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【完結】六月になったら、君の声が聞こえない~心の声が聞こえる少女と、名無しの少年のひと月の話~  作者: 夏灯みかん
【第三章 エヌとの距離】

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28/45

28.距離

 《……“愛されてる”》


 エヌの言葉に澪は目を見張った。

 あまりにストレートな言葉の表現だったから。


 《愛されてるなんて言い方、普段使わないよ》


 本や漫画の決め台詞で見るような、口に出すのが気恥ずかしい言葉だ。


 《……そうか?》


 エヌは首をすくめた。


 《いいことだろ》


 《……うん、まぁね》


 なんだか気恥ずかしくなり、澪はソファの上で膝をかかえた。

 第三者に言われると、あらためて実感する。


 《確かに、あたしは、お母さんにもお父さんにも、愛されてる》


 登校日に、同じ店でケーキを買ってきてくれた二人を思い出し、澪は胸の奥が痛くなった。

 ――後ろ暗さを感じた。

 だって、あの日。


 《あたしは、エヌと人をひとり、死なせてる》


 今日だって。


 《事件に巻き込まれたとか思って、お父さんもお母さんも会社早退して》


 ――やっていたことは、武藤の家を崩壊させることだ。


 《――お前は、俺が巻き込んでるだけだろ》


 エヌの低い心の声が意識に飛び込んできた。

 顔を上げると、エヌは気まずそうに澪から手を離した。


 《手をつないだり離したり、なんかこっちが照れてくるな!?》


 ――澪とエヌのやりとりなど知る由もない父親の素っ頓狂な心の声に、澪はソファからずり落ちそうになった。


 《俺は邪魔か? ――いや、ここは我が家のリビングだ》

 《なんだか、気まずいな。……とりあえず野球でも見るか》


 父親はおもむろにスマホを取り出すと、野球をつけた。


『――ここでスリーアウトチェンジ! 宮上、おさえました!』


 実況音声がリビングに響く。


 「あ」とエヌが父親を振り返った。


「……勝ってますね」


 小さなつぶやきに、父親は顔を輝かせた。


「一ノ瀬くん、野球、見るのかい?」


「……まあ、見ます」


「そうか。いや、昨日負けちゃったから、今日は勝って欲しくてね」


「――お父さんは、このチーム応援してるんすね。昨日は、宮上投手、調子悪かったですもんね……」


 《お父さん……》


 澪の父親は心の声を弾ませた。


 《いや、一ノ瀬くん、野球見るのか。嬉しいな。――悠斗はゲームばっかりで、見ないからなあ》


 父親の頭にエヌと一緒に野球場で野球観戦をする絵が浮かぶ。


 《あああ、恥ずかしい……》


 澪は頭を抱えて【受信】を遮断して、膝をかかえた。

 「ははっ」と笑い声がして、ちらりとエヌを見ると、彼は面白そうに笑っていた。


「ただいま! あれ! お父さんも帰ってる!」


 それからしばらくして、ランドセルを背負った弟の悠斗が帰宅した。

 ばたばたとリビングに駆け込んできた悠斗は、エヌを見て停止した。


 《なんか! カッコいいお兄さんがいる! 誰!!》


「悠斗、お帰り。お姉ちゃんの彼氏……の一ノ瀬くんが来てるから。あと夕食はピザをとってて、もうすぐ来ると思うわ」


「ピザ!」


 《姉ちゃんの彼氏! ピザ!》


 実際の声と変わらない素朴な心の声に、エヌは頬を緩めた。


 《かわいいな、お前の弟》


 《――でしょ》


 澪は照れくさくなって、窓の外を見た。


 ◇◇◇


 夕食の席は、賑やかだった。

 澪の父親はビールの缶をあけて、いつもは飲まない母親も緊張のせいか一緒に飲んでいた。

 ピザを食べた後、悠斗にゲームに誘われ、澪とエヌと悠斗の三人で、リビングでゲームをし、気づいたときには二十一時になっていた。


「……時間、大丈夫?」


 さすがに遅すぎるのではと思った澪がエヌを小突くと、彼ははっと顔を上げて、時計を見た。


「……こんな時間か……」


 それからぐるりとリビングを見回した。

 一度視線を落として、また、見回す。


 《帰らなきゃな……》


「そろそろ、帰ります。――遅くまで、ありがとうございました」


 そう言って立ち上がったエヌにつられて、父親も立ち上がった。


「――駅まで車出すよ――って、駄目か、酒飲んだから……」


 《もう少し一ノ瀬くんと話したいんだがな……》


 エヌはふっと笑うと、頭を下げた。


「……歩くんで、大丈夫ですよ」


「お爺さんとお祖母さん、心配されてない?」


 母親に聞かれて、エヌは首をすくめた。


「連絡入れたんで、大丈夫です。うち、放任なんで……」


 《またいつでも来てもらっていいんだけれど。そこまで言うと厚かましいわね》


 澪は呆れ半分に父母を見た。


 《エヌ、すごい馴染んでるじゃん……》


 《……楽しかった》


 ぽつりと落ちた声に、澪は思わず顔を上げた。

 エヌは澪の手を引いた。


 《途中まで、来てもらっていいか?》

 《……いいよ》


 澪は父親と母親を見た。


「あたし、駅まで一ノ瀬くん送ってくね」


「――遅いしなあ」


 父親は二人を見た。


 《まあ、話したいこともあるだろう。二人っきりにしてやるべきだ》


 それから、ひと息ついて澪に声をかけた。


「駅について一ノ瀬くん見送ったら、お父さんに電話しなさい。駅まで歩いて迎えに行くから」


 《配慮が行き届いてるな》


 エヌは面白そうに、つぶやいた。



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