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【完結】六月になったら、君の声が聞こえない~心の声が聞こえる少女と、名無しの少年のひと月の話~  作者: 夏灯みかん
【第五章 横浜】

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41.翌日

 ぱちっと目を覚ました澪は、横でエヌが壁に寄りかかって漫画を読んでいることに気がついて、ちらりと時計を見た。


 《五時――》


「おはよー」


 澪が目を覚ましたことに気がついたエヌは、ぱたんと読みかけの漫画を閉じて顔を上げた。目にはうっすら隈ができていて、顔は疲れた様子だった。


「え、あんた、寝た?」


 澪はがばっと勢いよく起き上がった。


「いや、たぶん、寝たら、陽真に戻るから。本体に意識戻りそう」


 エヌは苦笑して笑うと、澪の手を握った。


 《陽真、聞こえるかー。エムが起きた》


 エヌの呼びかけに、応える声があった。


 《……はじめまして、でしょうか。相沢さん……》


 エヌの声に重なるように、ぎこちない心の声がした。

 澪は驚いて、目を見張るとエヌの顔を見つめた。


 《え、これ、あんたの弟の、“陽真”……くん?》

 《そう。俺の力が弱まったからか、出てきた》

 《兄ちゃん……その言い方……》

 《悪ぃ悪ぃ。もともとお前の身体だからな》


 澪はエヌの中から聞こえる二つの声のやりとりに、呆然と答えた。


 《は、はじめまして……》


 挨拶と同時に、自然と気持ちが沸き上がる。


 《本当に、いたんだ、“陽真”……》


 それは、エヌの話した、彼は弟の身体を借りているだけということが本当だということで。

 つまり、エヌは、そのうち消えてしまうというのが、本当ということで。

 うつむいた澪を見て、エヌは困ったように髪をくしゃっとしてから呟いた。


 《――あと、もう一人いる》


 陽真の他に、もうひとつ幼い声が響いた。


 《これどういうことー? なんか、お姉さんが見える!》

 《――玲央の意識も、つないでる》


 エヌから、昨日、澪が寝ている間にされた、エヌと陽真と玲央のやりとりが、イメージとして伝わってきた。


 《玲央くんが、“現実に戻りたい”って思えるくらい、楽しいこと見せるなんて……》


 澪は顔を押さえた。ずびっと鼻水をすする。

 “陽真”が本当にいたことのショックで、頭の中に雨雲が立ち込めたようだった。


 《……できるかなあぁ。できる気しないんだけど……》


 エヌが財布を出して、声で言った。


「……軍資金は、ある」


 財布の中には札束が入っていた。


「お年玉とかだ。陽真、使っていいよな」


 《……いいよ。兄ちゃんが使いたいだけ使って》


 陽真の声が澪に言った。


 《――兄ちゃんを、よろしくお願いしますね》


 それから、エヌに呼びかける。


 《兄ちゃん、今日は兄ちゃんの日だから。僕たちは後ろ引っ込んでるから、気にせずやってよ》


 澪は頭を抱えた。いろいろな感情がごちゃごちゃになり、絡まる。


 《陽真くん、すごいいい子じゃん……》

 《ひっこんでるっていっても、見てるんでしょお》

 《お金の問題じゃないんだけど》


 エヌが澪の肩をたたいた。


 《――まず、何しよっか。今日》


 澪は自分の服を見た。

 パーカーにジーンズ。ほぼ家着だ。


 《――もっと、ちゃんとした格好したかった》


 エヌは「よし」とつぶやいた。


「店空いたら、買い物に行こうか」


 ◇◇◇


 中華街の店は、思った以上に朝から営業している店も多かった。

 澪とエヌはモーニングメニューを出しているカフェ風の中華レストランに入り、朝食を食べることにした。


「……胃が癒される……」

 

 スプーンで朝粥を口に運んでつぶやくエヌを見て、澪は苦笑した。


 《なんだか、しんどそう……》

 《寝たら、たぶん、終わりだから……》

 

 ――“陽真”はいたし。本当にエヌは、もうすぐいなくなるんだ。

 でも、あんまり悲しがると、困るかな。

 澪はそんな内心の気持ちをまとめて、ツッコんだ。


 《――雪山?》


「あはは」とエヌは笑った。


 《……そんな感じ》


 エヌはスマホを開いた。

 それはエヌ専用のスマホで、澪と知り合ってから、別に契約したものだった。

 澪のスマホも陽真のスマホも、両親や祖父母からの着信が絶えないため、昨日から電源を切っていた。だから、エヌのスマホが唯一の情報源だった。


「ショッピングモール、十時半に開くって」


 まだしばらく時間がある。

 澪はエヌの手をつかむと、立ち上がった。


 《海見に行こうよ! 海》


 二人は中華街を出ると、海沿いの山下公園の方へと向かった。

 海沿いに遊歩道や芝生が広がり、朝から犬の散歩をする人や、ランニングをする人で賑わっている。


「おー! 海!!」


 エヌは澪の手を引っ張って、海に面した柵まで走った。

 明るい日差しの下に、遠くまで空の雲を映した海が広がっている。


「……広いなあ」


 エヌは呟くと、額に左手を置いて遠くを見た。


「――川とは違うな、やっぱり」


 頭の中に、通学の電車から見える、川の映像が流れた。


 《……海なし県、脱出したね》

 《やっぱり、海ってすげえ……地球が丸い感じするじゃん》


 水平線を見つめるエヌを、澪は見つめた。

 手をつないで、ショッピングモールへの道をゆっくり歩いて行く。

 景色は綺麗で、時間は穏やかで。

 現実から離れた時間を過ごしているような気がした。



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