2.共犯の提案
「澪ちゃん」と名前を呼ばれて、澪の背筋に冷たいものが流れた。
《私の個人情報、読まれた……?》
《名前は、相沢 澪。家族は父親と母親と――弟。弟は年が離れてるんだな。――昨日の夜、弟とゲームして、今日は寝過ごしちゃったのか。――住所は》
澪は顔を青くして、目の前のブレザー制服姿の男子を見つめた。
《埼玉県――市、――町》
「やめて!」
澪は思わず叫んで頭を押さえた。
男子は驚いた顔をして、澪を見つめた。
《悪ぃ、悪ぃ。調子に乗りすぎたよ》
それから肩をすくめた。
《“能力”あるのに、ガードできないんだな》
彼は澪に手を差し出した。
《澪ちゃん、近距離しか読めないんだろ。俺の情報、抜けるかやってみなよ》
澪は彼の手を握った。
自分の情報ばかり読まれるのが腹立たしくて、相手のことも知ってやろうと思った。
「あんたの名前と住所は?」
口に出して聞く。こうすれば、言わなくても、心の中に浮かぶものだ。――さっき、彼に『住所は――』と言われたときに、澪も住所を思い浮かべてしまって、情報を抜かれたから。
――けれど。
《……俺の名前は、なんでしょーか?》
からかうような“声”が聞こえただけだった。
《――なんで?》
《ガードしてるもん。――俺の方が、力の使い方は上だな》
澪はきっと彼を睨んだ。
《――ムカつく!》
《悪いね。澪ちゃんも練習すればできるようになると思うよ。――それに、俺、電波の声を拾うってのは、できないもん》
彼はまた、口元を歪めて笑った。
《その能力、ほんとすげぇじゃん。俺に、協力してよ》
《協力って?》
《だからさ》
彼は肩をすくめると、声に出して言うと澪の手を引っ張った。
「どっかお店でも入って、話そうよ」
そういえば、先ほどから握手のように手を握ったままだった。
慌てて澪は手を離そうとしたが、彼の手は澪の手を離さなかった。
「おごるよ。――ほら、そこにいたら“片付け”の邪魔になるし」
振り返ると、鉄道員や救急隊のような、制服姿の人たちがたくさんホームに来ていた。
ホームに落ちていたはずの腕は、いつのまにかなくなり、そこには赤い染みだけが残っていた。
「――行こう」
彼は、澪の手を改札方向へ引っ張った。
「ちょっと!」
澪は心の中で彼に怒鳴った。
《せめて、あんたの名前は! なんて呼んだらいいの!》
しかし、返事はなかった。
――何も、返ってこなかった。彼が足を止めて、澪も足を止めた。
《俺の名前――》
ふと、1つの言葉が彼の中に浮かんだのを、澪は受信した。
《”兄ちゃん”》
「は? “兄ちゃん”? それが名前?」
彼は振り返ると、笑った。
「――うん。とりあえず、それで呼んで」
“兄ちゃん”は澪の手を引いて改札を出ると、駅前のファミリーレストランの前に立ち止まった。
《苺フェアやってる……”あいつ”が好きそうだな》
見てみれば、苺が乗ったパフェやケーキの写真が並んだポスターを見つめていた。
澪は背筋が冷たくなるのを感じた。
《――信じられない。さっき目の前で人が死んだのに。しかも、あの痴漢を死なせたのは、あんたなのに》
《――あいつは、勝手に死んだんだぜ?》
はっと顔を上げると、“兄ちゃん”が澪を見つめていた。
《俺は、周りの“声”をあいつに【転送】しただけだ》
《でも、あんたが、やらなきゃ――あの痴漢、死ななかったでしょ》
《まぁな。俺が追い詰めたのは事実だ。――けど、そもそも、痴漢なんかしなきゃいいんじゃねぇか》
“兄ちゃん”は呆れたように肩をすくめた。
《あいつ、初犯じゃねぇし。――過去に一回、警察に捕まったこともあるみたいだ》
“兄ちゃん”は澪を見つめた。
《俺は澪ちゃんより、人の心を深く読めるからな。あいつ、前に捕まったことがあるんだよ。今回は逃げ切れると思ってた》
《……》
押し黙った澪に、“兄ちゃん”は言葉を続けた。
《それに、俺は澪ちゃんが受信した声を、あいつに送ったんだ――すげぇな、本当に。その電波受信》
彼の心の声が上ずっているのを感じた。
《澪ちゃん、俺とやってみない?》
《――何を?》
澪は本能的な危険を感じて、身体を後ろに引いた。
《さっきの痴漢が消えて、少しはスッとしただろ》
“兄ちゃん”は前に身体を乗り出すと、口を動かした。
「”悪人狩り”」




