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【完結】六月になったら、君の声が聞こえない~心の声が聞こえる少女と、名無しの少年のひと月の話~  作者: 夏灯みかん
【第五章 横浜】

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43.ゲームセンターと観覧車

 澪とエヌはレストランを出ると、海辺を離れて、繁華街の方へ戻った。

 中華街の中ほどにあるゲームセンターに入る。


 澪はエヌと手をつなぐと、ぐるりと中を見回して、心の声で聞いた。


 《玲央くん、見えてる? ゲーセンついたよー。何がやりたい?》


 エヌの意識の下から、玲央の声が聞こえる。


 《わあ、ゲーセンだ! ぼく、クレーンゲームが好き!》


 特に混乱した様子もなく、会話ができる。玲央は、これも――夢だとでも思っているのかもしれないと澪は思った。


 《よし。何、取りたい?》


 エヌが玲央に届けるようにぐるりと店内を見回す。


 《あの、ドラゴンマスターズのスカイドラゴンのやつ!》


 澪とエヌは、玲央の考えたクレーンゲームを見つめた。

 スカイドラゴンのキャラクターの、中華街限定のストラップのクレーンゲームだった。

 ドラゴンたちが中華まんや桃まんを持っている。


 《よし、じゃあ、あれとろう!》

 《わーい!》

 

 エヌが澪を見つめて、心の中でつぶやいた。


 《お前……玲央と馴染むの、早ぇな……、俺、こいつと話せるようになるまで、かなりかかったのに……》


 病室でエヌが近くを彷徨う玲央の意識を見つけ、どうにか話しかけて、溺れている玲央を遊びに誘う光景が澪の頭に流れてくる。


 《――あんたが、頑張ったから、玲央くん、あたしとも話してくれるんでしょ》


 澪は言ってから、エヌの手を取った。


 《――それに、あたしは“お姉ちゃん”だからね》


 エヌは澪の手をぎゅっと握り返して、うなずいた。


「じゃあ、軍資金、換金してくるから」


 《それから》と心の中で伝える。


 《俺、クレーンゲーム、取れたことないからな》


「ちょっと、そこで、押して!」

「ああああ、惜しい!」

「あとちょっとだったのに……」

「換金してくるわ……」

「うーん。あと少し……」


 大量の百円玉を溶かして、澪とエヌは五種類の横浜限定ドラゴンストラップを手に入れた。


 《玲央、取れたぞー》

 《すごい! すごい!》


 エヌの意識の後ろから、はしゃいだ玲央の声が響いて、エヌと澪は顔を見合わせて笑った。


 ――それからしばらく、ゲームセンターで遊んで過ごした澪とエヌは店を出た。

 外は、薄暗くなりかけていた。


「ねえ、夕食どうする――」


 言いかけて、澪は目を見開いた。

 ……エヌが眠そうに目を擦って、ふらっと横に倒れそうになったからだ。


「大丈夫?」


 思わず声をかけて、身体を支えると、エヌは目を瞬いて、頭を押さえた。


 《……いや、ちょっと待ってくれ……》

 《何が?》


 エヌが澪から身体を離した。


「……大丈夫」


 心の声の【受信】が途切れる。

 本音を覆い隠すように壁ができたのを感じた。


(……こいつ、消えるの?)


 澪の背中に冷たいものが走った。

 エヌの作った壁を壊して、本音を【受信】することもできると思った。

 ……けれど。


(聞きたくない)


 澪は、そう思ってしまった。


 澪は、エヌの手を引っ張ると、口を動かして、聞いた。


「ねえ、どっか行きたいところある?」


 エヌは顔を上げると、濃い藍色になりかけている空を見上げた。

 海を背景に光りはじめた観覧車があった。

 

「あれ、乗りたい……」


 エヌは、観覧車を指差した。


 ◇◇◇


 暗くなり始めた街を手を繋いで、観覧車の見える方向に歩いて行く。

 夜空に丸く光る観覧車は、それだけ夢の中の存在のように感じた。


「すっかり暗くなってきたね」


 エヌが壁をつくっていて、心の声で会話ができないので、口を動かす。


「――そうだな」


 それ以上の会話もないまま、澪とエヌは速足で観覧車を目指して歩いて行った。

 チケットを買い、ゴンドラ乗り場までの階段を列に沿って進んでいく。


「――なんで、観覧車?」


 ふと、澪は聞いた。


「いや……、目立ってるし、目に入ったし、乗りたいなって」


 近くを通るジェットコースターの風を切る音と、「キャー」という歓声が耳にはいってきた。


「エヌって、ジェットコースターとかのが、好きそうだよね」


「うん。好きだと思うよ。――乗ったことないけど」


「乗らなくていいの?」


「――陽真となら、乗るだろうけど」


 エヌは言葉を区切って、澪を見つめた。


「エムとなら、観覧車乗りたい」


(――どういう、意味?)


 沈黙が流れる。

 ガタン、ガタンとゴンドラが順番に到着して、人が乗り込んでいく。

 エヌは澪の手を引っ張るように、到着した青いゴンドラに乗り込んだ。


 正面の席に向かい合って座ると、エヌは席によりかかって、外を見た。

 薄暗くなりかけた青と紫色が混ざった空に、灯りがにじみはじめている。


 澪は沈黙に我慢できず、エヌの手を取った。

 壁が壊れて、思考が流れ込んでくる。


 《……消えるのは嫌だ》

 《いや、往生際悪すぎだろ》

 《もうちょっとエムと遊びたい》

 《明日くらいまで、どうにかならないか》

 《地獄ってほんとあるかな》

 《どうせなら、空に近いところ》

 ――で、消えたい。


 エヌがばっと手を振り払った。


「悪い、かなり頭の中がごちゃごちゃしていて」


(エヌ、本当にいなくなるんだ……)


 そのことが実感として伝わってきて、澪は、エヌの手を再度握った。

 口を動かす気力が湧かなかった。


 《どうせなら、空に近いところ――で、“消えたい”ってこと? で、観覧車?》

 《――いや、地獄って、地の底みたいなイメージだろ。なんか、高いとこ見れるの、最後かなって》

 

 澪の頭の中にエヌの思う地獄のイメージ図が流れ込んでくる。

 どこかで見た、絵のようなイメージだ。


 《あんたの地獄のイメージ、なんか洋風じゃない。鬼とかじゃないんだ》

 《――母さんが小学校からミッション系だったから、そっちに引きずられてるかも》

 《そもそも、そんなん気にするんなら、人追い込んだりするのやらなきゃよかったのに》

 《まあ、それはそうだな。――いざ消えるってなると、気が弱くなるんだなと思う》


 視線を落としたエヌに、澪は小さく声をかけた。


「……あんたが地獄行くなら、たぶん、あたしも共犯で行くんじゃないの?」


 エヌが目を見張った。


「そしたら、そこで会うかもね」

 

 澪はエヌの手を両手で持ったまま、肩を持ち上げた。


 《……あたしは、死後になにかあるなんて信じてないけど。消えるだけでしょ》


「ははっ」


 エヌの笑い声が響いた。


 《合理的っていうか、エムのそういうところが、好きだな》



 今度は、澪が目を見張る番だった。


 《あたしも、あんたのこと好きだよ》


 はっきりと、自分の心の中の言葉を自覚した。

 それについてくるように、自然と思考が浮かんでくる。


 《――エヌが、陽真くんの身体を、このまま使えばいいのに》


「――あ」


 ――考えてはいけないことを、頭に浮かべてしまった。

 澪は慌てて、エヌから手を離した。 


「……うん」


 エヌは顔を両手で押さえた。


 《……俺の本体、そもそも陽真の腫瘍扱いで、人間なのかもよくわかんねぇし》

 《名前もねぇし》

 《陽真に身体使わせてもらっても、俺は陽真のふりしてるだけだし》

 《陽真の意識乗っ取ってやれって思ったことも、何回もあったけど》

 《――人にそうすればいいのにって、思われたのは、初めてだ》


 エヌは口を動かした。


「――今、たぶん、人生で一番幸せかも」


 澪はゴンドラのガラス窓によりかかると、外を見た。

 下に広がるイルミネーションが滲んで見えた。


「大げさだよ……」


 ガタン、ゴトンと音を立てて、ゴンドラは一番上へと昇っていった。



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