8.晒し
エヌはバス停のベンチから立ち上がって、澪の手を引いた。
《公園に戻るよ》
《あいつらは?》
《どっかに飯を食べに行くんだってさ》
エヌから、三人組の意識が送られた。
《腹減ったから、はよ飯食いてぇ》
《レンジのやつ、だりぃな。捕まっていなくなってくれりゃいいのに》
《猫じゃ足りねぇな……。もっと悲鳴上げるやつを追いかけてぇ》
『もっと悲鳴を上げるやつ』という言葉に、澪は立ち止まった。
これが常盤の“声”だろう。
《もっと悲鳴上げるのって、何……? こいつ、やばいでしょ》
《やばいんだよ》
エヌは肩をすくめた。
《そのうち、何かしでかして、捕まるだろうけど》
エヌはそのまま、カメラを設置した公園の方へと戻った。
公園の入り口で、澪は立ち止まった。
――ひき逃げがあったことを知らせるポスターが貼られた電柱。
その下に置かれていたお菓子や献花が踏み荒らされていた。
《あいつら》
エヌはスマホを見せた。
この電柱の付近を撮影したもう一台のカメラで撮影した画像が映っていた。
そこには、お供えを踏み荒らす常盤の姿が映っていた。
エヌは踏み荒らされた状態をスマホカメラで撮影すると、かがみこみ、通学鞄からレジ袋を出した。足跡がついてくしゃくしゃになったお菓子を、レジ袋に入れていく。
それから、コンビニで買った玩具付の菓子を代わりに供えた。
《さっき買ってたの、このためだったの?》
《まあ、やるだろうなって思ったから》
澪は立ち止まると、自分のリュックの中をあさった。
ペンケースにつけた、今度新作が出る人気のゲーム“ドラゴンマスターズ”のドラゴンのぬいぐるみを取ると、お菓子の横に置いた。
ゲームセンターのクレーンゲームで、弟の悠斗と苦心してとったものだ。
《それ、いいのか?》
《こういうの、好きだったかもしれないし》
エヌは口の端を上げた。
《――人気だもんな、それ》
澪は立ち上がると、エヌを見た。
《このあと、その動画どうするの。それを晒すの?》
《そのつもり。で、――来た反応を、エムに受信してもらって、あいつにまとめて送信する》
《――周囲の人、巻き込まない?》
発狂してバイクで暴走でもしたら、大変なことになる。
《今回は、ちゃんと考えてる》
エヌは澪の手を引いた。
《ちゃんと夕食食べて帰らねぇ?》
《駅前のファミレスにする?》
《奢るよ》
《いいよ。お母さんがお小遣いくれたし》
『学校帰りに友達とご飯を食べてきたい』と母親に告げたところ、澪の母親はお金をくれた。
《澪が友達と食べてくるなんて》と泣き笑いのような心の声を発していたのを思い出して、澪は苦笑した。学校に行かなくなって以来、友人と外出したことなどない。よほど、安心したのだろう。母親は、澪が普通の学生になることを何より望んでいる。
――けれど。実際にやっていることは。……探偵気取りの盗撮なのに。
《でも、このまま見てるだけなんて、無理だ》
エヌが立ち止まった。
《――友達と、夕食、ね》
《……何よ。それが一番、わかりやすいでしょ、親に言うのに》
エヌが澪を見た。あまりに嬉しそうに笑っているので、澪は苦笑した。
《俺とエムは友達?》
《あんたの本名も知らないのに、友達じゃないよ》
《――厳しいな》
《教えなさいよ、本名》
《読み取ってみろよ》
それでも嬉しそうに、エヌは足取り軽く、澪の手を引いた。
◇◇◇
――数日後、エヌから連絡がある前に、澪は自分たちが撮影した動画が炎上していることを知った。
『猫 バイク』
平日の昼間。そんな検索ワードをトレンドで見た瞬間、それはあの画像のことだと察知した。
地域住民を名乗るアカウントが、『毎日本当に迷惑なんです』と動画を貼り付け、暴露系インフルエンサーが『情報提供がありました』と拡散していた。
(この、地域住民アカウントは、たぶんエヌだろうな)
ひき逃げ事故のお供えを荒らす動画も一緒に添付されていて、そこには、
『この事件の犯人、こいつらで確定でしょ』
『県警何してんだよ』
とコメントがたくさんついてきた。
《社会のゴミだよな、こいつらみたいなの。俺より、全然ゴミ》
ごみの散乱した部屋でスマホを見つめる風景。
《こういうやつら、うちの近所にもいて、怖いんだよね》
外から爆音のバイクが走る音が聞こえる室内の風景。
《こいつらも、昔はかわいい子どもだったのかなあ。うちの子がこんなふうになったらどうしよう》
赤ちゃんを不安感に満ちた視線で見つめる風景。
《こんなやつら、死んだほうがいい》
《一生、外を歩くな!》
《車で追い回してやりてぇ》
《炎上ウケる。こいつらが不幸になるとこ見たいな》
どんどん増えてくるコメントに合わせて、一気に心の声が流れ込んで、澪は目を閉じた。
そのままごろりとベッドに横になる。
ピコン! とスマホの通知音がした。
『トレンド入りした』
――エヌだった。
同時に川辺の景色を受信して、澪は起き上がった。
『エヌ、どこにいるの? 土手?』
『おお、すげえ。わかるんだな』
エヌがマップを送ってきた。
前回待ち合わせた駅の、隣駅から降りてしばらく行ったところの土手。
『“攻撃”するのに、いい感じかも。――ここ来れる?』
『今から?』
『そう。近くの小学校まで来たら? そこで待ってる。タクシー使えよ。金出すから』
澪はスマホを見つめた。
(金出すって、タクシーで行ったら、一万円は超えるけど。あいつ、何なの?)
高校生が気軽に出せる金額ではない。
何がエヌをここまで駆り立ててるのだろうか。
躊躇している澪を追い立てるように、エヌから追加のメッセージが来た。
『エムがいなくても、今回、なんとかできそうかも。来ないなら俺一人でやるよ』
その文字列の裏に、“声”を感じた。
《来てほしい》
澪は頭をわしゃわしゃとして、立ち上がった。
『――とりあえず、行くよ。タクシー使うからね。お金出してよ』
『ありがと。制服じゃなくて、私服できてくれ』
澪はバッグを担ぐと、スマホでタクシーを呼んだ。
「お嬢ちゃん、ここから、そこの小学校まで……? タクシーで行くの?」
タクシーの運転手は訝しそうな顔をした。
《最近変な事件多いしな……》
運転手の心の声を聞いて、澪は声を大きくした。
「――弟が! 急病で! 親がいないんです! お金はありますので!」
念のためリビングの家計費の財布から抜いてきた一万円札数枚が入った財布を見せると、運転手は「行きましょう」と出発してくれた。
――数十分後。
到着した小学校の正門前には、エヌがいた。
――いつもの制服姿ではなく、黒いスウェット姿だった。
「待ってたよ」
そう言うと、エヌは財布を出して、真新しい一万円札で二万円超のタクシー代を支払った。
《――なんで、こんなお金あるの? 闇の組織とかなの?》
《闇の組織、いいね》
エヌは心の声で笑い声を漏らした。
《金持ちなんだよ。家が。爺ちゃんが小遣いくれるんだけど、ほとんど使わねぇから》
エヌは当たり前のように、澪の手を引いた。
《あいつら、土手のとこに集合してる。――ちょうどいい》
《……何が?》
《周りに部外者は誰もいない。――なあ、エム》
エヌは楽しそうに口角を上げた。
《安心して、ぶつけられるな。――あいつらに、全部》




