第17章 禁忌の森での再会
ロベールがマルコとシモンの精鋭護衛を引き連れて再び禁忌の森へと馬を走らせている頃、皇帝や皇后、そして王女のアリアーヌたちは、帝国の皇宮で一日千秋の思いで息を詰めてその帰りを待っていた。
付き従っていた一人の若い騎士は、張り詰めた空気が漂う宮殿の廊下で、ふと不安に耐えきれず呟いてしまった。
「ロベール殿下のご無事も、エドワード皇太子殿下のことも心配です。私たちも後から追って、森の警護に加わったほうがよいのではないでしょうか」
彼に悪気はなかった。この若き騎士は、ただ主君たちを慕うあまり心が急き、無意識に言葉が口から出てしまったのだ。しかし、皇帝は即座に周囲の空気を震わせるほど厳しく鋭い声でそれを制した。
「ならん。ロベールが言いつけたはずだ。あそこは足を踏み入れることすら許されない禁忌の森であり、何より現地の方々との大切な約束がある。一人も勝手に追ってはならん。我々はロベールが戻るまで、ここでただ待つのだ」
若き騎士は、皇帝の有無を言わさぬ厳命に慌てて深く頭を下げ、額に浮かんだ冷や汗を拭うしかなかった。
一方その頃、禁忌の森の奥深く。
マリアは小高い切り株の上に腰掛け、木漏れ日の中で透き通るような美しい声を響かせていた。歌声は、傷ついた者を優しく癒やし、生きとし生けるものの心を底から穏やかにするものだ。
ヴァイスは足元で心地よさそうに目を細めてふさふさの尻尾を揺らし、ディーネは頭の上でふわりと浮かんで楽しげにリズムを取っている。色鮮やかな小鳥たちやふっくらとした森の動物たちは周囲に集まり、目に見えない淡い光の粒である高位の精霊たちも、マリアの歌声に合わせて嬉しそうに宙を舞い踊っていた。
息を切らせたロベールと護衛たちが、そこへ茂みをかき分けてやってきた。
マリアは、前回よりもあきらかに早い再訪に静かに歌を止め、不思議そうに小首をかしげて立ち上がった。
「ロベールさん。どうしたのですか、何かありましたか」
ロベールは申し訳なさそうに深く頭を下げ、切実な色を浮かべた瞳でマリアを見つめた。
「すまない。急に来てしまって。実は、君にもらった薬草のおかげで兄上の病は無事に峠を越えたんだ。だが、宮廷医師たちの話では、あの薬草がもう少しなければ完全に快癒できないらしくてな。勝手なお願いで申し訳ないが、もう少しだけ、多く分けてもらうことはできないだろうか」
マリアの胸は、その痛切な言葉を聞いた瞬間、キュッと締め付けられるように痛んだ。
(この人のお兄様。あんなに苦しそうだった人が、まだ苦しんでいるんだわ)
これまでにない不思議な感覚が、ただ純粋に早くよくなってほしいと相手の平癒を思い寄せたその時、マリアの頭の中に波のように流れ込んできた。風の精霊や森の古い記憶が教えてくれたのか、彼女自身の奥底で目覚めつつある失われた古代魔法の神性によるものか。
(違う。あの人は、ただの重い病気じゃない。体の中に、ねっとりと黒い呪いがかけられているんだわ。薬草で一時的に熱を下げても、このままでは完治するどころか、またすぐにぶり返してしまう)
はっきりとした確信のような思いが、マリアの胸に真っ直ぐに落ちてきた。彼女は曇りのない赤い瞳でロベールを見据え、迷いのない透き通った声で言った。
「薬草は、持てるだけ持っていただいてかまいません。でも」
マリアは少し言葉を区切り、真剣な表情で言葉を続けた。
「それだけでは完治しないと思います。お兄様には、重い呪いがかかっているようですから。もし、薬草だけで治らないときは、私が行きます。私が、直接お兄様を診てあげる」
ロベールは、その言葉を聞いた瞬間、驚愕に目を見張り、大きく息を呑んだ。
「なんと」
深い森の奥にいるこの少女が、皇宮が誇る優秀な医師たちでさえ原因不明の難病としか診断できなかった兄の深刻な状態を、一目も見ずして呪いがかかっていると言い当てたのだ。信じられないという驚きと、もしかしたらこの奇跡のような少女なら本当に兄を救えるのではないかというかすかな希望の光が、ロベールの胸を激しく揺さぶった。
「呪いがかかっているだと。それでは、この薬草では足りないのか」
ロベールは焦燥に顔を歪め、我が耳を疑った。だが、一片の嘘も曇りもなく、ただ目の前の命に対する真摯な心配の色だけが、マリアの透き通る赤い瞳には浮かんでいる。
「すまない。薬草は、ありがたく持てるだけいただいていく。こんなに大量に刈ってしまって、本当に申し訳ない」
ロベールはわずかに震える手で、マリアが丁寧に摘み取って差し出してくれた薬草の束を上質な布へと大事に包み込んだ。そして、すがるような切実な目を真っ直ぐにマリアへと向ける。
「これで、もし完治しないときは、本当に君に兄の診察を頼んでいいのだろうか」
マリアは、その重い問いに少しだけもじもじと麻布の着物の裾を摘まんだ。
(アンナお姉さんにも、ヴァイスにも、ディーネにも、まだ何も相談していない。勝手にこんな大役を引き受けて外の世界へ行くなんて言ったら、怒られちゃうかも)
しかし、目の前で苦しむ人の兄の命が、このままでは確実に消えてしまうという強い直感が、マリアの優しい胸を激しく打った。
マリアは少しだけ迷った末に、小さく、けれどはっきりと力強く頷いた。
「はい。もしだめなら、私がいくわ」
「ありがとう。本当に、助かる」
ロベールは深い感謝を込めて頭を下げると、マルコたち護衛に素早い合図を送り、急ぎ足で森の出口へと駆け出した。ヴァイスが警戒するように低く唸り声をあげ、ディーネが心配そうにマリアの周りを飛び回る中、一目散に愛馬を走らせていく。




