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【完結】六月になったら、君の声が聞こえない~心の声が聞こえる少女と、名無しの少年のひと月の話~  作者: 夏灯みかん
【第一章 出会いと”悪人狩り”】

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6.ひき逃げ加害者

 電車の事件の翌週、ずらしてもらった登校日の帰り道に、澪はエヌと待ち合わせをした。

 指定された通学路の沿線の駅で降りる。

 そこは、改札前にコンビニとチェーンのカフェがあるだけの住宅街が広がる駅だった。

 コンビニの前には、バイクに乗った男子高校生が数人固まっていて、澪は思わず顔をしかめた。


(なんだか、治安が悪いなあ)


 視線を泳がすと、エヌは駅前のバス停のベンチに制服姿で腰かけていた。

 「よっ」と手を上げて、彼はこちらに近づいてきた。

 近づいてくると同時に、心の声が聞こえてくる。


 《エムが来てくれて嬉しいよ》


 《……来ちゃっただけだよ》


 澪は肩をすくめた。

 ――本当にエヌの呼び出しに応えていいものか、葛藤はあった。

 けれど、来てしまった。


 《なんだか、治安悪いね、ここ》


 澪はちらりとコンビニの方を見る。

 エヌは右の口角を上げて笑った。


 《うん。最初の標的は、あいつにしようかと思ってる》


 《え?》


 澪はコンビニの前にバイクに腰かけて溜まっている高校生たち三人を見た。


 《澪ちゃん、この距離じゃ受信できないんだよな。送信する》


 まるでメールでも送るような軽い言い方でエヌは言った。

 ――と同時に、頭の中に、“彼ら”の思考が響いた。


 《見ない制服だな。……カップル? うぜえ。殴ってやりてぇ》

 《あああ、だりぃぃぃぃ》

 《金がねぇなあ。ババアからもらうか……》


 澪はびくっと三人組を見た。


 《どうして、いきなり殴ってやるとか思うわけ……》


 《エム、あんまり見ると、本当に殴られるぜ》


 澪の手をエヌが引っ張った。

 足早に駅前から進んでいく。


 《どこ行くの》


 《見せたいものがある》 


 手を引かれていった先は、住宅街の公園の間の小さな路地だった。

 公園入口の電柱に、ポスターが貼ってあった。電柱の周りには、真新しい花束とお菓子が置かれている。


【三月八日 夕方五時頃 小学五年生 橿原(かしはら) 幸人(ゆきと)くんがひき逃げされました。情報をお持ちの方は、警察署までご連絡を】


 《……これ》


 澪が顔を上げると、エヌは頷いた。


 《そう。――このひき逃げ犯人が、さっきの三人組の金髪だ》


 澪の頭に先ほどの高校生の姿が浮かぶ。


 《"殴ってやりてぇ"って考えてたやつ》


 エヌはポスターを眺めてから、つぶやくように心の声で言った。


 《名前は、――常盤(ときわ) 蓮司(れんじ)》


 《――どうして、犯人だって、知ったの?》


 《ただの通りすがりだよ》


 エヌは息を吐く。


 《電車で常盤の心を【受信】したら、事故の映像が何度も流れてきた》


 そして吐き捨てるようにつぶやいた。


 《“バレねぇな”って》


 ――ああいう奴ら、街で何度もすれ違った。自分のやってること、悪いなんて思ってない。


 澪は、先日ファミレスでエヌが考えていた言葉を思い出した。


 《よく、すれ違うの? そういう人》


 エヌは肩を持ち上げた。


 《俺、エムより【受信】の感度がいいからさあ。――週に数回は、遭遇しちゃうんだよね。通学電車は人が多いし》


「――よく、耐えられるね」


 澪は思わず口に出した。

 自分は近距離の人間の心の声を聞くだけで教室に入れなくなり、今はほとんど家にいるのに。


 《人が多い電車、辛くない? 高校、通信制とかにすればいいのに》


 《いや、俺自体、まともじゃないから、大丈夫》


 エヌは口の端を持ち上げた。


 《まともじゃないって……》


 《だって、今から、エムとやろうとしてること考えてみなよ》


 ――悪人狩り。

 《俺だって、“どうしようもねぇ”側だもん》


「さて」


 エヌはリュックから、何か小型のカメラのようなものを取り出した。


 《何、それ》


 《隠しカメラ。これを、公園に設置する》


 エヌは心の声で言いながら、公園に入って行った。

 奥のツツジの生垣に、そのカメラを突っ込む。


 《エム、人が来ないか周り見てて》


 《――わかったけど》


 澪は周囲を見回しながら、聞いた。


 《それ、どうすんの。――あんた、“配信”するとか、言ってなかった? それでネットの声を集めるって》


 《そう。まずは、ネタを確保しないとだろ》


 《あいつら、ここで、何かやるの?》


 《うん》


 ガサゴソと生垣から出てきたエヌは、設置したカメラを見て、うなずいた。


 《外からわかんねぇな。――完了》


 エヌはまた移動した。


 《もう一カ所……》


 入口の近くの、『ひき逃げに関する情報求む』のポスターがあったところにも、同じようにカメラを設置する。 


「とりあえず、夜食でも買ってこよう」


 そして、澪の手を引っ張った。

 ――心の声が聞こえる間柄だからか、会うのはまだ二回目なのに、不思議と距離を感じなかった。


(――誰かと、手をつないだのは、いつぶりだろう)


 澪は昔を思い出した。

 能力がしっかりと発現する前の――小学生時代は、親や友達と手をつないだことはあった。当時から、手をつないだ相手が、怒っているか、悲しんでいるかなどの心の機微はなんとなく察知することができたので、「感受性の高い子」と言われていたっけ。

 能力が発現してからは、今後の人生誰かと手をつなぐことなんて、ないだろうと思っていた。


 《――俺も、はじめてだよ。女の子と手をつなぐのなんて》


 ふと頭に声がして、澪は顔をあげた。

 エヌがこちらを見ていた。

 それは飾り気のないつぶやきで、澪は思わずまばたきした。


 《――うそ。あんた、彼女の一人や二人いそうじゃん》

 

 端正な顔立ちに合わせて、物怖じしない押しの強さから、そんな気がしていた。


 《人を見た目で判断するのは、よくねぇと思うよ》


 エヌは苦笑すると、澪の手を引っ張った。



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