第13章 隣国のロベールの潜行②
ロベールは、ヴァイスが放つ鋭い威圧感に背筋へ冷や汗を流しながらも、両手をゆっくりと下げて誠実なまなざしを向けた。
「君たちに危害は加えない。約束する。ほんの少しでいい、話をさせてもらえるだろうか」
アンナは全く警戒を緩めることなく、護身用のナイフを握る手にぐっと力を込めた。
「私たちと話をしてどうするのですか。私たちはあなたたちと関わるつもりはありません」
そのとき、マリアが背後からアンナの袖をちょんと控えめに引っ張った。
「お姉さん、中に入ってもらいましょうよ。この人たちは悪い人ではないわ」
アンナは、マリアの曇りのない澄んだ赤い瞳を見つめ、わずかに戸惑いつつも、昔から変わらない妹の底抜けに優しい性格を思い返して小さくため息をついた。ヴァイスやディーネがこれほどまでに警戒を解かない武装した相手なのだから、油断はできない。しかし彼女は、マリアがそこまで言うのならと渋々ながらもナイフを下ろし、重い木製の扉を開けて彼らを丸太小屋の中へと招き入れた。
ロベールと二人の従者であるマルコとシモンは、簡素ながらも隅々まで掃除が行き届き綺麗に整えられた小屋の中へ、少し身をかがめるようにして入り、手作りされた丈夫な木のテーブルの席に腰を下ろした。ヴァイスは小屋の入り口にどっしりと陣取り、ギロリと射抜くような鋭い視線をロベールたちに向け続けている。
「失礼する。私はロベール、カイザーベルク帝国の第二王子だ。そしてこちらの二人は従者のマルコとシモンだ」
ロベールと名乗った王子は、落ち着いた声音でそう告げると、温かい野草のお茶を木組みのコップで出してくれるマリアとアンナに深く一礼した。
「私たちはアンナとマリアの姉妹です」
アンナが、少し冷たいトーンで淡々と答える。
ロベールは興味深げに小屋の中を見渡し、そして開け放たれた窓の外に広がる手入れの行き届いた豊かな畑や、先ほどまで森の動物たちが集まっていた和やかな空間に目を向けた。どうしても拭い去ることのできない疑問が、彼の口をついて出る。
「君たちは、どうしてこんな深い森の中にいるのだろうか。ここは帝国でもカスティリャ王国でも禁忌の森と呼ばれ、人間が生きられる場所ではないとされているはずだが。それに、ここでの暮らしはどうなっているんだ」
「私たちはここで静かに暮らしています。これ以上、私たちの生活に関わらないでほしいのです」
アンナがピシャリと拒絶するように冷たく言うが、ロベールはなお目の前の現実が信じられないといった様子で首を振った。
「しかし、信じがたい光景だ。外では獰猛な魔獣たちが暴れ回っているというのに。君たちに質問だが、この森にいて魔獣は襲ってこないのか」
マリアは、ロベールの切実な問いかけに不思議そうに小首をかしげ、ごく自然な調子で答えた。
「はい、一度も襲われたことはありませんよ。ヴァイスやディーネ、みんなが守ってくれますから」
「ヴァイスというのは、あの入り口にいる白銀の魔獣か。伝説のフェンリルを従えているというのか」
ロベールの従者であるマルコとシモンが驚愕に目を見開き、大きく息を呑む。ロベールは、ただの迷子の少女だと思っていた目の前の純真な銀髪の娘が、この禁忌の森の隠された秘密の核心にいることをひしひしと感じ始めた。




