43.ゲームセンターと観覧車
澪とエヌはレストランを出ると、海辺を離れて、繁華街の方へ戻った。
中華街の中ほどにあるゲームセンターに入る。
澪はエヌと手をつなぐと、ぐるりと中を見回して、心の声で聞いた。
《玲央くん、見えてる? ゲーセンついたよー。何がやりたい?》
エヌの意識の下から、玲央の声が聞こえる。
《わあ、ゲーセンだ! ぼく、クレーンゲームが好き!》
特に混乱した様子もなく、会話ができる。玲央は、これも――夢だとでも思っているのかもしれないと澪は思った。
《よし。何、取りたい?》
エヌが玲央に届けるようにぐるりと店内を見回す。
《あの、ドラゴンマスターズのスカイドラゴンのやつ!》
澪とエヌは、玲央の考えたクレーンゲームを見つめた。
スカイドラゴンのキャラクターの、中華街限定のストラップのクレーンゲームだった。
ドラゴンたちが中華まんや桃まんを持っている。
《よし、じゃあ、あれとろう!》
《わーい!》
エヌが澪を見つめて、心の中でつぶやいた。
《お前……玲央と馴染むの、早ぇな……、俺、こいつと話せるようになるまで、かなりかかったのに……》
病室でエヌが近くを彷徨う玲央の意識を見つけ、どうにか話しかけて、溺れている玲央を遊びに誘う光景が澪の頭に流れてくる。
《――あんたが、頑張ったから、玲央くん、あたしとも話してくれるんでしょ》
澪は言ってから、エヌの手を取った。
《――それに、あたしは“お姉ちゃん”だからね》
エヌは澪の手をぎゅっと握り返して、うなずいた。
「じゃあ、軍資金、換金してくるから」
《それから》と心の中で伝える。
《俺、クレーンゲーム、取れたことないからな》
「ちょっと、そこで、押して!」
「ああああ、惜しい!」
「あとちょっとだったのに……」
「換金してくるわ……」
「うーん。あと少し……」
大量の百円玉を溶かして、澪とエヌは五種類の横浜限定ドラゴンストラップを手に入れた。
《玲央、取れたぞー》
《すごい! すごい!》
エヌの意識の後ろから、はしゃいだ玲央の声が響いて、エヌと澪は顔を見合わせて笑った。
――それからしばらく、ゲームセンターで遊んで過ごした澪とエヌは店を出た。
外は、薄暗くなりかけていた。
「ねえ、夕食どうする――」
言いかけて、澪は目を見開いた。
……エヌが眠そうに目を擦って、ふらっと横に倒れそうになったからだ。
「大丈夫?」
思わず声をかけて、身体を支えると、エヌは目を瞬いて、頭を押さえた。
《……いや、ちょっと待ってくれ……》
《何が?》
エヌが澪から身体を離した。
「……大丈夫」
心の声の【受信】が途切れる。
本音を覆い隠すように壁ができたのを感じた。
(……こいつ、消えるの?)
澪の背中に冷たいものが走った。
エヌの作った壁を壊して、本音を【受信】することもできると思った。
……けれど。
(聞きたくない)
澪は、そう思ってしまった。
澪は、エヌの手を引っ張ると、口を動かして、聞いた。
「ねえ、どっか行きたいところある?」
エヌは顔を上げると、濃い藍色になりかけている空を見上げた。
海を背景に光りはじめた観覧車があった。
「あれ、乗りたい……」
エヌは、観覧車を指差した。
◇◇◇
暗くなり始めた街を手を繋いで、観覧車の見える方向に歩いて行く。
夜空に丸く光る観覧車は、それだけ夢の中の存在のように感じた。
「すっかり暗くなってきたね」
エヌが壁をつくっていて、心の声で会話ができないので、口を動かす。
「――そうだな」
それ以上の会話もないまま、澪とエヌは速足で観覧車を目指して歩いて行った。
チケットを買い、ゴンドラ乗り場までの階段を列に沿って進んでいく。
「――なんで、観覧車?」
ふと、澪は聞いた。
「いや……、目立ってるし、目に入ったし、乗りたいなって」
近くを通るジェットコースターの風を切る音と、「キャー」という歓声が耳にはいってきた。
「エヌって、ジェットコースターとかのが、好きそうだよね」
「うん。好きだと思うよ。――乗ったことないけど」
「乗らなくていいの?」
「――陽真となら、乗るだろうけど」
エヌは言葉を区切って、澪を見つめた。
「エムとなら、観覧車乗りたい」
(――どういう、意味?)
沈黙が流れる。
ガタン、ガタンとゴンドラが順番に到着して、人が乗り込んでいく。
エヌは澪の手を引っ張るように、到着した青いゴンドラに乗り込んだ。
正面の席に向かい合って座ると、エヌは席によりかかって、外を見た。
薄暗くなりかけた青と紫色が混ざった空に、灯りがにじみはじめている。
澪は沈黙に我慢できず、エヌの手を取った。
壁が壊れて、思考が流れ込んでくる。
《……消えるのは嫌だ》
《いや、往生際悪すぎだろ》
《もうちょっとエムと遊びたい》
《明日くらいまで、どうにかならないか》
《地獄ってほんとあるかな》
《どうせなら、空に近いところ》
――で、消えたい。
エヌがばっと手を振り払った。
「悪い、かなり頭の中がごちゃごちゃしていて」
(エヌ、本当にいなくなるんだ……)
そのことが実感として伝わってきて、澪は、エヌの手を再度握った。
口を動かす気力が湧かなかった。
《どうせなら、空に近いところ――で、“消えたい”ってこと? で、観覧車?》
《――いや、地獄って、地の底みたいなイメージだろ。なんか、高いとこ見れるの、最後かなって》
澪の頭の中にエヌの思う地獄のイメージ図が流れ込んでくる。
どこかで見た、絵のようなイメージだ。
《あんたの地獄のイメージ、なんか洋風じゃない。鬼とかじゃないんだ》
《――母さんが小学校からミッション系だったから、そっちに引きずられてるかも》
《そもそも、そんなん気にするんなら、人追い込んだりするのやらなきゃよかったのに》
《まあ、それはそうだな。――いざ消えるってなると、気が弱くなるんだなと思う》
視線を落としたエヌに、澪は小さく声をかけた。
「……あんたが地獄行くなら、たぶん、あたしも共犯で行くんじゃないの?」
エヌが目を見張った。
「そしたら、そこで会うかもね」
澪はエヌの手を両手で持ったまま、肩を持ち上げた。
《……あたしは、死後になにかあるなんて信じてないけど。消えるだけでしょ》
「ははっ」
エヌの笑い声が響いた。
《合理的っていうか、エムのそういうところが、好きだな》
今度は、澪が目を見張る番だった。
《あたしも、あんたのこと好きだよ》
はっきりと、自分の心の中の言葉を自覚した。
それについてくるように、自然と思考が浮かんでくる。
《――エヌが、陽真くんの身体を、このまま使えばいいのに》
「――あ」
――考えてはいけないことを、頭に浮かべてしまった。
澪は慌てて、エヌから手を離した。
「……うん」
エヌは顔を両手で押さえた。
《……俺の本体、そもそも陽真の腫瘍扱いで、人間なのかもよくわかんねぇし》
《名前もねぇし》
《陽真に身体使わせてもらっても、俺は陽真のふりしてるだけだし》
《陽真の意識乗っ取ってやれって思ったことも、何回もあったけど》
《――人にそうすればいいのにって、思われたのは、初めてだ》
エヌは口を動かした。
「――今、たぶん、人生で一番幸せかも」
澪はゴンドラのガラス窓によりかかると、外を見た。
下に広がるイルミネーションが滲んで見えた。
「大げさだよ……」
ガタン、ゴトンと音を立てて、ゴンドラは一番上へと昇っていった。




