39.横浜
「見て! パンダまん! カラフル!」
両手に白黒とピンク、オレンジの三食のパンダの形の肉まんを持った澪を見て、エヌは苦笑した。
「食べ歩きだろ? 同じ店で三つも買わなくても」
「あんたと半分こにしたらいいかなって……」
「その白黒、餡子だろ……」
《肉まんじゃねぇじゃん》
エヌは澪の袖を引っ張った。
《俺はあっちの、“世界一”のやつがいい》
行列ができている肉まん屋に並ぶ。確かに『世界一』の旗が立っていた。
片手でパンダまんをかじりながら、心の声でつぶやいた。
《……"世界一"ってさ……どこ基準なの? 肉まんの世界大会とかあるの?》
《知らねぇけど。あるんじゃねぇの》
《もう少し真面目に答えてよ》
《……あとでチャッピーに聞いてみるよ》
《いま聞いてみたら……あ、列動いた》
列を進むと、エヌは店の中をのぞきこんだ。
《何まんにしようかな。角煮とフカヒレ、どっちがいいと思う?》
《どっちも買っちゃえ》
エヌは澪を小突いた。
《やらねぇよ》
言葉の裏に《半分までなら》という声が透けて見えて、澪は笑った。
《――くれる気でしょ?》
エヌは苦笑した。
《隠し事できないのも、嫌だな》
《【壁】作っても、読み取ってやるから。今のあたしなら》
《――怖っ》
エヌは笑いながら代金を支払って、角煮とフカヒレ、両方の肉まんを買った。
道の端で塀に寄りかかってもぐもぐと口を動かす。
《あと何食べる?》
先に食べ終わったエヌが繋いでいない方の右手で、検索している。
《北京ダッグ――食べ歩き用もあるんだって》
《食べたことない》
《よし、じゃあ、次はそれで決まりだな!》
ぐるぐると中華街を行ったり来たりして、食べ過ぎてお腹が重くなるころには、二十時近くになっていた。
「ちょっと、どこか座りたい……」
「じゃあ、どっか店入ろ」
エヌは近くのテラス席のあるカフェへ澪を引っ張った。
店内は満席だったが、テラス席は空いていたので、腰かけて、飲み物だけ注文する。
コーヒーを前に伸びをした……そのとき、澪のスマホの着信音が鳴った。
「……お母さんからだ」
――同時に、エヌの持っていたスマホも鳴る。
「――爺ちゃんからだ」
《……どうすんの? 夕食食べたから、帰る――》
《わけないじゃない》
澪はエヌの手をぎゅっと握った。
《あんたとまだ話したいし。夕食食べるだけじゃ、帰らないつもりだから》
《――うん》
エヌは「うん」と声に出してうなずいた。
《でも、連絡なしだと、捜索願とか出されても面倒だろ? エムのお父さん、即出しそうじゃん。――うちの爺ちゃん婆ちゃんは、たぶん一日じゃ、やらないけど》
《それは、そうだね……》
澪は首を傾げてから考えた。
《あんたの家に泊ることになった――が一番自然な気がする》
《俺もじゃあ、送ってったついでにエムの家に泊ることになった……ってことにするか》
二人は目を合わせると、にっと笑って、着信をとった。
「もしもし、お母さん? 心配かけてごめんね。一ノ瀬君の家で夕食食べてたら遅くなっちゃって、お祖母さんに泊まっていきなさいって言われて」
『そんな、迷惑な……車で迎えに行くわよ……』
「一ノ瀬君のお祖父さんとお祖母さんもいるから大丈夫! じゃあ!」
「もしもし、爺ちゃん? 家に来た友達の相沢さん、家まで送っていったんだけど、なんか家に泊ることになったから」
『陽真! お前は最近、勝手ばかり……!』
「来週から品行方正になるから! じゃあ!」
同時に通話を切ると、澪とエヌは目を見合わせて、吹きだした。
「「はは!」」
笑い声が重なった。
すっかり空は暗かった。
――けれど、繁華街の店には看板の灯りが光り、土曜日の夜の街はこれからが本番という装いだった。澪は喧騒に耳を傾けながら、エヌを見つめた。
《こいつ、本当に死ぬの?》
《――たぶん》
エヌに返事をされて、澪はつぶやいた。
《ねえ、“陽真”って本当にいるの?》
《――え?》
《だって、あたし、あんたしか知らないよ。もしかして、あんたが本当は“陽真”なんじゃない?》
《どういうことだ?》
《だから、実は自分が双子の片割れだって思い込んでるだけで、実は二重人格だったりして》
エヌは目を伏せた。
《――そうだったら、いいな……》
切迫したつぶやきに、澪は黙った。
《だって“陽真”ってどこにいるの? あたし、エヌとしか話したことないよ》
《俺が陽真の身体を使ってる間は、あいつの意識はないんだ》
《それって、変じゃない? それなら、主導権はあんたにあるんでしょ? ――むしろ、本体……というか、その身体って、あんたなんじゃないの》
エヌは首を振った。
《俺の方が“能力”の力が強いからだと思うよ。陽真は、【受信】も何も、一人じゃできない。俺だけ、できる》
それから、澪を見た。
《で、どこで寝るんだ? まさか、一晩中、屋外ふらふらするのか?》
澪は頭を抱えた。
《そう、それ……どうしよう。……ホテル?》
《ホテル……》
あまり健全ではないイメージが脳内に共有された。
エヌと澪は手を離すと、ばっと後ろにひっくり返る勢いで椅子を離した。
「どうかされましたか!?」
店員が慌てた様子で駆け付ける。
「「……大丈夫です」」
エヌと澪は愛想笑いをすると、机に肘をついて頭を抱えた。
「今のは、なしで……」
「うん。さすがにね……」
澪は水を飲み干すと、つぶやいた。
「漫画喫茶」
エヌもうなずく。
「……それがいいと思う」




