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【完結】六月になったら、君の声が聞こえない~心の声が聞こえる少女と、名無しの少年のひと月の話~  作者: 夏灯みかん
【第一章 出会いと”悪人狩り”】

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3.コードネーム

「”悪人狩り”!?」


 澪は思わず大声で聞き返した。

 “兄ちゃん”は困ったように髪を搔くと、「しー」と口元に人差し指を立てた。


 《声大きいよ、澪ちゃん》


 返事は心の声で来る。


 《だって……“悪人狩り”って、何?》


 澪は信じられない、というふうに彼を見つめた。


 《今日みたいに、やるってこと?》


 痴漢を“声”で追い詰めて、電車の線路に飛び込ませたようなことを、するということだろうか。


 《そう。ああいう“どうしようもない奴ら”を退治して、この街を静かにするんだ》


 “兄ちゃん”は右側の口角だけを上げて、笑った。


 《今日みたいにじゃないぜ。もっとうまくやる。――今日は初めてだったから、失敗しちまった》


 《――失敗?》


 《電車飛び込みは、迷惑かけすぎだろ? 片付けも大変だし――》


 “兄ちゃん”は肩をすくめた。


 《次はもっとうまくやる。――どこか人目につかないところで》


 《相手が、死ぬこと前提なの?》


 《死ぬかどうかは、そいつ次第だろ。周りの声を聞いて改心できるなら、それでいいし》

 

 また、肩をすくめる。


 《どうしようもねぇよ。――ああいう奴ら、街で何度もすれ違った。自分のやってること、悪いなんて思ってない。――そんな奴らが自分に“声”が向けられて、耐えられるならな》


 そのあまりに軽い言い方に、澪は眉をひそめた。


 《あたしに、殺人させる気?》


 《違うよ。澪ちゃんは、ただ、【受信】してくれればいいから。で、それを俺が相手に送るんだ》


 《【受信】って、ネットから聞こえてくる“声”をってこと?》


 《そう。“配信者”っているじゃん。そのスタイルを考えてる》


 彼から具体的なイメージが澪の中に流れ込んできた。

 まず、対象をネット配信する。

 そこに集まった声を澪が受信する。

 それを、彼が相手に送信する――ということを、やりたいらしい。


 《嫌だよ。自分だけでやれば。――あんた、今までもこういうことしてたの?》


 《電車とかでキレてるクレーマーとか見たら、周りの感情を送信して追い出したりとかは――してたけど。今日みたいに相手を圧倒するほど送るのは、俺だけじゃできないもん》


 彼は澪を真剣な目で見つめた。


 《澪ちゃんと、俺じゃなきゃできないよ。今日、澪ちゃんと出会ったのは、俺は運命だと思ってる》


「……」


 澪は苦笑した。


 《――キモイよ。何、運命って》


 《え……、響いてない?》


 “兄ちゃん”は真顔で肩をすくめた。


 《それで響くと思ってんの? 頭おかしいんじゃない》


 《――でも、澪ちゃんと俺じゃなきゃ、できないよ。こんな能力、組み合わさるの、奇跡だろ》


 澪はごくり、と唾を飲んだ。


 《確かに――こんなふうにテレパシーできる相手と出会うなんて……》


 “兄ちゃん”は「ふっ」と笑い声を漏らした。


 《だろ? 奇跡だと思わない?》


 それからくすくすと笑い声を漏らした。


 《口動かさなくて話せるの、めっちゃ楽》


 そのとき、店員が二人に声をかけた。


「――ご注文、お決まりになりましたでしょうか?」


 “兄ちゃん”は、「すいません」と会釈してから、メニューを指差した。


「――俺は、コーヒーで。澪ちゃんは?」


 《いちご頼まないの?》


 澪は心の中でツッコんだ。あれだけメニューを見つめていたのに。


 《俺、甘いもの苦手なんだよね》


 《どういうこと?》


「お客様……?」


 店員が訝しげにのぞきこんだので、澪はあわてて「私は」と口を開いた。

 脳裏に「いちごパフェ」が浮かぶ。


(けど、さすがに――)


 そう思ったところで、“兄ちゃん”が澪が頭に浮かべた「いちごパフェ」を指差した。


「この子は、これで」


「ちょ」


「食べたいんでしょ。いいよ、俺、払うし」


「コーヒーおひとつ、いちごパフェおひとつでよろしいでしょうか?」

 

 店員に聞かれて、澪は流されるように「いいです」とつぶやいた。


 店員が去って行ってから、澪は、看板を見ていた時の彼の言葉を思い出した。


 《苺フェアやってる……”あいつ”が好きそうだな》


 《あいつ……って誰?》


 彼は肩をすくめた。


 《弟》


 《――あ、それで。“兄ちゃん”》


 彼には、弟がいる。

 それは確かな事実だと、澪に伝わって来た。


 《そ。――俺のこと“兄ちゃん”て呼ばないの?》


 聞かれて、澪は眉間に皺を寄せた。


 《ほんとあんた、頭おかしいよね。あんた、あたしの兄じゃないし。――そもそも、いくつなの?》


 《高校二年》


 《同い年じゃん――何月生まれ?》


 《六月》


 《あたし、四月生まれ。もう十七だよ》


 《じゃあ、澪ちゃんが“姉ちゃん”だね》


 《――ほんとやめてよ》


 彼はくすくすと肩を震わせて笑った。


 《本気で嫌がってて、おもしれぇ》


 《うざっ》


 《――じゃあさ》


 彼は、澪を見つめた。


 《俺のことは、“エヌ”って呼んで》


 《――N?》


 《そ。No Name、名無しってことで“エヌ”。今考えたんだ。結構カッコいいだろ?》


 “兄ちゃん”改め、”エヌ”はにっと笑った。


 《澪ちゃんのことも“エム”って呼ぶ。澪だから、エム。海外ドラマのスパイのコードネームみたいだろ》


 《ちょっと、勝手にそんな名前つけないでよ。あたし、あんたとこれから関わる気――》


 澪の気持ちを見透かすように、エヌは言った。


 《関わる気、あるだろ?》


 《――なんでそう思うの》


 エヌは口の端を上げて笑った。


 《だって、ここで俺といちごパフェ食べる気になってるだろ》


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