第26章 王女殿下との女子会
王女アリアーヌは、皇宮の一角にある色鮮やかな季節の花々が咲き誇る美しいテラスで、優雅な女子会を主催していた。招待されたマリアとアンナはそこに同席し、足元ではヴァイスが上品に寛ぎ、周囲ではディーネがふわりと舞っている。
「マリア様、アンナ様、今日はこうして来てくださって本当に嬉しいです」
アリアーヌは、普段の公式な場で見せる凛とした姿とは打って変わり、年相応の少女のようにきらきらと目を輝かせながらそう言った。彼女は実は、胸の奥に可愛らしい野望を隠していた。伝説の魔獣フェンリルであるヴァイスのふかふかの背中を思い切り撫でることと、美しい水の精霊ディーネにそっと触れてみることだった。
マリアがさっそく促すと、ヴァイスは仕方ないと言いたげにそっと頭を差し出し、アリアーヌはすっかり目をハートにして夢中でその毛並みを撫で始めた。
「とても柔らかくて温かいです。ヴァイス様はいつもこんなに穏やかなのですか」
「はい。見た目は少し怖いかもしれませんが、本当はとても優しい子なのです。アリアーヌ様に撫でていただいて、ヴァイスも喜んでいると思います」
「そう言っていただけると光栄です。それに、ディーネ様もとても可愛らしいですね」
ディーネもアリアーヌを気に入ったのか、その鼻先をくすぐるようにクルクルと周りを飛び回り、テラスは一気に和やかな笑い声に包まれた。彼女たちの話は、香り高い紅茶と専属の菓子職人が腕を振るった彩り豊かなお茶菓子を囲むうち、自然と先日の大祝賀会の話題へと移っていった。
「そういえば、マリア様。あの祝賀会のときのロベールお兄様とのダンス、本当に素敵でした。動きがとても洗練されていて思わず見惚れてしまったのですが、どこかで習ったことがあるのですか」
マリアは、アリアーヌの純粋な疑問に小さく息を呑み、恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「10歳でカスティリャ王国を追放されて森に行く前、少しだけ習ったことがあって。その時の名残かもしれません」
「幼い頃の記憶だけであんなに美しく踊れるなんて驚きです。まるで妖精のようでした」
「とんでもないです。ロベール殿下がうまくリードしてくださったおかげですから」
アンナは、アリアーヌが目を丸くする傍らで、クスリと笑いながら口を挟んだ。
「そうなんです。昔の辛い記憶なんて残っていないと思っていたのに、体だけはちゃんとダンスのステップを覚えていたみたいで、見守っていた私も驚いてしまいました」
話題はそこから、年頃の少女たちにふさわしい将来の伴侶のことへと華やかに広がっていった。
「ダンスといえば、マリア様もお年頃ですし、そろそろ素敵なパートナーを見つけないとですね。ちなみに私は、まだ婚約者が決まっていないんです」
アリアーヌは少し恥ずかしそうに頬を染め、美しいカップの縁を指でなぞりながらぽつりと本音をこぼした。
「本当のことを言うと、幼馴染である筆頭公爵家のクラウスのことがずっと気になっていて。でも私には帝国の姫としての立場がありますから、国のためなら他国や大貴族との政略結婚もやむを得ないって覚悟しているんですけれど。少し切なくなってしまいますね」
「恋する乙女のアリアーヌ様もすごく素敵ですよ。きっとご縁があると思います」
アンナは優しく微笑み、それから自分のことに話を向けた。
「私は、マリア様がいつか素敵な人と縁づいて、自分の幸せを見つけて落ち着いてから、ようやく自分の今後の人生を考えようかなと思っています。まずはこの子の世話が先ですからね」
マリアがアンナの温かい言葉に照れくさそうにはにかむと、アリアーヌはいたずらっぽくクスリと笑ってみせた。
「そういえば、マリア様のお相手といえば。次兄であるロベールお兄様はまだお妃様が決まっていないんですよ」
「えっ」
アリアーヌは冗談めかした調子でこう付け加えた。
「我が家のロベールお兄様は少し不器用ですがお人柄は保証しますし、お隣の席はまだまだ空いていますよ。いかがですか、マリア様」
「ロベール殿下ですか。私なんか身分不相応ですし、ロベール殿下とはそういうのではないのです」
「ふふ、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。でもお兄様は本当にマリア様のことを大切に思っているようでしたから」
アリアーヌとアンナは、マリアの愛らしい慌てぶりに声を上げて楽しそうに笑い合った。温かく賑やかな女子会の時間は、帝国を救った英雄たちとアリアーヌが身分の垣根を越えて心を通わせる中、心地よい風とともに続いていった。
テラスに吹き抜ける風が、色とりどりの花びらを優しく揺らす。マリアは、甘いお茶の香りが漂うテーブルの向こうで少しだけ首をかしげ、純粋な疑問をアリアーヌに向けて投げかけた。
「アリアーヌ様。そのクラウス様とはお互いを思い合って、世間で言う両思いというか、お互いに深く愛し合っているのでしょうか」
傍らで聞いていたアンナは、そのあまりに直球でピュアな質問に思わず苦笑しながら、妹分をたしなめるように軽く肩を叩いた。
「こら、マリア様。いくらなんでも直球すぎますよ」
しかしアリアーヌは、嫌な顔をするどころか頬を赤らめ、嬉しそうに目を細めた。
「そんな風に聞いてくれるなんて嬉しいわ。恥ずかしいけれど、お互いの気持ちはちゃんと言葉にして確かめ合っているのよ。彼も私を大切に想ってくれていると信じています」
「そうなのですね。お二人がそこまで想い合っているなんて本当に素敵です」
アリアーヌの表情は、その直後に切なげな暗さを感じさせた。彼女はカップを静かに置き、寂しげに目を伏せた。
「だけど知っているでしょう。私は帝国の姫。国内の貴族勢力のバランスや、他国との複雑な外交関係を考慮して、私の嫁ぎ先は政治的な駒として最終的に決まってしまうの。彼とは心を通わせているけれど、一緒になれるかどうかは分からないわ。寂しいけれどそれが王族に生まれた私の宿命だものね」
マリアは、その諦めを含んだ切なすぎる本音を聞いた瞬間、胸が締め付けられた。こんなに優しくて素敵なアリアーヌが、せっかく両思いなのに政略結婚で無理やり引き離されてしまうなんて、あまりにも悲しすぎる。マリアは、自分の中で何かがカチリと音を立てるのを感じた。彼女は曇りのない真っ直ぐな瞳でアリアーヌを見つめ、勢いよく身を乗り出した。
「アリアーヌ様、いいことがあります」
「なにかしら、マリア様」
アリアーヌとアンナは、突然のマリアの力強い言葉に目を丸くする。マリアは胸の前で小さくこぶしを握り、真剣な表情でこう告げた。
「私、皇帝陛下から今回のエドワード殿下の件で何でも好きなご褒美を下さるって言われているんです。だからお願いとして、陛下にアリアーヌ様とクラウス様を一緒にしてあげてくださいってお願いしてもいいですか」
「私たちの結婚をお父様に」
「はい。陛下に直接お話しして、お二人のご縁を結んでいただきます」
アリアーヌは信じられないものを見るように目を見開き、驚きのあまり言葉を失った。目の前の心優しい少女は、政略結婚という王族として逃れられない運命の歯車を、自らのたった一度の恩賞を使って壊そうとしてくれている。その計り知れない思いやりに大粒の涙をぽろりとこぼした。
「そんな大切なご褒美を私たちのために使っていただくなんて、マリア様にあまりに申し訳ないわ。あなたは帝国を救った最大の恩人なのだから、もっとご自分の幸せのために使うべきよ。私のためにそこまでしていただくわけにはいきません」
アリアーヌは慌てて首を横に振ったが、マリアはまったく臆することなく、むしろ心底嬉しそうにふんわりと微笑んだ。
「私にとって、アリアーヌ様が大好きな人と結ばれてずっと笑顔でいてくれることが一番嬉しいの。だから遠慮しないでください。私のいちばん欲しいものとして、陛下にそうお話してもいいですよね」
アリアーヌは、その打算の一切ない、無垢で温かい優しさに触れてもうこらえきれなくなり、席から立ち上がると、マリアの小さな手を両手で握りしめた。
「マリア様。あなたはなんてお優しいの。ありがとう、本当にありがとう。このご恩は一生忘れません」
「ふふ、アリアーヌ様の幸せな笑顔が見られるなら、私にとっても最高のご褒美です」
テラスの心地よい風は、二人の間に結ばれた温かな絆を祝福するように優しく吹き抜けた。




