3.コードネーム
「”悪人狩り”!?」
澪は思わず大声で聞き返した。
“兄ちゃん”は困ったように髪を搔くと、「しー」と口元に人差し指を立てた。
《声大きいよ、澪ちゃん》
返事は心の声で来る。
《だって……“悪人狩り”って、何?》
澪は信じられない、というふうに彼を見つめた。
《今日みたいに、やるってこと?》
痴漢を“声”で追い詰めて、電車の線路に飛び込ませたようなことを、するということだろうか。
《そう。ああいう“どうしようもない奴ら”を退治して、この街を静かにするんだ》
“兄ちゃん”は右側の口角だけを上げて、笑った。
《今日みたいにじゃないぜ。もっとうまくやる。――今日は初めてだったから、失敗しちまった》
《――失敗?》
《電車飛び込みは、迷惑かけすぎだろ? 片付けも大変だし――》
“兄ちゃん”は肩をすくめた。
《次はもっとうまくやる。――どこか人目につかないところで》
《相手が、死ぬこと前提なの?》
《死ぬかどうかは、そいつ次第だろ。周りの声を聞いて改心できるなら、それでいいし》
また、肩をすくめる。
《どうしようもねぇよ。――ああいう奴ら、街で何度もすれ違った。自分のやってること、悪いなんて思ってない。――そんな奴らが自分に“声”が向けられて、耐えられるならな》
そのあまりに軽い言い方に、澪は眉をひそめた。
《あたしに、殺人させる気?》
《違うよ。澪ちゃんは、ただ、【受信】してくれればいいから。で、それを俺が相手に送るんだ》
《【受信】って、ネットから聞こえてくる“声”をってこと?》
《そう。“配信者”っているじゃん。そのスタイルを考えてる》
彼から具体的なイメージが澪の中に流れ込んできた。
まず、対象をネット配信する。
そこに集まった声を澪が受信する。
それを、彼が相手に送信する――ということを、やりたいらしい。
《嫌だよ。自分だけでやれば。――あんた、今までもこういうことしてたの?》
《電車とかでキレてるクレーマーとか見たら、周りの感情を送信して追い出したりとかは――してたけど。今日みたいに相手を圧倒するほど送るのは、俺だけじゃできないもん》
彼は澪を真剣な目で見つめた。
《澪ちゃんと、俺じゃなきゃできないよ。今日、澪ちゃんと出会ったのは、俺は運命だと思ってる》
「……」
澪は苦笑した。
《――キモイよ。何、運命って》
《え……、響いてない?》
“兄ちゃん”は真顔で肩をすくめた。
《それで響くと思ってんの? 頭おかしいんじゃない》
《――でも、澪ちゃんと俺じゃなきゃ、できないよ。こんな能力、組み合わさるの、奇跡だろ》
澪はごくり、と唾を飲んだ。
《確かに――こんなふうにテレパシーできる相手と出会うなんて……》
“兄ちゃん”は「ふっ」と笑い声を漏らした。
《だろ? 奇跡だと思わない?》
それからくすくすと笑い声を漏らした。
《口動かさなくて話せるの、めっちゃ楽》
そのとき、店員が二人に声をかけた。
「――ご注文、お決まりになりましたでしょうか?」
“兄ちゃん”は、「すいません」と会釈してから、メニューを指差した。
「――俺は、コーヒーで。澪ちゃんは?」
《いちご頼まないの?》
澪は心の中でツッコんだ。あれだけメニューを見つめていたのに。
《俺、甘いもの苦手なんだよね》
《どういうこと?》
「お客様……?」
店員が訝しげにのぞきこんだので、澪はあわてて「私は」と口を開いた。
脳裏に「いちごパフェ」が浮かぶ。
(けど、さすがに――)
そう思ったところで、“兄ちゃん”が澪が頭に浮かべた「いちごパフェ」を指差した。
「この子は、これで」
「ちょ」
「食べたいんでしょ。いいよ、俺、払うし」
「コーヒーおひとつ、いちごパフェおひとつでよろしいでしょうか?」
店員に聞かれて、澪は流されるように「いいです」とつぶやいた。
店員が去って行ってから、澪は、看板を見ていた時の彼の言葉を思い出した。
《苺フェアやってる……”あいつ”が好きそうだな》
《あいつ……って誰?》
彼は肩をすくめた。
《弟》
《――あ、それで。“兄ちゃん”》
彼には、弟がいる。
それは確かな事実だと、澪に伝わって来た。
《そ。――俺のこと“兄ちゃん”て呼ばないの?》
聞かれて、澪は眉間に皺を寄せた。
《ほんとあんた、頭おかしいよね。あんた、あたしの兄じゃないし。――そもそも、いくつなの?》
《高校二年》
《同い年じゃん――何月生まれ?》
《六月》
《あたし、四月生まれ。もう十七だよ》
《じゃあ、澪ちゃんが“姉ちゃん”だね》
《――ほんとやめてよ》
彼はくすくすと肩を震わせて笑った。
《本気で嫌がってて、おもしれぇ》
《うざっ》
《――じゃあさ》
彼は、澪を見つめた。
《俺のことは、“エヌ”って呼んで》
《――N?》
《そ。No Name、名無しってことで“エヌ”。今考えたんだ。結構カッコいいだろ?》
“兄ちゃん”改め、”エヌ”はにっと笑った。
《澪ちゃんのことも“エム”って呼ぶ。澪だから、エム。海外ドラマのスパイのコードネームみたいだろ》
《ちょっと、勝手にそんな名前つけないでよ。あたし、あんたとこれから関わる気――》
澪の気持ちを見透かすように、エヌは言った。
《関わる気、あるだろ?》
《――なんでそう思うの》
エヌは口の端を上げて笑った。
《だって、ここで俺といちごパフェ食べる気になってるだろ》




