42.ショッピング
澪とエヌは公園から少し歩いたところにあるショッピングモールに入った。
《なんか、カジュアルな感じのお店が多いね……》
澪はフロアマップを見ながら唸った。
《俺の好きな感じの店多いけど》
《――そんな感じはするね》
澪は歩き出しながら聞いた。
《陽真くんとあんたは、好み違うの?》
《ぜんぜん違う。あいつは、なんか、ぴったりしたのが好きなんだよね。俺は緩いほうが好き》
《あー、なんかそんな感じ……》
《エムは普段、どこで服買ってんの?》
《――ネット通販で、適当に。お母さんが、ポイントつくときに、買いたい服あったら教えてって言ってくれるから、そのときに適当に買ってもらってる》
《――あ》
エヌが立ち止まった。
《俺、あのTシャツ買おうかな》
手に取ったのは、碇や船のデザインされた、派手な配色のTシャツだった。
《海っぽいじゃん。――陽真、絶対、着たがらねぇし》
《まあ……、いいんじゃない。うん。あたしもはっきりした色のが好きだよ》
《え、じゃあ、同じの買って着る?》
からかうような口調に、澪はエヌを軽く小突いた。
《――嫌だよ》
エヌは軽く笑うと、いくつかの服を見比べて、結局最初に見た派手な配色のTシャツを買った。
《次は、エムだな》
澪はレディスの商品が置いてある店のマネキンを見た。
スカート、ワンピース……いろんな種類が置いてある。
《あんたは、どんなのが好きなの?》
そう聞くと、エヌは口角を上げた。
《――合わせてくれんの?》
《いや、あたし、そんなに服にこだわりないし》
登校日になんちゃって制服で出かけるくらいしか家から出ていない生活だったので、おしゃれな服というのがどういうものかわからなくなっていた。
《――どうせなら、あんたが好きな感じにしたい》
エヌの思考が止まった。
《嬉しい》
その感情と共に、頭の中にマネキンの服がスロットのように回転する。
ピコン! ピコン! ピコン!
と三種類のマネキンが停止した。
それがぐるぐると回転しだす。
《……悩んでる》
澪は息を吐くと、
《試着させてもらうから、見てよ》
とつぶやいて、店員さんに声をかけた。
急がず、ゆっくり、一つ一つを丁寧に過ごしたかった。
《……悪くないな》
《……こっちのが、いや、さっきのが……うーん》
《……いい!》
エヌの第一声の心の声を聞きとって、澪は三番目の短めのスカートとTシャツのコーディネートを購入した。
《こういうとき、心の声が聞けると便利……》
早速トイレでお互いに着替えることにした。
女子トイレから出ると、先に着替えていたエヌが、澪を見て瞬いた。
《……いい!》
澪は顔を左手で押さえたままエヌの手を引っ張った。
《次、行こうよ》
◇◇◇
澪とエヌは着替えた服で、ショッピングモールから歩いてすぐの赤レンガ倉庫に向かった。
着替えたことで、気持ちが新しくなった気がして、足取りも軽くなる。
「おおー! すげぇ」
エヌが嬉しそうに声をあげた。
海に映える赤いレンガの倉庫前の広場には、古い映画に出てきそうなレトロな自動車が整列していた。
《なんかイベントやってるんだね》
澪とエヌは、うきうきとした気分で自動車を見て回った。
《昔の車って、なんかデザインが丸っこいっていうか……かわいいよね》
《俺の爺ちゃんも、前までレトロなの乗ってたんだけど》
エヌの記憶に、古い車が浮かぶ。
《去年、免許返納したときに売っちゃった》
《そうなんだ……。ちょっともったいないね》
《免許とったら、乗らせてもらえるかもしれないのに》という言葉が頭に浮かんで、澪は「あ」と飲み込んだ。
《エヌは、免許とったり、もう……》
《気をつかわなくていいぜ》
エヌは肩を持ち上げた。
《エムは乗りたい車とかあんの?》
《あたし……?》
澪の頭に、マンションの駐車場で、澪の家の隣の駐車スペースにいつも停まっている白いMINIの車が浮かんだ。父親の運転する大きな黒いミニバンに比べて、こじんまりとしたその車を、いつもかわいいと思っていた。
《小さい車のが、かわいいよね……。小回り利きそうだし……》
《なるほど。そういうのが好きなのか》
エヌが「うん」と何か思案するようにうなずいたので、澪は「何?」と首を傾げた。
《白いやつな。赤とかじゃなくて?》
《あんまり派手なのは、ちょっと違うかな》
《なるほど。――うん。覚えとく。エムが将来乗りたい車》
澪は立ち止まった。
《覚えといて、どうするの?》
そんな言葉が頭をよぎる。
エヌは笑って言った。
《覚えときたいから、覚えとくだけだよ》
◇◇◇
歩き回ってお腹が減ったので、澪とエヌはレストランに入った。
澪が一口で口に入らない大きさのハンバーガーを押さえつけながらなんとかかじっていると、エヌが不意に手を掴んだ。
《わあ、何?》
《ちょっと、問題発生。目、閉じて》
言われるがまま目を閉じると、すうっとどこかに意識が吸い込まれる感覚があった。
前にエヌのイメージの世界に行った時と同じ感覚だった。
――バシャバシャと、水を跳ねる音がする。
《兄ちゃん!》
焦ったような声がエヌを呼んだ。
澪の視界に、エヌとそっくり同じ外見の姿が映る。
陽真が焦ったようにエヌを呼んだ。
《玲央くんが!》
陽真の足元で、澪の弟の悠斗より幼い男の子がもがいていた。
身体が水に沈んでいる。
《また……溺れてる……》
エヌは頭を抱えて、玲央に駆け寄ると、水から抱え上げた。
《ごめん……僕、引き上げられなくて》
《俺の意識の中だから仕方ないよ。呼んでくれて良かった》
詫びる陽真の肩を、エヌはぽんと叩いて、玲央を揺さぶった。
《玲央! おーい!》
《あ……兄ちゃん……? ここどこ? 兄ちゃんが二人いる?》
澪は玲央の境遇を思い出した。
母親に浴槽に沈められて、今は意識がないはずだ。
記憶が継続できないのか、エヌのことは認識しているようだが、陽真や澪のことはリセットされてしまったらしい。
そう話している間に、玲央の周りにまた水たまりが広がって、身体が沈み始めた。
《うわ、……困ったな》
エヌは玲央を担いで、横に避けた。
《水……、避けるんじゃなくて……》
澪は目を閉じた。
家族で昔プールに行ったことを思い出す。
《わあ! うきわ!》
玲央の歓声が響いた。
気がつくと、エヌの背中におんぶされた玲央が、ラッシュガードの水着姿になっていた。
腰回りには“スカイドラゴン”の形の浮き輪がはまっている。
《エムがやったのか?》
《……うん。ほら、水たまりできちゃうなら……浮き輪つけとけばいいかなって……》
エヌは瞬いた。
玲央の周りにできてくる水たまりを見つめて、浮き輪のはまった玲央を慎重にそこに入れた。
《《《浮いた……》》》
澪とエヌ、陽真の声が被った。
玲央は水たまりの中で浮き輪にはまって浮いていた。
《プールみたい!》
はしゃいだ声を聞いて、エヌは大きく息を吐いて、澪を見つめた。
《これは、思いつかなかったわ。――さすが、エム》
《ううん。……玲央くん、うちの弟の水着と浮き輪でごめんね》
そう詫びると、玲央は、浮き輪のスカイドラゴンのあたまをぼんぼんとたたいた。
《カッコいいうきわ、ありがと! ぼく、こういうの欲しかった!》
その様子を見ていたエヌの心の声が小さく響いた。
《……楽しそうになって、よかった》
澪はしゃがむと浮き輪をつけて水たまりに浮いている玲央に声をかけた。
《玲央くん、何か、遊びに行きたいところある?》
《うーん、プール?》
《プールはないから……》
澪は頭をひねった。横浜の繁華街にありそうな、玲央の楽しめそうな場所は……
《ゲームセンターとか好き?》
《好き!》
澪はエヌの腕を引っ張った。
《次はゲーセン行こう。玲央くんに意識共有できる?》
《できる……と思うけど》
エヌは澪を見つめた。
《あんた、この子が心残りなんでしょ。だったら、この子と楽しめることしたら》
《――うん》
エヌはうなずいた。
《……ありがと》
それから陽真と玲央を見た。
《ちょっと、現実戻るわ。――で、現実わかるように意識つなぐから、みんなでゲーセン行こ》
《……うん》
陽真はうなずいて、視線を落とした。
すーっと暗闇がなくなっていく。澪は現実に引き戻されるのを感じた。
エヌの意識世界から去る直前、小さなつぶやきの声が響いた。
《やっぱり、兄ちゃんが俺の身体を使えばいいのに》




