9.攻撃
澪とエヌは、小学校から少し歩いたところにある河川敷へと向かった。
歩いていると、土手の上り坂の前でエヌが立ち止まった。
《ここで、十分》
エヌを通じて、澪の中に、常盤たちの声が聞こえてきた。
《誰だよ! 俺の名前流したの!》
《ったく、だりぃな。蓮司のやつ、はやく捕まればいいのにな》
《うわ、蓮司さん、めっちゃキレてる。どうしようかな》
距離があるので会話は聞こえてこない。
しかし、心の声を聞いていると三人が揉めているようだった。
《あいつら、モメてるの?》
エヌはうなずいてから、スマホ画面を見せた。
『猫追い回し動画の犯人 常盤 蓮司』
氏名とともに中学校の卒業アルバム、在学高校名などがタイムラインに流れていた。
《うわ、こいつ常盤じゃん。いつかやると思ってたわ》
澪は知り合いだと思われる投稿者の思念も受信した。
投稿者が思い出したのだろう。
中学校の校庭。――常盤が、木の上の鳩に石を投げつけ、落下させ、笑っている。
《やっぱ、すげぇな。エムの電波受信》
エヌはつぶやくと、手を引いた。
《十分“声”は集まってるだろ?》
澪は頷いた。
エヌが見せたタイムラインに書き込みが増えるたび、投稿者の思念を受信する。
《周りにあいつら以外いない。最悪、暴れても巻き込む相手はいない》
エヌは口角を上げて、澪の手を引っ張った。
《やろうか》
土手を上がっていく。
《俺は、送信するには、相手を視界に入れないといけない》
土手の上に出ると、視界が開けた。
河川敷の高架下の影になっているところに、改造バイクを止めた三人組が見えた。
「親父に殴られたじゃねぇかよ! 誰だよ! 拡散したの!」
《ぜってぇ殺す!》
「知らねぇよ……。しばらくすりゃ、収まるだろ」
《だりぃなあ。蓮司消えてくれねぇかな》
「野良猫、追い回したくらい、何の罪にもなんないスよ」
《蓮司さん、キレると怖いからなぁ》
《すごい、喧嘩してるね》
澪はエヌの顔を見た。彼は肩をすくめた。
《お互いの“声”を送るだけでも、勝手に喧嘩しそうだけどな――》
でも、とエヌは三人を見つめ直した。
《行くか》
澪はスマホのタイムラインを見つめた。
画面を流れる言葉の後ろにある思念を受信する。
《こんなやつら、死んだ方が良い》
《一生、外を歩くな!》
《車で追い回してやりてぇ》
《社会のゴミ!》
《昔からこうだった》
《死ね!》
《消えろ!》
言葉の渦が頭に満ちる――けれど、それは、頭に残らずに、すっと抜けていった。
いつもは受信した言葉は頭の中をぐるぐると回転して、吐き気がするのに。
右から左へと、風が抜けるように言葉が流れていく。
つないだ手に熱さを感じた。
エヌが、自分が受信した思念を相手に送っているのを感じた。
――そのとき、三人に異変が起こった。
一人が、ふらりとよろめいた。
「……うるせぇ」
誰に向けた言葉かもわからないまま、頭を押さえる。
「やめろ……」
次の瞬間、もう一人も同じように頭を抱えた。
――遅れて、三人目。
視線が、互いに絡み合う。
そして――殴り合いが始まった。
エヌは送信に集中しているのだろう。
彼らの心の声は入ってこなかった。
「うるせぇぇぇぇ!」
「蓮司ぃ、お前が、悪いんだろうが!」
「うああああああ」
怒声とともに、お互いに殴り合う。
二人が、常盤蓮司を狙って二対一で殴っていた。
澪が受信した思念は、常盤に集中した言葉だった。
それに影響され、攻撃が常盤に向かっているのだろうか。
風が吹き抜ける、人気のない日中の河川敷に、怒号と殴り合いの鈍い音が響いた。
二人から集中的に殴られた常盤蓮司は、やがてぐったりと雑草の生い茂った川辺に倒れた。二人も、膝をついて倒れる。
《――こんなもんか》
エヌは涼しい顔でそう言うと、澪の手からスマホを取った。
澪は地面に横たわった、三人を見つめた。
《……どうなったの?》
《常盤の声は聞こえなくなったな》
エヌは肩をすくめてそう言うと、スマホを見つめた。
《警察に電話する。俺が通りがかったことにして、通報するから。――通行人が見つけても、迷惑だろうし》
「協力、ありがとな」
「――え?」
言葉で直接言われて、澪はエヌの顔を見つめた。
エヌはバッグから財布を出すと、一万円札数枚を澪に渡した。
つないでいた手が離れ、間に風が吹き抜けた。
「タクシーで帰りなよ」
澄ました表情からは、感情は読み取れず、心の声は聞こえなかった。
澪は何も言えずに、視線を泳がせた。
「――どうした? ありがとう、助かった」
「――うん」
《これだけでいいの? あたしの役割?》
「うん」
エヌはうなずいて、遠くを見つめた。
《――これで終わり? あたしもう帰るの?》
エヌはうなずいて、笑った。
「――ありがとな」




