第3章 新しい生活の第一歩
一歩、また一歩と、二人は禁忌の森の深部へと、鬱蒼とした木々のトンネルをくぐり抜けるようにして、足を踏み入れていった。
ひんやりとした湿った空気が頬を撫でる。マリアは、足を止め胸いっぱいに息を吸い込んだ。
「アンナ、息がしやすいよ。なんていうんだろう、空気の密度が濃いんだよね。すごく体が軽くなるみたい」
アンナは周囲を警戒しながらも、マリアを安心させるように微笑んだ。
「本当ですか。よかった。マリア様、足元を見てください。木の根っことか草に足をとられないように、しっかり気をつけて歩いてくださいね」
「うん。アンナは私より六つも上だから、本当にお姉さんみたいだね」
「もう、からかわないでください。私はただ、マリア様をお守りしたいだけですから」
他愛のない会話を交わしながら、二人はさらに森の奥へ、奥へと歩みを進めていく。突然、周囲の茂みがガサリと揺れた。
鋭い獣の気配が、木々の間からする。また頭上の太い枝を見上げると、ずっしりと太った大蛇が不気味に体をくねらせてこちらを見下ろしている。不思議なことに、二人に飛びかかってくる気配はどちらもない。ただ、物珍しそうに、まるで畏怖するかのように、少し離れた場所から遠巻きにじっと見つめているだけだ。
「アンナ。蛇さんたち、きっと今日はお腹がいっぱいなんだね。だから私たちを狙わないんだよね」
マリアは無邪気に笑う。その隣で、アンナは冷や汗をそっと拭い、小さく首を胸の内で横に振っていた。
(いいえ、そんなはずはないわ。どんなに満腹でも、人間を見れば襲いかかってくる。それがこの森の獣のはず。まるで近づくことすら恐れているみたい。一体どうして。もしかして、マリア様に何か見えない守りがあるのだろうか)
アンナは答えの出ない疑問を胸に抱きつつも、気を取り直して笑顔を作った。
「そうですね、きっとお腹が満たされているんですよ。マリア様、あそこを見てください」
アンナは足元の一角を指し示す。
「あそこに生えているのが、スープにすると美味しく食べられる草やキノコなんですよ。その隣にある赤い斑点のある草や、あの黒光りするキノコは強い毒があります。絶対に食べてはいけませんよ」
アンナは妹のような主人の手を引いて歩いて行きながら、豊富な知識を活かし、安全なものと危険なものを一つひとつ丁寧に説明していく。
しばらく歩き続け、喉が渇いてきた頃、どこからかサラサラと心地よい水音が聞こえてきた。透き通った美しい小川が、木々の隙間をぬうように流れている。
「川だ。お姉さん、喉がカラカラだよ」
マリアがはしゃいだ声で駆け出した。小川のほとりにしゃがみ込む。アンナは、不意にお姉さんと真っ直ぐ呼ばれたことに意表を突かれた。そしてわずかに頬を赤らめ、気まずそうに目を泳がせた。
「いま、何と」
「アンナはお姉さんって呼んでもらうのはいいって言ったじゃない」
マリアの少し照れくさそうに首をかしげる姿を見て、アンナはさらに耳まで真っ赤に染めながら、慌てて両手で自分の頬を押さえた。
「いざ実際に呼ばれてみると、なんだかすごく恥ずかしいというか、嬉しいような」
しっかり者の頼もしい年上の少女が、珍しくしどろもどろになっている。その様子に、マリアはくすくすと楽しそうに笑った。
「お姉さん、顔が真っ赤だよ」
「マリア様ってば。冷やかさないでください。私が先に毒がないか、水を飲むときは確認させてくださいって言おうとしたのに」
アンナは恥ずかしそうに頬を膨らませつつも、愛おしそうに目を細め、マリアの隣にしゃがみ込んだ。
マリアが透き通るように冷たい川の水を両手ですくい、美味しそうに喉を潤す。アンナもそっと水を口に含み、冷たさと共に胸の奥の緊張がふっと解けていくのを感じていた。
王宮での理不尽な追放から一転、二人の新しい生活の第一歩が静かで優しい森の空気に包まれながら、こうして穏やかに始まっていく。




