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【完結】六月になったら、君の声が聞こえない~心の声が聞こえる少女と、名無しの少年のひと月の話~  作者: 夏灯みかん
【第五章 横浜】

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44.もしも

 ゴンドラが一番上に到達した。

 ガラスの向こうには、夕闇に染まる海を背景に遊園地や商業施設の灯りが煌めいていた。

 

 ――そして、景色がまた下り始めた。


 《……逆回転しないかな》


 澪は頭を抱えて、窓から目を背けた。

 その手をエヌがとった。


 《ありがとな、エム》


 ――瞬間、意識が吸い込まれた。

 周りに、夕暮れの海辺が広がっていた。

 澪はエヌと一緒に、砂浜に立っていた。

 

 ザザ―っと波の音が聞こえる。


 《俺の頭の中、いまこんな光景》


 エヌがつぶやいた。 


 《あ! 兄ちゃんたち!》


 声がして振り返ると、海の中に浮き輪をつけた水着姿の玲央がぷかぷかと浮かんでいた。

 澪がイメージして着せた、弟の水着とドラゴンの浮き輪のままだ。

 波打ち際ぎりぎりに、エヌと同じ姿の陽真が立っていて玲央を心配そうに見つめていた。


 《兄ちゃん……》


 陽真は泣きそうな顔で、エヌを見つめた。

 エヌは陽真の肩をたたいた。


 《そろそろ限界。お前に身体返すよ。――エムのこと、家の近くまで送ってやってよ》

 澪はうつむいて答えた。


 《……大丈夫だよ。駅に着いたら、お父さんに電話するから》


 きっと、ひどく怒られると思う。

 心配をかけて申し訳ないとは思うけれど――


 《来て、よかった》

 《うん。よかった》


 エヌはうなずくと、海に浮かんだままの玲央に手を振った。


 《おおい、玲央! こっち上がってこいよ! ゲーセンで、ドラゴンマスターズのストラップ、全部コンプしてやったから!》


 エヌは手に五種類のストラップを掲げると、ゆらゆらと揺らした。


 《――わあ、それ、ぼくにくれるの?》


 《ああ、やるよ。お前の分だ》


 「わーい」と声をあげて、玲央が海から浮き輪をつけたまま駆け出してきた。


 《よし、じゃあ、日が落ちるまで遊ぶか》


 エヌが手をパンと打った。

 すると、エヌも陽真も、澪も服装がリゾート柄の水着姿に変わった。


 《ちょっと、人の服装勝手に水着に変えないでよ》


 澪はエヌを小突いた。


 《しかも、あんた、サングラス……? 気合入れすぎじゃないの?》


 エヌはいつのまにかサングラスをつけて、ビーチボールを持っていた。


 《陽真くんに比べて、エヌは、だいぶガラが悪いよね……》

 

 そう言うと、エヌは笑った。


 《そういう方が好きだろ? エムは》


 《――馬鹿じゃないの》


 澪は頭を抱えた。


 エヌは浜辺を指差した。

 ――そこには車があった。白いMINI。

 “将来どんな車に乗りたいか”を話したときに澪がイメージした車だった。


 《俺は大学に入って、免許をとるんだ。で、エムを迎えに行くわけ。“この車乗りたいって言ってたよな”って。――どう?》

 《大学生で買えないでしょ……》

 《爺ちゃんが買ってくれるはず》

 《それ、カッコ悪いよ……》

 《え、そう?》

 《……うん》


 《……仲いいなあ》


 陽真が泣き笑いのような顔で二人を見てつぶやいた。


 《ま、とにかく。それで車に、エムと陽真と、玲央を乗せて、海に遊びにきた――》


 エヌは笑った。


 《そんな設定》


 それからきょとんとして、手にストラップをぶらさげた玲央の頭をぽんぽんとたたいた。


 《玲央、――現実はクソみたいなことも多いけど、楽しいことも、あるよ》


 《だから》と続けた言葉は、震えていた。


 《お前は、戻れよ。戻れるから》


 玲央はうなずいた。


 《――うん》


 《よし、じゃあ、遊ぶか。玲央と陽真、向こう行って。俺とエムと対戦だ》


 目の前にバレーボールのネットのようなものが現れる。

 エヌはビーチボールを放ると、手で打った。


 《ちょ、兄ちゃん、急にやらないでよ!》


 陽真が慌てて、それをレシーブするが、明後日の方向に飛んで行って落ちてしまう。


 《俺たち一点な!》


 エヌが得意げに言った。


 《ビーチバレーってこんなんだっけ?》


 澪が首を傾げると、


 《わかんね!》


 エヌは口の端を上げて、笑った。


 ――そして、ボールが飛び交っている間に、日は沈んでいき――。



 ……エヌの姿が風に吹かれるように消えた。

 

 

 ◇◇◇

 

 ――ガコン!


 ゴンドラの扉が開く音で、澪ははっと現実に戻って来た。

 対面に座ったエヌも、ぼんやりと目を開ける。

 その目を見て、澪は悟った。


(エヌが、いなくなった……)


 澪は彼に声をかけた。


「陽真くん、降りようか」


 観覧車から降りた澪と陽真は、並んでベンチの端と端に座った。


「エヌ、いなくなっちゃった?」


 そう聞くと、陽真はうなずいた。


「――はい」


 生身の陽真と話すのは、初めてだ。

 親しげにしすぎてしまったかと、澪はうつむいた。

 彼の心の声を聞く必要も感じなかったので、【受信】しないように調整した。


 陽真はバッグからスマホを出すと、電源を入れた。

 ――その瞬間着信音が鳴った。


「――爺ちゃんだ。すいません、出ます」


 陽真は礼儀正しく断ると、電話を取った。


「あ、爺ちゃん! ずっと電源切ってて、本当にごめんなさい。――うん」


 陽真が固まった。

 澪は何の話をしてるのか、すぐにわかった。


「兄ちゃんが――。うん。わかった……」


 そこだけ、心の声を聞いた。


 《兄ちゃんが、死んだ》


 そして、そのあとに、陽真の声が、少しだけ明るくなった。


「――そうなんだ!」


 《玲央くんの意識が、戻った……》


 陽真の心の声を聞いて、澪は空を仰いだ。

 

(もう、明日から、六月――)


 エヌとホームで知り合ったのは、ゴールデンウィークが終わったばかりの月曜日だった。

 

 一緒にいたのは、たった三週間だった。

 

 けれど、もっとずっと長い時間を過ごした気がした。 

 

 梅雨の始まりを感じさせるような、少し湿った海風が頬を撫でる。

 

 澪は、エヌと握った手のひらの感触を思い出すように手をぎゅっと握った。



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