第32章 王国の異変の終息と宰相の捜索
マリアが愛しい禁忌の森へと帰っていった頃、彼女を無能力者と切り捨てたカスティリャ王国では、信じがたい奇跡が次々と起こり始めていた。天変地異と魔物の脅威によって、崩壊の危機に瀕していたこの国に、ある日の朝、側近が王宮の執務室へと飛び込んできた。その顔には、これまでの絶望ではなく、驚愕と安堵の色が入り混じっていた。
「国王陛下。吉報でございます」
「この期に及んで吉報だと。何が起きたというのだ」
「北部の国境で破られていた結界が自然に修復されました。侵入していた魔物たちも突如として森の奥深くへ退却しております」
「結界が自然に修復されただと。魔物討伐の援軍はまだ到着していないはずだぞ」
「はい。原因はまったくの不明です。さらに、干ばつで干からびていた南部の大地には恵みの雨が降り注ぎ、逆に洪水寸前だった東部の大雨はぴたりと止みました」
「各地で暴れていた巨大なつむじ風はどうなった」
「すべて消え去りました。カスティリャ王国を襲っていたすべての異変が嘘のように収まったのです」
執務室にいた国王や重鎮たちは、次々と舞い込む信じられない報告に言葉を失った。カスティリャ王国は数日前まで確実に破滅へと向かっていた。何者かの巨大な手によって一瞬で救い上げられたかのように、急速に平穏を取り戻したのだ。
「なぜだ。いったい何が起きたというのだ。宮廷魔術師長、説明しろ」
「申し訳ございません。あらゆる文献や魔力痕跡を調べ尽くしましたが、これほどの現象を引き起こす術式など存在いたしません」
「天変地異が自然に収束するなどあり得ない。徹底的に調べろ。原因をすべて洗い出すのだ」
国王は顔色を取り戻して厳命を下した。調査官たちがどれだけ奔走しても、魔力の専門家たちが首を傾げるばかりで手がかりすら掴めない。
そんな中、老練の宰相は自らの部下を密かに呼び出した。
「我がカスティリャ王国が未曾有の危機から救われたのは、天がこの国に再び味方をしてくださったからだ。そういう噂を王都の民や貴族たちの間に流すのだ」
「天の加護、でございますね。ただちに手配いたします」
「崩れかけた人心を治めるには、都合の良い作り話を信じ込ませるしかない。政治的な安定が最優先だ」
宰相は民衆の不安を完全に鎮めるため、苦渋の決断として心地よい作り話を民に信じ込ませたのである。しかし、表向きの平穏の裏で、宰相の疑念と執念は決して消えていなかった。彼は極秘の探索部隊の隊長を薄暗い執務室に招き入れた。
「隊長。表向きの調査とは別に、秘密裏に動いてほしい。あれほどの規模の天変地異が自然に収まるなどあり得ない。カスティリャ王国を救った真の理由を突き止めるのだ」
「誰かが意図的に奇跡を起こしたとお考えなのですね」
「その通りだ。誰が、どのような奇跡を起こしたというのか。必ず正体を暴き出せ」
「承知いたしました。深く静かに調査を継続いたします」
奇跡的な異変の収束は、帝国で調和がもたらされたからだけではない。他でもないあの少女、マリア自身が、再び自らの領土であるあの禁忌の森へと帰ってきたからこそ起きた現象だったのだ。
マリアが禁忌の森へと足を踏み入れ、再び我が家で息を潜めて暮らす動物たちや、手入れを待っていた畑の植物たちに温かな微笑みを向けたその瞬間。彼女の持つ癒やしと無意識の魔力は、豊かな地脈を通じてカスティリャ王国の土地にもじわりと染み渡った。




