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【完結】六月になったら、君の声が聞こえない~心の声が聞こえる少女と、名無しの少年のひと月の話~  作者: 夏灯みかん
【第四章 陽真とエヌ】

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35.追いかける

 澪はスマホ画面を見つめていた。エヌとのやりとり画面は昨日の夜に駅で別れた後、澪が送った『家についたら電話してよ』のメッセージが未読になったまま止まっている。


「澪、悠斗(ゆうと)を起こしてきてくれる?」


 母親の声に、澪は「わかった」と返事をして弟の部屋へ行った。

 ノックをして扉を開けると、まだぐーぐーと寝息を立てている。


 もう朝の九時だというのに起きてこない。

 原因は明らかで、昨日、遅くまで起きていたからだ。


 エヌを送って家に帰ると、悠斗はリビングで待ってましたとばかりに澪に話しかけた。


「姉ちゃんの彼氏、次いつ家に来るの!?」

「あの人、めっちゃゲームうまいよね」

「姉ちゃんよりうまいじゃん!」


 興奮した様子で話し続け、日をまたいで母親に怒られるまでベッドに行かなかった。


(いつもは九時には寝る優等生のくせに)


 そのとき、澪はふと思いついた。


(あたしも、【送信】できそうな気がする)


 エヌとやり取りするなかで、声の【遮断】ができるようになってきた。

 と同時に、力のコントロール方法がなんとなく、わかってきたのだ。

 澪は寝ている弟の横に腰かけると、そっと頭に手を置いた。


(「起きろー」って【送信】したら起きるかな)


 目を閉じ、弟の意識に同調する。

 ――すると、弟の考えている夢の中なのだろうか。

 周囲にリビングの風景が広がって、ソファでゲームをするエヌと澪と弟自身の姿が映った。


(どんだけ楽しかったんだ)


 澪は頬を緩めると、ふと思い立った。

 エヌが『ドラゴンマスターズ』のゲーム世界の空の国のイメージ世界に連れて行ってくれたことを思い出す。


(あたしも、あれできないかな?)


 リビングにドラゴンが現れて吠えたら、きっと驚いて目を覚ますはずだ。

 エヌと乗ったスカイドラゴンを思い浮かべる。

 すると――リビングに翡翠色のドラゴンが現れた。

 

 ドラゴンは大きく口を開け、澪の声で吠えた。


 《起きろぉぉぉ》


「わああああ」


 澪は飛び起きた悠斗の勢いで、ベッドから転落して頭を打った。

 飛び起きた悠斗は、姉を見て、呆然とつぶやいた。


「スカイドラゴンが、姉ちゃんの声で起きろって……」


「夢の話?」


 澪はくすくす笑いながら、悠斗の頭をぽんとたたいた。


「おはよ」


 同時にエヌに心の中で話しかけた。


(ねえ、あたし、こんなこともできたよ)


『――俺たちも、解散にしよ』


 昨夜のエヌの言葉を思い出す。


(勝手に、解散なんかさせない)


 ――だって、エヌの心の声をあのとき聞けなかった。


(どういうつもりで、ああ言ったのか、確認してやるから)


『武藤の家へ【送信】するのは、ひと段落ってことで終わりにする』


 昨日、別れ際のエヌの言葉を思い出す。


(あれは、口で言ってただけだ。――エヌはまだやるはず)


 澪は立ち上がると、リュックを背負った。


「お母さん、今日、一ノ瀬君と約束あるから、出かけてくるね」


 そう母親に声をかけて、家を出た。


 ◇


 澪は武藤の家の前の土手に行った。

 五月の終わり、初夏の風が吹き抜ける土手には誰もいなかった。


「……いない?」


 澪は土手に座った。


(きっとエヌは、一人でここに来て何かするはずだ)


 澪は土手に腰かけて待つことにした。

 何もすることがないので、武藤家の心の声を聞こうと意識を傾ける。

 エヌがいなくても、今では離れた距離の”声”が聞こえるようになっていた。


 《まったく、理央もまゆみも、”呪いの声が聞こえる”なんて馬鹿らしい》

 《なんで俺が洗濯や家事をしなきゃいけないんだ。まゆみのやつ、家を出て行きやがって。理央のやつは娘のくせになにもできない》

 《やっぱり姉に比べて使えないな、理央は》


 ――これは、武藤の父親の声だろう。平日は日中ずっと家にいなかったので、武藤の父親には櫻井紗理奈の思念は【送信】していない。今日は休日なので家にいるようだ。


 《私そんなひどいことしてないじゃん。なんで私だけ呪ってくるの? 倉橋や佐々木だって一緒にやったのに、なんで私だけ》


 これは武藤の声だろう。


 澪は【受信】を切ると、土手に腰かけた。

 エヌは、どこまでやれば満足なのだろう。

 ――武藤が死ぬまで?


 澪はぞくっとした。どうして、エヌはそこまでできるのだろうか。

 櫻井紗理奈については、個人的な復讐も少し入っていそうだ。

 でも常盤は? ――ただの正義感?


(どちらかというと、自暴自棄……?)


 昼になってお腹が空いてきても、澪は紗理奈のSNSアカウントを開いた。

 ――自分だけで、櫻井の思念を【送信】して攻撃するほどのやる気はおきなかったが、この一週間ずっと紗理奈のことを考えて、紗理奈の思念を受信していたので、彼女のことが気にかかった。


 そして、そこの投稿を見て、澪は目を見開いた。


『漫画が急に読みたくなって、“図書室”に行ってみた。百巻越えの漫画。じっくり読みたいな』


 いつもと違う投稿。映っていたのは、澪が退院する時に寄付してきた漫画だった。

 以前、紗理奈に『漫画でも読んだらいいのに』と心の中で勧めたものだ。

 

(偶然? ……でも)


 紗理奈の入院する県立西病院の小児ストレスケア病棟にある“図書室”には大量の漫画があるはずだ。――その中から偶然、澪が勧めたものを手にとるだろうか。


(意識が、つながってる?)


 一週間ずっと紗理奈の意識を【受信】し続けたことで、二人の間に意識のつながりができていたのかもしれない。

 澪は、自分の考えが紗理奈に伝わった可能性をひらめいた。


(櫻井さんにできること……あるかも……)


 澪は立ち上がって周りを見回した。

 エヌの姿はなかった。



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