7.撮影
澪とエヌは駅前のコンビニに戻ってきた。
先ほどコンビニの前にいた常盤たち三人組はいなくなっていた。
《よかった。移動してて》
澪はため息をついた。まだコンビニ前に彼らが溜まっていたら、変に意識してしまって、挙動不審になっていたかもしれなかった。姿を見ただけで『殴ってやりてぇ』と思ってしまうような相手だ。変な様子を見せたら、本当に殴られていたかもしれない。
《あいつら、公園に移動したよ》
エヌが心の声でつぶやいた。スマホ画面を澪に見せる。
――そこには、先ほどの公園の動画が映っている。
子どもが乗ってビョンビョンと揺れる動物の遊具の脇に、改造バイクが停めてある。
常盤たちは、遊具に腰かけ、煙草を吸っていた。
遊具と彼らの組み合わせが非日常に感じて、澪は目を見開いた。
《絵面はちょっと面白いけどな。――やることは、全く面白くねぇよ、こいつら》
言いながら、エヌは棚のお菓子を手にとっていく。
《エム、何食べる? 奢るよ》
《いいよ。この前も奢ってもらったし》
《いいって。俺、金持ちだから》
そう言うエヌの手のお菓子を見て、澪は首を傾げた。
小学生の子どもが好みそうな、キャラクター玩具のついたお菓子を買っている。
《――それ、あんたが食べるの?》
《――いや、違うけど》
エヌの心にもやのようなものを感じて、澪は立ち止まった。
《いま、読まれないように防御してるでしょ》
《お、わかるようになってきたのか》
エヌはそう言って、また口の端を上げてレジに向かった。
――結局、澪はレジ横で肉まんを自分で買ってコンビニを出た。
外はすっかり日が落ちてきていた。
五月の夕暮れどきの風はやや寒い。
《移動しよ》
エヌは澪の手を引っ張った。
すっかり手をつなぐことにも違和感を覚えなくなっていた。
《この方が意思疎通しやすいしな》
澪はエヌほど受信感度がよくない。身体が接触していた方が、彼の意識がはっきりと受け取れた。
《――公園に行くの?》
《いや、公園の裏らへんの道。――俺、ある程度の距離なら受信できるから》
澪たちは車通りの多い、大通りに移動した。
バス停もあるので、そこに腰かける。
帰りのバスを待つ高校生、ということで、違和感はない――と思い、澪は安堵のため息をついた。
《――あいつら、始めるよ》
エヌが澪にスマホ画面を見せた。
「え?」
澪はそこに映った画像が信じられず、目を瞬いた。
金髪の男――常盤が、バイクで何かを追い回している。
――それは、猫だった。
「ちょ、何してんの、こいつら!」
思わず声を荒げると、エヌは「しー!」と指を唇に当てて、澪の手に自分の手を重ねた。
エヌの受信した常盤の思考が流れ込む。
《猫じゃ、張り合いねえなあ》
「――」
澪の背筋に冷たいものが流れる。
《あのガキ、面白かったなあ》
思考が映像でも浮かんだ。
目の前を逃げ惑う茶色い猫の姿が歪んで、小学生の男の子の姿に変わる。
涙を浮かべて、こちらを見る。
――これは、常盤が見た光景だ。
男の子は、追いかけられて、それでも逃げなかった。――逃げられなかった。
ランドセルを、常盤が持っていたから。
バイクは、男の子にぶつかる――
「やめてよ!」
澪はエヌを突き飛ばして、立ち上がった。
心臓の鼓動が早まり、冷や汗が垂れる。
「――常盤は、あの子を、バイクで、追いかけまわしたんだよ」
エヌは表情をぴくりとも動かさず、能面のような顔で澪を見つめた。
「電車の中で、繰り返し、この光景を再生してた」
「警察! 捕まえてもらおうよ!」
澪の声にエヌは首を振った。
「証拠がねぇもん。――近隣の家の人は、なんとなく察してるみたいだけど。でも、誰も何も、言わない」
「――エヌ、あんた。こんなの、いつも見てるの?」
彼の能力は自分とは桁が違う。
相手の心情も、イメージも、リアルに受信する。
「いつもじゃねぇよ。――たまに、こういうやつに遭遇するけど」
事もなげに言うエヌに、澪は目を瞬いて、そして、実感した。
《――こいつ、もう壊れてる……》
エヌは、一歩後退さった澪の手を取ると、口の端を上げた。
《そう。そうじゃなきゃ、こんなことやらねぇって》
自分の先ほどの考えを、エヌは受信できることに気づいた澪は、身体を強張らせた。
《――ごめん》
《全然構わない。素直な感想で嬉しいよ》
エヌは笑った。
《俺に、付き合ってくれるよな》
澪はエヌを見つめた。
彼の心の声は、縋るように訴えた。
《ここまで来て、帰らないよな? 俺と同じものを見たんだ、エムは》
それから、自分の右手を握る彼の手を。
痛みを感じるほど強く、握られていた。
澪の喉がごくりと鳴る。
《引き返すなら、今が最後――》
だけど。
エヌの顔を見る。
《初めて会った、同じ能力の持ち主――》
エヌの孤独感が、澪は痛いほどわかった。
それに。
《こんなものを見て、あたしは何もしないの? できるのに?》
澪は、こくりと顎を動かした。
エヌは満足そうに口角を大きく上げた。
《ありがとな》
それから、スマホの画面を見る。
《動画は撮れたよ》
エヌは画面を澪に見せなかった。――追いかけられた猫がどうなったのか。
それは、知りたくもなかった。




