第18章 皇太子殿下の呪い
数日後。ロベールたちは、昼夜を問わず疲労もいとわずに馬を飛ばし続け、ついに堅牢な城壁に囲まれた帝国の皇宮へと戻ってきた。
皇帝と皇后、そして妹の王女アリアーヌは、皇宮最奥の何重にも警備が敷かれた療養室の扉の前で、一日千秋の思いで息を詰めて待ちわびていた。重厚な木製の扉が開き、長旅で疲れ果てた顔のロベールが姿を現すと、家族たちは切実な視線を一斉に彼のその手元へと注いだ。
ロベールは、絹の布を慎重に掲げた。中には、前回よりもはるかに大量の、みずみずしく青々とした幻の薬草の束が大切に包まれていた。
皇帝も皇后も、そしてアリアーヌも、それを目にした瞬間、張り詰めていた緊張の糸が切れたようにその場に崩れ落ちそうになりながら、一斉に深い安堵の息を吐き出した。
「よかった。これで、エドワードお兄様は助かるのね」
アリアーヌは大粒の涙を拭い、皇后は胸をなでおろして神に祈りを捧げた。皇帝もまた、我が息子の無事の帰還と奇跡の物資を目の当たりにし、震える手でロベールの肩を力強く抱き寄せた。
「よくやった、ロベール。さあ、すぐに医師たちに渡すのだ」
宮廷医師たちはすぐさま大量の幻の薬草を適温で煎じ、ベッドに横たわるエドワード皇太子の口へと慎重に運んだ。
エドワードは、薬を飲んだ直後こそ確かに荒い呼吸が安定し、異常な高熱も嘘のように下がったように見えた。しかし、数日が経って薬の効き目が薄れてくると、彼は再び激しい高熱にうなされる状態がぶり返し、それまで以上にひどい発作に体を容赦なく蝕まれていった。
エドワードは、薬草を飲まされて一時的に持ち直しては、効き目が切れて悪化するという痛ましい往復を繰り返した。そのうちに彼の体力はついに限界へと近づき、かつての精悍な姿は見る影もなくひどく痩せ衰えていった。
「医師たちよ、どういうことだ。なぜ薬草があるのに完全に快癒しないのだ」
ロベールは療養室の外で顔をしかめ、宮廷の医師たちを詰問した。老医師たちは真っ青な顔で額から冷や汗を流しながら、無力に首を振るばかりだった。
「申し訳ございません、殿下。薬草の成分は確かに病の進行を抑えておりますが、体内の奥深くから蝕む未知の何者かが、薬効をすべて打ち消しているようなのです。我が国の最高の技術をもってしても、これ以上はどうすることもできません」
ロベールの脳裏には、その絶望的な言葉を聞いた瞬間、あの禁忌の森でマリアが真っ直ぐな瞳で告げた言葉が雷のように蘇った。
「それだけでは完治しないと思います。お兄様には、重い呪いがかかっているようですから」
(やはり、マリアの言った通りだ。これはただの病ではなく、悪意ある呪いなのだ)
ロベールは、これ以上あの事実を隠し通すことはできないと考えた。彼は一刻を争う事態だと悟り、兄の命を救うため、すぐさま次なる行動を起こした。
皇后と妹のアリアーヌは、部屋の枕元でぐったりと眠るエドワード皇太子の手を固く握りしめ、心配そうに涙を流していた。ロベールは意を決し、その場にいた父親である皇帝へとまっすぐ視線を向けた。
「父上。少し、お時間をいただけますか。二人だけで、どうしてもお話ししなければならない重大な秘密があります」
皇帝は、我が子のただならぬ気配と真剣なまなざしに、何か重大なことが起きたのだと察知した。
「わかった」
皇帝は静かに頷き、皇后とアリアーヌには少し席を外すとだけ告げた。彼は、誰にも聞き耳を立てられることのない、皇宮最奥の絶対機密の密室へとロベールを促した。
厚い鉄の扉が重々しい音を立てて閉ざされた。完全に外界から遮断された密室の中で、皇帝は椅子に腰掛け、静かに息子を見据えた。
「一体何があったというのだ、ロベール」
ロベールは深く息を吸い込み、あの禁忌の森で体験した信じがたい事実のすべてを、包み隠さず皇帝に打ち明けた。
「信じられないかもしれませんが、どうか聞いてください。私が、はぐれ魔獣の調査のためにあの禁忌の森の奥へ踏み入って目撃したのは、この世のものとは思えない光景でした」
ロベールはわずかに声を震わせた。
「森の奥の開けた広場に、一人の少女がいたのです。少女は、なんと我が国の伝承にしか存在しないはずの伝説の魔獣である白銀のフェンリルのヴァイスと、水の精霊ディーネを従え、周囲には数え切れないほどの森の動物たちや、目に見えない無数の高位精霊を従えて、美しく歌を歌っていました」
「フェンリルを従えているだと」
皇帝は、顔に驚愕の色を浮かべた。
「はい。そして、私たちがいただいたあの幻の薬草も、その少女が自分の手で育てているものなのです」
ロベールは言葉を切り、さらに核心へと踏み込んだ。
「父上、もっと重大なことがあります。あの少女、マリアと言いましたが、彼女は一目見ただけでこう言い当てました。兄上の病はただの病ではなく、呪いがかかっているのだと。薬草だけでは完治せず、もしものときは私が直接診に行くと言ってくれたのです」
皇帝はあまりの衝撃に言葉を失い、ただ目を見開いて息子を見つめていた。
「もし彼女が皇宮へ来るとなれば、おそらくあの白銀のフェンリルと水の精霊、そしてもう一人の家族であるアンナという女性も一緒にやってくるでしょう。ですが、私と護衛の者以外の人間が彼女たちに近づいたり、危害を加えようとしたりすれば、あの森の主たちがどう出るか分かりません」
ロベールは必死の形相で、皇帝に強く訴えかけた。
「父上、お願いです。兄上を救うため、どうかあの少女の力を借りることをお許しください。そして、彼女たちが帝都に入る際は、万全の礼を尽くし、決して無礼な真似をさせぬよう厳重に布告してください」
密室の中は、しばらくの間、重苦しい沈黙だけに支配されていた。皇帝は、我が子が語る荒唐無稽でありながらも確信に満ちた話を脳内で反芻し、ただただ言葉を失って立ち尽くすしかなかった。
皇帝は長い沈黙の後に深く息を吐き出し、張り詰めていた表情を引き締めた。彼は覚悟を決め、その瞳に一国の君主としての強い決断の色を宿していた。
「わかった。国を挙げて厳重に礼を尽くそう」
ロベールは、皇帝の言葉に心の底から安堵したように息をついた。
「お前の護衛はこの扉の前にいるのか」
「はい、マルコとシモンの二人が控えているはずです」
皇帝は力強くうなずき、迷いのない声で命じた。
「このまま行きなさい。再びあの禁忌の森へ。少女のところへ。私はこのまま皇后とアリアーヌ、そして宰相を呼び、帝都全土、そして全皇宮に向けて万全の布告をしよう。彼女たちを迎える準備を直ちに始める」
「ありがとうございます、父上」
ロベールは深く頭を下げると、すぐに向きを変え、重い鉄の扉を開けて密室の外へと飛び出した。二人の精鋭護衛は、扉の前で主君の帰りを待ち、緊張した面持ちで直立していた。
「行くぞ。再び、禁忌の森へ向かう」
護衛たちはロベールの鋭い号令に、無言で深く一礼して後に続いた。ロベール一行は、エドワード皇太子を救う唯一にして最後の希望である伝説の少女が待つ森へ向けて再び馬上の人となり、一刻も早くたどり着くため、暗い夜の道を疾風のように駆けていった。




