第20章 再び禁忌の森へ
第二王子ロベール一行は再び禁忌の森へと馬を走らせ、愛馬を限界まで酷使する驚異的な速度で、緑に囲まれたあの丸太小屋へとたどり着いた。
ロベールは息を切らして鞍から飛び降りると、畑のそばで薬草の手入れをしていたマリアの前に駆け寄り、なりふり構わずその場で深く頭を下げた。
「マリア殿。あなたが言った通りだった。薬草を飲んだときは一時的に熱が下がるのだが、薬を切らすと以前よりひどく発作がぶり返してしまうのだ。皇宮の優秀な医師たちも完全に打つ手がない。頼む、どんな条件でも出す。我が国のすべてを懸けてもいい。兄上を診てくれないだろうか」
マリアは、ロベールの悲痛で必死すぎる懇願に驚いたように赤い瞳を見張ったあと、優しく首を横に振った。
「顔を上げてください。私、言いましたよね。もしものときは私が診に行くって」
マリアは静かにそう告げてから、後ろを振り返った。そこには、アンナ、ヴァイス、そしてディーネが、すでに出発の気配を察して集まっていた。
「お姉さん、ヴァイス、ディーネ。お願い。私、この人のお兄様を放っておけないの。一緒に来てくれる」
アンナは、マリアの迷いのないまっすぐな眼差しを受けると、少しだけ困ったように小さくため息をついたが、すぐに柔らかく微笑んで深く頷いた。
「マリア様がそこまで言うなら、私も一緒に行きますよ。苦しんでいる方を放っておけませんものね」
ヴァイスも力強くひと声吠え、ディーネはピュイと鈴を転がしたような可愛い声を鳴らしてマリアの肩にとまり、当然だよとでも言うようにクルクルと器用に宙を舞った。大切な家族全員が、迷いなくマリアの背中を温かく押してくれたのだ。
「みんな、ありがとう」
ロベールは、マリアが力強く決意を固めると、安堵のあまりその場に崩れ落ちそうになりながらも、すぐに帝都へ引き返すための移動の準備を整えた。
「では、急ごう。そうだ、移動手段だが、マリア殿は私と一緒に馬に乗り、もう一人のご家族であるアンナ殿は、私の従者であるマルコと一緒に馬に乗るということでよろしいだろうか」
ヴァイスは、ロベールが真剣な顔でそう提案すると、喉の奥で低く唸り声をあげ、自分のたくましい巨体を誇示するように一歩前へと出た。
「ワン」
「ヴァイス、そうなの。私を乗せてくれるの」
ヴァイスは誇らしげに鼻を鳴らし、マリアの足元に大きな白銀の体を屈めて、ふかふかの背中を差し出した。
「ありがとう、ヴァイス。じゃあ、私はヴァイスの背中に乗るね。ロベール殿下、お姉さんはよろしくお願いします」
「ああ、分かった」
ロベールは、伝説の魔獣であるフェンリルの背中に人間の少女が乗るという信じがたい光景に軽く目を見張りつつも、アンナを自分の信頼する従者マルコの馬へと丁寧にエスコートした。
移動の準備はすべて整った。マリアは、一刻を争うエドワード皇太子の命を救うため、ヴァイスの背にしっかりとまたがり、そっと瞳を閉じて周囲の木々と大気に向かって祈るように呼びかけた。
「早く目的地に到着するように。風の精霊さんの力をお借りします。精霊さんたち、どうか力を貸して下さい」
その純粋な祈りが森の奥深くに届いた瞬間、周囲の木々がわさわさと嬉しそうにざわめき、目に見えない精霊たちが一斉に応えた。
「あの子が頼んでいるよ」
「よし、やるぞ。一番早い風を送って、すぐに届けてやるんだ」
「私たちも全面で力を貸すわ」
無数の風の精霊たちは、歓声を上げながらマリアたちの体を優しく包み込み、まるで目に見えない巨大な羽が生えたかのような驚異的な推進力を生み出していく。
「いくよ、ヴァイス」
ヴァイスが力強く応えるように低く喉を鳴らす。
ヴァイスは、マリアの合図とともに、追い風を全身にまといながら猛然と駆け出した。ロベールたちの乗る馬もその傍らを精霊の力に押し出されるように疾駆し、ディーネが背後から軽やかに宙を舞って追従する。一行は、風の精霊の強大な加護を受け、通常の何倍もの凄まじい速度で、帝国の帝都へ向けて一直線に空を飛ぶように駆け抜けていった。




