第23章 皇太子全快大祝賀会①
帝国の歴史に深く刻まれることになる大祝賀会の夜。皇宮の広大で豪奢な大広間では、豪華絢爛なシャンデリアが眩い光を投げかけ、帝国中のすべての貴族や高官、名だたる騎士たちが一堂に会していた。
その広間の最上段、皇帝やエドワード皇太子一家が座る主賓席のすぐ隣には、マリアとアンナのために特別にしつらえた特別席が用意されていた。二人は、国賓を遥かに凌ぐ、帝国最高峰の敬意と感謝が込められた特別な席に静かに腰を下ろしている。
「マリア様。これほど多くの方々が集まられるとは。少し息が詰まってしまいそうです」
燃えるような朝焼けを思わせる深紅のドレスに身を包んだアンナが、少しだけ身を寄せながら小声で囁いた。その表情には緊張の色が浮かんでいたが、妹分を見つめる瞳は穏やかな誇らしさに満ちている。
「私も。こんなにたくさんの方に見つめられるのは慣れていなくて、手が震えてしまいそう」
淡い星空のような上品なドレスを着たマリアも、不安げにアンナのドレスの袖を指先で掴んだ。しかしすぐに小さく微笑む。
「でも、アンナお姉さんが隣にいてくれるから。不思議と心強いの」
「マリア様」
二人が微笑み合うその圧倒的な美しさに、広間に集まった貴族たちは思わず息を呑み、深い感嘆の溜息を漏らした。マリアの足元では白い子犬の姿をしたヴァイスが誇らしげに周囲を警戒し、傍らでは水の精霊ディーネが小さな水泡の中で心地よさそうに浮かんでいる。
「お二人とも、宴の喧騒に疲れ果ててはいないだろうか」
そこへ、すっかり生気を取り戻し、次期皇帝としての気品に満ちたエドワード皇太子がゆっくりと歩み寄ってきた。
「エドワード殿下。私たちは大丈夫です。殿下こそ、お体はもう完全に回復されたのですね」
「私ならこの通りだ。貴女が与えてくれたこの命。かつての病魔が嘘のように、今は体の奥底から力が満ち溢れているのを感じる」
エドワードはマリアの目の前で、騎士のように深く頭を下げた。
「マリア殿。改めて、私の命を救ってくれたこと、そしてこの帝国に希望を取り戻してくれたことに、心から感謝する。貴女への恩義は、私の生涯をかけて報いると誓おう」
そのエドワードの言葉に続くように、皇帝、皇后、そして王女アリアーヌも歩み寄ってきた。
「マリア殿。何度言葉を尽くしても足りません。この子を、私の生きる希望を救ってくださって。本当に、本当にありがとうございます」
皇后は目を潤ませ、震える手でマリアの小さな両手を優しく包み込んだ。
「お母様のおっしゃる通りです。マリア殿、あなたは私たち家族の、そして帝国の光です」
アリアーヌもまた、涙を堪えきれずに微笑んだ。
「もったいないお言葉です。私はただ、私にできることをしただけです」
マリアが少し戸惑いながら俯くと、第二王子ロベールが美しいグラスを片手に穏やかな笑みを浮かべて近づいてきた。
「マリア殿。ただできることをしたと言うが、それがどれほどの奇跡か、君は分かっていない」
ロベールはどこか懐かしむような目を向けた。
「あの禁忌の森で初めて君に出会った時のことを思い出すよ。あの時、君が我が国最大の救世主になると誰が想像しただろうか。あの時の非礼を改めて詫びさせてほしい。そして、俺たちと帝都へ来てくれて本当にありがとう」
広間の中央では、宮廷音楽隊の奏でる優雅な調べが響き渡っている。
かつてカスティリャ王宮の冷たい片隅で無魔力と蔑まれ、過酷な追放を味わった少女の面影は、そこにはもうなかった。
やがて、会場の視線が一斉にその特別席へと注がれる中、皇帝がゆっくりと立ち上がり、全貴族に向けて威厳ある力強い声を響かせた。
「諸君。本日この場に、我が帝国の未来を繋いだ最大の恩人であらせられるマリア殿、そしてアンナ殿にご臨席いただいた。二人の英雄に、最大限の敬意と祝福を」
巨大な広間を揺るがすような割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
温かな感謝の言葉と眩いばかりの祝福の光の中、マリアは静かに目を閉じ、これまでにないほどの深く穏やかな幸福を噛み締めていた。




