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みにくいアヒルの子~マリア無魔力と呼ばれた少女~  作者: 春告草


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第12章 隣国のロベールの潜行①

ロベールは、幼い頃から鍛え上げられた身のこなしで完璧に気配を消し、落ち葉を踏む音すら立てずに太い木々の陰を進みながら、慎重にその場へと近づいていった。


しかし、人間の技でどれほど気配を殺していようとも、森の頂点に君臨する魔獣であるヴァイスや、水の精霊の鋭い感覚をごまかすことなどできない。歌を聴いていたヴァイスは、鼓膜を震わせるほど低く恐ろしい喉を鳴らし、マリアを庇うように全身の白銀の毛を逆立てて一歩前に出た。水の精霊ディーネも、空中で小さな体をピンと張りつめさせ、いつでも強烈な魔力を放てるよう攻撃の態勢をとる。

森の動物たちは、その張り詰めた殺気を察知した途端、それまで穏やかに集まってマリアの歌声に耳を傾けていた状態から一転し、蜘蛛の子を散らすように一斉に茂みへと逃げ出した。頭上の木の枝にいた小鳥たちも、けたたましい羽音を立てて大空へと飛び立っていった。


ロベールは、動物たちが逃げ去り不気味なほど静まり返った空間で、木の陰からゆっくりと両手を掲げながら姿を現した。彼は、これ以上隠れて刺激し続ければ、あの巨大で強靭な白銀の魔獣に問答無用で喉笛を食いちぎられると本能で直感したからだ。そのまま武器に手をかけていないことを強調し、敵意がないことを示しながら極力穏やかな声で語りかけた。


「待ってくれ。君たちに危害を及ぼすつもりはない」


ロベールは張り詰めた空気を刺激しないよう、ゆっくりと、しかし確かな声で紡いだ。


「落ち着いて、話を聞いてもらえるだろうか」


ロベールは、長旅の汚れはあるもののきりっとした端正な顔立ちで、上質な絹で仕立てられた気品漂う衣服を身に纏い、自身の胸に手を当てて身分を明かした。


「私は、隣国である帝国の者だ。最近、この森から現れる凶暴な魔獣によって、我が国の領地でも甚大な被害が出ている。その原因の調査と駆除のために、この禁忌の森へと足を踏み入れたのだ。突然現れて、驚かせてすまない」


誠実さを滲ませた声で身分と目的を告げる。ロベールはそこで一度言葉を区切った。そして、強大な魔獣と水の精霊に守られるようにして真っ直ぐに立つ少女の姿を、改めて真正面から見据える。その精悍な面差しには、隠しきれない深い困惑の色が浮かんでいた。


「それで君は一体、誰なのだろうか。これほど魔物がばっこする危険な森の奥深くに、なぜ年端もいかない少女がただ一人でいるのだろうか」


少女は、さわやかな風に銀髪をふわりと揺らし、宝石のように透き通る赤い瞳でじっとロベールを見つめていた。そして、武装した男たちを前にしても恐怖の色など微塵も見せずに、静かに口を開く。


「私はマリアと言います。この子は、ヴァイスとディーネです。そして、あそこにいるのは、私の大切な家族であるお姉さんのアンナです」


マリアが視線を向けると、立派な丸太小屋の重い扉が勢いよく開いた。そこから21歳のアンナが、ひどく警戒した険しい表情で姿を現す。彼女の右手には、護身用として手入れされた鋭いナイフがしっかりと握られていた。


「マリア様、下がってください」


アンナは、射抜くような鋭い視線をロベールに向けた。彼の背後に控えていたマルコとシモンの二人の従者たちが、主君を守ろうとさらに一歩距離を詰めて近づいてくるのを見て、一切の妥協を許さない毅然とした態度で遮った。


「これ以上近づかないでください。私たちは、ここで静かに暮らしているだけです。国がどうこう、魔獣がどうこうという物騒な話なら、どうかよそでやってください。ここは、私たちの家です」


平和だった緑の広場の空気は、武装した招かれざる客たちの突然の訪問により冷え込んだ。そして森の静寂は、張り詰めた極限の緊張感に包まれた。

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