第31章 変わらない森
禁忌の森へと帰ってきたマリアが再びその優しい声を響かせると、懐かしい動物たちが木立の奥から次々と姿を現した。彼らはいつものように嬉しそうに一列に並び、主の帰還を心から歓迎するように耳を傾けている。
「みんな、ただいま」
白銀の巨体を持つヴァイスが足元にすり寄り、満足げにふさふさの尻尾をゆったりと揺らした。精霊獣のディーネは嬉しそうにクルクルと回りながらマリアの周りを舞っている。たくさんの小鳥たちが頭上の木々の枝で綺麗に並んでさえずりに聴き入り、色とりどりの精霊たちも歓声を上げながらマリアの周りを祝福の温かな光で包み込んでいた。
マリアとアンナはふと周囲を見渡し、思わず目を見張って驚きのあまり言葉を失った。長い間、帝国の宮殿へ行って家を空けていたはずなのに。目の前にあるこぢんまりとした丸太の家は、どこ一箇所として傷んでいるところがなく、まるで昨日まで毎日丁寧に手入れされていたかのようにピカピカと輝いていた。
「お姉さん、見て。屋根も壁もまったく汚れていないわ」
「本当ね。お掃除を覚悟していたのに、これならすぐにでも休めそうね」
それだけではない。手塩にかけて育てていた畑に目を向けても、長期間放置すれば生い茂っているはずの雑草はただの一本たりとも見当たらない。すべての植物は驚くほど整然と育ち、瑞々しい実が最高の状態でたわわに実っていた。
「畑の実も薬草も、私たちがいた頃より立派になっている気がするわ」
「昨日まさに一番美味しい果実を収穫したばかりみたいね。虫食いもまったくないわ」
「私、なんだか昨日家を出て、今日こうしてまた戻ってきたみたいな、そんな不思議な感じがするわ」
マリアが首をかしげながら呟くと、アンナも穏やかに微笑みながら、元気いっぱいに育った周囲の植物やピカピカの家の壁をそっと撫でた。
「そうね。きっとこの森や精霊さんたちが、私たちがいない間もずっとこの場所を大切に守ってくれていたんだわ」
マリアを心から愛する森の精霊たちの奇跡の力は、彼女の帰還を待つかのように優しく循環していた。動物たちと過ごす穏やかで満たされた日常が、愛しい我が家に戻ってきた絶対的な安心感の中で、再び静かに、そして温かく動き出していく。
夜が訪れると、満天の美しい星空が禁忌の森の上空に広がる。こぼれ落ちそうな宝石を散りばめたようだった。
「星がとっても綺麗ね」
「帝国の空も素敵だったけれど、やっぱりこの森から見る夜空が一番落ち着くわね」
窓から差し込む星や月の光だけが、ふかふかのベッドに入ったマリアを優しく包み込むわけではない。優しい闇の精霊たちが、夜のとばりとともにふわりと寄り添ってくる。昼間の疲れや宮殿での緊張を溶かしていき、心地よい深い眠りへと誘うようにマリアの心をあやしてくれる。
外の冷たい夜風や不穏な気配は、精霊たちが幾重にも張り巡らせた柔らかな光と闇のヴェールのなかで完璧に遮断される。どんな高級な帝国の寝台よりも温かく安心できる深い静寂が、部屋を満たしていく。
「おやすみ、お姉さん」
「ええ、おやすみなさい、マリア様。良い夢を」
「おやすみ、みんな」
マリアがそう呟くと、ディーネをはじめとする精霊たちがフワフワと頭を撫でるように周りを舞い、ヴァイスがふかふかの巨体でそっと寄り添って大きな温もりを分けてくれた。
水も、火も、土も、風も、光も、闇の精霊たち、そしてすべての精霊たちがマリアとアンナの暮らしを深い愛おしみをあたえ、日々の営みを優しく彩っていく。
カスティリャ王国の人々がどれだけ醜く権力を争い、複雑な思惑に頭を悩ませていたとしても、禁忌の森にあるのは、純粋な優しさと自然の摂理だけだ。マリアとアンナは、この場所で深い安心感に満たされながら、穏やかな夢へと落ちていった。




