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【完結】六月になったら、君の声が聞こえない~心の声が聞こえる少女と、名無しの少年のひと月の話~  作者: 夏灯みかん
【第一章 出会いと”悪人狩り”】

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10.祖父

『男性が数名、殴り合いの喧嘩をしている』


 そんな通報を受け、河川敷には多数のパトカーと救急車が出動していた。

 スウェット姿の少年――エヌは警察に囲まれ、聴取を受けていた。


「一ノ瀬 陽真くん……、君が通報してくれたんだね」

 《都内の進学校じゃないか。なんでこんな辺鄙(へんぴ)なところに……》


 学生証を見た警官の心の声を聞いて、エヌは視線を落とした。


「はい。学校に行きたくなくて――、今日は、沿線をふらふらしてたんです。土手を歩いていたら、大きい声が聞こえて、のぞいてみたら、殴り合いになっていたので、通報しました」


 《――こんな優等生が、変な輩(やから)に巻き込まれてかわいそうに》


 ショックを受けた様子は、うまく警官の心をとらえたらしい。

 エヌはこっそりと肩を持ち上げた。


「――とりあえず、保護者の方を呼ぶから。署でもう少し話を聞かせてもらうからね」


 エヌはパトカーに乗せられ、最寄りの警察署に運ばれた。


 ――しばらくして。


 エヌが案内された個室に、白髪の男が入ってきた。

 老人ではあるが、背筋は真っすぐ伸びており、威厳がある雰囲気だ。

 エヌの向かいに座っていた警察官も立ち上がって背筋を伸ばした。


「――孫が、お世話になりました。その子の祖父の一ノ瀬 幸一(こういち)です」


 エヌは「爺ちゃん」と顔を上げた。


「いえいえ。陽真くんが通報してくれて、こちらとしてもありがたかったですよ」


 それから、エヌを見て言う。


「まさか一ノ瀬病院の院長先生のお孫さんとは。――来ていただいて、ありがとうございます。もう帰っていただいていいですよ」


 それから、エヌの肩をたたいた。


「――もう帰って大丈夫だよ。ゆっくり休んでくれ。――後日、聴取で話を聞くかもしれないけれど、そのときは頼むよ」


 エヌは「わかりました」と祖父と共に頭を下げて、警察署を出た。


 ◇◇◇


 祖父の幸一の車に乗り込む。

 幸一はエヌを見つめて、低い声で言った。


「陽真、学校はどうした?」

 《今日だけじゃない、確認したら三日も休んでいた》


 心の声を聞いて、エヌは首をすくめた。


「ごめんなさい。僕、最近学校に行きたくなくて――、それで、ふらふらしていたんだ」


「――そういうときも、あるだろうと思う。勉強が、ストレスか?」

 《真理愛(まりあ)のようになっては……》


 真理愛。それは、エヌの母親の名前だった。


 彼女は、八年前に死んだ。


(――逃げてばかりの、自分のことしか考えてない女)


 エヌは心の中で吐き捨てた。

 しばらくの沈黙が車内に流れ、幸一はハンドルにうつ伏せた。


「――お前の母親のことを、今考えていた。お前にはお見通しだものな」


 幸一はエヌの能力のことを知っている。

 うつ伏せたまま、呻くように言った。


「真理愛も大学受験のときにおかしくなった。無理に医学部を目指さなくていいんだ。――もし、勉強が辛いなら、無理をしなくても――」


「爺ちゃん、僕は、母さんとは違うよ」


 車内にエヌの刺すように冷たい声が響く。

 幸一の眉がぴくりと動いた。


「陽真――」


 幸一はハンドルから頭を持ち上げると、目を大きく見開いた。

 目の前の孫は、見慣れた人好きのする笑顔ではなく、右の口角だけを上げた、歪んだ笑い方をしていた。


「――嫌なことから逃げ出して、男に依存するような、そんな弱い人間じゃない」


「陽真!」


 幸一は声を荒げた。


「お前、自分の母親に、なんてことを――」


 それから、言葉を失ったように孫を見つめた。

 心の声が車内に響く。


 《また、この目だ――》

 《今回の事件は、まさか、陽真が――?》

 《いや――》


「――とにかく、診療をキャンセルして来たから――はやく、病院に戻りたい」


 ハンドルに向き直った幸一は、フロントガラスだけを見つめて、言った。


「雅恵も――婆ちゃんも心配しているぞ」


 エヌはうなずいた。


「――爺ちゃん、ごめん、ちょっと、まだ頭が整理できてなくて……」


「当たり前だ。あんなゴミみたいな連中の喧嘩に、お前が巻き込まれなくてよかったよ」


 深いため息。


「あんなのが搬送されてきたんじゃ、たまったもんじゃないな。自業自得だろうに――迷惑な」


 エヌは心の中で独り言ちた。


(俺に気づいてるくせに。この爺さんは、いつも見て見ぬふりをする)


 意識が戻らない玲央を救うために、エヌの能力を利用しようとするくせに。

 エヌのこと自体は見ようともしない。

 ――大事な、品行方正な孫の“陽真”だけを見ようとする。


(俺のことをわかってくれるのは)


 ポケットのスマホを握りしめた。

 澪とつないだ手の温かさが蘇って、エヌはうつむいた。



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