ。ほら、頭をなでてって言ってるみたいだよ」
アンナが目を見開いて見つめる。ホーンラビッドは殺気どころかマリアの足元まで歩み寄ってくる。そして懐いた子犬のように、靴先に小さな頭をすりすりと押し付けてきた。
マリアがうさぎの背中をなでる。
「お姉さん、見て。このうさぎさんとてもよろこんでお腹をだしているよ。リスさんも木の実を持ってそばにくるよ。置いていってくれるよ」
(おかしい。そんな不思議なことはないはず。ホーンラビットは本来、目に入るものすべてに飛びかかる狂暴な魔物のはずなのに)
アンナは疑問と驚愕で胸がいっぱいになりながらも、魔物がマリアを襲う気配が一切ないことに息を呑んだ。
(まるで、私たちとの間に誰も立ち入ることのできない、見えない壁があるみたい。一体、マリア様に何が起きているというのだろう)
二人は不思議な現象に首をかしげつつも、警戒を解かずに足を進めた。
そうして3日間森の奥へ、奥へと歩き続けた。
木々が少しずつまばらになり、頭上に明るい空が広がる場所に出た。ここなら王宮の追っ手も絶対にたどり着けない、完全に人里離れた安全なところだ。
「ここなら、もう大丈夫そうですね。誰も追ってこられないところに着いたみたいですよ」
アンナが辺りを見回し、大きく息をつく。
そこは、木漏れ日が心地よく差し込み、緑に囲まれた小さな開けた広場だった。小川のせせらぎも近くに聞こえ、生活するにはこれ以上ないほど理想的な場所だ。




