第10章 森の仲間がふえた
マリアとアンナ、白銀の子犬であるヴァイスの新しい生活は、ますます賑やかで温かいものになっていく。朝陽が木々の隙間から光を落として、小鳥たちのさえずりが目覚まし代わりとなる。禁忌の森での日々は、自然の恵みと穏やかな愛情に満ち足りていた。かって侯爵邸の別邸で過ごした孤独な時間とはまるで違う。
朝霧が残るひんやりとした空気の中、マリアが目を開けると、足元の敷物の上で丸くなっていたヴァイスがすぐに身を起こす。透き通るような美しい赤い瞳が真っ直ぐに見つめ、ふさふさとした白銀の尻尾を振って朝の挨拶をしてくれる。
「ヴァイス、おはよう。今日もいい天気だね」
マリアがヴァイスの温かく柔らかい頭を小さな両手でなでてやると、心地よさそうに目を細め、甘えた声を漏らしてすり寄ってくる。アンナは、焚き火の鍋から立ち上るキノコと野草の香ばしい匂いの中、朝食のスープを木のしゃもじでゆっくりとかき混ぜながら、その微笑ましい光景を心底愛おしそうに見守っていた。
二人が小さな手で懸命に耕した畑の作物は、精霊たちの見えない祝福のおかげですくすくと育ち、もうすぐ収穫できそうなほど青々と立派な葉を広げていた。森の中の小さなテントでの暮らしは、水くみや薪拾い、料理の仕込みなど、やることがたくさんある。毎日の地道な作業すら、マリアとアンナ、そしてヴァイスという二人と一匹になったことで、どこか楽しい胸躍ることだ。
ある日のこと、先頭を歩いていたヴァイスは、いつものようにマリアと一緒に川へ水くみに出かけた。突然ピタリと足を止め、鬱蒼とした森の奥をじっと見つめて低い唸り声をあげた。
「ヴァイス、どうしたの」
ヴァイスは、マリアが不思議そうに首をかしげると、彼女の前にそっと立ち、何かから守るように低く身構えた。その直後、ガサリと近くの深い茂みが大きく揺れた。
シダの葉をかき分けて身構える前に現れたのは、凶暴な牙を剥いた恐ろしい怪物などではなかった。
そこからひょっこりと顔を出したのは、透き通るような水色の柔らかい体毛を持ち、額に小さな真珠のような美しい角を宿した愛らしい生き物、水の精霊だった。
その警戒心の強い生き物は、以前なら人間の姿を見れば一目散に逃げ出していたはずだが、ヴァイスが威圧を解くと、恐る恐るこちらに近づいてきた。水の精霊は、マリアの足元にちょこんと座り、まるで初めましての挨拶をするように。
「ピュイ」
小さく可愛らしい声で鳴いたのだ。
「可愛い」
マリアがしゃがみ込み、そっと手を伸ばすと、嬉しそうに彼女の細い指先に自分の冷たい鼻先をすりすりと押し当てた。
どうしたことか、先日出会ったホーンラビッドや色鮮やかな羽を持った小鳥たちが次々とあらわれた。マリアたちを歓迎する森のお茶会のようにぐるりと周りを囲み始めた。ふさふさの尻尾を持ったリスのような小動物たちも、小さな木の実を両手に抱えてマリアの周りをピョンピョンと跳ね回っている。
(すごい。マリアとヴァイス、水の精霊の周りには、森の生き物や精霊たちが自然と集まってくる)
アンナは驚きに目を見張り、胸の奥が温かくなるのを感じて表情を和らげた。侯爵邸や王宮では無魔力と蔑まれ、役立たずの落ちこぼれとしてゴミのように冷たく捨てられていた。しかし、禁忌の森では、生き物に深く愛され、祝福されつつあった。
「お姉さん、見て。みんなお友達になりに来てくれたみたい」
マリアの頭の上には、まるで祝うかのように、小さな光の精霊たちがふわりと降り立ち、美しい花冠のように淡い金色の光を灯している。そしてぴょんぴょんと楽しげに跳ねる水の精霊が寄り添って、心休まる温かな空間を作り出した。
「すっかり懐いちゃって、何か可愛い名前をつけてあげたらどうです」
マリアに、アンナが微笑ましそうに提案する。不思議そうに小首をかしげ、水の精霊をじっと見つめた。
「名前。ディーネなんてどうかな」
マリアが優しくそう呼びかけた瞬間、水の精霊ディーネは嬉しそうにクルクルと空中で器用な宙返りをした。
「ピュイ」
可愛い声を響かせた。新しい名前を気に入ったよと無邪気に喜んでいるかのようだ。
「ディーネ、素敵な名前ですね」
アンナが優しく声をかけると、ディーネは空中を歩いていき、マリアの白い頬に自分の水色の柔らかい体をすりすりと甘えるようにくっつける。
マリアの新しい家族がまた一つ、温かく増えていく。最強の魔獣であるヴァイスが足元に堂々と控え、たくさんの森の動物たちが傍らに集まって心温かな居場所だ。
冷酷な人間たちから見捨てられ、命からがらたどり着いたこの場所は、いつの間にか、世界で一番温かくて豊かな最高の場所になった。




