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【完結】六月になったら、君の声が聞こえない~心の声が聞こえる少女と、名無しの少年のひと月の話~  作者: 夏灯みかん
【第三章 エヌとの距離】

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29.帰路

 澪とエヌは駅まで徒歩十五分の夜道を歩きだした。

 夜二十一時過ぎの街は、夜風が涼しく、人通りも少ない。

 こんな時間の外出は、いつぶりだろう。


 澪は夜空を見上げた。

 ――今日は、満月だった。

 不意に手を引かれる。

 横を見ると、エヌも満月を見上げていた。


 《……月が綺麗だな》


 不意に頭にそんな心の声が流れてきて、澪もうなずいた。


 《――うん。綺麗だね》


 そう答えると、一拍の間のあと、エヌがぱっと手を離した。


 《……いや、今のは、普通に綺麗だなって意味で……》


 澪は首を傾げる。


 《何が。満月だね、今日》

 《――そう。うん。まあ、そういうこと》


 エヌは髪を掻くと、澪の手をまた引いた。

 駅までの道を、心の声を交わしながら歩いて行く。


 《あんたの名前、一ノ瀬陽真っていうのね。なんで今まで隠してたのにあっさり名乗ったの》

 《――怪しまれるの嫌だし。後々面倒じゃん》

 《しかも、すごい都内のすごい進学校行ってるんだね》

 《勉強はできるんだ》

 《……お父さん、すごいエヌのこと気に入ってたじゃん》

 《――俺も好きだよ、エムのお父さん。一緒に野球観にいきたいもん。球場に》

 《え、ほんとに?》

 《うん。弟も爺ちゃんも婆ちゃんも野球――っていうか、スポーツ全般見ないし》

 《……あんたの弟は何が好きなの?》

 《……なんか、エモい映画とかドラマとか、アニメ》

 《ゲームとかやらないの?》

 《んー、俺はやるけど、あいつはやらないかな》

 《そう? 兄弟なら一緒にやりそうなのにね》

 《……俺たち、一緒にやるのは難しいから》


 澪はエヌの記憶に、病室のイメージを見たことを思い出した。


 《あんたの弟、入院とかしてるんだっけ》


 エヌは立ち止まった。

 澪はエヌの心の壁に綻びを見つけて、手を握った。

 

 イメージが流れ込む。


 《“兄ちゃん”》


 そうエヌの姿をした少年が、病室のベッドのカーテンを開け、エヌに呼びかける……?


 《違う――》


 病室を覗き込んでいる方がエヌじゃない。

 ベッドで眠っている方だ。

 

 その事実に気づいた澪は足を止めて、エヌを見つめた。

 入院しているのはエヌ。“兄ちゃん”と覗き込んだエヌの姿の少年はエヌじゃない。

 ――じゃあ、今、あたしの隣で手をつないでるこのエヌは?


「……気づいた?」


 満月を背後に、エヌが笑った。


 《“一ノ瀬 陽真”は俺の双子の弟だ。――俺は、弟の身体を使わせてもらってる》


 さらりと言われた言葉の意味を理解できず、澪はエヌの言った言葉を反芻した。


 《“使わせてもらってる”って、どういう意味?》


 《そのまんま。俺の本当の身体は、病院で寝てる。俺は弟の頭の中に“力”で同居してる――ってだけ》


 エヌは肩をすくめた。


 《普段は一日交代してるんだけど、今週はずっと俺だった》


 《二重人格……?》


 《違うよ。身体は別にあって、意識だけ、陽真の身体に来てる感じ》

 《……そう》


 澪は言葉を探して、ただそれだけ、うなずいた。

 振り返れば、エヌの心の中の記憶やイメージの違和感が腑に落ちるところがあった。

 例えば、櫻井紗理奈の言葉。

 

『一ノ瀬君はね、魚が好きな日と、から揚げとかハンバーグが好きな日の二種類があるの』


 魚が好きな”一ノ瀬君”と、から揚げとかハンバーグが好きな”一ノ瀬君”がいることに、紗理奈は気づいていた。

 魚が好きな”一ノ瀬君”は陽真、から揚げとかハンバーグが好きな”一ノ瀬君”がきっとエヌ。

 紗理奈はそのことに自然と気づいた、唯一の存在で。

 ――だからエヌは、紗理奈を追い詰めた武藤 理央を許せないのだろう。


 驚きというよりは、点と点が線でつながる感じだった。


 《双子で能力者だと、そんなこともできるんだ》


 澪はしばらく考えてから付け足した。


 《……すごいね》


 心の中で驚嘆の声を漏らすと、エヌは笑い声をあげた。


 《……それだけ? エムらしいっていうか。もっと怖がったりするかなと思ったけど》

 《いやまあ、あんた、いろいろ裏がありそうな感じだったから》


 澪は自分の想像に少し笑った。


 《実は世界的な秘密結社の一員で、命を狙われてるとかもあるかなって思ってたから》


 エヌはふきだした。


 《秘密結社て。なんのアニメ》

 《いやでも、この沿線で、私とあんた、心読めるじゃん。ってことは、日本とか世界レベルだと、超能力ある人、結構いそうでしょ》

 《――まあ、そういう計算になるよな》

 《でしょ。ってことは、そういう組織もありそうじゃない》

 《……まあ、あるかもな》


 エヌは澪の手を引いて、歩き出した。


 《……うん。言ってよかったよ。エムは俺の隠してること読み取ろうとしてくるし、それを防ぐのも、疲れてたから》

 《何その言い方》


 澪は頭に浮かんだ疑問を問いかけた。


 《“陽真”は、あんたのやってること、知ってるの?》

 《――あいつは、何も知らない。能力は俺の方が強いから、意識上では、あいつより俺が優位だ》


 澪は、以前、エヌが弟の能力についてつぶやいた言葉を思い出した。


 《そう。あいつ、何年やっても全然できなくて》


 ――つまり、陽真は。エヌが今動かしている弟自身は、そこまで能力を使えないということなのだろう。


 《その通りだよ。俺の言ったこと、よく覚えてるな》


 エヌは苦笑した。

 それから周りを見回した。

 ――気づけば、駅前に来ていた。


 《あとちょっとだけ……》


 エヌは駅前広場の自販機を指差した。


「飲み物買うから、飲み終わるまで付き合ってくれる?」


「いいよ」


 澪はうなずいた。


「エムもなんか飲めよ」


 澪はミルクティーを、エヌはコーヒーを買って、広場のベンチに座る。


 《今日は、楽しかった。本当に》


 エヌは澪と手を重ねて、心の中でそうつぶやくと、手を離して、両手でコーヒー缶を持って、ぐいっと飲み干した。


 それから、立ち上がって口で澪に言った。


「武藤の家へ【送信】するのは、ひと段落ってことで終わりにする」


 「だから」とつぶやいて、エヌは澪を見つめた。


「――俺たちも、解散にしよ」


「え?」


 澪は思わず飲んでいたミルクティーを落としそうになって、驚いてエヌを見た。

 エヌは澪が呆然としている間に、空き缶入れに缶を投げ入れて、駅への階段を昇って行ってしまった。


 澪に手を振りながら、声で言う。


「じゃあな。お父さんにちゃんと連絡して迎えにきてもらえよ」


「ちょっと――」


(まだ話したいこと、あるのに)


 澪は集中して、エヌの心の声を聞こうとした。

 ――けれど、その間に、彼は階段をのぼり、改札階へ行ってしまった。


「待ってよ」


 澪が追いかけた時には、エヌは改札の向こうに消えていた。


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