38.遊びに行こうよ
ガタン、ゴトンと電車が揺れる。
土曜日の十五時過ぎの上り電車は、並んで座れる程度の込み具合だった。
澪とエヌは、手を重ねて横並びに座って、電車に揺られていた。
《横浜着、十七時だってよ》
《着いたらとりあえず、食べ歩きしようよ。中華街》
エヌはスマホを開くと、祖父あてに連絡メッセージを打った。
『友達と出かけることになったから、遅くなる』
二人は、澪が家に帰るから駅まで送る、と一ノ瀬家を出て、そのまま電車に乗った。
メッセージを送信してから、エヌは澪を見た。
《エム、お前、親に連絡入れた? お前のお父さんお母さん、すごい心配しそうじゃん》
《一ノ瀬君と夕食食べてくるって送ったから、とりあえず大丈夫》
澪はエヌを見た。
《あたしがあんたと話すの、満足するまで、付き合ってよ》
エヌは「ははっ」と笑い声を漏らした。
前に立っていた乗客が驚いて顔を上げる。
澪もおもしろくなって笑ってしまった。
《あたしたちが話してること、みんな聞こえないんだもんね。あんたもあたしも、何も話してないのに笑ってる、変な人に見られてるよ》
《――エムって、かなりお喋りだよな。言われない?》
《家族以外とこんなに話すの、数年ぶりなんだから……しょうがなくない?――てか、あんたもわりと話す方だと思うけど》
《まあ、俺もふだん陽真と以外、話さないしな》
《――陽真くんと、どんな話すんの?》
《普通に、テレビの話とか――学校の話とか。俺たち、入れ違いで学校行ってたから》
《入れ違いで、わけわかんなくなんないの?》
《陽真の記憶は全部俺、見れるし。――俺も、陽真に記憶は残せるから》
《でも》とエヌは笑った。
《エムとやってたこととか、何話したかとかは、陽真は知らない》
《陽真くんって、あたしのことは何もわからないの?》
《――顔と名前だけ紹介しといた。“彼女”できたって……》
それから、ぱっと顔を上げると、誤魔化すように視線を泳がす。
《――俺、エムの家で“一ノ瀬 陽真”って名乗っちゃったし、俺がいなくなったあとで、陽真がどこかでお前とかお前の家族と鉢合わせしたら面倒だろ》
《別に何も言ってないけど》
澪は視線を逸らした。
《……でも、“彼女”って紹介されたのは、ちょっと嬉しいかも》
ぎゅっと握る手に力が入った。
《てか、お前、櫻井に“彼女です”って名乗ったの、ビビったんだけど》
エヌはくすくすと笑い声を漏らした。
《櫻井からしたら、俺と謎の“彼女です”って名乗る女が意識に現れて、から揚げ食べて消えてったことになるんだよな》
《……いやだって、名乗らなかったら謎の女のままでしょ》
《それはそうだけど》
エヌは笑いながら窓の外を見た。
気づいたら、外は夕方になっていて、横浜駅まで、あと少しになっていた。
《――横浜駅には中華街ないって、知ってたか? お前の想像している横浜は、みなとみらいだ》
《そうなの? エヌは行ったことあんの? みなとみらい》
《……“陽真”はある》
エヌは視線を足元に落とした。
《やっぱり、陽真の意識に入って、病院から離れるとかなり疲れて……、家の周りか、学校までが限界で。高校は東京で遠くなったし……》
それから、窓の外を見た。
《すげえ》
澪も声につられて窓の外を見る。
《海だ》
外はすっかり夕焼けで、景色の先に西日に照らされる海が見えた。
エヌは澪の手を握ったまま、子どものように身を乗り出し、窓に両手を貼り付けた。
《俺の”お出かけ”の遠距離記録更新だ》




