第37章 皇帝の暗部への命令
皇帝は、帝国の中枢である荘厳な玉座の間で、静かに、しかし絶対的な命令として決断を下した。
「カスティリャ王国への調査を進めよ。ただし、マリア殿の名前は一切口にしてはならん。カスティリャの王族、貴族、および実家である侯爵家の人間には直接接触することも厳禁とする」
皇帝は、集められた帝国が誇る影の調査部隊の幹部たちの前で、圧倒的な威圧感を放ちながら冷徹に条件を叩きつける。
「目的はただ一つ。なぜ5年前、マリア殿が辺境の恐ろしい禁忌の森へと追放されるに至ったのか。その理不尽な過去の真相を解き明かすことだ」
「しかし、調査対象となる中心人物たちには一切近づくことを禁ずる。そして調査の全過程においてマリア殿の名前や容姿の特徴を微塵も出してはならん」
宰相は、皇帝の言葉を継いで厳しい制約を説明した。この制約は、いまや森で穏やかに暮らすマリア本人の平穏を何よりも最優先で守り抜き、カスティリャ王国側に彼女の居場所を悟らせないための、皇帝なりの最大の配慮であった。
「絶対条件だ。マリア殿のことはおくびにも出すな。対象者への接触も一切禁止する」
「はっ。しかし、いかにして情報を収集すればよろしいでしょうか」
隊長は、恐る恐る枯れた声で絞り出すように問うた。宰相は、それに対して氷のように冷たく無慈悲に言い放った。
「とにかくやれ。陛下の命令だ」
「御意」
影の部隊の幹部たちは、冷や汗で背中をびっしょりと濡らしながら震える拳を強く握りしめ、すごすごと玉座の間を下がっていった。
幹部の一人は、安全な場所まで退出した後、顔面を蒼白にして呟いた。
「対象者に直接接触せず、名前も出さずに、5年前の極秘中の極秘である追放の理由を探れと言うのか」
「魔法でも使わなければ絶対に不可能だ。一体どうやって調査しろと言うのだ」
「対象を調べろと言いながら対象に近づくなという命令は、剣を持たずに凶暴な竜を討伐しろと言われているに等しい」
百戦錬磨の暗部たちは、数々の修羅場を潜り抜け、他国の暗殺計画すら未然に防いできたにもかかわらず、あまりの理不尽さと矛盾に満ちたルールの前では絶望に打ち震えるしかなかった。
「我々に求められているのは過程の報告ではなく完璧な結果のみだ」
「下手をすれば直接関係のない末端の古い記録の精査から始めるしかない」
「当時屋敷を追われた下働きや使用人の行方を捜し出して酒場で噂話を聞き出すなど、真実の欠片を地道にパズルのように拾い集めるしかないな」
「途方もなく泥臭い作業になる」
帝国が誇る歴代最強の影の調査部隊は、常人であればその重圧と難易度で発狂しかねない超難度のミッションを背負い、不可能を可能にするための極秘の頭脳戦と潜入工作へと半ば泣きそうな顔で出陣していった。




