第30章 禁忌の森に帰る
マリアは隣を歩く姉にそっと話しかけた。
「エドワード様はもうすっかり元気になられましたね」
「ええ。以前のような気品も取り戻されたようにお見受けするわ」
「アリアーヌ様の望みも叶って若いお二人が結ばれたのが何より嬉しいです」
「みんな幸せになって本当によかったわね」
宮殿での役目をすべて果たしたマリアの胸には、あの静かで温かな禁忌の森の風景がふと去来していた。
「お姉さん、そろそろお家に帰ろうか」
「そうね。私たちも長くお家をお留守番させちゃったし、森の空気が恋しくなってきたところよ」
「畑の作物たちも気になります。動物たちも心配しているかもしれません」
「ええ。すぐに帰る支度をしましょう」
二人は旅立ちの支度を整え、皇宮を去る前に、皇帝一家をはじめとする王族たちへの最後の挨拶へと向かった。
皇帝、皇后、エドワード、ロベール、そして先日婚約を結んだばかりのアリアーヌとクラウスは、厳かな謁見の間に揃って見送りに控えていた。
「マリア殿、アンナ殿。本当に我が帝国を救ってくれた最大の恩人だ。そなたらが去ってしまうのはひどく寂しいが、いつまでもこの皇宮に縛り付けておくわけにはいかないな」
「皇帝陛下。もったいないお言葉に感謝いたします」
「マリア殿。命を救っていただいた恩は一生忘れません。必ずや良き皇帝となるよう努めます」
「エドワード様なら素晴らしい皇帝になられます。お元気になられて本当に良かったです」
「私からも礼を言わせてほしい。母国カスティリャの干渉を退けアリアーヌ殿下を守ってくれたこと心から感謝する」
「クラウス様。お二人の幸せな姿を見ることができて私も嬉しいです」
「マリア殿。本当にありがとうございました。私の一生分の幸せはすべてあなたのおかげです。だから寂しくなったら絶対にお忍びでも何でも私に会いに来てくださいね。私からも必ずマリア殿のいる森へお尋ねしますから」
「はい。アリアーヌ殿下、絶対ですよ。私もまたお話しに来ます」
「待っています。どうかお気をつけて」
マリアは眩しいほどの笑顔でうなずき、固い約束を交わした。
最後にヴァイスが元気に一声鳴き、ディーネはアリアーヌの鼻先を優しく撫でるようにクルリと一回転して別れの挨拶をする。
「ヴァイスもディーネも名残惜しそうですね」
「みんな優しい子たちだからね。さあ出発しましょう」
マリアとアンナは、一抹の寂しさと胸がいっぱいになるような温かい感謝を抱きながら、用意された馬車に乗って皇宮をあとにした。
帝都の喧騒を抜け、懐かしい深い木々が姿を現すころに二人は馬車を降りた。共に歩んでいたヴァイスが再び本来の白銀の巨体の姿に戻ると、マリアとアンナをその広い背に乗せ、力強く軽やかに駆け抜けていく。風の精霊たちが空の上から優しく寄り添うように舞い、二人を故郷である禁忌の森の奥深くへと導いてくれた。
二人が木漏れ日が差し込む懐かしい丸太小屋の前に降り立った瞬間、森の動物たちは待ってましたとばかりにわらわらと集まってきた。
「ワン」
「キュッ」
「みんなただいま。お留守番させてごめんね」
「畑の緑も少し伸びているわね。手入れをしてあげないと」
「土と草葉の匂いが本当に懐かしいです」
「ただいま、みんな。やっぱりここが私たちのいちばん落ち着く場所だね」
マリアとアンナは満面の笑みを浮かべ、愛しい我が家へと真っ直ぐに一歩を踏み出した。




